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Pilgrim Reaper  作者: 寿司川 荻丸


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38話ー隻腕ー


ーアルパース大穢場 第二門前ー


 レイゼルから、ミリオットによるルゼラカルト撃破の通達があった。


 そしてルゼラカルト絶命により、ラスティオン帝国領土、ムカロ穢場にて、スユニとベラケリペの融合個体が顕現。山の内部に位置するムカロ穢場。顕現の衝撃波により、山の内側から大きく膨らみ、崩れる。土砂が近隣の村に流れ込む被害が発生。


 この事態に誰よりも動揺していたのが、ロザンパーゴである。


 ジェンドと交戦中にも拘らず、即座に上を見上げたのだ。


 大霊峰アルパース山頂部の、地面に向けた落下が開始される。


 幸い、まだ豆粒ほどの大きさに見える高度に位置する為、地面到達には時間がかかる。


 ロザンパーゴの脳裏に過ぎる文字と、ズタズタに崩壊した計画の文字を天秤にかける。


 "計画遂行"か、"撤退"か。


 その天秤は、後者に大きく傾いていた。


 10年。


 生きた人生において、約半数の時間をかけた計画が、こんな結末を迎えるとは。


 ロザンパーゴの自尊心が、"撤退"の意思を遂行するまでを邪魔している。


 何の収穫も無しに、引き下がるなど……。


 ルゼラカルトを討った連中が到着するまで、時間はある。


 足掻くなら、今。


 どんな手を使ってでも。


 【形魂(なりだま)デペル 千身遊覧(せんしんゆうらん)】


 ジェンドは、今のロザンパーゴの心境を予測し、恐ろしく当てていた。


「逃してたまるか」


 ジェンドは背中に腕の分身を多重に重ね、大きな2翼を生成。


 "翼を得た状態の分身体"をロザンパーゴに向けて飛翔させた。


 真正面。


 ロザンパーゴは両手を前に出して上下に重ね合わせ、指を絡め合わせる。


 【喰殲(ぐせん)グドゥルギン】


 ジェンドの分身は、ロザンパーゴの生命力の牙によって喰われた。


 同時。


 【自爆魔法】


 分身は自らの生命力を変換し、起爆。


 分身の生命力を吸収しかけていた"ロザンパーゴの内部"で、爆ぜるのだ。


 口と左腕の傷口から煙を吐く。


 到底、致命傷ではない。


 しかし、生命力を喰うというロザンパーゴの判断に迷いを与えることはできる。


 ロザンパーゴはジェンドに向けて生命力を射出し、後退を開始。


 真後ろに感じた気配を、"喰う"。喰ったのは分身体。


 迷わない……か。


 ジェンドは分身体に対して自爆魔法を発動し、両翼を動かして接近する。


 互いに、迷走していた。


 ロザンパーゴが、自爆魔法を使用するとわかった上で、生命力を喰う意味。内部で爆発したとて構わない理由がある。


 グドゥルギンの捕食は、どこまでがそう判断させる?人間本体を喰った場合はもちろんのこと、生命力を喰らい続けても、捕食完了とみなすのかどうか。


 本体生命力の半分以上を喰われることは、危険か。


 一方、喰殲グドゥルギンを前に、生命力を惜しまずに使用するジェンド。喰われてもいいのか、まだ奥の手があるのか。


 今現在もこうして、距離を詰めに来ている。


 無意味に特攻するような老将ではない。算段を立てて行動する。


 思考に見落としがある。


 一番可能性として近いものは、2体目の名前持ち穢獣(あいじゅう)。


 後退する姿勢を見せた今、撃ってくるか。


 ロザンパーゴの思考の奥底で、ジェンドに関する文献が羅列された。


 隻腕。


 産まれながらではない。


 "途中"で隻腕になったと。


 戦争での大きな負傷は無いと記されていた。


 もしそれが本当ならば。


 ……。


 文献には詳細の載っていない、1つの遠征。


 遠征の事実があったことだけが記載され、他は省かれている。


 もしこれが、"穢獣討伐"の遠征だとしたら。


 ジェンドが左腕を失う程の穢獣。


 来い。


 喰ってやる。


 ジェンドは葛藤していた。


 このまま"デペル"を使っていても、分身が喰われて生命力を消費していくだけ。


 ……。


 "使いたくはないな"。


 実在しない左腕の先が、疼く。


 ジェンドの生命力の些細な変化を、ロザンパーゴも感じ取るのだ。



 【削龍(さくりゅう) ホロゾーム】



