Despair 19 レアン隘路横の林から
一方、自ら進んでルアリス双将軍と一対一の状況を作り出したリーフレットは、ミノアの気配がギリギリ感じられるところで足を止めた。
後はバルドゥ将軍から、あの台詞を引き出せればいい。
そのためには……。
「まだ、話し合う余地ってあります?」
「無駄だと、貴様も知っているのであろう?」
「いや、まあ、そうなんですけど……」
「あの小娘のように百とまでは言わぬが、ワシも将軍と呼ばれる身。数種の奥義は体得しておる。抵抗は許可する。思う存分、抗うがいい」
言いながら、布に包まれていた一振りの剣を鞘から抜き放つ。見覚えのある鞘と剣。リーフレットは目を見開く。
「人を遠ざけたのはそれが理由ですか。将軍とはいえ、封印すべき神剣を振るうのはどうかと思いますよ?」
何故神剣? リーフレットに焦りが生じる。バルドゥ将軍の意図が読めない。
「貴様を娘の元にやるわけにはいかん。その預言書もろとも貫いてくれるっ」
襲われる理由の一端が見えた。どうやら将軍は娘のファリシアと会わせたくないらしい。
……え? まさか本当に、娘が懸想しているから今のうちにこっそり殺しておこう。なんて理由?
はは、そんなわけない……はず、だよな?
とりあず目的の台詞は引き出した。後は逃げるだけだ。
しかし、それが非常に難しい。対峙して初めて分かる。逃げることさえ許されない実力差。
戦々恐々とするリーフレットに、バルドゥ将軍は表情を消したまま静かに告げる。
「お前はワシを恨めばいい。それで全て片付くのだ。娘に、これ以上の重荷を背負わせるわけにはいかんのでな」
重荷って何なんだよっ。毒づきながらも、将軍の殺気にリーフレットは何も言わず身構える。
深い森の中、木の根が複雑に絡み合い人の背ほどの起伏だらけ。そんな中を、バルドゥ将軍は馬を巧みに操り、左右に跳ねるように数舜の間を置かずしてリーレットの間合いに飛び込む。
今からでは横にも後ろにも逃げれらない。そうとっさに判断したリーフレットは馬での体当たりはないと割り切って、ただバルドゥ将軍の持つ神剣だけを見つめ、下段からすくい上げるように切りつけてくる将軍の動きに合わせ、自分の持つ剣を神剣に叩きつけるとその衝撃を利用し、そのまま後ろにわざと飛ばされる。
ただ一撃、合わせただけでリーフレットの持つ剣にひびが入る。
ギリギリたたき折られなかっただけ。二度目は無理。と、現状を冷静に判断し、リーフレットの背筋に冷たい汗が流れる。
一方、バルドゥ将軍は追撃の手を止め、リーフレットと再び向き合う。
「光耐性を持つ連絡員としか聞いていなかったが……惜しいな、ウラシェルの一派でなければ取り立ててやったものを」
「それは遠慮しておきます。奥義の使えない僕が軍に入ったところで、大隊長にすらなれないので」
ルアリス正規軍の大隊長ならば、若手の出世頭である。それをわざと下に見て、嘯いてみる。
まあ、実際なりたいとも思わないけど。と、心の中で呟きつつ、リーフレットは辺りを見回した。
盾になりそうなものは木の幹しかない。バルドゥ将軍の実力なら幹ごと真っ二つになる。そんな想像が容易に出来てしまう。
「ふむ、制度の不備か。直す必要があるな」
「いや、入らないですからね」
「貴様に言っているのではない。貴様はここで神剣に貫かれるのだ」
非常にまずい。時間稼ぎすらさせて貰えない。
預言書の再演はこなした。後は逃げるだけなのに、それが許される状況になかった。
神剣の切っ先ゆっくり自分に向けられる。その瞬間、脊髄反射のように体を捻って半身になるリーフレット。
