Despair 12 倒壊した廃屋の前から
副首都ダリスから歩いて二日、リーフレットはレアンの村に到着した。
数日待ってダメなら、こちらから探しに行く。そう心に決めて倒壊した廃屋に訪れたリーフレットだったが、待ち人は随分とせっかちだったらしい。
「遅かったね。リフ」
十日ぶりに見る混じりけのない笑顔。ミノアは瓦礫となった廃屋の上に座っていた。
「君が早すぎるんだろ? 依頼こなして最速でここに来たつもりなんだけど」
「あんなメッセージ残してくれるからさぁ、期待して来たのに居ないんだもの。寂しくて泣いちゃったよ?」
「君が泣く? どうやって?」
性格的にもブレスレット的にもミノアが泣いている姿をイメージ出来ない。
リーフレットの失礼な問いに、ミノアは一言で答えた。
「笑い泣き」
「いや、せめて泣き笑いって言おうよ」
いつものように言葉を返すと、ミノアはそれが嬉しかったのか、更に笑みを深める。
「ふふふっ、で、リフは仕事を終えて急いで私に会いに来てくれたんだ?」
言いながら近づくと、ミノアはリーフレットの腕にすっと腕を絡めてくる。
「そうだよ。契約の不履行を訴えようかと思って」
「……契約? したっけ?」
「ほら、ここでさ、しただろ。契約成立の握手」
「えー、でもあれ、内容決めてなかったし、手も振りほどかれたし?」
「よく覚えてるじゃないか。じゃ、改めて契約しようか。僕は君をファリシアと会わせる。だから、ミノアは彼女にブレスレットを返すのをもう一度考え直して欲しい」
自身の期待をミノアに押しつけるのは間違っているかも知れない。それでも言わずにはいられなかった。
ミノアは小首をかしげる。
「どうして? それじゃファリシアちゃんと会う意味ないのに。あっ、もちろん幼馴染みとしては会いたくないって意味じゃないから、そこは誤解して欲しくないんだけど」
「ファリシアから聞いたよ、色々と。僕の考えが甘かった。僕は返すのに反対だ」
「んー、そっか。聞いちゃったか。……でもね、安心して。私には秘策があるから」
「秘策? 本当に? それって何?」
「それはね……秘策だけに秘密っ。でも、本当に大丈夫だよ。自信はあるから」
確固たる意思を持ったミノアの笑み。
ああ、そうだ。この笑顔を信じて、見惚れて、ずっと一緒にいたいと思ったのだ。
信じなくてどうする。リーフレットは決意を新たにした。
そんなリーフレットを前に、ミノアは同じ笑顔のまま、目の輝きだけを消した。
「ところでさ、リフ。どうしてファリシアちゃんのこと、呼び捨てなの? まだ一回しか会ってないはずだよね?」
正確には二回である。しかし、今それを言って墓穴を掘るリーフレットではなかった。
「……変、かな? ミノアのことだって、最初から呼び捨てだっただろ?」
「私は出会いの時点でそうなるように仕向けたもの。身分も隠してたし。でも、ファリシアちゃんは違うよね? 将軍の娘って分かってたよね? なのに呼び捨て?」
「ちょっと色々とあって、そう呼んで欲しいと頼まれただけだよ」
「ふーん、色々、ね」
含みのある笑み。
元彼うんぬんを説明し出すとややこしくなる。なので省いただけだ。他意はない。
「そ、それよりさ。ミノア、ニブルテットの預言書を読んだって言ってたでしょ? その預言書って、今どこにあるの?」
「……預言書? あー、なるほど。それで私の実家に行くことになるのか」
リーフレットの問いに、一人満足げに笑うミノア。預言書に何か描かれていたのだろうか?
