Despair 18 レアン隘路から
メルティアスの領都から副首都ダリスに向かう道は大きく分けて二つある。
まっすぐ南へと続く通称メルダリ街道と呼ばれる道。もう一つは、西の港に繋がる道を途中で南東に曲がる道だ。
レアン隘路と呼ばれるこの道は、リーフレットとミノアが出会ったレアンの村だけが山間にあり、馬車での移動も困難な険しい道だった。
行きに通ったレアン隘路に、リーフレットとミノアは再び足を踏み入れた。
遠回りになるのは承知の上だ。
預言書に「レアンに戻る途中で」と記されていても、その道を避ける選択肢をリーフレットはとれなかった。
見渡す限り平原が続き、馬車がすれ違えるほど広いメルダリ街道では逃げたり隠れたりがしにくく、人通りの多いのもネックだったのだ。
最悪なパターンとしてメルダリ街道を選んだ場合、そこで襲われた後、リーフレット一人がレアン隘路まで追い込まれる可能性もある。
預言書に描かれたワンシーン。森林の中、軍馬にまたがる将軍と一人対峙するリーフレット。その未来が避けられないのであれば、一瞬でもその場面を作った上で素早く助けを呼ぶ方がいいと判断した。
道を逸れてしまえば馬で追うことが難しくなる。木々を利用し身を隠すのも容易になるだろう。
預言書の再現もミノアと離されることなく可能だ。
ミノアと相談して、リーフレットはレアン隘路を選んだ。
それが正解だと言わんばかりに、レアンの村に到着する手前で待ち構える三人の人影。
リーフレットは顔をしかめた。
馬に乗っている人物は一人、その左右に見覚えのある執事とメイドが立っていた。
将軍邸まで御者をしていた執事と、首筋に冷たい突起物を当ててきたメイド。
そして王邸三主の一角でありルアリス双将軍の片割れ、外主将バルドゥ・シェード・フロイライン。
一般の馬より一回り大きい軍馬に乗り、左手には布に包まれた一振りの剣。
軍馬の鞍には矢筒ではなく、数本の細やりが結わえ付けられている。
弓や短剣は持っていないと確認しながら、ゆっくりと近づく。
襲われることが分かっている者と、襲うことが決定している者。
ミノアが隣にいる限り、いきなり襲いかかられることはないと信じて、将軍と対峙する。
「逃げずに向かってきたか」
「預言書には色々と振り回されてきましたからね。無駄な足掻きはしません」
「いい心がけだ。聞いていたとおりだな」
ん? バルドゥ将軍の台詞にリーフレットは眉を潜める。聞いていた?
ピンポイントで待ち構えられていたので、てっきり将軍は預言書の内容を知っていると考えたが、どうやら違うようだ。
そりゃそうかと、リーフレットは今更ながらに思い至る。
預言書の中身を知っていれば、この襲撃が失敗することは次のページで描かれているのだ。無駄な行動になる。
でも、預言書のことは知っている。
「預言書が目的ですか? わざわざ取りに来られなくても、ちゃんと娘さんに渡すつもりですよ?」
軽く揺さぶりを掛けてみる。預言書に「その預言書もろとも」と書かれていたので、預言書の入手が目的の可能性は低いが、反応によっては襲撃の理由が分かるかも知れない。
「貴様には分かるまい。預言書など道標に過ぎぬ。確固たる意思を貫くならば、無用の長物でしかない」
「なら、あなたは一体何をしに来たんですか? ミノアは関係ありませんよね?」
「ふっ、駆け引きは苦手なようだな。二人きりになりたいのであろう? 目的は預言書の再現か? 林の中に誘い込みたくて仕方なさそうだな」
完全に読まれている。探りを入れるのすらままならい。焦燥感に駆られるリーフレットに、バルドゥ将軍は泰然と笑った。
「いいだろう。乗ってやる。こちらとしても好都合だ」
この時になって、リーフレットはある事実に気づく。
自分が身を隠しやすい状況は、相手にとっても同様であると。辺りの様子を窺い、無数の気配を感じ取って自分のうかつさを後悔する。
将軍と一対一になる状況が予言されていたので油断した。
ミノアはまだ気づいていないようだが、この人数を相手にすると負けないにしても時間がかかりそうだ。
