37話ー創痍ー
ーアルパース大穢場 第四拠点と第五拠点の中間地点ー
ルゼラカルトは焦りを感じていた。
眼前の敵、ミリオットは見失い。
早くしなければ、後方から凄まじい生命力を持った集団が到着してしまう。
逃げようにも、ミリオットの位置が掴めない為に、どの方向へ行けばいいかの判断ができない。
何よりも分厚い精神的圧迫。
「懐かしいですねぇ。この感覚」
クユリス家当主、父による異常なまでの教育への執着。
その圧迫は、幼いルゼラカルトの心を死なせた。
齢11にして、ラスティオン魔術学院の全課程を習得。
世界最高峰の魔術学院であり、入学するだけで優秀と認知される名門。それを、生を受けてたったの11年で網羅したのだ。
魔法学における天才。
しかし、本人にその自覚は無い。
名家であるが故の、選ばれた遺伝子。
生まれ持った多量の生命力は、魔法学を弄ぶ。
若くして才を持った者は二極化する。
世の為、人の為に才を尽くすか。
自身の欲の探求をするかだ。
親によって壊された心は、後者へとルゼラカルトを導いた。
"世の中は何故、生命力に固執するのか"と。
シワの多い脳は、自身の産まれた環境を客観視した。
良い遺伝子を残す為。
産み落とした息子が優秀であると、周囲に鼻を伸ばす為。
優秀でない兄と妹は、存在を否定。
何を以てして、人はこの世に生きるのか。
所詮は、自分が可愛いのだ。
周りより優れていると、快楽したいのだ。
連鎖する先祖達がそうさせた?
半分は合っている。
その根源にあるのは。
やはり世界が"こうだから"。
生命力に依存させる、世界の仕組み。
思考が根本に辿り着いた時、ルゼラカルトは立ち上がるのだ。
"世界を壊す"。
そして幸いにも、その方法は実在する。
興奮のままに一家を殺し、現在までを直走ることになる。
ラスティオン帝国の領土、デオレプト穢場の主ベラケリぺの討伐。
この討伐によって、4つの集落が壊滅。
同年。
同じくラスティオン帝国の領土、ムカロ穢場の主スユニを討伐。
齢14のこと。
"欠片"の情報を求めて、様々な国や街を放浪した。
その青年は行く先々で名家や富豪を殺し、生きる為の金を奪っていく。
そして10年が経つ。巡礼を2度済ませた頃。
悪名として流れた噂は、"ヌルビアガ"の目に留まる。
ヌルビアガ直々に、ルゼラカルトを勧誘するのだ。
夜道。
ルゼラカルトの前に現れた女は、その佇まいだけで畏怖を抱かせる。
黒く長い髪。黒い唇。生地の良い黒のワンピース。宝石のような群青色の眼。
力を誇示しない生命力の抑え方。
"全てを見透かされているような視線"。
落ち着いた丁寧な声色。
そこから出る、突き刺すような言葉選び。
五感から得られる情報の全てが、ルゼラカルトの全身の毛根を刺激した。
「名を、ゼルトフィア」
自身の目指す先に、最も近いヌルビアガというその組織に、心奪われた瞬間である。
そこからは怒涛の展開だった。ルゼラカルトの停滞していた10年が、その組織に加入するだけで、とんとん拍子に事が進んでいく。
ゼルトフィアの三重高等魔法の"転移魔法"により、ルゼラカルトは"古代都市"を訪れることとなる。
正確な座標は分からず、地下なのか地上なのかも理解できぬまま。
中心に三重魔法陣が描かれた遺跡、その魔法陣の上に立つルゼラカルト。
周囲に孤立して聳え立つ岩に生命力の線が描かれる。
ルゼラカルトの脳内に、ある"古代文字"が浮かび上がる。
足元の魔法陣には、九つに等間隔で古代文字の一文字が記されており、その一つに、脳内に浮かび上がった文字が彫られた。
組織に、刻まれた。
それが済むと、背後にゼルトフィアが立つ。
「ようこそ、ルゼラカルト」
ルゼラカルトはゆっくりと振り向き、ゼルトフィアの眼を見てから、辺りを見回した。
「ここは……古代遺跡か何かですか?」
多くの文献を見漁ったルゼラカルトだが、どの情報にも当てはまらない建造物に、興味が湧いていた。
聳え立つ岩に彫られた"古代文字"が、ルゼラカルトにとって初めて見るもの。
読める筈もなく。
「"ヌルビアガ始まりの場所"とだけ、言っておこう」
ふーんとだけ言う。この場所への興味は湧き出るが、ルゼラカルトにとって、ヌルビアガに加入したこれからのことの方が、楽しみで疼いていたのだ。
「みんな集まるみたいだから、行こうか」
ゼルトフィアの転移魔法で移動した後、ロザンパーゴと出会うことになる。
まだ、何も成していない。
"欠片"へ、近付いてすらいない。
途中すぎるのだ。
リオルドラン?
