34話ー合流ー
ーアルパース大穢場 第二門前ー
ロザンパーゴは左腕を動かし、怪我した際に補填する筋組織がどれほど可動するのかを確かめた。それに伴う痛みも同時に理解する。
怪我を想定はしていたが、いざ実際に傷を負うと動きに支障が出ることも実感。
ジェンドはこの大軍勢を前にしても動揺していない。
ロザンパーゴは判断を迫られた。
軍の勢力を、どっちに割くか。
そして自身の生命力も、どれほど割くか。
ラウーシュが死んで、ヌルビアガ勢力が大きく割かれた今、計画外の思考を練らなければならない。
想定しておくべきだったと、深く思う。
加え、自身の怪我。
計画が乱れることが、大嫌いなのだ。
【従令ビドロクエラ 壊孥櫐混】
行進する大軍勢及び、兵士の全てへの命令。
"ジェンドに触れ、自爆魔法を以て全うしろ"。
自爆魔法を学んだことも無い者でさえ、ロザンパーゴからその知識が付与される。
……自爆魔法とは。
魔法学的に正式にその名が付けられている。
世界共通の禁止魔法。
二重魔法陣を必要とする高等魔法。
身体の内部に巡る生命力を爆発の性質に変換し、脳の電気信号により起爆となる。
基本的に、自発的に詠唱し発動する魔法ではない。それを応用した爆発魔法を魔具に組み込み、自爆または武器として扱うもの。
つまりは、非道の極みである。
命令に逆らえない者達が、寄ってたかってジェンドに触れ、血肉を撒き散らしながら爆発していく。
ジェンドの立つ場所の地面は窪み、尚続く爆発。
その者の持つ生命力に比例して爆発規模も変わる為、兵士の爆発は広範囲のものとなる。
爆発が連鎖しないのは、丁寧にも爆発範囲内の者に座祈水晶を"使用させている"為。
ロザンパーゴは、この程度でジェンドがくたばると思っていない。
しかし手も足も出せず、仲間内が無様に死んでいく様を見るのは、さぞ心が痛むだろうと。
ましてや、ジェンド自らの手で仲間を"殺す"ことなんてできない。
そんな人間なのだ。
その爆発の音を只管に聞いて、空を仰いで笑う。
ゆっくりと生命力を溜めて、大技の準……。
ロザンパーゴは背後に気配を感じ、即座に長剣を振るった。
"ただ"行進する老耄の首が刎ねただけで、気配の正体は掴めぬまま。
ジェンドの分身のそれと同じものを感じたのだ。
"生きているぞ"と、主張したいのか。
ロザンパーゴは甘くみていた。
如何なることでも怒りを見せなかったジェンド。
兵士と住民の死によって心が砕けると踏んでいた。
甘い。
積み重なったものが。
老将の逆鱗を強く刺激した。
ロザンパーゴの首は絞められる。
それは、"ちょうどその位置"に生成されたジェンドの分身だった。
分身。
命令。
"ジェンドに触れ"……。
ジェンドは確かめていた。
自身と同位置に、自身より少し大きな分身を何重にも生成し、まるで鎧のようにして身を覆った。
兵士と住民はその分身に"触れ"、爆発する。
命令の認識は、その分身にも判定があった。
今ロザンパーゴの首を絞める分身も、"命令の中ではジェンド"なのだ。
爆発は、ジェンドとロザンパーゴの2箇所となる。
12000近くの爆発による爆煙は空高く昇り、陽光が無駄にそれを照らした。
爆音が静寂へと変わる頃、地形は大きく窪んでいた。
立ち込める爆煙を、2人は生命力の放出により退かす。
ジェンドは無傷でそこに立ち、対しロザンパーゴは鎧が黒く焦げている。身体の破損は無い。
返り血で赤黒く染まった顔を、格納魔法で取り出した布で拭った。
2人のぶつかる視線は、奇しくも同じもの。
戦場の静寂が、ただ不気味に蔓延る。
ジェンドは、ロザンパーゴがいつ2体目の特定指定穢獣を使ってくるのかと危惧していた。
その危惧は、"互いに"である。
ロザンパーゴは10年ジェンドの近くに居た。しかし、あまりにも情報が制限されているのだ。巡礼日、大書庫はもちろん、周りの兵士すらも。
以前の戦争で見せた【形魂デペル】は知っていた。
ジェンドの底知れぬ生命力は、2体目以上の所持を彷彿とさせているのだ。
この間合いは、強者同士特有のもの。
並の兵士では解り得ない、独特な間合い。
運か偶然か、この静寂の頃合にロザンパーゴの耳にピンと張った糸が付着した。
「ロザン、私は今そっちに向かっておりますが、状況どうです」
糸の振動を利用して、ルゼラカルトが遠方から声を伝える。
声色に若干の違和感。
「あまり芳しくないな」
「おや、珍しいですねえ。しかし、会話をする余裕はあると」
煽られて改めて思う。
自分は今、余裕はないのだと。
「作戦変更だな」
糸に触れる風の音が貫く。
「まあ、そうだろうと思いましたよ。ちなみに、私は今スユニ穢纏状態です」