「実家?」
「えーっと実はね、ニブルテットの預言書なんだけど、持ち運ぶのに邪魔だったから実家に送っちゃってたんだよ。でね、預言書には私たちが実家に向かうって部分だけ描かれていたから、何でだろうって思ってたんだけど、預言書が目的だったんだね」
気軽に言ってくれるが、ミノアの実家ってことは……。
「メルティアス家?」
「そうだよ。北の果て。私たちの足なら一週間程度の距離かな。今の時期なら積雪はないと思うよ。まだ寒いけだろうけど」
「私たちの足って、全力疾走がデフォルトじゃないよね?」
「したい? だったらもっと早く着くよ?」
「勘弁して。普通に行こう。報酬貰ったから馬を借りてもいいし」
リーフレットの提案に、ミノアが瞳を輝かせる。
「馬っ。もちろん二人乗りだよねっ?」
「いや、旅で二人乗りはダメだって。馬の負担も考えようよ」
「だったらさ、私はいらないからたまにリフの後ろに乗せてよ。うん、それがいいっ」
ミノアの中ではプランが決定したようだった。
「あっ、馬で思い出した。おっちゃんからさ、馬の代金預かってきてるよ」
「馬の代金?」
「ほら、ハーヴェン教の騎士を返り討ちにしたとき、十数頭の白馬をパクったでしょ? あれ、いい値で売れたみたいなの。仲良く三等分だって」
「それ、貰っても大丈夫なの? ものすっごく恨まれそうだけど」
「恨まれるもなにも、私たち殺されそうになったんだよ? 当然の報いじゃない?」
いや、最初は拘束されそうになっただけで、殺されそうになったのは神剣のせいだ。神剣を盗み出しているのだから、裏はともかく表向き彼らは仕事を全うしたに過ぎない。
そう考えると、このお金を受け取っていいものか躊躇われる。
「まあ、もう売っちゃってるし、いいか」
大神殿で売ったなら多分買い戻されるだろうし。いい勉強代だったってことで、納得して貰いたい。
受け取ることにした。思った以上に多かった。神剣奪取の報酬よりもずっと多い。
「え、ちょっとショックなんだけど」
「依頼の一つで白馬五頭なんて買えないんだから、計算は合ってると思うよ」
「そりゃそうだけど」
「とりあえず、これだけあれば馬の一頭ぐらい買え……」
そこで言葉を止め、ミノアは気怠い笑みを浮かべた。
「私、気配を読んだりって苦手なんだよねぇ。人生の大半ごり押しで何とかなってきたし。直感は鋭い方だと思うんだけど」
それは褒めていいのか? と思いつつ、リーフレットは辺りを油断なく見回した。
いつの間にか取り囲まれている。自国に戻ってきたことで油断していた。神剣はすでに手放しているので、囲まれる覚えがなかったのも油断に繋がった。
緊張が伝わったのか、林の影からわらわらと姿を現す男たち。
ベルフライン神公国の追っ手にしては服装に統一感がない。野盗とまでは言わないが、寄せ集めの傭兵を率いた小隊のような印象を受ける。
「我はティガロ・ワンバック連合軍のヒューケット・グレースであるっ。我らの革命を阻んだ貴様らを生かしておくわけにはいかんっ。覚悟せよっ」
隊長格は軍属なのか、不意打ちではなく堂々と口上を述べてくる。
「えっ、今更そっち?」
引きつった笑顔で驚きを表現するミノア。寄せ集めの傭兵と想像したリーフレットは、当たらずとも遠からずと、自分の見立てを正解とした。
「特にそこの小娘っ。貴様だけは絶対に許さんっ。貴様が公爵を翻意させなければ、我らがこのような苦境に立たされることもなかったのだっ」
張り倒された公爵が恨みに思って追っかけてくるならまだ納得出来るが、これは完全な逆恨みではなかろうか?
「んー、本格的な闘争はメルティアスから帰ってくるまでないと思ってたんだけど……まあ、この程度は預言書に描くまでもないってことかな」
不穏なことを呟くミノア。
ちょっと待って、その言い方だとメルティアスから戻ってくる時、もっと大きな争いに巻き込まれるって聞こえるんだけど?