 ジェンド左腕の隣の空間に、龍と思しき左前脚が顕現。その前脚だけで、ジェンド2人分はあろう大きさ。


 ロザンパーゴは目と口を大きく開け、歓喜に近い表情を見せた。


 ホロゾームを討った人間が、目の前にいることに。


「なるほど!!」


 ロザンパーゴは前のめりになる。


「その左腕は、贄(にえ)か!!」


 負傷ではない。


 贄。


 左腕を犠牲にして穢獣の左前脚を顕現させる、一種の"契約"。はたまた、討ったのか契約だけなのかは分からないが。


「国を守る為か!?ジェンドぉ!」


 嬉々とした声色。


「嬉しそうだな、ロザン」


「嬉しいよ!」


 ハハハと、はっきりとした発音で笑った。


「国王の盾って呼ばれててさあ、国民からの信頼も分厚くてさあ、円卓の六将でも一目置かれてるような老将がだよ?」


 ロザンパーゴは黒い魔法陣、半太陽の紋章を提示する。


「武力の為に生命力を欲する。"俺ら"と同じじゃん!」


 ジェンドの眼に、その魔法陣は反射していた。


「ましてや五体満足を放棄して、穢獣の力を借りるなんてな」


「酷く勘違いしているようだな。全くもって同じではない」


「そう言うしかないよね」


「奪うことは簡単だ」


「老将がそれを言うかね」


「守ることが、どれだけ難しいか」


 手の届かない者は守れない。


 近くに置いていても守れない。


 育てたとしても守れない。


 人生で守れなかった数が、ジェンドをここまでのし上げた。


 理不尽な武力は、理不尽に命を奪う。


 自分がどれだけ強くなろうが。


 自分が国の抑止力になろうが。


 その瞬間は残酷にやってくる。


 メリトー。クルスエド。オドム。ウルビダ。メスローデ。


 他にも挙げきれない程の者が、犠牲になった。


 そして皆、抗った。


 懐にしまっていた2枚の穢纏(あいてん)通知書と。


 ミリオットが抗った結果、生成されて舞い落ちたルゼラカルトの穢纏通知書。


 国を守る為。


 否。


 国の盾として、死に物狂いで抗うため。


 砕けてはならないのだ、この盾は。


 【削龍(さくりゅう)ホロゾーム 去者忘(さるものしらず)】


 デペルで生成した分身で自身を蹴る。


 ロザンパーゴは龍の左前脚を喰おうとした。


 しかし、やめたのだ。


 後退して躱す。


 ホロゾーム。


 禍々しすぎる生命力。


 顕現から186年。


 そこらの穢獣と顕現年数が桁違いの化け物。


 龍の左前脚はロザンパーゴの前を掻っ切る。


 後退の為に射出した生命力がその脚に触れて、削がれる。


 ホロゾームは、物体と生命力を削ぐ能力。


 多くの名だたる討伐挑戦者を屠った力。


 ジェンドの分身あってこその、偉業かと。


 ……。


 欲しい。


 喉から手が出る程に。


 ロザンパーゴは顎に指を添え、思考した。


 ジェンドという老将、現状、ホロゾーム、リオルドランの追手。


 組み立てる。


 【従令(じゅうれい)ビドロクエラ 魂亡骸々(たましいなきがらがら)】


 ビドロクエラにて従わせて散った生命力の残穢が生前の姿を形取り、約12000の大軍勢を再々生。地上にて列を成す。


 その全てに、"浮遊魔法を覚えさせた"。


 【従令ビドロクエラ 壊孥櫐混(えどるいこん)】


 "ジェンド本体を追尾し、熱い抱擁を以て全うしろ"。


 地上から一斉に浮かび上がり、ジェンドを追う。


 対しロザンパーゴは大軍勢の合間をすり抜け、地上方面へと消えていった。


 "ジェンドとロザンパーゴの視界は、互いに遮断される"。


「かつての仲間を、削いでみろ」


 先程は、ジェンドに触れて自爆魔法で爆発するといった凶行を指示した。


 しかし、今回は抱擁。


 殺意の無い、悪意。


 ジェンドが仲間を傷付けることを最も嫌う。それを利用した最悪意。


 ジェンドは数人に抱きしめられ……。


 "ホロゾームの前脚を振るった"。


 接近するかつての仲間を、削ぐ。


 下方へ向け、龍の左前脚首に魔法陣を展開。


 禍々しい生命力が、唸りをあげる。


 【削龍ホロゾーム 開道削線(かいどうさくせん)】


 単純な、生命力の放流。


 ホロゾームの禍々しい生命力と空気が擦れ、まるで悲鳴のように聞こえる。


 捻れた生命力が軍勢の列を通り貫き、円形に退かした道を開く。


 その道へ向けジェンドは滑空。


 心は、痛んでいた。


