Despair 17 公爵邸の中庭から
結局、将軍との衝突を回避出来そうなヒントはなかった。「その預言書もろとも貫いてくれるっ」と襲いかかってくる将軍の描写。
しかし、同時に次のページがあり「レアンに戻ったリーフレットとミノアは、ファリシアの願いを叶えるために神剣の完全封印に協力した」と記されていることに安堵を得ていた。
少なくてもあの預言書通りに進めば、生き延びることは出来る。預言書に書かれた未来は絶対に変えられない。その制約が、こんなにも心強く感じられるとは思わなかった。
それでも油断するわけにはいかない。大怪我なく将軍の襲撃を乗り切るためには、最低限の対策は必要だとリーフレットは感じていた。
昼食の後、リーフレットとミノアはメルティアス家の中庭で対奥義特訓を再開することにした。
「あっ、まだ氷張ってるところあるね、ていっ」
中庭の水たまりを見つけ、それを嬉しそうに踏み砕くミノア。幼い子供のような行動に、リーフレットは呆れ混じりの視線を送る。
「なにやってんのさ」
「こういうのってさ、見ると割ってみたくならない?」
目を輝かせて同意を求めてくるミノアに、リーフレットはげんなりとなって一言「ならない」と答えた。
弓と短剣を持ったミノアがリーフレトと向かい合う。
「バルドゥ将軍を相手にする前提で対奥義特訓するなら、槍と拳の奥義は無視してもいいと思うの。理由はまあ、分かるよね」
同意を求めてくるミノアに、リーフレットは小さく頷いた。
ミノアが背面抜手と名付けている槍の奥義は、対象物の寸前まで槍を突き出した後、触れる直前で手首のひねりを加えて戻すと、対象物の裏側から槍を引いた方向に向けて内部から穿たれる技だ。
高い防御力を誇る相手に対して有効な技だが、相手がリーフレットの場合、将軍が使い手ならばそのまま突き刺してしまえば済む話なので槍の奥義を使う必要がない。
同じような理由で拳の奥義も対策を練る必要はなかった。
対称遅延。三つの左右対称な動作後に相手に一撃を与える。その後、まったく同じ動きを左右逆にして行うと、相手がどんなに離れていても同じ場所にもう一撃ダメージを与えることが出来る追撃特化の奥義だ。
リーフレットなら一撃目で仕留められる。
「だとすると、剣の奥義以外に気をつけなきゃいけないのは弓と短剣の奥義だね。まあ、弓の奥義は千の弓兵から矢を射かけられたと思えば、似たような感じなるし一度見ておくだけでいいと思う」
弓の奥義は一人使えるものが居れば千人力の広域殲滅型奥義と呼ばれている。
一度見ておくだけでどうにかなる奥義ではない。
顔をしかめているリーフレットを前に、ミノアは矢を二本持ち弓につがえた。
一手矢礫。
ミノアがそう名付けた弓の奥義は、二本の矢を持ち、一の矢を空に向かって放つ。その矢が放物線の頂点に至った瞬間、二の矢で打ち抜くと、当たった瞬間、二つの矢は砕け広範囲に数倍の速度で矢の幻礫が落ちてくる。
そんな離れ技をいともあっさり成功させ、中庭に無数の穴を開けるミノア。
「こんな感じで、うまい人ほどより早く数多くの礫が落ちてくる技だけど、剣の奥義と違って見えてるし、焦らなきゃ何とか躱せると思うの」
「いや、それはいいんだけど、中庭でそんな奥義ぶっ放して怒られない?」
すでに中庭は見るも無惨な状態になっている。止めるのが少し遅かった。
「……うん、リフ。そういうことはもっと早く言おう」
焦燥を誤魔化すような笑みを浮かべ、ミノアはくるりと半回転する。
「昔の偉い人はこう言いました。逃げることは恥じゃないって。ってことで……うん、逃げよっか」
結局見つかり、庭師の人にむちゃくちゃ怒られた。
「次は大丈夫。短剣の奥義は防御系って感じだし」
短剣の奥義は武装張力だ。
鞘から少しだけ刃を出し、指二本で挟み、指の力だけで短剣を跳ね上げる。その瞬間視界に捉えていた武器の数だけ刃を回転させ、一切鞘を動かさずに再び刃が鞘にしまわれたときだけ、相手の持っていた武器がどんなに力強く握っていても地面に落ちる。
確かに武装を解除するだけなので、相手へのダメージ無しにこちらへの攻撃も防ぐことが出来る防御系の奥義だった。
「何度試しても発動しなかったけどね」
