36話ー透明ー
「ステラ、隠れてて」
ステラは頷き、穢獣ユナンの能力により透明化する。
"リオルドラン"を名乗った生命力の乏しい男の襲撃。その男は脇目も振らずにステラへ刃を向けた為に、ミリオットは即座に惨殺。
ステラに上記の言葉を残し、周囲を警戒していた。
穢獣ユナンの能力は透明化であり、実体と生命力はその場にある。魔法学に疎いステラは、生命力を抑える方法を知らない。
生命力の探知に長けた敵が来れば、そこに居るとわかってしまう。
ミリオットは、緊張していた。
名乗りを上げた男が、あまりに手応えが無さすぎたのだ。
そんな男が、守衛がいるミリオット邸宅の内部に入り込み、ステラに接近できた。
単体では不可能だと。まだ、"近くに居る"のだと。
仮定していた。
宿将と呼ばれるミリオットが警戒していたにも拘らず。
ミリオットの横で、窓から差し込む光に細く反射した糸らしきものを捉えた。
糸……。
猛烈な嫌な予感と共に、背後で倒れる音。
それほど大きな音ではなかった。
しかし、ミリオットの心境からすれば、心拍を大きく動かした音。
ただ後ろへ振り向くだけなのに、こんなにも身体は動かないものかと。
呼吸は荒く。
そして、見た。
最愛の妻の身体は壁にもたれ、周囲に斬られた髪が散る。
頭は少し離れた場所に。
ステラの眼球は、急ぎ近寄るミリオットを追っていた。
ミリオットはステラの頭を、力無く抱き上げる。
涙すら流れず、ただ顔の色が薄く。
ミリオットはボソボソと、名前を溢す他なかった。
ーアルパース大穢場 第四拠点と第五拠点の中間地点ー
ミリオットはアルパースの紋章の入った旗を磁力により引き寄せ、柄を握ると同時に格納魔法を展開。旗をしまい、柄の先端部に刃を生成して斧槍とする。
自身を、地面に居るルゼラカルトへ磁力で引き寄せ、斧槍を突き向けた。
先程ルゼラカルトは、同極反発の空間を"縫改"で斬ろうと振るったが、何も起こらず。
それは生命力でなく、自然な同極反発であると認識。同時、縫改の柄先に糸を巻きつけた。
3本の副腕により、ミリオットの進行方向に幾本もの"禁糸"を張る。それぞれの指を動かし、それをミリオットへ接近させた。
ミリオットは斧槍の先に磁力を持った生命力の球体を生成し、禁糸の付近で破裂させる。
禁糸に磁力を強制付与。
ミリオットの通過に合わせ、同極の禁糸は弛んで避ける。
弛む筈がない程の力で張られている糸だが、絶対不可侵の同極反発には敵わないのだ。
「厄介ですねえ」
ルゼラカルトは自身を糸で引っ張り、上空へ退こうとした。
身体が宙に浮いた瞬間、ルゼラカルトはミリオットへ勢いよく引き寄せられる。それを糸によって即座に固定。逃げたところで、磁力は自分にあるのだと理解。
思考する。
何を基準にして、磁力は付与されたのか。
自身は旗の柄に触れ、付与された。
その磁力は皮膚の表面にだけ有効なのか。
それとも、皮膚を介して生命力に付与した?
