始まりの場所
ターフェアイト王国。フレディが記憶をなくしてから初めて訪れた地であり、この旅の始まりの場所だ。
同じところのはずなのに。あの頃と何も変わらないはずなのに、今の街はどこか違って見える。
石畳は割れ、建物はところどころ崩れ落ちている。行き交う人の顔にも、かつての明るさはなかった。
「ここもか…」
(ここは大丈夫かもって…ターフェアイト王国はあの頃のままかもって思ってた。)
どこかで期待していたのだ。しかし、現実は残酷だ。この場所でもオブリビオンの被害が確認できる。
「琥珀村ほどの被害ではないわね。」
「どちらかと言うと被害が少ない方だろ。雰囲気的にもな。」
確かに、回ってきたどの国よりもマシなのかもしれない。建物などの物理的被害。住民などの状態。街の雰囲気など。そこだけ見ればどの国よりもマシだろう。
それでも、あの暖かな国はあの怪物のせいで壊れてしまっているのだ。
そんな中だった。
「…ミナミ?」
掠れた声が、思わず漏れた。振り返ったその背中に、見覚えがあった。髪の先を揺らしながら、傷だらけの手で荷物を運んでいる。
ミナミが、そこにいた。
「…フレディ?」
ミナミは驚いたように目を見開き、しばらく言葉を失っていた。けれど次の瞬間、ゆっくりと微笑む。その笑顔は懐かしく、痛かった。
「よかった…生きてたんだね…」
「うん。いろいろあったけどね。」
彼女の声が震えていた。元気だった頃の声じゃない。限界まで頑張って、それでも笑おうとしてるそんな声だった。
「後ろにいるのは…もしかしてお仲間さん?」
「そうだよ。」
「さすがフレディだね。」
「その荷物持つよ。ずっと持ってちゃきついでしょ。」
「ありがとう。」
「…遅くなって、ごめん。」「ううん。」
ミナミは小さく首を振った。
「フレディが生きててくれたことだけでも嬉しいもん!ここ最近のオブリビオンは攻撃のパターンが読めないし、色んな大きさとか形とか、変わりすぎてもうわけわかんないよ。そのせいで街の人たちも太刀打ちできないし。もしかしたらフレディも…って思ってたんだ。」
この街を出て以来、彼は次から次へと場所を移動していた。
ミナミはフレディのことをものすごく心配しており、時折手紙を出そうと思ったほどだ。しかし彼は移動している身ゆえ、どこにいるのかもわからない。そのため手紙も出せない。
「来てくれてありがとう。生存確認できてよかったー!」
「ミナミ、無理してない?」「してないよ!…って言ったら嘘になるかな〜でも、しないと、誰も守れないから。」
その笑みは儚く、どこかで崩れ落ちそうだった。あの頃と、まるで違う。けれど確かに、同じミナミがそこにいた。
「フレディ、あれから記憶戻ったの?」
「うーん…まだなんだよね…」
「そっか…そうだ!また家来てよ!父さんも母さんもきっと会いたいと思うからさ!」
「2人は元気にしてるの?」
「うん!今のところは…」
「今のところって…」
「実はね、どこでもそうなんだけど、オブリビオンが毎日のように出て、すごい犠牲者が出てるの。これはきっとどの国も地域も変わらないことだと思うんだけどね。でも…友達とかその家族とか…みんなどんどん記憶を奪われていっちゃって…もしかしたら次は自分かも、家族かもってそう思うようになったんだ。」
これだけオブリビオンの被害が出てる。そう思うのは当たり前だ。
ファンタジーのような、そんな縁もゆかりもないような話に思えるかもしれないが、この世界はそのファンタジーで溢れ返ってる。
「ねぇ、フレディ。やっぱり私気になるの。フレディは…オブリビオンと戦うことが怖くないの…?初めて会って、オブリビオンを倒す旅に出るって言った時からずっとそう思ってた。」
(怖い…か…怖いかどうかなんて考えたことなかったな。)
心の中でずっとオブリビオンを倒さなきゃいけないという思いに駆られ、彼は旅を続けてきた。あの日、この場所でオブリビオンを見てから。
これが記憶のトリガーなのかもしれない。
「…怖いとか、そういうのはあんまり考えたことがなかったな。でも…改めて考えたら怖くないわけではないと思う。人並みに恐怖は感じるし、自分があーなるんじゃないかって思うと不思議な気持ちになる。でも、それでもやらなくちゃいけないんだ。オブリビオンを倒さなきゃいけないって、心のどこかでずっとそう思ってる。」
「…フレディらしいね!」
そう笑ってみせたミナミの顔は、本物の笑顔のように思えた。
「そう言えば…次はどこに行くの?」
「どこ…色んな国を回ってきたけど、ここが最後だし…グレースはどう思う?」
「なんで急に私に振るのよ。…そうね、オブリビオンが出てる場所じゃない?抽象的すぎるけど。」
「確かに、オブリビオンが居なきゃなーにも始まらねぇな。」
オブリビオンが出る場所。だとするとやっぱり、グラジオラス邸。
「…でもね、最近ちょっと気になる話を聞いたの。」
ミナミが声を落とした。
「タイガーアイ王国、あそこ、滅んじゃった国だけど。でも、跡地のあたりでオブリビオンが出てるって色んな人が言ってるの。ここに来た旅商人も見たって言ってたし。」
沈黙が落ちた。
「…おかしいな。オブリビオンは人の記憶を食らう怪物だ。滅んで誰もいないはずの場所に出るなんて変じゃないか?」
「もしかしたら、誰かが生き残ってて、その人たちを襲いにいってるとか…」
ソフィアがそう呟いた。
「だとしても、人が多くいるところの方が記憶がたくさんあるし、そっちを選ぶ方がいいだろ?現にオブリビオンが現れてる地は、町や村。人の多い場所ばかりだ。」
「そっか…」
みんなが話し合っている間、フレディはとある言葉が引っかかってしょうがなかった。誰もいないはずの場所という言葉。彼の胸の奥がざらついた。
「…タイガーアイ王国、か。」
「噂だとしても行ってみる価値はありそうね…」
「何もなかったら、帰ってくればいいしね。」
「そうとならば行くしかないな。」
「なんかこの流れ、毎回してるわね。」
(タイガーアイ王国。今までにないくらい変な胸騒ぎがする。なんだろうこれ。もしかしたらなにか俺の記憶に関係してるんじゃ…)
タイガーアイ王国へ向かうことになった。
あの時のような、彼があの丘で目覚めた時と同じような風が吹いている。
そこにあるかもしれない。なんなのかもわからない約束の答えが。




