35話ー刻印ー
ー9年前ー
アルパースランドの本軍に潜入して1年程が経った頃。
当時の円卓の六将だったメリトーの引退話が湧き上がっていた。
同時に宝剣"縫改"の所在を探っていたのだが、何の手がかりも得られず。
メリトーはよくジェンドの部屋を訪れていたのだが、今考えると、もっと注意深く探っておくべきだった。
ー8年前ー
メリトーの引退。
円卓の六将の一席が空席となる。
俺はジェンドに円卓の六将にさせろと懇願したが、通らず。
面倒なことに、周囲からの評価を得る方向性に変えるしかなかった。
ー7年前ー
ヌルビアガのとある連中が、アルルカリア大穢場の主討伐に動く計画を立てた。
緊急招集に合わせ、数日空ける理由を作るのも面倒だったが、一番落胆したのはその計画の内容だ。
あまりにも突発的で、あまりにも杜撰。
21という比較的若い年齢だった俺は、その杜撰な計画に指摘はしなかった。
この時はまだ、ルゼラカルトもヨデンも居なかったが、唯一、ラウーシュだけが俺と同じ感情を顔に出していた。歳が近いのもあり、俺の計画に参加させようと考えていた。
ー6年前ー
やはりなと言う結果に終わった。
アルルカリア大穢場の深部に到底辿り着かず、入り口付近での乱戦。
それも、リオルドランであるネビアルの穢纏1人に計画は散らされたと。
戦地に赴いていたメスローデが、そのネビアルの悠々たる様子を興奮気味に語っていた。
リオルドランに抱く、憧れ。
これは使える。
しかし、情けない。
ヌルビアガという組織の存在はバレやしなかったが、その死に様は、さぞかし無様。
穢纏を使う前に2人ともやられたと。
その話を聞くだけで、痒くなる。
ー5年前ー
未巡礼者であった円卓の六将ミリオットがクロックヴェルク穢場の主、穢獣ベントゲールを討った。
絶対不可侵の磁場を持つ穢獣を討つなど、大したものだと感心したのを覚えている。
国は新たな"武力"の獲得に浮かれていた。
この機だ、と。
当時活躍していたウルビダ、俺の2人を円卓の六将候補に出した会議を"開かせた"。
円卓の六将の1人のジジイは怠慢な態度で何の活躍もしていなかった為、除籍させる案も持ち込んでいた。
円卓の六将会議にて、承認。
国王との謁見が許される。
俺とウルビダは並び、5段上に座る国王の前へ立つ。
そこの両脇の壁に円卓の六将も立つ。
【従令 ビドロクエラ】
能力の発動に生命力は必要としない。
条件。
現国王のムトラビ・アルパースは未巡礼者であり、個体での武力を持たない。
若くして剣術を極め、巡礼者であり、指揮の才もある俺に対し。
「若くし、才を持つ。これ以上ない、適任であるな」
「勿体無いお言葉」
頭を下げた俺は、ニヤけが止まらなかった。
"降ったな、国王"。
ビドロクエラ所持者から、半径10馬身に居る者が、"こいつには敵わないな"と降った感情を抱いてしまえば、"従令"の対象となる。
一度対象となれば、世界のどこに居ようが命令は届く。
逆に言ってしまえば、自身に絶対的な自信を持つ円卓の六将の堅物達は対象にはできないだろうと。
生命力の無い刻印を、誰も気付かずに押された国王は、ロザンパーゴが円卓の六将になったその日から、従順な操り人形となってしまった。
計画が滞りなく進む現状をヌルビアガ全体へ報告。
ヌルビアガの空席だった二席に、ヨデンとルゼラカルトが抜擢。
