兄妹
音が響いた。アンフェニたちの戦闘によるものだ。
その衝撃があらゆる方向に飛んできて地面が揺れる。それとほぼ同時に、シェーラが魔法を構えるのをやめた。
「……」
(なんで攻撃をやめたんだ…このまま魔法を出せば、俺たちは確実に倒れる。絶好のチャンスなのに…)
シェーラの目線はアンフェニたちに向いていた。彼女の目の中に、フレディたちは写っていない。
「アンフェニ…アヴィニール…」
そう呟き、ふたりを見ている彼女の顔は、悲痛で歪んでいた。
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「はぁ…はぁ…」
アヴィニールが静かに腕を振り上げる。すると、足元の魔法陣が淡く光った。光が床を滑るように伝わる。衝撃波が空気を震わせ、アンフェニの腕を直撃した。
何とか受け止めたものの、体は少しずつ蝕まれていく。
「…次、排除。」
「アヴィニール!目を覚ましてくれよ!!」
ドカン…!
彼の声は届かない。
体が後方に吹き飛び、床に叩きつけられ、さらに転がりながら壁に背を打ちつける。衝撃で石が砕け、埃が舞った。アンフェニはすぐに身を起こそうとするが、次の魔法が迫る。
「アヴィ!!返事をしてくれ!」
「不必要なことはしなくていい。」
「確かにお前は合理的なやつだけどさ!でも!なんだかんだ言っていつも俺の話聞いてくれてただろ!!」
彼女の腕から放たれる魔法が周囲を巻き込む。空気が熱を帯び、衝撃波が全身を押し戻す。
「ゔっ…!」
アンフェニは壁に手を突き、体勢を立て直す。だが、次の瞬間には別の魔法の光が迫る。
ドン…!!
「…話を…聞いてくれ…」
「拒否する。」
バン…!
「あ゛…!」
アンフェニが何か喋る度にアヴィニールは攻撃をしかけた。
「お前が話を聞いてくれるまで何度だって言う!!だから!!」
「諦めが悪い。そこまでして何が話したいの?」
「色んなな話だよ!とにかく話したい!!」
「嫌。」
炎の魔法が宙を駆け巡る。
次々と床に衝突し、爆音と共にひび割れが広がった。炎が当たる度にアンフェニは顔をしかめた。避けるのに必死になっている最中、アヴィニールは大きな魔法を発射しようとしている。
「…避けられるといいわね。」
その攻撃は範囲が広く、とても避けられるようなものじゃなかった。
「…!!」
攻撃はそのままアンフェニに直撃した。その場にうずくまり動けないアンフェニ。
「……」
「…なんで私に攻撃してこないの?あなたほどの力があれば、攻撃なんて容易いことでしょう?」
「…お前を傷つけたくなんかないんだよ…」
「…同情か何かを誘っているの?そんなこと言っても、辞めるつもりはないわよ。」
ドカァン!!!
とてつもない衝撃が辺りに響いた。それはアヴィニールがアンフェニに対して攻撃を仕掛けた証だった。
「……!」
床に倒れ込むアンフェニ。
それでもアヴィニールに攻撃をするはない。むしろアヴィニールの攻撃を受け止めているように見える。
「なんで…そんなボロボロになってまで…あなたの力なら私をねじ伏せるなんて簡単なことだってさっきから…」
「簡単とかそういう話じゃなくて…ただ、お前に戻ってきて欲しいだけだから。」
「…」
再び魔法が集束する。そして放たれる、はずだった。
「……っ」
彼女の動きが止まった。指先が、わずかに震えている。声が出ない代わりに、ぽたりと床に涙を落とした。
放たれるはずだった光は形を失い、空気の中でほどけていった。
「アヴィニール…?」
「…気安く名前を呼ばないで…私はあなたのことなんか…!」
「…心ではそんなこと思ってないだろ。これでも一応兄だぞ。わかる。安心しろ。お前が満足するまで付き合ってやるよ。だから、」
「うるさい…黙れ…!!黙れ!!お前なんか兄じゃない!!!なんで…わからない…どうしたらいいかわからない…お前のせいだ!お前が…!!」
取り乱すアヴィニール。そんなアヴィニールに、アンフェニは優しい手でそっと触れた。まるで壊れたものを扱うように。
「…どうして…」
「なんでって…俺たち兄妹じゃないか!」
「…っ!」
その言葉にアヴィニールが腕を振るい、魔力の衝撃を放つ。光が周囲に跳ね返り、床がひび割れ、瓦礫が飛ぶ。アンフェニはジャンプでなんとかかわした。
「大丈夫。お前の攻撃なんて全部避けてやる!多少当たっても大丈夫だ!痛くも痒くもない!……いや、痛いことは痛いけど…とにかく!アヴィのためなら受け止められる!」