先程ミリオットは禁糸に対して、生命力の球体から磁力を付与した。
生命力から生成した禁糸。自身の生命力に磁力が付与されているならば、それを使って生成した糸も同様の磁力を持つ筈。
全身に引き寄せられる力を感じたルゼラカルトは、旗の柄に触れた右副腕から全身に磁力が付与されたと仮定。
「触れた時点で、私が劣っていたようです」
【天糸スユニ 禁糸羅網】
ミリオットの周囲に禁糸を張り巡らせ、囲むようにして縮める。
ルゼラカルトは次のミリオットの動きを確認したかった。自分の予測した動きと合っているかを。
糸を張り、その様子を観察するような眼をするルゼラカルトに対し、ミリオットは嫌気が差していた。
生命力の使い方の癖やら、どう判断するかを知りたいんだなと。
ミリオットは磁力を強めて速度を上げ、閉じる寸前の禁糸の間を通り抜ける。
「ほお!」
思わず声に出た。
てっきり、禁糸に対して磁力を付与するものかと思っていたルゼラカルト。
ミリオットのその判断は、ルゼラカルトにとって一番嫌なものだった。
【磁球ベントゲール 磁杭磐槍】
斧槍先端部の磁力を調整し、無色の同極反発は大きな槍となる。
その形状を、ルゼラカルトは目視できていない。
斧槍到達まで猶予があると踏んでいたルゼラカルトは、直前での磁力の動きで悟る。
瞬時に瞳孔は縮む。
そして、その衝撃は皮肉にも、負傷している腹部へ到達するのだ。
衝撃に乗り、ルゼラカルトは大きく後方へと吹き飛ぶ。同極反発到達の直前で糸を集束させた為に、内臓の損傷は免れる。
ミリオットは、空間に生成した磁力の球体に同極反発で弾かれ移動した。移動中、身体の周囲に常に同極の球体を配置しており、同極反発に押し出される形で飛行を可能としている。
数日前、クロックヴェルクに居たのと同一人物とはまるで思えない成長。
"覚醒"がそうさせたのか。
はたまた、穢獣ユナンの記憶が悪さをしたのか。
ミリオットから幾分離れたおかげで磁力は弱まる。ルゼラカルトは糸で自身を引き寄せ、同じ距離を保った。
獲物が掛かるのを待つことが基本の糸の能力。対峙する相手から距離を詰めて来ることは、ルゼラカルトにとって優位である筈。
しかし、その獲物が"鋭利"であれば、糸は切れるのだ。
ミリオットは斧槍の柄から手を離し、親指、人差し指、中指の中間に柄を位置させる。
指の磁力調整によって、斧槍は周囲の空気を巻き込んで回転。
【磁球ベントゲール 磁追砲】
円形の空気の波動を放ちながら、斧槍はルゼラカルトへ飛翔した。
クロックヴェルクから逃げる際、自身の腹部を貫いたのはこれかと、認識する。
磁力を追う為、避けれないか。
あらゆる方向に糸を生成し、速度を変速させて射出。
磁力の付与から逃れた数本の糸が、斧槍の柄に絡みついて勢いを止めた。
【天糸スユニ 糸槍沌】
粘糸で作った槍を多量に生成。弛んだ糸の戻る反発でそれをミリオットへ飛翔させる。
ミリオットは、糸の槍に生命力を付与せず、同極反発によって躱す判断をした。
"知らないが故"の判断。
到達寸前。ギリギリで躱すミリオット。糸の槍は四散するのだ。
弾け乱れた粘糸が、ミリオットの鎧に付着する。
【逆廊 ベラケリぺ】
ミリオットへ付着した糸を通してベラケリぺの生命力を付与。
ミリオットの重力を乱雑に動かし、三半規管を掻き乱す。
今まで感じたことのない感覚に、ミリオットは猛烈な吐気を催した。
そして目眩の中、違和感に気付く。
先程ルゼラカルトの振るっていた、"縫改らしき剣"を持っていないのだ。
ルゼラカルトは、"糸槍沌"の中に縫改を忍ばせていた。今、ミリオットの背後にそれはある。
縫改の柄に糸を巻き付けていた故、ミリオットの真横にピンと張る糸の線が見えた。
引き寄せる。
ミリオットは後方の縫改に磁力を付与しようと、球体を生成。