熱量のあるその2人とラウーシュを計画へ勧誘し、本格的に動き出すことになる。
ー4年前ー
アルパース大穢場の主を討伐するにあたり、一番の邪魔は円卓の六将。
束になれば手強い。
各個撃破を狙い、情報を只管に集めた。
同時、時葬バデキオンを利用し、俺以外の3人の戦術確認を含めた火力向上の鍛錬を実施。そこに、命令を関した人間を入れ、俺は間接的にその様子を見ていた。
実戦経験の豊富な3人だが、互いの能力を理解しあうことに深い意味のある時間だった。
しかし、計画実行までは数年必要だと判断。
ヌルビアガになるくらいだ。
皆自我が強く、喧嘩が絶えなかった。
ー3年前ー
仕事をこなしながら、円卓の六将の情報収集に奔走する。
国の主要人物達なだけあって、さすがに得られる情報は制限されている。
時間が必要。
面倒だが、円卓の六将たちの身内を降らせねばならない。
そして円卓の六将になって2年が経ち、書庫にある文書も粗方読み漁った。
しかし、"大穢場巡礼者"の情報が無い。
国の重鎮達ですら、どこの部門で誰が管理しているのかわからない程。
1人でも巡礼者を見つけてしまえば、巡礼日の開門に合わせて大穢場内部調査ができるのだが。
ジェンドの管理下と予測を立てるも、恐ろしい程に情報管理されすぎている。
さすがは大穢場所持国だなと、感心せざるを得ない。
ー2年前ー
情報収集と同時進行で、俺は国民からの評価を上げていた。
交易や戦争指揮、実際に軍を率いて戦地にも赴いた。
着実に、地位を確立していく。
ヌルビアガの3人は、前よりは意思疎通が出来るようになったが、決行にはまだ程遠い。
いい加減にしてほしい。
ー1年前ー
ヌルビアガの3人を集め、計画の詳細を伝える。
本格的に動き出すとなり、いつもふざけ気味の皆も真剣に聞く。
決行までの入念な話し合い。
そして……。
ー現在ー
ミリオットの妻ステラの襲撃、成功。
クロックヴェルク穢場にて"穢獣ユナン"の顕現。
メスローデの襲撃、成功。
計画の通り、メスローデはリオルドランに強い興味を示し、ラウーシュのバデキオンによって討つ。しかし、メスローデは予想外の動きをした。目立ちたがりの性格を加味しておらず、昂った感情のまま、群衆の前で自慢を始めてしまったのだ。リオルドランは本人達も隠す秘匿組織なことを忘れたのか低脳。
顕現したバルバンテの討伐、失敗。
計画外である、ラスティオン帝国の乱入。
ミリオットの巡礼妨害及び襲撃、失敗。
同じくして穢獣ユナンの討伐、失敗。
計画外である、リオルドランの介入。
オドムの襲撃、失敗。
上に同じ。
ルゼラカルト円卓の六将参入、成功。
国王を"命令"し、半ば強引ではあるが。
宝剣を守護しているであろうメリトー襲撃、成功。
しかし、宝剣は未奪。
ルゼラカルトの索敵を以てしても、見つからなかった。
ウルビダの襲撃、未達。
ラスティオン帝国ハドアによるもの。これが計画を狂わせた一番の理由。
リオルドランの介入は計画中盤で見込んでいた。最序盤からとはな……。それにラスティオンのハドアの行動は、とち狂ってる。
お陰で、ジェンド襲撃の計画は無くなり、今現在対峙の形となってしまった。
喰殲グドゥルギンでジェンドの生命力を喰ったが、何の情報も得られない程に微弱。
咄嗟に出した分身だからか?
それとも"長年の勘"か?