「リフ、こっちは任せてね。すぐ追いかけるから」
安心させるかのように、温かな笑みを向けるミノア。リーフレットは力強く頷いた。
「うん。ミノアも気をつけて、油断しないようにね」
「大丈夫。久しぶりに、フルスロットルでいってみようかと思うの」
ミノアの一言に、リーフレットは表情を消す。
「……それはやめて。マジで」
森ごと更地になる光景しか思い浮かばなかった。
林の中へ消えるリーフレットと将軍。その後ろ姿を見送るミノア。
視線を遮るようにバルドゥ将軍の執事とメイドが立ち塞がった。
「あーやっぱり、こうなっちゃうか」
「ご無沙汰しております、ミノア様。あなた様にはここでお待ち頂くよう、主人より仰せつかっております」
「確かオムコットにカロネだったよね。私を相手にあなたたち二人? 師範代クラスだったっけ? それはちょっと自分を高く見積もりすぎなんじゃないのかな?」
言いながら、ミノアはチラリと相手の装備を窺う。
執事のオムコットがペーパーナイフ、メイドのカロネが金属ナックルなのを見て、武装張力と対称遅延かなと予測する。
「いえ、絶望に愛され百の奥義を使いこなすミノア様を相手に、奥義一つしか振るえない我々が敵うはずもございません。なので、用意いたしました。師範代クラス、奥義を扱えるもの五百人。五倍の戦力を持ってお相手いたします」
気配を消して隠れていた五百人の精鋭がミノアを囲むように現れる。その数にミノアは思わず苦笑いを浮かべた。
「それってルアリスの大隊長格を根こそぎ引っこ抜いてきてない? 大丈夫? 国の防衛。北の公爵民ながら、ちょっと心配になってくるんだけど」
「ご心配には及びません。南の三公国、ワンバック公爵領、それぞれ国政が混乱しておりますので。誰か様のおかげで」
言われて初めて、自分の撒いた種だったとミノアは気づいた。
「うわぁ、アシストしてるの私かぁ。でも仕方ないよね、他に選択肢はなかったし」
「国の行く末を憂う者として、感謝しております。旦那様もそれはお認めになるでしょう」
「その結果が五百人の刺客? 割に合わないんだけど」
「高く評価されていると、誇られればよろしいかと」
慇懃な執事オムコットの言葉に、ミノアは思わず呟く。
「高く評価されている……ね。ふ、ふふっ。嫌だなぁ、久々に意識せずに笑っちゃった。私が百の奥義を扱えるから五百人集めた? ねぇ、それ、どこで知ったの?」
答えを返さない二人を見て、ミノアは再び口を開く。
「もしかして、私が書いた落書き帳から?」
核心をつくミノアの一言に、執事とメイドの顔に緊張が走る。
それが正解だと知り、ミノアは困ったように微笑むと、周囲を囲む五百の強者をぐるりと見渡した。
そして、左のこめかみに人差し指と中指を添え、更に笑みを深くする。
「ちゃんと百……選って、書いてあったと思うんだけど」
致命的な間違いを指摘して、ミノアは少し悩むふりをする。
「んー、フルスロットルはダメって言われちゃったし……。仕方ないかぁ、人として対人に使っていい範疇は他の人も使える奥義までって決めていたんだけど」
その真意を鋭く察し、執事とメイドは厳しい顔のまま、五百全ての兵を臨戦態勢に移行させる。
準備が整ったところで、ミノアはにこやかに告げた。
「さてと、じゃあ教えてあげようか。絶望に愛されるという言葉の意味を。秘された理が奥義という枠組みでは表しきれないということを。すべての真実をつまびらかにする呪いの真骨頂は、仮初めの神約を暴くためにある。ということを」
一人の少女を相手に五百人の精鋭を集め時間稼ぎをする。
そんな将軍の指示を不可解に思っていたルアリスの精鋭達は、その指示すらも甘い見積もりだったと身をもって知る。
どこかの記事で「という」という表現は使わない方がいいという事を知りました。
というわけで、このDespair本文中では一切使っていなかったのですが、
ただ使わないというのでは芸がないので、このエピソードの最後だけ解禁しています。