「合図を待て」
糸は切れる。
ー第三拠点と第四拠点の中間地点ー
リクは今出せる最速の速度で歩いている。影を使って移動したいのもやまやまだが、これ以上生命力を消費すれば、今後の戦闘に大きく影響する。
すると、ヨデン戦終了後に張った影の膜を通過する2つの生命力を探知。
それも、凄まじい速度での通過。
リクは恐る恐る、後方を見やるのだ。
それは瞬間にして、到達することになる。
リクの前に激しく着地した2人。
「リクさーーーん!!ボロボロじゃないですかー!」
着地早々に甲高い声で喋るのは、同じくリオルドランのサイカであった。
深い安堵に包まれるリク。
サイカの隣には、表情の沈むネビアルの姿。
「途中、ラウーシュと思われる死体があったな。頭部は欠損してたが」
開口一番にそれを言うネビアル。
「誰かが、止めてくれたんだね」
しんみりとした空気の横で、サイカは落ち着きなくいた。
「ヌルビアガってまだいるんですよね!?早く行きましょう!!」
サイカは目を細めて周りを見渡すと、前方上空に何かを見つけた。
「ネビさんネビさん!あれ!あそこで何やってるんですかね!」
小刻みに飛び跳ねて指を差しながら、ネビアルの左腕をペシペシと叩くサイカ。
「あれは……」
ーリク達の少し先 上空ー
カリンはイゼの血の糸に結ばれ、イゼと共に上空に居た。
「いいかい。カリリン。下を見てはいけないよ」
「わかってるよー!イゼがそう言うから、変に意識しちゃうんでしょ!」
カリンは、空間に縫い付けられたレイゼルの右手斬口に集中していた。
最初、宝剣"縫改"に縫い付けられた糸を斬ろうと、イゼは容赦なく刀を振るった。
しかし、刀身も生命力の斬撃ですらも、その糸を斬れなかった。
それを見ていたカリンが地上で必死に叫び、私やってみるー!とのことで、イゼがここまで連れて来たのだ。
「多分だけど、縫い付けたなら、解くこともできると思うんだ」
カリンは、止め縫いされた箇所を探していた。
「止め縫いされたとこさえ解いちゃえば……」
それは限りなく小さく、目視するのが困難な程に小さな。
「あった」
少し伸びた爪の先でつまみ、解く。
解かれた糸の片方を引っ張ると、面白いくらいに糸が抜かれていく。
重力にのったレイゼルの右手を、イゼが受け止める。
「よし!あと5箇所!」
「す、すげえ」
レイゼルもポカンと口を開け、その緻密な作業を淡々と見ていた。
「……いですー!」
遥か上空にまで届く甲高い声。
「それ縫改に縫われたやつですよね!解くなんて凄いですー!」
次の瞬間には、既にレイゼルの"横"に居た。
「おおー!サイカ!!」
「レイゼルさんやっほーです!キミキミ!それどこで習ったんですか!?」
サイカはキラキラした眼でカリンを見つめた。
突如現れた小顔の可愛い女の子に、カリンは戸惑いながらも。
「か、勘です」
はーっ!と満面の笑みを見せ、地上のリクとネビアルに顔を向けるサイカ。
「ネビさーん!ここに天才いますー!」
サイカはカリンへ向き直り、続けてくださいと顔を近付けた。
カリンはレイゼルの頬に縫われた箇所を、同様の手順で解き始める。
ふむふむなるほどと、サイカは頷く。
「こうですか?」
頬のもう1箇所の縫い糸にサイカは触れ、見様見真似で解いてのけた。
「できましたー!縫改の対処ってこうやるんですねー!これ殺し合いの最中にやるのめっちゃやばいですね」
あまりの呑み込みの速さに、カリンは息を忘れる。
全てが解き終わり、レイゼルは自由の身となった。
「はあ!切り口!はあ!血出てな……はあっ!」
サイカはレイゼルの目を見てから、凄まじい速度でイゼとカリンの目を見やった。
「え!驚かない……あっ……知ってる?」
レイゼルはカリンを見ていた。
イゼには打ち明けた自身の事実。
それは確かに、カリンには話していない。
しかし、"穢獣と会話できる"カリンは、何かと察していたものもあるのだろう。
切断されたレイゼルの右腕が、細胞が絡み合いながら再生される。その事象を見ても、カリンは驚かなかったのだ。
カリンは虚しげな表情を浮かべながら、レイゼルをただ見つめる。
レイゼルは、何も言わずに頷く。
上空の4人は地面に降り、リク、ネビアルと合流した。
「おやおや、皆さんリオルドランかね。大層な生命力なことで」
イゼは絶大な武力を持つ4人を前に圧倒されていた。
「案外、急いだ方がいいかもしれんよ」
イゼの言葉に、他の5人は同じ方角を見やる。
「そうですよ!行きますよ!早くしないと終わっちゃいます!」
サイカ1人だけが、この空気感とは違う声色。