ジェンドは自身の分身に蹴られ、俺から距離を取っていた。
ジェンドは空中。
精神も不動の老将よ。
せいぜい戸惑え。
ロザンパーゴは右腕を突き上げ、天へ向けて生命力を放流。
まるで何かに見せるように堂々と立ち昇る生命力の光柱。
まるで誰かに……。
【天糸 スユニ 天糸・断世】
膨大な生命力を放ちながら、ルゼラカルトは一本の糸を張る。
その一本の中に、極限まで圧縮された生命力と、糸が何万層にも織り重なる。
ルゼラカルトの、渾身の一糸。
その長さは、アルパース大穢場のほぼ端から端に及ぶ。
その糸が、移動を開始。
凄まじい速度で空を切る音が、不気味な高音となって周囲に振動する。
第五拠点の上空を通過。
下の兵士達に音が聞こえた時、既に糸は遠く離れていた。
ロザンパーゴは背後にそれを察知。
ジェンドは、正面から禍々しい生命力の接近を感じ取った。
直感する。
防げない、と。
瞬間、脳裏に巡る予感。
ジェンド自身を狙ったものではない。
だとしたら、背後。
戸惑いを見せたジェンドの真正面に、ロザンパーゴは急接近。
生命力の牙でジェンドを喰らおうと。
ジェンドは分身で自身を蹴り、距離を取った。
2人の下方に、糸は通過。
空を切る高音が、後方へ遠ざかっていく。
甲高い音が弾くように鳴る。その音は継続的に鳴り、鼓膜を細かく揺さぶった。
大穢場の強度な結界が斬られる音。
ジェンドはロザンパーゴからある程度距離を取ってから、振り向くのだ。
【逆廊 ベラケリぺ 天地沌変】
ジェンドの瞳孔は縮みあがる。
その光景は、現実だと信じたくないもの。
大霊峰アルパースの山頂部が斬り取られ、岩や雪を交えながら、"空に落ちていく"。
漂う雲は山頂部の落下に驚き、斜面をなぞるように退いていた。
その異様は、日常を送る国民の目に嫌というほど映る。
コーヒーを片手に優雅な朝の時間を過ごし、大霊峰を見ながら1日を始める。その日常が、言葉通りに崩れるのだ。
朝早く起きた人だけがその光景を目にし、お喋り好きな人は隣人を叩き起こし、不安な人は巡回中の近衛兵に質問攻めし、記者は興奮気味に筆を走らせる。
そして誰しもが、只事じゃないことが起こっていると理解した。
「頂が……落ちてる……」
そして誰もが、"落ちている"と理解した。
大霊峰アルパースの山頂部は止まることなく、上へと落ち続ける。
ヌルビアガの残勢力を鑑みた結果、ロザンパーゴは今主を討つことを断念。
第二門の高度から山頂にかけての内部に巡礼場所があり、主が顕現している場所もそこ。
広範囲に及ぶ巡礼場所もろとも、斬り取って"落とした"。
後に来る"応援の勢力"を待って討つ計画。
計画の規模と、大雑把で力任せな判断に、ジェンドは動悸で胸を打つのだ。
ーアルパース大穢場 第四拠点と第五拠点の中間地点ー
ルゼラカルトは強大な三重魔法を二度も使った為に、疲弊しきっている。
レイゼルの攻撃によって穢纏スユニの硬度な装甲はヒビ割れているが、生命力の消耗により修復を諦めていた。
深くなる呼吸。
唇はとうに乾ききっていた。
遥か後方で、絶大な幾つもの生命力が動き出すのを感知。
「早くここから離れないとですねえ」
身体を動かした際、装甲が擦れて欠片が落ちる。
それ程までに、柔くなっていた。
「でもちょっと、休憩〜」
糸の上で屈み、踵に尻を乗せて座るルゼラカルト。
上空の流れる雲をボケーと見やり、少しの暇を得る。
ここは戦場。
幸か不幸か。
違和感を見つけてしまう。
豆粒程の歪んだ空間が、上空を移動しているのだ。
ルゼラカルトはゆっくりと立ち上がり、その歪みを見据える。
しかし、遅かった。
点の歪みが、急降下していたことに。
咄嗟に体勢を変えたものの、ルゼラカルトの右肩に強い衝撃。その部位の装甲は砕ける。
副腕でそれを掴むと、棒状であることが解った。
バチバチと音を立て、歪みは実体を成す。
アルパースランドの紋章の入った、旗。
「旗ぁ……?」
持つ旗は風に揺れ、音を立てる。
そして、何かに引っ張られるように、動くのだ。
慌てて手を離すルゼラカルト。
視線を先程の上空へ戻した。
歪んでいた点の接近。
その形状は近くでやっと把握する。
透明な人型。
【透景 ユナン】
"自称ニキビ"の能力によるもの。
透明の人型が接近するにつれ、ルゼラカルトはそれに引き寄せられてることに気付く。
旗による、磁力の強制付与。
【磁球 ベントゲール 磁波掌底】
磁力の反発による、無色透明な圧力。
それにより、ルゼラカルトは地面に強く叩きつけられた。
咳き込んだルゼラカルトは、バチバチと音を立てて姿を現す男を見据えている。
「宿将ミリオット……」




