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精神世界

「…終わりだ。」


振り抜いた。剣がキャリーを斬り裂いた。

その瞬間。世界が止まった。音が消える。風も止まる。血の雫が空中で静止しているようだ。


----------


視界が暗くなる。音が遠くなる。

静かだ。さっきまでの戦場が嘘みたいに。


「…ここは?あれはキャリー…?キャリー!」

「…」

「キャリーだよね…?」


そこにはキャリーが立っていた。しかし、いくら呼んで返事をしてはくれない。


「………」

「ここはどこ?知ってる?」


キャリーは振り向くとゆっくりと話し始めた。


「…ここは精神世界さ。僕の心の中と言えばわかるかな?この場所には普通入ってこられないはずなんだけど…」


辺りは一面真っ暗で真っ白のキャリーが対照的に輝いて見えた。


「僕と君はなにか不思議なもので通じるものがあるのかな?」


キャリーはそう冗談っぽく笑って見せた。


「……どうしてこんなことをしたの。オブリビオンなんてもの作って、みんなの記憶を奪って…」

「んー?だってさー、この世界は美しいじゃないか。その美しい世界を壊すものなど悪以外の何で表すんだい?」


なんの返事もできなかった。確かに美しい世界を壊すのは悪かもしれない。けれど、それを上手く肯定することも否定することもできない。


「僕は思ったんだよ。こんな汚れた人間の思考など消えてしまえば良い。人間は、私利私欲のために争う。それが世界を汚していると言うことに気づけないほど愚かなんだ。だからね、争いを産む記憶を消したんだよ。人は、自分の記憶から生き方を考え、未来を描く。だから、記憶を消せば汚い世界を浄化できると思ったんだ。素敵だと思わないかい?」


言われてみればそうだろう。実際、オブリビオンが出現してから、ずっと争いあっていたオパール王国とサファイア王国の戦争が一時停戦になったらしい。


「……世界が汚れてるとかそういうの俺はあんまり考えたことないからさ。でも確かにそうかもしれない。世界は汚れてるって。けど、それが人の幸せを奪っていい理由にはならないと思う。平和になるのは素晴らしいこと。でも、その平和も全部誰かの心の中に刻まれた1つの記憶だよ。聞いたことがあるんだ。自然は時の流れを刻み記憶するって。間違いを犯しても記憶があるから、間違いを正すことができる。」


彼に答えられる最低限の言葉。


「それは、単なる綺麗事に過ぎないだろう。」

「奪われても、生きていこうとする人がいる。その人たちは、自分の思い出の中にある希望を頼りに生きていく。だから、いいことも悪いことも、全部ひっくるめて大切な記憶なんだよ。人は死ぬとき、最後まで思い出が残るんだって。それぐらい思い出は大切なんだよ。」


この言葉はきっと綺麗事だ。


「キャリー、一緒にやり直そうよ。キャリーは平和を願ってるんでしょ。一緒に平和を作ろうよ。キャリーの力があればきっと叶えられると思うんだ。みんな笑って過ごせる世界。」


キャリーが目指したものは争いがなく、すべての人間が、すべての生き物が笑って暮らせる世界。キャリーだって守りたかったものがある。

手段を間違えただけであって、彼だって、誰かの幸せを願っていた。


「………はは。君は優しいね。敵である僕に情けをかけるなんて。でもいらないよ。もう充分もらった。きっと僕はこの世界に向いてなかったんだろう。」

「そんなことないよ。平和を願える人はとっても優しい人だから。」


真っ暗な空間の中で、白いキャリーだけが浮かんで見える。肩が、ほんのわずかに揺れた。その顔は見たことのないような顔で、少し優しかった。けどそれはほんの一瞬。すぐに元の笑みに戻った。


「……聖人君子の君がうらやましいと思うよ。」


その言葉は褒めているようで、どこか刺々しかった。


(俺は聖人君子じゃない。弱くて強がりで、世界を救うとかそういう大きい夢抱えてるくせに、行き当たりばったりで突っ込む。泣きたい時も多いし、世界みんなお友達!とか言えるほど器も大きくない。)


キャリーはゆっくり彼の方に近づく。この空間では足音すらしない。なのに、一歩一歩がやけに重い。


「だから、今すぐ……僕の目の前から消えてくれ。」


瞳の奥は言葉では表せないような感情が乗っていた。


「僕は、君みたいな人間が大嫌いだ。」

「えっ!?急に!?割と良いこと言ってたと思うんだけど…!」


さっきまでの空気が台無しだ。


「はは。やっぱり君は変だ。」

「それ悪口でしょ!!」

「そんなまさか〜僕がそんな程度の低いことするわけないよ〜」

「…嘘でしょ。キャリー人いじめるの好きそうだし!」

「そっちの方が酷いんじゃないかなー?」


キャリーはくるりと背を向けた。白い背中が、暗闇の中に溶けていく。


「もう二度と会う事は無いね。というか、全く会いたくない。」

「わっ!?ちょ、キャリー!!」


届かない。距離なんてほとんどないはずなのに、触れられない。


「さようなら。元気でね。」


その声は、不思議なくらい穏やかだった。


----------


「…………フレディ・ハワード。君と会えたこと、後悔していないよ。少し…いいやなんでもない。」


----------



現実世界。目がはっきりと覚めた。剣がキャリーを斬り裂き、地面に叩きつけていた。


「……はは。僕が人間にやられるなんてね…最悪の気分だよ……」


心臓が痛いほど鳴っている。でも今の会話だけは、はっきり覚えていた。夢なんかじゃない。


「…キャリー。俺やっぱりキャリーを救いたいよ…」


キャリーは眉をひそめた。


「何言ってるんだい?救いたい?やっぱり?君とうとうおかしくなったのかい?」


言葉を続けようとした。その瞬間。キャリーの指先が、わずかに動いた。


「っ…!」


光。鋭い魔法がフレディの胸を貫いた。


「…がっ……!」


血が溢れる。後ろで仲間が叫んだ。


「フレディ!!」


キャリーは苦しそうに笑う。


「こんな敵を救いたいなんて君は人が良すぎるんじゃないの?救う?笑わせないでよ。僕は誰にも救われる気なんてない。」


キャリーの身体が、音もなく崩れはじめた。光の粒になり、風に溶けていく。


「時間だね。その傷じゃ死ぬのかな〜」

「うる、さい……」

「君との戦いは、200年以上で生きていて1番楽しかったかもしれない。けど、僕は君を受け入れることはできないな。嫌いな人間に殺されるなんて最悪の気分だよ。ははっ!」


キャリーの体がどんどん崩れていく。オブリビオンと同じように光を放ちながら。


「…ねぇ。」

「…な、に…?」

「僕は世界を救えたかな?」

「…!」


その言葉を最後に、キャリーは跡形もなく消えていった。

光の粒は、もうどこにも残っていなかった。本当に終わってしまった。オブリビオンを倒した。しかし、致命傷を負ったフレディはその場に倒れ込んだ。


「フレディ!!!」

「フレディ!しっかりして!!」

「怪我の手当しなくちゃ…!」

「でもでもこれ手当どころの話じゃないって…!」

「一旦落ち着い…」

(みんなの声がする。けどだんだん聞こえなくなっていた。なんか…眠いな…)


そこで彼の意識は途絶えた。

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