招かれざる旅人
タイガーアイ王国を離れてから、景色は少しずつ変わっていった。
人の気配が薄れ、空気が乾いていく。
足元の土は黒ずみ、踏みしめるたびに鈍い音を立てた。やはりこの場所は何度来ても不気味だ。草一本生えない不毛の大地。風が吹くたび、黒い砂が舞い上がる。肌に触れる感覚が、嫌に冷たい。
「見えてきた…」
荒地の向こうに見える異様な輪郭。霧が濃くはっきりは見えないが、ただならぬ雰囲気を放っている。
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森に入ると、そこはオブリビオンが蔓延っていた。
木々は異様に背が高く、枝葉が絡み合い、空を覆い隠している。昼だというのに薄暗く、足元に光がほとんど届かない。地面には黒い根のようなものが張り巡らされ、ところどころで脈打つように蠢いていた。
「気味が悪い…」
グレースがそう呟いた。オブリビオンは一体や二体ではない。視線を向ければ必ず、どこかにいる。木の影に、霧の奥に。まるで森そのものが、生きているようだった。
「この森全体に魔法がかかってるんだよ。それも超強力な。キャリーの掌で踊らされてるってこと。」
「霧も濃いし…ちょっと離れたらはぐれちゃいそう…」
「確かにそうだね。……!みんな後ろ!!」
最初に飛びかかってきたのは、獣の形をしたオブリビオンだった。
「獣の形って初めて見るんだけど…!!何なのこれ!!」
「グレース落ち着いて…!焦ったら相手の思うツボだよ。」
「ソフィアの言う通りだ。ちょっと落ち着け、グレース。まぁこの状況はちょっとやばいかもだけどな。」
「ならなんでそんな呑気なこと言ってんのよ!ほら!やるわよ!」
黒く歪んだ身体。
不自然に長い腕と、光のない眼。
低いうなり声と共に、影のように地を蹴る。
フレディが剣を抜くのとほぼ同時に、それは襲いかかった。
金属音が森に響く。
剣が確かに、オブリビオンの身体を貫いた。
はずだった。切り裂かれたはずの身体は、崩れ、次の瞬間には別の個体が背後から現れる。
「…減ってない?」
倒したはずの場所から、また同じ数だけ、同じ気配が湧いてくる。
「再生してる…?」
アンフェニが歯を食いしばる。
「もしかして…この森自体が魔法で作られた場所だから…」
「なるほどな。つまりは、倒しても倒しても意味がないと。」
ヒュラドの言葉通りだった。倒しても、倒しても、数は変わらない。むしろ、じわじわと包囲が狭まっていく。
「このまま戦い続けたら、殺されるわね。」
冷静に言ったグレースの声が、やけに重く響いた。
一体一体は倒せる。だが、この森そのものが敵だ。その時、アンフェニが前に出た。荒々しい一撃で道を切り開き、叫んだ。
「屋敷まで走る!!」
「えっ、戦わないの!?」
「ここで全部相手してたら、本命に辿り着けないだろ!走って振り切る!!」
全員が一斉に駆け出した。背後で、オブリビオンの咆哮が重なり合う。そして勢いよく追いかけてくる。
必死に走り続け、視界の先に屋敷の扉が見えた。
「見えた!!」
最後の力を振り絞る。
扉を開け、全力で中に飛び込む。オブリビオンが扉に当たる音がした。
「何とか振り切れた…」
「振り切れたって言えるのかな…?」
「大丈夫だろ…多分…」
外では、今も何かが叩きつけられている。だが、屋敷の中までは入ってこない。荒い呼吸だけが、静まり返った空間に残る。
「…ここがグラジオラス邸。」
屋敷の中は暗く、森の何倍も不気味だ。
「この奥に行けばキャリーがいる。道中気をつけて。いろいろ罠とかあるかもしれないから。」
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足を進めれば進めるほど不安でいっぱいになってしまう。ここに来ることはずいぶんと前から決めていたはずなのに、いざその場に立ってみると思うように足が進まない。
足音だけがやけに大きく響く。何も起きない。それがいちばん不気味だった。
廊下の途中、床に刻まれた魔法陣を見つけて足を止めた。
「…これ。罠だね。」
「うん。罠だね。」
「僕たちのこと舐めてるの?」
その後も。
「あ。飛び出してきたな。」
飾られている絵がバネじかけに飛び出してきたり、
「シャンデリア落ちたね。」
天井にぶら下がっているシャンデリアが落ちてきたり…
明らかに馬鹿にしてるような、幼稚な罠しかない。
「…外に比べてセキュリティーが甘すぎない?」
「俺も普段はこの廊下通らないからわからないんだよ!いつもはアヴィニールの魔法で外に出てきてるんだから!そもそも俺、魔法使えないし!」
そんなこんなで廊下を進んでいくと、大きな扉が目の前に現れた。
「これもしかして…」
「多分ここだね。」
「ほんとに!?この廊下変なというか…大した罠なかったけど…!」
「逆にこのことで油断させといて扉を開けたら…なんてことあるかもしれないけどね。」
「グレース怖いこと言わないでよ!…ドア開けるしかないよね…」
「なんだ怖いのか〜?フレディ〜」
「ちょ…!煽らないでよヒュラド…!」
2人がそんな不毛な争いをしていると、見かねたグレースたちが彼ら目の前に来て、扉を開けようとしていた。
「いつになったら終わるのかしらね??そんなどうでもいいこと言ってないで早く行くわよ。」
「ちょっとしたジョークじゃないか〜グレースは相変わらず固いな〜」
グレースが無言でフレディとヒュラドを見つめる。
「「すいません。」」
これ以上したら怒られる。そのことを2人は瞬時に判断した。
息を吸い気持ちを入れ替える。お遊びはここまでだ。
(この扉を開けたら、もう戻れない。俺自身が何者なのかを知ることになる。)
自分を知ることに関して、彼は少し恐怖があった。知ってしまえば、もう戻ることはできないからだ。でも足は止まらなかった。
「行こう。」
自分に言い聞かせるように呟いた。
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扉を開けると、そこにはキャリー、シェーラ、そしてアヴィニールがいた。