ラスティオンのハドア?
宿将ミリオット?
邪魔をするな。
貴様らと、"見ている先"が違う。
【天糸スユニ・逆廊ベラケリぺ 糸重裁帝】
空間の至る所に糸を張り巡らせる。
糸の全てに重力は向く。
スユニとベラケリぺの合わせ技。
何処に居るか分からないのであれば、探り当てるだけ。
糸の重力に吸われるも良し、磁力で退かすも良し。場所さえ分かればいい。
……。
「ああ……面倒ですねえ」
至る箇所の糸が、磁力によって弛む。
先程まで見えていたミリオットの生命力の球体すらも、透明化している。
徹底。
ただ、磁力の付与された箇所で、大凡の場所は予測できてしまう。
「傷が痛むのではないですかー?」
【逆廊ベラケリぺ 極重孔点】
予測した場所に、極めて高い重力点を生成。
周囲の破片はその中心部に吸い込まれ、先程は塊を成したが、今は重力に潰され小さく粉々になっている。
ルゼラカルトは生命力の枯渇により、塞いでいた腹部の傷が開く。
しかし、気にもしない興奮が訪れる。
……見つけた。
人型の歪みだ。
吸い込まれ移動する歪み。
【天糸ス___】
歪みの周囲を、塵が螺旋状に回転……。
【磁球ベントゲール 磁追砲】
その塵は円形に退く。
脳裏に過った仮定が、反射的に視線を動かしてしまう。
"糸で空中に固定したまま"の斧槍。
視線を動かした1秒にも満たない時間が、ルゼラカルトの判断を遅らせた。
磁力により飛翔する為、ベラケリぺの重力操作は意味が無い。
飛翔物を吸い込むだけの重力点を生成すれば、自身も巻き込まれる。
咄嗟に、何千もの禁糸を軌道上に張った。
その全てが斬られ、"その場に縫い留められる"。
「ぬい……!」
自身を糸で引っ張り、躱そうとする。
気付かされる。
ああ、磁力かと。
生命力の枯渇した状態での装甲に、もはや意味はなく。
"縫改"はルゼラカルトの腹部へと突き刺さった。
傷口は空間に縫われる。
つまり、縫改と共に、ルゼラカルトは空間に固定された。
食道を通り、逆流した血を口から吐く。
器官に入りそうな血を気遣い、慎重に呼吸する。
乾燥しきった肌は、パリパリと音を立てそうな程。
しかしルゼラカルトは、ここ最近で一番の笑顔を見せた。
極限までに濃縮された圧を、楽しんでいるのだ。
死ぬかもしれない。自身の目的が潰えるかもしれない。そんな状況だが、心の底から楽しんでいた。
親の圧力。勉強の圧力。教育の圧力。戦闘の圧力。
その全てを、ルゼラカルトは楽しんできた。
確かに心は壊されている。
壊れてしまったことが、この状態を生み出した。
「妻の能力に固執してるんじゃないですかあ!?」
ミリオット自身も、位置が割れたと自覚している筈。なのに、透明を解除しない。
意地か、執拗か。
透明の奴の位置を捉え続けることが、面倒くさくてたまらない。
ルゼラカルトの肌の表面が、乾燥して捲れる。
【逆廊ベラケリぺ___】
遥か上空。
【天糸スユニ 天垂糸】
その場所に、三重魔法陣から極めて細い糸が生成される。
人間の目では、決して直視できない細い糸。
その糸に対し、三重魔法陣のベラケリぺの生命力を。
【___奈落】
"落ちる"と認識できない速度。
上空から地上までを、"瞬間的に線を引く"といった認識。
糸の細さまで生命力の重力を絞ったが故の速度。
驚異的なのが、その空間把握能力である。
遥か上空という目視もしずらい場所に対して、スユニとベラケリぺの生命力を遠隔で使用。
更には、その場所から垂直の位置にミリオットが居ること。
ほんの少しでも位置と角度がズレると、距離が離れている分だけ差は大きくなる。
まさに天才。
そう、その糸は、ミリオットの左肩を貫通していた。
しかし、細すぎるが故に、貫通したことすらも気付けない。
気付いたのは、左肩を動かした際にピンと張る糸の重さ。
細い糸に、命を殺す巨大な悪意を感じ取る。
その糸の内部に、止まることなく糸が重ねられていく。
いわば、太くなり続ける糸。
体内でその事象が起きる。
心臓や肺の位置を避けたのが幸いで。
しかし、致命的なのだ。
それはルゼラカルトも同様。
糸を太くすれば、その分消費する生命力も多い。
「どちらが、果てるのが先ですかねぇ〜」
心の底から、楽しんでいる。
左肩の激痛に顔を歪ませ、反射的に声が出てしまうミリオット。
徐々に太くなる糸。
しかし、ミリオットの脳は回転していた。
その思考に反応するように。
"ミリオット、無理しなくていいんだよ。"
