Despair 20 倒れ伏した兵達の中央から
「ごめんね、私ばっかズルしちゃって。でもね、私も急いでるからさ」
倒れ伏した五百人の兵、その中心に立ちミノアは気まずそうな笑みを浮かべる。
踏まないように注意しながら、死屍累々ゾーンを抜けたミノアは、未だ戦闘音の聞こえる方へと足を向けた。
戦闘に加わらなかった執事とメイドが再びミノアの前に立ち塞がる。
「ん? あなた達には戦闘の後始末を頼みたいんだけど? 手加減したとはいえ、心臓が止まりかけてる人もいるんじゃないかな? それでも、やるの?」
ミノアの最終勧告に、執事とメイドは武器を地面に投げ捨て両手を挙げる。
「ミノア様、全てはファリシアお嬢様のためなのです。どうか、ここでお待ちを」
「よく分からないなぁ、私を止めてまでリフと将軍を二人きりする理由って何?」
「旦那様は、お嬢様の肩代わりをなさろうとしているのです。しかし、あなたがそれを見れば、きっと止めに入るだろうからと、そう聞き及んでおります」
「私が止めに入りそうな事態って、ろくな想像が出来ないんだけど? 私、やっぱり急いだ方がいいんじゃない?」
あざ笑うミノアの肩に、そっと後ろから手を置く者がいた。
「それについては私が説明します。二人は下がって下さい」
「ファリシアちゃんっ」
「久しぶりですね、ミノア」
振り向いたミノアにファリシアは平然と返事をすると、視線を一度執事とメイドに向け、倒れ伏した兵の方へと送る。その意図を察し、執事とメイドはファリシアに一礼して兵士の介抱へと向かう。
その間、顔がにへらぁと崩れるのを押さえるミノア。
「ファリシアちゃんには色々と言いたいことも返したいものもあるけれど、それより今はリフが心配かな」
必死に顔を整え繕うミノアに、ファリシアは小さく頷いた。
「安心して下さい。あちらには叔父様が向かっています。そう簡単に父の思い通りにはならないでしょう」
「おっちゃんが? そう言えば、おっちゃんはファリシアちゃんの叔父になるんだっけ。イメージ違いすぎて結びつかなかったよ」
「血は繋がっていませんから」
「バルドゥ将軍とは実の兄弟って言っても通じそうなのにねっ」
「お二方とも、武勇に優れた人ですから。似てくるのでしょう」
以前と同じようなファリシアとのやりとり。懐かしく感じながらも、ミノアはすっと顔を澄ました微笑にかえる。
「で、ファリシアちゃんがリフの所じゃなく、私の方に来たのはどうしてかな? 預言書を受け取らなくていいの? 約束したんだよね? リフと」
「それは後で受け取ります」
「確認するために? いいよ、見るまでもない。教えてあげる。白紙だったよ。神剣が暴走する方の預言書の中身だけ、ね。これでいい?」
覗き込むミノアに対し、ファリシアは淡々と「そうですか」と答えた。
「リフは不安がってたけど。これじゃ預言書だって証明出来ないって」
「証明など出来るはずがないのです。なかった未来なのですから」
少しだけ固くなるファリシアの声。そこに不自然さを感じ取って、ミノアは目をすがめて微笑む。
「……本当に? じゃあ、私が読んだあの暴走する神剣は何だったのかな?」
「ありえたかも知れない、可能性の未来ですね」
「もう一度言うよ。……本当に?」
追及の手を緩めないミノア。ファリシアはそっと目を逸らした。
「あなたはそれを防ぐために動いたのでないのですか? だから未来が変わった。それだけですよ」
「それってさ、おかしくない? ニブルテットの預言書に描かれた未来は変えられない。私たちの間じゃ常識だったよね? 今回はニブルテットが二冊描いたために未来が分岐して選択肢が生まれた。そして今一つの預言書は白紙になった。つまり、もう神剣が暴走する未来はない。って、私もそう思っていたよ」
「正しい認識です」
「けどね、私、二冊の預言書を読んで一つだけ気になっていたことがあるの。彼女はあの預言書を同じ時間の一人物を描いた預言書って言ってたけど、消えたの預言書でリフが林道で倒れて終わった後、読んだ時にはすでに白紙ページがあったよね? てっきりもう一方の預言書が時間的に続くから、その帳尻合わせなのかなって勝手に考えてたんだけど……白紙ってさ、今からでも描けるってことだよね?」
ミノアの問いかけに、ファリシアは小さく息をつく。
「私が描き加えると、思っているのですか?」
「ううん、そうじゃないよ。ただ、これは私の直感でしかないんだけど、白紙になった方の預言書の未来は、まだ終わっていないんじゃないのかな? そんな気がするの」
ファリシアの目を見つめ、ミノアは意を決して再び口を開いた。
「ねぇ、ファリシアちゃん。一体何を企んでいるの? リフと交わした約束は、もう一つ残っているよね。神剣の完全封印って何? それはリフがいないと出来ないことなの? 一体、ファリシアちゃんはリフに何をさせようとしているの?」
ミノアの直感が導き出した疑念。その鋭さに、ファリシアもまた決意した。
静かな声で、はっきりと告げる。
「彼には神核を運んでもらいます」
「神核って、ハーヴェルの? 剣に宿るハーヴェルの神意だっけ。それを運ぶ?」
「彼は己の内に神核を宿しても耐えられる器があるのです。そして、道はあなたと彼の手によって敷かれました」
「光耐性のことだよね。でも道? 運ぶってどこ……まさか」
白紙となった預言書を思い出し、ミノアの顔が笑顔のまま強ばる。
「まだ終わっていない。それは正解です。でも、終わります。確実に」
「だからって、そんな世界にリフを送り込むなんて、リフはどうなるのっ」
うろたえ泣き出しそうになるのを堪えるような笑み。
「大丈夫ですよ。彼は、帰ってきます。……あなたの元に」
「そんなの信じられない。行かせなければいい。そうだよ、神核だってファリシアちゃんが封じられるなら何の問題もないじゃない。無理に完全封印なんて」
歪んだ笑み。ファリシアにかかる負担や、神剣暴走の危険性など一切考慮にしない、分かっていても止められない感情。その思いのまま口にするミノアに、ファリシアは冷や水のような一言を浴びせかける。
「彼を送り出さなければ、この世界は消滅しますよ? いいのですか?」
「どういう……こと? 神剣の一本ごときに、そんな力があるとは思えないけど」
侮蔑を含んだ笑みのミノアに、ファリシアも同意した。
「ないですね。世界を消滅させる、その一翼を担うのは私なのですから」
「ファリシアちゃんが? 世界を滅ぼしたいの? あり得ないよ」
小さく首をふり、信じられないと困惑した笑みを見せるミノア。
「あり得ないですか? 私は、割と簡単だと思いますよ。両天秤を思い浮かべた者ならば」
そう言ってから、ファリシアはポツポツと自分とリーフレットの関係を語りはじめた。
絶望に愛された者には真実が訪れる。その言葉を思い出し、ミノアは自分がつくづく絶望に愛されているのだと、思い知った。




