Despair 15 公爵邸の執務室から
牢から出されたリーフレットは、ソイチルの後に続き公爵邸の執務室に入った。
ちなみにミノアはそのままだ。
連絡を怠った罰に「一晩牢屋で過ごしなさい」とソイチルに言いつけられていた。公爵令嬢……扱いが酔っ払いと同じだった。
通された執務室には一人の男が執務机の奥に座っていた。
ミノアと同じ薄茶色の髪に黒縁のメガネ。歳は二十代後半だろうか、少し神経質そうな顔はミノアとはあまり似ていないが、状況からおそらく彼が当主代行のサンワーナ・メルティアスだと推測する。
「あなた、連れてきましたよ」
ソイチルが声を掛けると、書類に目を通していた男は視線をリーフレットに向ける。
「君がリーフレット・ウェル・ジンズか」
「え、あ、はい。初めまして」
フルネームを言い当てられて少し慌てて答えると、男はメガネを外し小さく頷く。
「そうか、すまない。愚妹が迷惑を掛けている」
何故か謝罪された。
「領主代行のサンワーナ・メルティアスだ。当主のセルメキヤ・メルティアスは療養中なので、私が用件を聞こう」
「ありがとうございます。実は妹さんがこの屋敷に送った絵本を受け取りに来ました。届いてますか?」
預言書であることは濁し、ソイチルの発言からここにある確証も得ているが、リーフレットはあえて知らないふりをして尋ねた。
「絵本? ああ、預言書のことか。ニブルテットの預言書なら確かに届いている。私にではなくソイチル宛てだったがな」
ただの絵本だと思っていてくれたなら回収は簡単だっただろう。しかし、絵本が預言書だと気づかれているとなると、回収は途端に難しくなる。ニブルテットの預言書は好事家の間で価値があり、希少本として取引されている。手持ちの予算で譲ってもらえるだろうか。
そんなことを考えていたリーフレットに、サンワーナが徐に声を掛ける。
「預言書を渡すのは構わないが、君はここから出ると襲われる運命にあるのだろう? 将軍に」
「ご存じなのですね?」
「ああ、預言書には私も目を通したからな」
「回避する方法とか、知りませんか?」
ダメ元で聞いてみると、サンワーナは思いのほか真剣に考えてくれた。
「将軍と正面からぶつかるのは……自殺行為だな。我が領地から出なければ……まあ無理だろうな。……すまない、私には思い浮かばない。一応、滞在の許可は出す。好きなだけ居てくれていい。妹を制御出来る人間は貴重なのだ。……本当に」
「心中お察しいたします」
目と目で通じ合う。
「預言書は書斎に置いてある。もしかすると、預言書に回避するヒントがあるかも知れない。後で執事にでも案内して貰うといい」
「ありがとうございます」
「健闘を祈る」
「……? えーと、ありがとうございます?」
どうしてメルティアスの領主代行に健闘を祈られるのか分からず、リーフレットの挨拶が疑問形になる。
その様子を見て、サンワーナはフッと頬を緩める。
「気にするな。感謝しているのだ。あんな妹でも身内だからな。君らが二人揃ってメルティアスに来てくれたことを、私は嬉しく思う」
答えになっていない答え。
しかし、これ以上しつこく聞いてサンワーナの不興を買うのはまずい。
何故かは分からないが、せっかく感謝されているのだからそれを最大限生かすべきだと、リーフレットは書斎に向かうことを優先した。
執事を呼ぶまでもないわと、ソイチルが直接書斎まで案内してくれた。書斎は執務室の近くにあり、本当に呼ぶまでもないなとリーフレットも思う。
それでも案内してくれたソイチルに礼を言って、リーフレットは書斎に入った。
中の本は自由に読んでいいとソイチルに言われたものの、リーフレットの目的は一つだ。
預言書を探す。探す、探す、探す。……ない。
預言書の装丁は分からないが中身が絵本なのは知っている。過去にニブルテットの預言書も読んだこともある。
リーフレットは簡単に見つかるものだと高を括っていた。
しかし、見つからない。ごく最近に送られてきたものだ、本棚の上段は考えにくい。中段、下段を中心に見ていくが想像以上に蔵書量が多い。
こんなことならソイチルが出て行く前に聞いておくべきだったと、リーフレットは少し後悔した。
日はすでに落ちかけている。ランプ片手に本を探す行為は避けたい。
一休みしたらソイチルに尋ねようと、リーフレットは捜索するのを諦めた。
書斎に設置された三人掛けのソファに座り、軽く目を瞑る。
今後の展望に意識を向けてみた。
まず現状、リーフレットは完全に私用で動いている。ルアリスに所属する連絡員ではあるが、神剣を将軍邸に届け、受領書を副首都ダリスの拠点に提出した時点で任務は終了しいる。
