せかいいちやさしいひと
「フェニックス〜このエゼキエルが迎えに来てやったぜ〜」
「迎えに来てなんて頼んでないけどなー」
「なんでそういうこと言うんだろう泣いちゃうぞ俺。」
「ごめんごめん。人気者のエゼキエル様が迎えに来てくれてすごくうれしいです〜てな感じでいいのか?」
「わかればいい!と言うわけで、今日も飯に行くぞ〜!」
あの日から、毎日同じような日々を過ごしている。仕事をして、全員でご飯を食べる。
「今日のメニューは〜俺の大好きなハンバーグ!」
「お前は好物が多いよなぁ〜」
ここ数日、彼はいろいろなことについて調べて回った。
その結果わかったのは、ここは現実世界ではないということを見破った。それと同時に、敵に催眠か何かをかけられて夢を見させられているのだろうということも推測した。しかし、この夢を抜け出す方法はまだわかっていない。
「フェニックス。俺の話聞いてる?」
「聞いてるよ。まぁ3、4割ぐらい?」
「それはほぼ聞いてないだろ!」
そんなどうでもいい会話をしながら、俺たちは食堂に向かった。
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食堂は、相変わらず騒がしい。
金属のトレイがぶつかる音、誰かの笑い声、食事の匂い。
「え〜ハンバーグ売り切れ!?ちょっとおばちゃん!何とかしてよー!」
「無理言うんじゃないの!遅かった。あんたらが悪いんだよ。」
「エゼキセル、無理言うな。すいません。こいつが。」
「フェニックスがもたもたしてるからだぞ!」
「……騒がしいと思えば、やっぱり。」
後ろに立っていたのはべギレネス。
「来るのが遅いと思ったら…何騒いでるの。」
「ハンバーグ売り切れだって。今日楽しみにしてたのに!」
「そう言うと思って、2人の分も買っといたよ。」
「まじ!?さすがべギレネス〜!」
「近寄らないでよ。暑苦しい…」
そう言いながらも、べギレネスはトレイを2人に差し出した。
ハンバーグが二つ、きちんと並んでいる。
「神……!」
「静かにして。周りにすごい注目されてるじゃん。」
3人は空いている席に腰を下ろす。
「そういえば最近研究はどうなの?期待のエースさん。」
「その呼び方やめてくれってば。別に期待のエースでも何でもねえよ。そもそも俺の所属は研究室じゃないんだから。」
「でも研究室の奴ら、みーんなお前のことすごい奴だって褒めてるんだぞ。」
「そうなのか?初めて聞いたけど、」
「ボクも研究室がいいな。今の仕事書類整理ばっかりでつまんないんだよね。」
「俺もーもっと面白い仕事したい。」
「エゼキセルは仕事したくないだけでしょ。」
「バレちまった?」
エゼキセルがへらっと笑う。
べギレネスはため息をついて、黙々とハンバーグを口に運んでいた。
「…フェニックス、なんか最近静かだね。」
手が一瞬止まる。
「そうか?」
「そうだよ。」
「別にそんなことないけどな。」
軽く返す。けれど、べギレネスたちの視線が彼から外れない。
「疲れてるんじゃない?最近忙しかったでしょ。」
「休んだほうがいいんじゃない?片付け、俺たちがしとくからさ。」
「…じゃあ、お言葉に甘えてそうしてもらうよ。俺、先部屋戻ってるわ。」
2人に後片付けは任せてその場を後にした。
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この夢から出る方法は何なんだトリガーはなにか。それがわからないことには夢から抜け出すことはできないだろう。
わからないことが多すぎる。かといって、役に立つ情報なんてほとんどない。
(どうすればいい?攻撃をされてる今、一刻も早く戦場に戻らなくては…)
ヒュラドがそんなことを考えている時だった。コツコツという足音が後ろからした。
「……フェニックス。」
「…チュラメリダ?」
「どうしたの。ずいぶん顔色が悪いようだけど。疲れてるんじゃない?最近はとても忙しかったって聞いたわ。お疲れ様。」
「……ありがとう。」
チュラメリダは静かに歩み寄ってくる。
靴が床を滑る音さえ柔らかい。
「無理しすぎよ、フェニックス。あなたは、もう十分やってる。」
(こんな言い方、チュラメリダはしない。)
「今日は早く休んだほうがいいわ。」
それは、記憶の中の彼女よりも、ずっと優しい笑顔だった。でもどこか冷たい。心の奥で、違和感がはっきりと音を立てる。
しかし、気づいた時にはもう部屋にいた。チュラメリダに送り届けられていたのだ。
「どうすればこの歪んだ世界から出られるんだ…」
部屋に帰って資料を広げて探してみるも、そのようなものはない。
