当たり前の日常
朝の鐘が鳴る前から、訓練場はざわついていた。木剣がぶつかる音、鎧が擦れる音、掛け声。騎士団の朝はいつも早い。
「フレディ、遅い。」
背後から聞こえた声に振り返ると、リアムが腕を組んで立っていた。
「まだ鐘鳴ってないじゃん〜」
「早め早めの行動を。って騎士団の入団式の時にも言われただろ。」
「早めって…まだ集合の15分前ですけど!」
「30分あれば対戦が2回もできる。俺はお前と訓練したいんだよ。」
「……そんなこと言われたら何も言えないじゃん。」
そう言いながら剣を取る。リアムはもう準備万端で、いつでもかかってこいと言わんばかりに構えている。
「今日は俺が勝つよ。」
「いや、今日も俺が勝つ。」
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「あ〜!!負けたーー!!悔しい…!!」
「これで俺の3万5026勝だな。」
「リアムになんか一生勝てっこないよ……」
「そんな事言うなよ?俺は昔から教育の一環でやらされてたんだから、当然だろ。」
「それでもだよ!!」
不貞腐れているフレディをなだめ、リアムは水を渡した。
「はい。休憩。」
「…ありがとう。」
小さなベンチに腰をかけ、休憩する。そして、今日の訓練の内容を話す。
「今日は模擬戦だってさ。」
「最近続いてるよねー」
「任務がないってことは平和ってことだよ。」
「それもそうだね。そういえば今日の模擬戦の相手って誰なの?」
「くじ引きで決まるらしいぞ。一緒かもな。」
「え〜またー」
「文句ある?」
「ないけどさ〜みんな…リアムリアム!ってなんか寂しいから……モヤモヤするし!」
「もしかして…嫉妬か?」
手を顔に当てニヤニヤと聞いてくる。
「そんなんじゃ……」
「安心しろ。俺のライバルは親友であるお前。永遠にそれだけだ。」
「……?」
「訓練始まるな。行くぞ。」
「あっ、待って!」
確かに、フレディとリアムは親友だ。それと同時に最高のライバルでもある。
しかし、リアムは時々フレディに対して、よくわからないことを言う。
フレディ自身も理解できてはいない。
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「これより模擬戦をする。各自、張り紙に書かれた表を見るように。持ち場につき、合図を待て。今回は特別にトーナメント形式で行う。」
全員が最初の対戦相手は誰か表を見て確認する。
「ルロイ…?誰だろ。」
フレディが表から顔を上げた瞬間、ちょうど視線が合った。
「…あ?」
向こうから歩いてきたのは、体格のいい騎士だった。年は彼より少し上だ。鎧の着こなしも、剣の持ち方も慣れている。
ルロイはフレディの前で足を止めた。
「お前がフレディか。」
低い声。見下ろすような視線。
「…あっ、はい。」
「俺様はルロイ。今回の相手だ。」
ルロイ。彼は新人の間で有名な人物だ。
「よろしくお願いします。」
一応、騎士団としての礼は忘れずに頭を下げる。だが、鼻で笑われた。
「ずいぶん素直だな。ま、新人はみんなそうか。こんなへなちょこなやつすぐぶっ飛ばしてやるよ。」
その言い方に、周囲の空気が少しだけざわついた。近くにいた人たちが、気まずそうに視線を逸らす。
「それに俺様は強い奴にしか興味がねぇ。なんつった、あのリアムとか言うやつ。あいつと戦いたいんだよ。勝つのは俺様だけど。」
それだけ言うと、彼は去って行ってしまった。
「…フレディ。ご愁傷様。」
「お疲れ様。フレディ。」
「なんか悪いことしたのか?お前。」
近くにいた同期が彼の肩に手を置き慰めてくる。
「なんでご愁傷様なの…!まだ勝負始まってないじゃん!」
「あの人、新人だからって手加減しないぞ。それに、相手が気絶するまで叩きのめすような人だからさ。ルロイと戦ったやつは全員医務室送りだって言われるほどだぞ。包帯の準備はしとくからさ。」
「もしかしたら俺が勝つかもしれないじゃん…」
「薬も用意しとくな。」
「氷水も用意しとこうぜ〜」
「ついでに、医務室まで運ぶ担架も。」
あれよ、あれよと好き放題言われる。
確かにフレディはそこまで強くはない。リアムと比べればだが。
そもそも、2人のレベルが高すぎるのだ。リアムが強すぎるがゆえ、フレディができないとされてしまう。
(でも何もそこまで言う必要なくない……!心配してくれるのはうれしいけど、もはや煽ってるでしょそれは!)