「カリン、どうする?」
レイゼルはカリンを見やる。
「もちろん、行く」
「わかった」
ネビアルもリクも、何も言わない。
「すまんレイゼル、背負ってくれ」
リクの体温は高く、早歩きがやっとのこと。
「いいよ!イゼ、カリンを頼む」
「はいよ。おいでカリリン」
屈んだイゼの背中に、カリンは乗る。
「じゃあ!いいですかね!着いてきてくださいー!行きますよー!」
6人もとい、4人の脚は一斉に駆けた。
同時。
第四拠点と第五拠点の間に位置するルゼラカルトは、ロザンパーゴの合図を待ち停止。
多大な生命力を込めていた。
ーアルパース大穢場 第二門前ー
ロザンパーゴは葛藤していた。
"ビドロクエラと武術だけじゃ"ジェンドに勝機が無いと。
加え、ジェンドは分身体のみでロザンパーゴの動きを制限している。
本体の体力は温存。
強者の中で、知られていない穢獣の能力を使う機会は、かなり重要なもの。
初見にして、能力を理解されないまま勢いで押し通る。
しかし、ジェンド程の戦士が余力を大きく残し、能力の観察に時間を割ける今の状況は、本人曰くあまり芳しくないのだ。
「はああああ〜」
ロザンパーゴは大きすぎる溜息をつく。
その溜息は、ロザンパーゴの思考をある程度固めるものだった。
「人生が二度あったなら、もうこんな険しい道は選ばないだろうな」
ジェンド分身からの激しい剣戟を受ける中で、淡々とした言葉。
「まあ、今はこれが生きる道か」
ヌルビアガの"絶大な武力を持つ"という噂。
その力は、1人で1国を相手にできるとされる。
従令ビドロクエラの"命令"も国家を揺るがすもの。事実、大国アルパースランドの内部に深く入り込み、重鎮から市民までを隅々掻き乱した。
しかし、それを"武力"と呼ぶのだろうか。
内部破壊は敵を心身的にも精神的にも追い込むことはできる。
武力とは呼べないだろう。
武力は力。
それは単純であり、最も複雑なもの。
"破壊力"とも違う。
"筋力"とも。
それは、"使い方"であり、脳から降る判断によって大きく左右される。
【"穢獣" 混剛体】
ジェンドの感じ取ったロザンパーゴの生命力は、歪なものだった。
特定指定穢獣特有の重苦しいものではなく。
様々な色の生命力が合わさったような、複雑で、得体の知れない禍々しさ。
ロザンパーゴの右腕にヒビ割れたような生命力の発光。
向けられた掌から、濃縮された生命力の放出。
ジェンドは間一髪で躱した。
しかし、その放出された生命力の線は、まるで固定されたかのように動きを止めていた。
ロザンパーゴの腕の動きに合わせ、線は動く。
ジェンドは咄嗟に、自身と線の間に分身を生成。
線に触れた分身の部位は、溶ける。
生命力の圧倒的な密度。
ジェンドも、生命力の密度を同等に高めなければならない。
次の瞬間にロザンパーゴは、既にジェンドの間合いに入り込んでいた。
疾い。
しかも、その加速に見合わず、間合いでピタッと固定されたように止まる動作。
名前の無い別々の穢獣の能力を、緻密に使い熟している。
しかし、違和感。
別々の穢獣の筈なのに、生命力が妙に統一されている。
生命力は個体ごとに特徴あるのが理。
ジェンドに向けて突き放たれた長剣を、生成した分身の右手が握る。
ロザンパーゴの左手から生命力の線が射出。
ジェンドの分身生成より早くそれは届き、ジェンドの胸部に直撃した。
そこで、固定。
ジェンドは長剣を振るったが、そこにロザンパーゴは居なかった。高く、飛び上がる。その左手には、ジェンドに繋がる生命力の線。
ロザンパーゴはその線を引き寄せ、ジェンドは空中に放り出される。
途中、ジェンドの上昇速度は加速。
更にロザンパーゴは、分身の生成位置を難しくする為に、生命力を放出して移動し加速した。
なのに、ジェンドは引き寄せられる。
距離を取るのが目的ではない。
分身に邪魔をさせず、距離を縮めようとしていた。
その違和感は、別々の穢獣の生命力が妙に統一されていることと結びつく。
ロザンパーゴの間合いに入る直前、ジェンドは自身の前に分身を生成し、引き寄せる線を斬らせ、分身に当たることで停止。
直後であった。
その分身の上半身は、消え去る。
即座に分身の断面を見やるジェンド。
それは、歯型のような断面。
正確には、分身は食いちぎられた……。
【喰殲 グドゥルギン】
巡礼者にとって、恐ろしい穢獣。
喰った穢獣を、涙桜無しに自身のモノにできる能力。
顕現していた特定指定穢獣の中でも、群を抜いて危険視されていた。
その脅威の能力は穢獣に対してだけでない。
巡礼者を喰らえば、穢獣の顕現無く、力はグドゥルギンの元へ降るのだ。