将軍は真剣をただ一振り、下段から上段に振り上げそして下げる。その瞬間、リーフレットの後ろで木が真っ二つになった。
ただ一振り。
ミノアですら三回の往復を必要とした剣の奥義を、将軍は一振りで完成させた。
さらに一振り。今度は水平に、神剣の重さなどまるでないかのように、剣を往復させる。
躱せたのは偶然だった。
一振りで木が真っ二つになるのに驚いて足を滑らした結果、たまたま剣の切っ先を避けられたに過ぎない。
横凪に切られた大木が倒れていく。そのドサクサに紛れて大きく後退するリーフレット。
奥義を極める。その実演を自分の命をチップに見ることが出来たらしい。
「これを避け続けろって、無茶振りにもほどがある」
「……やはり二連でも躱すか。メルティアスの小娘に入れ知恵されたか? ならば良い、どこまでかわせるか見てやろう」
宣言と同時に、バルドゥ将軍はミノア以上の速度で奥義を放ち始めた。
上下左右右斜め左斜め、縦横無尽に振るう。
将軍自身は馬に乗ったまま一歩も動かず、ただ軽く神剣を振るだけで、辺りの木が次々に切断されてゆく。
唯一リーフレットにとって幸運だったのは、剣の奥義に貫通力がない点だった。
切っ先が向けられたその先にある物体にしか効力が及ばない。
槍の奥義、背面抜手のように相手の背中から鎧を素通りして内部に刺さるような貫通力はなかった。
木の幹程度の厚みがあれば、木の陰に隠れるだけで奥義を防げる。
それを考慮して木の多い森林の奥の方へと誘い込もうとしたが、状況はリーフレットの想定を超え、瞬く間に木が粉々になって隠れる箇所が減ってゆく。
「……自然破壊反対っ」
「貴様が隠れなければ済む話だ」
律儀に返答してくる将軍に、リーフレットはウンザリとした顔になる。
初撃を上手くしのいだせいか、将軍はむやみに近づこうとせず奥義による牽制を繰り返してくる。
リーフレットの体力を徹底的に奪うつもりだ。リーフレットも将軍の奥義をかわすために背を向けて逃げられない。
奥義を放つ度に一歩ずつ馬を寄せてくる将軍。
距離が離せなくなって、焦りがリーフレットの精神力を削る。
ほんの少し、足が木の苔で滑る。
あ、まずい。
将軍の持つ神剣の切っ先がリーフレット向けられ、一回上下する。
その瞬間、リーフレットの襟首を掴んで横に引く者が現れた。将軍の一撃が斜め後ろの大木に切り傷が出来る。
突然現れた男を見て、リーフレットは目を白黒させた。オーストリッチ亭で別れたタックスだ。
「ようやく追いついたな。わりぃな、後始末に手間取った」
「タックスさんっ。どうしてここにっ?」
「嫁さんにな。最後まで手伝ってやれって、ケツ叩かれたんだよ」
そう言えば、ミノアとタックスの奥さんは知り合いだったっけ。ふと思い出す。
「いや、待って。将軍は神剣を持っているだ。近づいてはダメですっ」
「へっ、心配すんな。準備は万端ってな」
腕をまくるタックス。そこには何やら書かれた布が巻き付いている。
「ファリシア嬢に貰った。事情は聞いている。預言書を届けるんだろ? ここは俺に任せて先に行けっ」
突然の第三者にバルドゥ将軍は一瞬顔をしかめたが、相手が誰かを知ると小さく笑う。
「千闘戦鬼が相手か。良かろう、義理の弟とて容赦はせんぞ」
ん? 今すごい情報がなかった? タックスが将軍の義弟?
思わず顔を向けると、タックスはげんなりとした顔を作る。
「俺の嫁さん、将軍の妹でな。本気でやり合うのは七年ぶりぐらいか。あの時は俺が死にかけたところで嫁さんのストップがかかったが、今回は……まあ、なんとかなるだろ。千倒千起のしぶとさを見せてやるよ」
え、千回倒れるの前提ですか。とは、さすがに聞けないリーフレットだった。