「じゃあ俺が勝ったらなんかしてよ!」
「いいぜ〜なんでも言うこと聞いてやるよ。」
そんなくだらない会話をしている時だった。
「フレディ。初戦の相手、誰だった?」
「リアム!えっと、俺はルロイって言う人!」
「聞いたことあるな。確か強いって言われてる…」
「うん!そうらしいね!でも俺勝てるように頑張るよ!」
「無理するなよ。」
「うん。リアムこそね。」
「リアムは心配いらないだろ〜」
冗談交じりに同期がそう話した。リアムは強いし、確かに心配する必要はないだろう。だが、フレディはリアムにも怪我をして欲しくない。
「俺だって怪我するときは怪我するぞ。」
「リアム様が決勝に進むに1票。」
「俺も1票。」
「僕も1票。」
「いつも模擬戦で圧倒してるの誰だよ。」
「フレディ、武器の手入れしてなくて大丈夫か?俺、今から行くところなんだけど、一緒にどうだ。」
「ん〜ちょっと汚れてるな…俺も行く。」
幸い、模擬戦が始まるまではもう少し時間がある。同期と別れて2人は武器庫へと向かった。
「…あの2人の距離がすごいよなぁ〜」
「リアムってフレディの前でだけみんなの時と違う対応するような。」
「愛かね〜」
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模擬戦が始まった。周りの騎士が野次馬となり、訓練所はまるで何かの大会のように盛り上がっていた。
深呼吸をする。気持ちを落ち着け対戦に挑む。
「始め!」
その声と同時に衝撃が襲いかかってくる。
「よっえ〜つまんな。」
「ぐっ…!」
息が抜ける。視界が揺れる。倒れそうになるのを必死で踏ん張った。
「へぇ、まだ立つか。」
木剣が肩に、背中に、容赦なく打ち込まれる。受けるたびに、体の奥まで響いた。
次の一撃。視界が白く弾けた。
地面に倒れた衝撃で、息が戻らない。起き上がろうとしても、体が言うことを聞かない。
フレディの記憶はそこで途絶えた。
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目が覚めたらベッドの上にいた。
「あれ…」
「フレディ。目が覚めたのか。よかった。」
「リアム…?」
そばにはリアムがいた。
「お前、ルロイにやられて気絶してたんだ。」
「そういえば…負けちゃったな。あの後、リアムはどうだったの。」
「あぁ。ルロイと対決したよ。」
「それでそれで…!」
「もちろん勝ちました〜」
「さすがリアム!!」
「ふふん。フレディに褒めてもらえるなんて光栄だよ。でも、今日はこのくらい。しっかり休んどけ。あとのことは俺がやっておくから。」
そう言うと、リアムは足早に彼の元から去ろうとした。
「リアム、ありがとう。」
「うん。」
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その日の任務は街道の巡回だった。
最近盗賊が出るらしく、騎士団が数名ずつ交代で見回りをしている。
「今日も異常なし。」
「平和だね〜」
フレディが伸びをすると、隣を歩くリアムが小さく息を吐いた。
「平和なのはいいことだろ。」
「それもそうだけど…あ、あれルロイさん?」
「ほんとだ。」
「ルロイさーん!この前は対戦ありがとうございました。やっぱり強いですね!今度戦う時は絶対勝ちますからね!」
「……あ、あぁ…俺様ちょっと仕事あるからじゃあ…!」
彼は焦った様子で去っていってしまった。
「なんでだろ?」
「あの人実力あるし、仕事もいっぱいあるんじゃない?」
「そっか。また戦いたいな〜」
そう言いながら空を見上げた。雲の流れも風の匂いも、昨日とよく似ている。
「戦ったらダメだよ。また倒れられたら心配だからね。」
「わかってるよ。」
「その代わり、俺が稽古つけるからさ。」
それだけ言って、リアムは前を向く。剣に手をかけたその背中は、いつも通り頼もしい。
けど、何故か寂しい。
(ここ最近、リアムがここにいないような気がする。目の前にずっといるのにけど、どこにもいないような感覚に襲われることがある。気のせいかな。きっと気のせいだ。だってリアムは目の前にいるもん。)
そこにある違和感は、フレディは無視し続けた。
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食堂。全員がご飯を食べていた。今日は任務がない。そのため、ほぼ休暇のようなものだ。しかし、フレディとリアムは稽古する予定がある。そのためにも朝はしっかり食べておかないといけない。
「パンうめ〜」
「ねーバター独占しないでよ。早く貸して。」
同期が同じ席でバターの取り合い。
「はぁ〜まだ堪能してる最中だろ!」
「早く貸してよ。」
「…俺の使いなよ。もう食べたからさ。」
そう言ってリアムは自分のバターを差し出した。
「なんか悪いよ。それリアムのだし。」
「俺はもう使わないし、使われない方がもったいないだろ。」
「ごめん。ありがと。てかそもそもこいつが僕のとらなかったらよかったんだよ。自分でふたつ持ってこいこのアホ。」
「アホって言った方がアホなんです〜」
フレディは2人の小競り合いを笑いながら見ていた。
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食事の後は訓練場に戻り、みんなで剣の手入れや軽い試合をする。木剣がぶつかる音、笑い声、掛け声。いつもの日常が続く。
「フレディ、やるぞ。」
「うん。」
いつも通り剣を交えた。
こんな生活が毎日続いた。