指で挟み、一回転させて鞘に戻す。そこまでは成功するのだ。しかし、リーフレットの武装張力が発動することはなかった。
「武器を捉える視界か、鞘の位置に問題があるんだと思うけど……まあ、今は奥義を成功よりも防ぐのが重要だから」
「でもさ、これが使えれば、将軍の奥義を防げそうじゃない?」
「私が将軍なら回転中の短剣に石でも投げ当てて潰すかな。この奥義って雑魚敵一掃用だから、将軍相手にはたとえ使えても厳しいと思うよ」
「ああ、なるほど。石を当てるね。それが対応策?」
「ううん、もっと簡単なのがあるよ。あの奥義の肝は鞘に収まるときの音にあるの。だからね、鞘が収まる瞬間、両耳を完全に塞いでいれば武器は落とさない」
「一つだけ聞いていい? 耳を両手で押さえてどうやって武器を握っとくの?」
「……音が鳴る瞬間、武器から手を離しておくとか」
「奥義を使うまでもなく武装解除されているよね? それって」
静かなリーフレットの一言に、ミノアは敗北を認めた。
「……石を投げる方向で」
当たればいいんだけどね。と、心の中でリーフレットは呟いた。
相手が真正面で武装張力を使ってくるとは限らない。半身の体勢で石の射線を防がれると非常に厳しい。
しかし、この奥義に関してはそんなに心配しなくてもいいはずだ。
「ま、まあ、教えておいてなんだけど……これも将軍が使ってくる可能性は低いと思うんだよね」
必死に誤魔化そうとするミノアのエセ笑いを見て、リーフレットは続きを促した。
「その心は?」
「正直リフが剣を持っていようがいまいが、将軍からすると鼻で笑って終わりって感じなんじゃない?」
「だよね、僕もそう思った」
同じ結論に至った。失礼な話だが事実だ。ちょこまか逃げに徹する相手に使うような奥義ではない。
リーフレットの機嫌が急降下しているのを察してか、ミノアが話題を変える。
「そもそもリフって武器を持ってないよね。剣とか一通り使えるのに、どうして?」
「こう見えても連絡員なんだよ。とにかく逃げて情報や物証を持ち帰るのが仕事なんだ。武器を持っているとね、決心が鈍るんだよ。なまじ抵抗出来ると迷いが生じる。それに無手だと相手は油断してくれるしね。必要なら腰に巻いたスカーフでも戦える訓練は一応受けているし」
「でも、今回はそれだとマズいよね」
「うん、分かってる。剣ぐらいは持って出るよ」
リーレットの考えを知り、ミノアはここだとばかりに両手を叩く。
「そう、じゃあ剣は私が用意してあげる。ちょうど家の宝物庫によさげな剣がいくつかあるの。リフは聖剣と魔剣と宝剣なら、どれがいい?」
「どれがって……聖剣や魔剣があるの?」
「さすがに神剣はないけどねー」
ミノアの軽口を聞いて、リーフレットはハーヴェルの神剣を思い出した。
あんな凶器がいくつもあってたまるか。
「普通の、少し頑丈な剣がいい。聖剣とか魔剣とか預かっても、まともに振るえないと思う」
「そっか、了解。明日までに用意しとくね」
ミノアの言葉に偽りはなく、次の日には一振りのショートソードが用意された。一介の連絡員が持つには分不相応な剣だ。
普通でいいって言ったのに。
強がりながらも、ミノアの気遣いが嬉しいリーフレットだった。
それから数日、メルティアス家のお世話になりつつ対奥義特訓に勤しんだリーフレットは、メルティアス領を出る決意をした。
ミノアとの特訓を興味津々と見ていたイルワナ君が、ミノアの真似をしだして剣の奥義を発動させてしまうなど、リーフレットの自尊心が削られる事件もあったが、概ね平穏に過ごせたメルティアス領。
もういっそこのままメルティアス領民として暮らしてみようかと、真剣に悩み始めたリーフレットに一通の手紙が届いたのだ。
召喚状。差出人は王邸宗主のウラシェル・レアーゼ。リーフレットが所属する組織の長、直々の呼び出しだった。
「多分、バルドゥ将軍が手を回したんだろうね」
ミノアの推測に、リーフレットは顔をしかめた。
「一応、休暇の申請はしたはずなんだけど」
「それで居所がバレたんじゃない?」
「……聞かなかったことにしたい」
墓穴を掘った自分の行動をなかったことにしたいリーフレットは、自分の両耳を押さえた。




