『天使』
暴風が渦を巻き、床を削り取るように吹き荒れた。翼の一振りだけで、空気そのものが刃と化す。身体が宙を舞い、視界が反転し、次の瞬間には背中を強く打ち付けられていた。
「がっ……!」
息が詰まる。肺の中の空気が一気に押し出され、しばらく呼吸ができない。キャリーは宙に浮いたまま、見下ろして笑っていた。
「ははは!どう?この翼綺麗でしょ。真っ白な羽。まるで天使のようだ。世界もこんなふうに真っ白な純白の心であるべきなんだよ。」
その声と同時に、無数の光が翼の隙間から生まれる。
「来るよ!!」
ノアが叫ぶ。放たれた光の槍が雨のように降り注いだ。光が降り注いだ場所は床が爆発し、壁が崩れ、その衝撃が身体を叩きつける。
「ノア!危ない!!」
ソフィアが咄嗟に前へ出て、槍で弾きながらノアを庇った。
だが一瞬の隙を突くように、光がソフィアの脇腹を掠める。
「ッ……!!」
赤黒い血が飛び散り、ソフィアはその場に倒れ込んだ。
「ソフィア!」
グレースが駆け寄ろうとした瞬間、強烈な衝撃波が叩きつけられる。
「わっ!!」
身体ごと吹き飛ばされ、柱に激突した。
その間にキャリーは一気に目の前にいた。
「遅いよ。」
翼が大きく振り下ろされる。
ガキン!
「おっと…ふ〜ん仲間思いだねー」
フレディが間一髪のところでキャリーの攻撃を受け止めた。
「でもさ〜君には無理だよ。」
そう言うとキャリーは笑いながら彼の腕を掴み、その場に投げつけた。壁に激突し、内臓が圧迫される。
続けてノアが必死に弓を引いた。キャリーをめがけて放たれた矢は一直線に向かう。
しかし、
「おっと。危ないじゃん〜」
指先一つで弾かれた。
次の瞬間、光の刃がノアの足元を薙ぎ払う。
「う゛っ……!」
「この弓面倒だな〜そうだ!使えないようにしてあげるよ。」
そう言いノアの腕に手をかける。
「ひゅっ……う゛あぁぁ……!」
肩が外れた瞬間、ノアの悲鳴が辺りに響いた。腕はコトンと生気を失ったかのように横たわっている。遅れて血が溢れ出し、床が赤く染まっていく。
「ノア!!ノアに何してるの!?」
グレースは目にも留まらない速さでキャリーと距離を詰めた。
「ははっ。仲間がやられて怒っちゃったかな?」
「……チッ…」
「舌打ちしないでよ〜別に死んでる訳じゃないんだしさ〜」
「あんた命をなんだと思ってるの!?人のこと傷つけて…!楽しいなんて…!!」
「お説教?えー僕そういうの嫌いなんだけどー」
1度距離を置き、体勢を整える。攻撃は全て羽で防がれてしまう。ならばその羽を何とかするしかない。それはグレースだってわかってる。
(応戦したい…!駆けつけたい…!)
しかし、体が思うように動かない。先程の衝撃がまだ抜けきっていない。そう思ってる間にも戦いは続く。
「はっ!!」
一気に距離を詰め、小刀を横に振るう。だがキャリーは翼を畳むようにして身を沈め、刃は空を切った。
「おっと〜速い速い。」
その声はものすごく余裕そうで、彼らを煽っているようだった。
「…ぐっ…」
グレースはそのまま体を捻り、下から切り上げる。
「はぁっ!」
ガキンッ!!
翼の羽が盾のように弾き返す。
「…!」
間髪入れず、踏み込んで懐へ。
「はっ!たぁっ!!」
連続で斬りかかる。キャリーは後方へ跳びながら翼で受け流し、床を滑るように距離を取った。グレースの頬に羽があたる。それだけで血が流れ落ちる。
「っ…!」
それでも止まらない。いや止まれない。今止まればいままでのものが全て無駄になる。キャリーの足元へ滑り込み体を低くし、切り込もうとする。
一瞬。たった一瞬だが羽の端が切れ、白い光が散る。
「へぇ…」
初めてキャリーの声色が変わった。サッとグレースの側へと駆け寄った。あまりの速さに目では追えないほどだった。
首の付け根を持ち宙へと持ち上げる。
「僕、君みたいなの好きじゃないんだよね〜なんと言うか、冷静ぶってさ〜」
「きゃ!」
そのままキャリーはグレースを軽く放り投げるように地面へ叩きつけた。
「だから…」
「やめ……!」
バキッ
「あ゛ぁぁぁあ゛……!!」
キャリーの足が容赦なく振り下ろされた。聞きたくない嫌な音を立て、骨が折れた。
「ははっ。足さえ折れば君はなんの力もないだろう?近距離武器しか持ってないんだから。彼、えっと…ノアくん?だっけ?ノアくんは弓持ってたから手をやったんだよ〜そうしたら無力化だからね♪」
「グレース!!……っ!」
(早く…みんなを助けないと…みんなを助けないといけないのに…!!)
「お前は動くな!フレディ!回復に専念しろ!その間は、俺たちでなんとかする!!」
そう声をかけてきたのはアンフェニ。アンフェニはフレディの前に立ち、キャリーの攻撃を防いだ。そして、一直線に突っ込む。
「はぁっ!!」
渾身の一撃がキャリーの腹部を捉えた。確かに入った。身体がわずかに後退する。
「ふぅ…急に来たら危ないじゃん。」
だが、次の瞬間。翼が、しなるように動いた。
「アンフェニ!」
アヴィニールが咄嗟に防御魔法を展開する。半透明の結界が二人の前に広がった。だか、
バキィン!!
翼が叩きつけられた瞬間、結界は紙のように砕け散った。
「なっ……!」
衝撃がそのままアンフェニの身体を貫く。
「ぐっ……!!」
アンフェニは咄嗟に身体を跳ねさせ後ろに下がり距離をとる。
「はぁ…はぁ…」
血が広がった。赤ではなく、青色の血が。
「アンフェニ!!」
アンフェニは震える手で傷口を押さえた。
アンフェニは人間の体だが、体内に多少の魔力が流れている。魔力による自己治癒で、ちょっとした傷は簡単に治せる。きっとこの傷を治せる。そのはずだった。
「……っ?」
魔力が集まる。だが、途中で止まる。
「な…なんで……傷が…」
キャリーが楽しそうに覗き込む。
「君の魔法を上書きしたんだよ。」
にやりと笑う。
「そもそもね。シェーラに魔法を与えたのは僕だ。そのシェーラによって魔法を与えられた君たち。それを上書きするなんて簡単なことなんだよ。立てない戦士ほど、無価値なものない。」
アンフェニは歯を食いしばろうとしたが、身体が言うことを聞かず崩れ落ちた。
「アンフェニ!回復…!……え?回復!」
回復ができない。何度も試すが、結果は同じだ。
「なんで……回復が……!」
「無駄無駄♪君の魔法は僕が上書きしたよ。さっきも言ったでしょ?僕が使える魔法は基本的に君の魔法を上書きできる。僕が使えない魔法だったら上書きできないかもだけどね〜けど、まぁ無理かー君オリジナルの魔法なんて持ってないもんね。残念残念♪」
アヴィニールはぎゅっと手を握りしめた。
「…あなたの言う通り、この魔法が使えないなら……」
光が渦を巻く。
「魔法陣展開。殲滅。」
目の前に浮かび上がる魔法はあまりにも美しかった。