しかし、その球体は斬られ"縫われる"。
ミリオットは、"咄嗟"に出してしまったのだ。縫改の効力は理解していた筈が、それがまだ脳と身体に染み込んでいない。
しかし、存外に落ち着いていたのだ。
自身に近付く縫改が、やけにゆっくりに見えるほど。
それは妻の仇を眼前とした興奮状態から来る、超集中状態。
最小限に身体を捻って縫改を躱し、横を通過する際、柄の部分に磁力をそっと付与。
引き寄せ。
掴む。
「焦ったか?ルゼラカルト!」
ルゼラカルトの呼吸が、一瞬止まる。
瞬間的に、愚かな自分を責めた。
何故こうなると予測しなかったのか。
ミリオットの言葉で、自身が焦っていたことに気付く鈍感さ。
幸か不幸か、糸はまだ縫改に繋がっている。
縫改で糸を斬れば、糸はその場に縫い付けられ、柄に糸が巻き付いた縫改も数秒は固定できる。
斧槍も今、ミリオットの手元に無い。糸を巻き付けて空間に固定している。格納魔法で新たに取り出して斬るにしても、数秒は稼げる。
この数秒が、今後の状況を大きく分けるだろうと。
乾燥しだした肌が、自身の生命力の枯渇を提示してくる。
計画での自身の役目は全うした。
しかし、人生において。
ここで終わるのは気に食わない。
「どうなるかわかりませんが、冒険してみましょうか」
【穢纏 逆廊 ベラケリぺ】
ルゼラカルトは既に、天糸スユニの穢纏状態。
そこに、別の特定指定穢獣の穢纏を重ねたのだ。
前例を聞いたことのない状態での、危険な賭け。
ルゼラカルトの身体には、とてつもない程の負荷がかかる。
スユニの白い装甲は畝り動く。
ルゼラカルトの両眉の上に、それぞれ3つ三角の灰色模様が浮き出た。
装甲の見た目はスユニの白い装甲とほぼ変わりはない。装甲の間からボロ布が上へ垂れるよう装飾される。
地上から空に向かって、吊るされているように。
2つの穢纏を、身体は耐え抜いたのだ。
高揚からくる心拍の上昇。
ルゼラカルトはミリオットを見据えようとした。
しかし、先程までの場所に居ない。
縫改に繋がっていた糸も切れている。
「透過しましたか」
辺りを見渡すも、ベラケリぺの副作用で三半規管が狂っている所為もあり、目眩を起こした。
思わず舌打ちをするルゼラカルト。
生命力が枯渇した状態であっても、穢獣本来の姿を纏うことで、穢獣本来の生命力が上乗せされる。
【逆廊ベラケリぺ 天下盤上】
ルゼラカルトから周囲、"目に見える範囲"の上下が反転。
積もる雪、転がる石、柔い地面の全てが空へ落ちていく。
多くの物体が通り過ぎる過程で、人型に歪んだ空間が高速に移動していることを確認。
その移動先に生命力を集中。
【逆廊ベラケリぺ 枠醒万点】
重力が一点に集まる。
周囲の物体がその点に引き寄せられ、透過にて移動していたミリオットも、その塊の一つとなった。
【天糸スユニ 遊隷破線】
幾方からの高濃度の糸が、その塊を斬り裂く。細切れになった塊の間から、飛び散る血が見える。
この戦いにおいて、先に血を流したのはミリオットの方。
ルゼラカルトの二重穢纏に、動揺しない訳がないのだ。
細切れになり間を見せた塊だが、依然として重力は点に向く為、再度集束する。しかし、ミリオットを捕らえているかはわからない。
塊に隙間ができた時に、抜け出している可能性もある。
出血。
それが、ミリオットの目印になると。
血の塊が、上へ移動したのが見えた。
「抜け出しましたか」
ルゼラカルトは再度、血の塊のその先に点による重力場を生成。
様々な破片は血を囲んで固まる。
斬り刻む。
……。
感触が無い。
2箇所の点の重力場を解除。
崩れ空に落ちる塊の中に、人型の歪みは無い。
「血を磁力で……」
ミリオットに、視線を誘導された。
見失う。
ルゼラカルトの心の奥底に、冷たい感覚が湧き出る。
鼓動は、変動するのだ。