「ぐっ…!」
アヴィニールがさらに加速し、両腕か炎を連続で発射した。火が辺り一体に広がる。
アンフェニは簡単に避けてしまう。
「ほら。次も来いよ。いくらでもいいぞ。」
「あっ…あ゛ぁ…!」
頭を押さえたまま、アヴィニールは小さく息を詰まらせた。命令の声が、遠ざかっていく。その代わり、アンフェニの声が頭に響く。
「ゔっ…!あ゛ぁぁぁ……!!」
「アヴィ…?アヴィニール!!」
アヴィニールの元に駆け寄るアンフェニ。
キャリーの魔法が解けていっているのだ。アヴィニールはその場に頭を抱えたまま座り込んだ。次の瞬間、アヴィニールの体から、すっと力が抜けた。
「…アン、フェニ…」
ふわりとしていて、それでいて力強い、そんな声で彼女は彼の名前を口にした。そして、それだけを残して、倒れ込んだ。
「アヴィニール!」
抱き留めた体は、驚くほど軽かった。
アヴィニールが再び目を開ける頃には目の濁りは無くなっており、以前のような美しい目元に戻っていた。
「…ごめ、いたい…こと…した…私…」
「…大丈夫だよ。おかえり。アヴィ。」
崩れかけていた魔法陣が、次々と消えていく。
焦げた床に残る熱も、ゆっくりと引いていった。さっきまで耳を打っていた爆音が嘘のように、空間は静まり返る。
残ったのは、瓦礫が転がる音と、二人の呼吸だけだった。
「アンフェニ…」
「ん?なんだ?」
「私、少し疲れたの…ちょっとこのまま寝てもいい…?」
「はは、甘えん坊だな〜いいぞ。」
「ん…」
アヴィニールは少しして目を閉じた。
アンフェニはアヴィニールの額に手を当て、呼吸を確かめる。浅いが、確かに生きている。その事実だけで、胸の奥に溜まっていたものが、少しずつ溶けていった。
「はぁ〜思ったよりかかったなー」
アンフェニはそっと息を吐いた。
「…にしても…これはちょっと体が応え…」
腕の中の温もりが、確かにそこにある。
それを確かめるように、アンフェニは一度だけ、ぎゅっと抱き寄せた。そしてそのまま倒れてしまい、ゆっくりと目を閉じた。
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「よかった…」
シェーラがそう一言つぶやくのをフレディは見逃さなかった。
「あ〜あっちは終わったね〜なんか熱〜い家族愛語ってたってところかな〜?それはそうと…シェーラ?なんで君はこの子たちにトドメを刺さなかったのかな?あの時できてたはずでしょ?」
「…向こうに気を取られてしまって…」
「ふーん?そっか。じゃあ次こそは…ね?」
「…わかってる。」
アンフェニが、倒れた妹を抱きしめる。大切な人を救った。その姿が、フレディにはやけに眩しく見えた。
(助けられた。間に合ったんだ。)
なぜか、そんな感情がよぎっていた。
同じ状況を、彼は知っている。
「……っ、」
「……フレディ?大丈夫?顔色悪いわよ。」
グレースが問いかけてきた。
「……」
「あぁ…フレディくんもしかしてさぁ〜あのこと…」
「キャリー。」
「……」
一瞬、場の空気が止まる。
だがキャリーは、それすら面白がるように目を細めた。
「ま、記憶の所有権を持ってるのは君だから好きにしていいけど。シェーラ。」
「…」
シェーラは、何も言わなかった。ただ、フレディを見る。
「……」
数秒の沈黙のあと、彼女はゆっくりと一歩前に出た。
「君は覚悟ができてる?」
「…どういう…」
覚悟とはどういうことなのか。そのことを理解することができなかったが、少なくとも彼女の表情は冗談を言っているものじゃなかった。
「俺は…」
頭の中でモヤモヤが止まらない。
「俺のこと…忘れないでくれ…」
(こんなこと言われた記憶はない。どうして…)
考えてみれば、彼の頭の中に聞こえる声は、聞いたことのないようなことばかりだった。でも確かに覚えてる。
「はぁっ…はぁっ…」
息が、うまく吸えない。
何かを失った感覚だけが、理由もなく溢れてくる。思い出せない。
その事実だけが、重くのしかかっていた。
「…フレディ、あなたが望むのなら…見せてあげるわ。」
「俺はそんなの…」
「あなたがずっと求め続けてきたものじゃない。なぜここに来たのか。その理由が全部詰まってる。」
「……」
「無言は肯定と捉えるわ。…返してあげる。あなたの全部。」




