最後の誕生日
グレースとアシュリは買い物に来ていた。この日はアシュリの誕生日。プレゼントを買おうと、いつもより多めのお金を持って街に来た。
村にはこれといったお店がなく、近くの街に遠出してきたのだ。街は、村とはまるで違った。人の声が絶えず、荷馬車の音が響き、どこからか甘い焼き菓子の匂いが漂ってくる。アシュリはグレースの手をぎゅっと握り、目を輝かせていた。
「ねぇね!見て!あれ、すごく大きいパン!」
「ほんとだ。村じゃ見ないね。」
店先に並ぶ色とりどりの商品にアシュリは立ち止まっては首を伸ばし、また走り出す。その小さな背中を見失わないよう、グレースは少し早足になる。
「走ったら危ないわよ。迷子になるかもしれないし。」
「大丈夫!あ〜!あっちはおもちゃ屋さんだ!」
初めて来た街にアシュリは大興奮だった。
「アシュリ。今日は何が食べたい?アシュリの誕生日だから、何でも好きなもの買うよ。」
「ほんと!ならねぇねの作ったケーキが良い!!」
街にはおいしいと評判のケーキ屋もある。ショーケースの中には宝石のようなケーキが並んでいた。
値段は少々張るが、この日のために頑張って貯金をしてきた。それなりのケーキなら買えるはずだ。
しかし、アシュリはそのケーキを一向に欲しがらない。
「お店のケーキでもいいんだよ。ねぇねのケーキなんてそんなに美味しくないと思うし…」
「ううん!ねぇねのケーキがいいの!」
何度も説得してみるが、アシュリはグレースの作ったケーキで良いの一点張り。
「それならおもちゃ屋さんで何か買おうか。アシュリのさっき見てたやつ。」
「ん〜あれ可愛いけど、そんなに欲しくないんだよな…」
「なら別のやつ。アシュリが好きなの選んで。」
アシュリは考え込んだ。しかし、帰ってきた答えは、
「やっぱりアシュリねぇねのケーキが食べたい!おもちゃもいらないから!」
「せっかく街まで来たのにいいの?街なんてめったに来られないし、ねぇねもお仕事で忙しくなったら一緒に買い物とかなかなか来られなくなるよ。」
「それでもアシュリはねぇねのケーキが食べたいの!」
即答だった。
「わかった。じゃあ材料買って帰ろうか。」
「うん!!」
いつもより少し高級な食材を買ってケーキを作ることにした。
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家に帰ると、アシュリは椅子を引きずって台所を覗き込んだ。
「アシュリもお手伝いしたい。」
「アシュリは遊んでていいんだよ。」
「アシュリお手伝いする!」
「わかった。なら…これ持ってまぜまぜしてくれる?」
「わかった!これをまぜまぜしたらいいんだね。」
グレースの家にはこれといった調理器具がない。そのため、簡単にできるチョコケーキを作ることにした。アシュリは混ぜることを楽しんでる。泡立て器の音が、静かな部屋に響く。
「あっ…」
チョコを入れすぎてしまった。生地が少し緩くなった。
「だいじょぶ? ねぇね?」
「うん…!これぐらいなんとかなる…何とかリカバリーすれば…」
「…ほんと?」
「ねぇねはケーキ作るのそんなに上手じゃないからさ。ど素人だし…失敗したらごめんね…」
グレースがそう言うと、アシュリはくすっと笑った。
「大丈夫。ねぇねの作るものは何でもおいしいもん!」
「アシュリ…ありがとう。でもこれはちょっとやばいかも…」
「えぇ!そんなにやばいの…!?」
「大丈夫!ねぇねが何とかする。」
「……ほんとかな〜そういう時のねぇねって基本的に失敗するんだよな〜」
「そんなことないわよ!ねぇねできる女だもん!!」
アシュリがくすりと笑った。その声に釣られ、彼女も笑ってしまう。台所いっぱいに2人の笑い声が響いた。
完璧じゃなくてもいい。今日は、これでいい。
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「じゃあ、さっき作ったこれと合体して…」
「できた?できた?」