ミノアはリーフレットから離れると、広場の真ん中に立った。
「いいよ、だったら私が相手になってあげる。ハンデは必要かな? そうだなぁ、奥義は移動用のだけって縛りなんてどう?」
あからさまな煽りに、周囲の怒気が高まる。
「その減らず口、すぐに叩けなくしてくれるっ。やれっ」
その合図と共に、囲んでいた兵士達が一斉にミノアの方へと襲いかかる。
まずはワンバック公爵領で大立ち回りしたミノアを確実に片づける。そう判断したのか、リーフレットは完全にスルーされていた。
四方から襲いかかかる兵士を、宣言通り移動用の奥義のみを使い翻弄するミノア。腰のナイフを使うでもなく、無手で相手の剣や槍をただひたすら躱し続け、相手の疲労を誘うように武器の間合いギリギリを保つ。
その圧倒的な技量に徐々に余裕を無くす隊長格の男。しかし、ミノアがいつまでも武器を手にしないのを見て、突如笑い始める。
「ふ、ふふっ、そうか。分かったぞ」
手加減して、相手の致命傷を避けるように立ち回っていたミノア。その様子を見て、隊長格の男は何かに気づいたらしい。嘲るように言い放つ。
「おまえ、人を殺したことがないだろう? その笑みでポーカーフェイスのつもりか? 今の動きで分かったぞ。貴様に人を殺す覚悟はないっ。ならば、やりようはいくらでもあるっ」
その言葉を聞き逃さなかったミノアは急に立ち止まると、一瞬にして滑るようにリーフレットの隣にまで戻る。
そして、隊長格の男の方に振り向くと、凍りつくような笑みを浮かべた。
「人を殺す覚悟? あるわけないじゃん。私は、私に殺される覚悟をさせる側なんだから」
圧倒的強者の心構え。言外に殺す価値もないと言われていることに、この隊長格は気づいているだろうか?
そして、もう一つ気づいているだろうか? 今、ミノアがわざわざ敵中に飛び込んで翻弄したのは、相手の隊列を乱すため。ミノアの動きに合わせてリーフレットがそっと道の方に寄ったため、包囲は崩れ、北に逃げ道が出来ている。そうなるようにミノアが誘導したのだ。
「リフ、ちょっと別行動しよっか。こいつらは私のお客さんみたいだし、リフがいると時間かかりそうだから、馬の用意して先に行ってて」
言いたいことは分かる。ミノアの扱う移動用の奥義で敵を倒そうとする場合、周囲に味方がいると使いにくいものが多いのだ。早い話、リーフレットは邪魔だった。
しかし、また離れ離れになる。その一点だけで、リーフレットは不安に囚われる。
「そんな顔しないで。私はもう消えないから。すぐ追いつくよ」
優しく微笑むと、ミノアは敵の方へと一歩前に出た。
ミノアの意志が固いと悟り、リーフレットは迷惑にならないよう北の方に足を向ける。
「リフっ」
突然呼び掛けられ、反射的に振り向いたリーフレット。
その唇をミノアは閃光の早さで奪った。
「こういうのは勢いが大事だと思うの。じゃね、また後でっ」
にししっと笑い、ミノアは再び敵の中へと飛び込んでいく。
リーフレットも同時に走り出した。赤くなる顔を冷ますには、走って風を当てるのが手っ取り早いと思ったから。
その後、二度とミノアが姿を現すことはなかった。なんてこともなく、馬を用意して町を出たところでミノアと合流した。二人は一路メルティアス領に向かって、馬に乗って歩みを進めている。
「のんきに二人乗りしてて大丈夫? 走った方が良くない?」
そんなリーフレットの心配を、ミノアは後ろから抱きついたまま一笑に付す。
「大丈夫っ。門番Gのおっちゃんを見習ってみました」
その一言で、彼らがどうなったのかリーフレットは悟った。
近い将来、松葉杖が品薄になるんじゃないだろうか。妙なことが次の心配になるリーフレットだった。