瞳孔が微動だにしない程に集中していたミリオットは、脳内に聞こえたその声に我に返る。
"私を、纏ってもいいんだよ。"
聞き覚えのある、優しい声。
"君が、死んでしまう。"
ミリオットはルゼラカルトに、へそから左脇腹にかけて斬られ、裂かれていた。それをただ磁力でくっ付けているだけで、止血は何もしていない。
ただ興奮が身体を突き動かしているに過ぎないのだ。
加え、左肩に貫通した太くなり続ける糸。
戦闘が長引けば、ルゼラカルトより先に果ててもおかしくない状態。
「凄くさ、ベントゲールの力を借りたいんだ」
興奮状態は、その痛みを一旦忘れさせる。
「これはボクの意地なんだけど、ボクとステラの力でルゼラカルトを倒したい」
君の力はもう存分に借りてるんだけどね、と。
"そんなことを言っても、死んでしまったら意味がないよ。"
「死ぬつもりなんて毛頭ない」
"でも。"
「ここで死ぬようなボクなら、ステラを愛したボクじゃない」
"……。"
「2人の力で勝つからこそ、意味があるんだ」
ステラの愛用していた銀の耳飾りが、ミリオットの耳で揺れる。
「今は無茶していいんだ。ボクはあいつに勝つんだから」
その瞳は、ルゼラカルトを捉え続ける。
「勝ってからのことは、考えない」
ミリオットの無謀な意地に、焦りを覚えたベントゲール。
だが。
ユナンを守る為なら自分もそうするだろうと、考えてしまう。
"ステラはきっと怒るだろうね。でも、その行動を許してしまうんだろう。"
ミリオットはルゼラカルトまでの軌道上に、等間隔に生命力の磁力の球体を生成。
その球体は全て、自身と同極。
大きく息を吸い込み、そのまま呼吸を止めた。
"愛だね、ミリオット。"
【磁球ベントゲール 我槍追砲】
高磁力の同極反発を利用し、貫通する糸から強制的に脱する。その際、左肩から左肩甲骨までが裂かれた。
そのまま、同極の球体の道を突き進む。
その速度は、ルゼラカルトの糸の生成速度を上回った。
猛進するミリオットの前に、糸を生成しようと6本の腕を前に出そうとしたルゼラカルト。
だが、実際に動いた腕は、主腕の2本だけ。
それも白い装甲は剥がれ、骨にへばり付いた皮があるだけの、腕。
【天垂糸】で、ミリオットの心臓もしくは肺を貫けなかったことが、仇となる。
その時に仕留め損なったことが、生命力の残量の限界を告げていた。
風で飛んでいきそうな程、水分の無くなった表情が、透明なミリオットを見据える。
「ああ……今は___」
ミリオットは自身の周囲の磁力を調整し、磁力は巨大な槍と形成す。
その先端は反対極の縫改に触れ、ミリオットへ引き寄せられ、強く掴む。
そして、同極であるミリオットとルゼラカルトは衝突するのだ。
貫いた先でミリオットは気を失い、それによりバチバチと音を立てて姿を現し、勢いのままに飛んでいく。縫改は掴んだまま離さない。
胴体が半分に裂かれたルゼラカルトだが、律儀にも縫改の効力は継続され、分かれた上半身と下半身は空中に縫い留められている。
ミリオットは空中で気を失った為に、そのまま落下して死ねと、願いを込めて振り返る。
しかし、しかしである。
生命力の探知ができない"リオルドランの男"が、ミリオットを抱いていたのだ。
ルゼラカルトは首の力が抜け、肺の空気が漏れる。
穢纏などとうに解け、空間に灰として消えていた。
「___クソほど楽しくないですねぇ」
ルゼラカルトの上半身はだらんと前に倒れ、しかし縫われた箇所で留まる。
乾燥しきった血が、数滴垂れるだけであった。
ロザンパーゴの眼孔は縮まる。
アルパース大穢場の結界を破り、外に出たヨデンすら、中の出来事に戦慄した。
某所にて、頭を抱える女。ゼルトフィアこそ、その事実の衝撃を真に受けていた。
ヌルビアガ魔法陣の左下から、"愉"の古代文字が消滅。
ルゼラカルトという人間の死は、彼を知る人ほど驚く。
理解中毒者の男が敗れる相手がいるという、事実に。
彼もまた、"1人"に敗れた訳ではない。
メリトーが腐らせた腹部の傷。
レイゼルの与えた全身への打撲。
そしてミリオット。
繋がる力の底の深さを垣間見る。
そしてまた繋がる。
地上に降ろしたミリオットを、カリンが【養与回流】で回復に入る。
凄い!治癒魔法よりも単純なのに!回復力あるの凄すぎますー!と。
"見様見真似"の神業でサイカも回復に加わり、ミリオットは一命を取り留めるのだ。
カリンとレイゼルにだけ見えるニキビが、ミリオットの顔を舐め回す。
巡り巡った人の繋がりが、この結果を生む。