「まだ。これから飾り付けしなきゃでしょ。」
「アシュリもする!」
飾り付けと言っても、ただチョコを適当な形に切って置くだけだ。それでもアシュリは喜んでいた。
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「9歳の誕生日おめでとう。アシュリ。」
そう言ってケーキを差し出す。
「ありがとう!ケーキすごくおいしい!!」
「喜んでくれてるならよかった。」
アシュリはニコニコと笑いながら彼女の作ったケーキをおいしそうに食べる。
あの日、両親から捨てられた日。その時からグレースは妹を何とかして育てなければと言う使命感に駆られて生きてきた。裕福とは言えない暮らしだが、それでも幸せだと思えていた。
ケーキを食べ終わると、ふとアシュリが彼女の方を向いて、真剣そうに話をしてきた。
「…ねぇね。アシュリ、9歳になったんだよ。」
「うん。知ってるよ?どうしたの?急に。」
「アシュリ、ねぇねに誕生日祝ってもらえて嬉しかった。…本当は迎えられなかった9歳だったから。」
「何言ってるの?迎えられなかったって…」
アシュリは微笑む。大人びた、穏やかな笑顔だった。
「アシュリ、こんなに大きくなったの。だからもう大丈夫。ねぇねは大切な人がたくさんできたでしょ。アシュリ以外にもたくさん。それが嬉しいの!」
(迎えられなかった?アシュリ以外にも大切な人ができた?そんなはずないだって私はずっとアシュリと2人で支え合って…)
「グレース!」
誰かが彼女の名前を呼んだ。アシュリじゃない誰かに。
(この声…聞いたことがある。不思議と安心するようなそんな呼び方……そうだ。私…)
「…いやよ。」
「もうアシュリはここに必要ないんだよ。」
「そんなこと言わないで…」
「だから早く行って…」
「そんなこと言わないで!!私はあなたといられるだけで幸せなの。そんなこと言わないでちょうだい…!やっと会えたのよ…」
自然と涙がこぼれてくる。
「…この服…」
いつの間にかグレースはいつもの服に戻っていた。いつもの戦いに慣れた服に。
「アシュリはいつでもねぇねのそばにいる。呼んでくれたらすぐに会いに行くよ。だからそんな顔しないでよ。アシュリずっとこの日が欲しかった。9歳。今のねぇねの半分だけど、それでも嬉しいの!」
「…うっ…」
この場所が夢の中ってことは彼女自身うすうすわかってた。妙に違和感があった。でも気づかないふりをしてた。
「…アシュリはねぇねのことが大好き!!これからもずっと一緒にいる!ちゃんとアシュリの分まで生きてね!」
「………そんな顔されちゃ何も言えなくなるでしょ…アシュリ。ねぇね、これからもちゃんと生きるよ。あなたのことを思ってあなたの分まで。…行ってくるね。」
「うん。いってらっしゃい!」
アシュリの姿が少しずつ遠くなる。輪郭が曖昧になり声も、ぬくもりも溶けるように薄れていった。
「…アシュリ?」
呼びかけても、もう返事はない。
家の中を見渡す。
壁のひび割れ、古い床、薄暗い天井。さっきまで確かにあったはずの生活の気配が音もなく消えていく。
代わりに、床の上にひとつ、小さな鍵が落ちていた。
古びていて、飾り気もない。けれど、それがここから出るためのものだと、なぜか分かった。
「…これを持ったら、戻れないのね。」
誰にともなく呟く。胸の奥が、きゅっと痛んだ。それでも、グレースは鍵を拾った。冷たい感触が、確かに現実を告げている。鍵を握った瞬間、家の奥に扉が現れる。不思議な扉。もう、アシュリの姿はどこにもない。
「…行ってくるね。」
返事はない。それでも、彼女は扉に手を伸ばした。
狭くて、暗くて、貧しくても、ここが2人の家だった。
(この場所に帰れば、まだどこかであの子が待っていてくれる気がする。)
周りから見た彼女たちはきっと可哀想な子供たちだ。それでも、グレースはそうは思わない。この場所は2人のどこよりもあったかい居場所だから。
「行ってきます。アシュリ。」