答えが出ないまま寝落ちしていたらしい。机に突っ伏して寝ていた。
今日は仕事が休み。とはいえやることはある。図書館に向かう。古く誰にも使われていないあの場所。ヒュラドとアルヴィンとよく居たあの場所。
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「……久しぶりに来たな。」
この図書室はほとんど誰も来ない。それゆえ手入れが行き届いておらず、埃をかぶり薄暗い。
とにかく本を探した。けれど、そこにも夢に関する本はない。ここは国の本が大量に入っている。それでもないならもうないのだろう。
「フェニックス?何してるんだ?」
「…し、しょう?」
そこに居たのは若かれし頃、正確には薬を飲まされる前のアルヴィンだった。
「ここに来るなんて珍しいな。」
「あ、いや…」
「どうした?俺の顔になにかついてるか?」
「何もついてないですけど…」
アルヴィンは本棚を眺めながら、適当に一冊引き抜く。
「最近はどうだ。仕事、ちゃんとやってるか?」
あまりにも普通の問いかけ。
「……まあ、それなりに。」
「相変わらず、研究室に引っ張りだこだな。師匠としては誇らしい。」
「それなら嬉しいです。」
「でも、無理はするなよ。お前は昔から、放っておくと無茶をする。」
ページをめくる音。
「ちゃんと休め。倒れてからじゃ、意味がないからな。」
「師匠は……」
「ん?」
「俺がここに来るって、思ってました?」
少しだけ、探るように聞く。
「いや。たまたまだ。」
即答。
「お前は考え事をすると、決まってここに来る。昔から、そうだ。」
アルヴィンは彼の顔を見て、少しだけ眉を寄せた。
「顔色が悪いな。無理してるだろ。チュラメリダからも聞いてる。休んだ方がいい。お前は、考えすぎる癖がある。」
それだけ言って、アルヴィンは本を戻した。
「俺は戻る。あまり遅くなるなよ。」
「はい。」
背を向けた彼の姿は、何の違和感もない。
図書室には何の情報もなかった。
「フェニックス。」
突然呼ばれたことにビクッと肩を震わせた。
「あなた…昨日から顔色変わってないじゃない。むしろ悪くなってる。早く休みなさい。」
「……チュラメリダ。」
「何?」
「俺が本当に辛い時なんて声をかける?」
質問。チュラメリダは困惑していた。そして、一瞬、沈黙が落ちる。
「なんてって…辛いわね。とかかしら?」
その瞬間だった。彼の胸の奥が、すっと冷えた。
「なんでそんなこと聞いてくるの?とにかく今は休んだ方がいいわ。さぁ早…」
ヒュラドはチュラメリダの手を乱暴に取った。
「何するのよ!?フェニックス!」
「やっぱり。このチュラメリダは偽物だ。」
「…え?」
「優しすぎる。」
優しいけどこれはチュラメリダの優しさとは違う。
「本物のあんたはさ、俺が疲れてても、迷ってても…『考える暇があるなら、動け』って言っただろ。」
チュラメリダの表情が、初めて揺れた。
「辛い時だってそうだ。俺が辛い時あんたは何も言わずに寄り添ってくれた。それでしばらくするとどこかに行く。何も言わずにな。」
「…」
「俺のバディは…姉は、不器用で真面目で、でも世界一優しい人だ。そんな偽物の優しさなんていらない!!」
「…ここにいれば、苦しまなくて済むわ。みんなもいる。平和で、安全で……」
「だから、だ。」
「それが、一番の嘘だ。」
周囲の廊下が、わずかに歪む。壁の色が、滲んだ。
「べギレネスが裏切ったことも…俺がここを追い出されたことも…師匠がそのせいで酷い目にあったのも…全部全部ホントのことなんだよ…」
ヒュラドの声は震えていた。本当は口にしたくなかったのだ。認めたくなかった現実。それでも今ここにあるのは嘘で塗り固められた世界。
「俺は、現実のあんたと話がしたい。裏切った理由を、直接聞きたい。こんな都合のいいチュラメリダじゃなくて、エリカとして話したい。」
チュラメリダは何か言おうとして、それでも言葉にならなかった。
次の瞬間。彼女の身体が、静かに光に包まれる。崩れるように、砕けるように、でも穏やかに。
「…そう。なら勝手にしなさい。後悔しないことね。」
最後に、かすかな声だけが残った。光が消えた場所に、小さな鍵が、音もなく落ちていた。冷たい感触。
「…これだったのか。意外と近かったな。…これが現実ならよかったのにな…」
ヒュラドの呟きは諦めたような悲しさだった。
しかし、ここに閉じこもってるわけにはいかない。鍵を握った瞬間、目の前に扉が現れる。
「…待ってろよ、チュラメリダ。」
扉に手をかける。
「今度は、逃げない。」
白い光が、彼の視界を満たした。