ファリシアとの約束は、リーフレットがミノアとファリシアの関係に首を突っ込んだ結果に過ぎない。次の仕事を請け負っていないため、資金が続く限り自由に動くことは出来るが、長期間どこの拠点にも顔を出さないのはさすがにマズい。
当初の予定ではミノアが持っている預言書をファリシアに届けるだけの、簡単なお仕事になるはずだった。
メルティアス領まで足を伸ばさなければならなくなったのも、もしミノアと再会出来なかった場合、ここまで来る予定だったのでそれも問題はない。
予定外なのは預言書に描かれている将軍の襲撃だ。サンワーナも知っていた以上、襲われる未来が現実味を帯びてきた。
預言書に一度描かれた内容は必ず実現する。それがニブルテットの預言書だ。
回避は不可能。ミノアも聞いたことがあるらしい。その時の答えが「回避できる可能性がある未来をそもそも描けない」との回答だった。
しかし、そこにヒントがあるとリーフレットは考えている。
襲われる未来は変えられなくても、殺されたと描写されていなければ助かる可能性は残されているのだ。
バルドゥ将軍に襲われて生き残るのがどれだけ難しいことなのか、出会ったときのバルドゥ将軍を思い出し、軽く現実逃避するリーフレット。
襲撃への対策は少しずつだが整ってきている。
リーフレットはただひたすら時間を稼ぎ、ミノアとの合流を待つ。
非常に情けない選択肢だが、一介の連絡員であるリーフレットに出来る防御策など限られている。
その上で、どうして自分が襲われるのか、説得は可能なのか、今のうちに考えられるだけ考えなければならない。
娘が懸想しているから、今のうちにこっそり殺しておこう。なんて馬鹿げた話ではないだろう。
襲われるにはそれ相応の理由があるはずだ。
その理由が分からない。
リーフレットにとってルアリスの双将軍バルドゥ・シェード・フロイラインは雲の上の人物だ。今回のような神剣を届ける任務でもなければ、言葉を交わす機会もなかった。
そもそも指揮系統が違う。
リーフレットの所属する組織の長は軍ではなく、王邸三主の一人、宗主のウラシェル・レアーゼだ。ルアリス王国の祭事・神事を取り仕切る三大国家機関の一つ。その末端にリーフレットは属している。
今回、将軍邸がお届け先になっていたのは、娘のファリシア・シェード・フロイラインが神剣を封じられる封呪能力者だった一点が関係しているのだろう。
だとすると、やはり神剣が原因な気がする。
届けた神剣が偽物で、将軍が怒り狂ったとか?
ふと思いついた仮説をリーフレットはすぐ否定する。
偽物の神剣が暴走するわけない。
ならば、その後すり替えられた?
いや、ファリシアに手渡す瞬間まで、確実にあの神剣は本物だった。
となると、神剣に傷などの瑕疵があった?
傷から連想して、神剣を地面に叩きつけていたミノアを思い出す。
……ミノアのせい?
いや、いやいやいや。鞘に収めるまで神剣に傷などはなかった。
そもそも、なぜ将軍は自らリーフレットを襲いにくるのか。リーフレット一人を始末するだけなら、配下の兵を動かすだけでいい。
……ミノアのせい?
これはあり得る話だ。
ミノアの実力が一騎当千なのは、この三ヶ月間隣にいたリーフレットは嫌なほど見てきている。
将軍がミノアの存在を知っていれば、自ら乗り出してくる可能性も否定出来ない。
預言書でリーフレットが一人将軍と相対していたのも、ミノアの相手を部下にさせていたからと考えれば自然だ。
そうなると、やはり将軍の目的はミノアではなくリーフレットとなる。
実はミノアが目的で、リーフレットは巻き込まれただけ。なんて、淡い期待はしないほうがいいだろう。
思考が空回りする。口封じ?
そのつもりなら、将軍邸を出た直後に襲われている。ミノアと合流した後に襲うメリットなどない。
光耐性を持つ者が邪魔になった? 何故? 神剣に唆されないだけなら、ミノアや鞘を持ったタックスだってそうだ。
そもそも、鞘やブレスレットを持つだけで防げるのなら、なぜ自分は必要だった?
どちらかといえば光耐性は役に立たなかった。ミノアにフォローされていなければ、リーフレットは神剣に取り込まれていただろう。
リーフレットを推薦したのはコールネリー・ニブルテットだ。
預言書に書かれた将軍の襲撃。
ファリシアと交わした約束。
それらがぐるぐると頭の中を空回っているうちに、リーフレットの意識は次第に薄れてゆく。
いつの間にか、リーフレットはそこが公爵家の書斎であることも忘れてソファーに横たわっていた。
「あらあら、ディナーのお誘いに来たんだけど、起こさない方が良さそうね」
遠くの方でソイチルの声がする。微睡んだ意識の中、リーフレットが返事をすることはなかった。