 ロザンパーゴの作り出した生命力だとしても、かつての仲間、無実な住民の姿形をしたものを、自らの手で削るなんて……。


 抗うのだ。


 通り抜けたジェンドは、再度龍の左前脚に魔法陣を生成。


 ロザンパーゴを見据える。


 見据えた先のその眼は、存外艶が多かった。


 ジェンドの目の前に、ロザンパーゴは生命力を集中させる。


 【従令ビドロクエラ 魂亡骸(たましいなきがら)】


 生命力は形取り、"それは"ジェンドの目を見つめていた。


 1年前に亡くなった、最愛の娘の姿で。


 早くに妻を亡くし、男手一つで大切に育てた一人娘。


 孫も産まれ、健康に育ってくれたそんな娘が、1年前に突然息耐えた。


 死因は窒息死。


 寝室。


 1人で静かに逝った。


 医師には、睡眠時の無呼吸による窒息と判断されたが。


 しかし、今、ロザンパーゴに生成された娘がそこにいる。


 ビドロクエラに降り、息をするなという命令を受けた……。


 自らで呼吸を止め。


 10分以上も、自我を保ちながら苦しんだ。


 明るく優しい娘が、何故そんな最期を迎えなければならないのかと。


「辛かったな」


 娘の死の真相を、この場で、この瞬間に開示する。


 一体どこまで冷徹で、命を弄んでいるのだろう。


 哀しい顔をする娘なぞ、消せる訳がない。


 "もう、やめてくれ"。


 これ以上、心を突き刺さないでくれ。



「降ったな、ジェンド」



 ロザンパーゴから半径10馬身。


 ギリギリのその位置に、ジェンドは居る。


 ジェンドの背後からは、浮遊魔法により接近する大軍勢。


 ズタズタに引き裂かれた心に、ビドロクエラの刻印は押されたのだ。


 ロザンパーゴは顔に皺を作りながら、満面の笑み。


「そんな物騒な腕はしまえよ、ジェンド」


 言われるがまま、龍の左前脚を収める。


「何か言うことはある?」


 ジェンドの表情は硬い。しかし、眼だけは灯続ける。


「……まあ、あれだな。かつての弟子に助言でもしよう」


 見据え続け。


「戦いにおいて、盲目になるな」


 その言葉は、剣技の稽古の際に散々言われていたことだった。


 ロザンパーゴは呆れる。


「……はあ。そのまま、俺に喰われろ」


 ジェンドは滑空。


 かつての娘に抱擁され、それでも動く身体に委ねる他なく。


 【喰殲グドゥルギン 捕食】


 ロザンパーゴは両手の指を第二関節から折り曲げ、掌が向かい合わせになるよう位置、それは牙を連想させる。


 その上下に、生命力の巨大な牙が生成。


 間合いに、ジェンドが入る。


 手を合わせ、閉じる牙。


 喰われたジェンドの身体は生命力となり分解され、ロザンパーゴに吸われていく。


 それは身体に巡り、全身でジェンドを感じるのだ。


「呆気ないなあ」


 さて、と。


 分身は多様に使い道がある。


 自分の分身をここに残し、迫り来るリオルドラン共の足止めをしよう。


 同時に、ホロゾームの力も手にした。


 これは思いもよらぬ収穫。


 1つ確認しておきたい。


 ジェンドはホロゾームを"討って"いるのか。


 それとも、左腕の"贄"によって左前脚だけを使えるのか。その場合、贄としていない自分は力を使えるのか。


 吸収した生命力から情報を辿り、まずは分身を生成してみようと。


 試みる。



 "ロザンパーゴは全身から吐血した"。



「ぐっ……!」


 体内の感覚から、全身のあらゆる細胞と血管が"削られた"。


 ホロゾームの副作用か?


 滞空する為に射出していた生命力が乱れ、ロザンパーゴは地面に落ちる。


 口、鼻、目、耳といった、あらゆる箇所から血が滴り落ちていた。


 油断したか。


 ビドロクエラによって生成していた大軍勢を消し、その生命力を回収する。


 大軍勢によって埋め尽くされていた空が、明るくなるのだ。


 器官に血が入り、咽せる。


 頬と顎に伝う血が不愉快で、手のひらで拭いながら立ち上がった。


 見上げた先にある、落ち続ける大霊峰アルパースの山頂部___。



「……は?」



 ___その前に、両翼を広げて鎮座する姿。


 "盲目になるな"。


 その姿を目にし、ロザンパーゴの脳内は目紛しく思考した。


「経験の差だな」


 地平線と落下する山頂部の間から照らす陽。


 その光は神々しくも両翼を見せる。


 老将ジェンドである。




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