32話ー縫改ー
ーアルパース大穢場 第二拠点と第三拠点の中間地点ー
「レイゼル!!奴の背中の糸の中に、モレオが居る!!」
カリンの叫んでいるその声に、レイゼルはモレオ?と反応する。
「だから、護って!!!」
"レイゼルにも"、聞こえていた。
糸の中の、怖い感情に満ちた、その声が。
「おうよ!!」
レイゼルは空間に弾かれ、只管にルゼラカルトを追う。
逃げの姿勢のルゼラカルト。
「カリリン、座祈水晶できるかい?」
イゼはカリンを地面に降ろし、上空の2人を捉え続けながらそう言った。
「うん、できる」
「良い子だ。安全な場所に居ておくれ」
イゼは格納魔法により長刀を取り出す。
カリンは岩陰に隠れて座祈水晶を展開。
ある感情を抱えて、格が数段違うその戦闘を目に焼き付けるのだ。
イゼの接近を見たルゼラカルトは、あからさまに距離を取った。
レイゼルはその違和感を汲み取り、イゼの対角線へと移動する。
イゼはこのルゼラカルト相手に、擦り傷のみに抑え、撤退させた。戦闘場面を見たことのなかったレイゼルだが、その実力を確信。
レイゼルは長刀を目視し、ルゼラカルトがイゼを"剣聖"と呼んだことを考慮。
「イゼ!!俺は斬っても大丈夫だから!いや!むしろ斬ってくれ!!」
イゼは、思考の錘が取れる。
視野が一気に広まる。
複数での戦闘では、いかに味方を斬らずに戦うかを筆頭に置く。
一応、脳裏にはあった。
レイゼルは"穢獣"。斬れても問題はない。しかし、痛覚はあるのだと。
その懸念を、レイゼル本人の口から、しかも堂々と言われてしまったら。
「容赦なしだ!」
そのイゼの声色には、何の籠りもなかった。
言葉の通り容赦なく、空間に血を張り巡らせ攻撃の準備をする。
レイゼルは空間を掴んだ状態でルゼラカルトから距離を取るように空間に弾かれ、掴んだ空間が元の位置に戻る力を利用して加速。
ルゼラカルトへ一気に距離を詰める。
傍から抜け出して逃げようと考えていたルゼラカルトだが、レイゼルのその速度は、遥かに想定を超えていた。
その拳は、ルゼラカルトの"腹部"へ届く。
拳と腹部の間に"空間を置き"、弾く勢いも乗せた一撃。
メリトーにより生命力を吸われて腐った腹部に、その打撃は目眩がするほど効く。
歪んだ表情のまま、勢いのままに後方へ吹き飛ぶルゼラカルト。
イゼの肩の力は、自然と緩む。
空間に血を張り巡らせる力だが、機動力に欠けるのもまた事実。
張り巡らせた自身の間合いに、第三者によって敵が舞い込むことなど、久しく無かった。
国を出て1人で放浪した十数年。
クァズノームと共に戦った日々を、思い出すのだ。
【___血核斬廟】
張り巡らせた血の糸の中に、ルゼラカルトは飛び込む。自身に糸を絡め、勢いを止めようとしたが叶わず。
その血から発する斬撃を、【禁糸】にて防ぐ。
イゼの斬撃は、"モレオ"を解こうと狙ったもの。
ルゼラカルトは自身に絡ませていた糸を引き寄せ、その場を離れようとした。
【空砕拳】
血の糸が張り巡らされた空間を、構いなしに直進してきたレイゼル。
先程の会話を聞いてはいたものの、こんなにも躊躇なく来るのかと。
クロックヴェルクにて、レイゼルを禁糸で斬り刻んだ際の記憶。傷はその場ですぐに再生された。
レイゼルの左腕を斬り離した時、それをすぐに再生しなかったのは、"不意打ち"だったから。
意識外だったと証明できるのは、斬った時にその箇所をレイゼルが目視したことに起因する。
つまり。
「今できる策は無いと?」
この台詞は、レイゼルが2馬身程に接近した時、悠長に発せられたものである。
そんな距離など瞬きも間に合わない速度で、レイゼルは到達するというのに。
垣間見える余裕が、イゼとレイゼルの脳裏に悪寒を走らせた。
【穢纏 天糸スユニ】
レイゼルは急遽、虚空を打って動きを反転。その虚空を打つ衝撃で、イゼを後方へ吹き飛ばした。
ルゼラカルトの周囲、2人の居た位置を糸による斬撃が空を斬る。
ルゼラカルトの頭部以外に白い装甲が生成。それは鎧を連想させ、新たに4本生えた腕。額から両眼を通り、頬を伝って首まで伸びる蒼の線の模様が2本ずつ施された。
背中には変わらず、糸で包まれたモレオを背負う。
人生で初めて"穢纏"を目視したカリンは、あまりの重圧に吐き気を催す。
"目で追うのがやっと"の戦いを、カリンは見るのを止めず、絶えず脳に焼き続けていた。
そう、カリンは"目で追えている"のだ。
常人であれば、何が起こっているかすらも理解できない速度の戦い。
カリンは自身の可能性に、まだ気付かないでいる。
ルゼラカルトの穢纏使用により、戦闘は激化。
常時【禁糸】での攻防に、2人は勢いを無くしつつあった。
イゼは禁糸を防ぐのに手一杯の状況。
レイゼルだけが拮抗していた。
しかし、ルゼラカルトは少しの余裕を見せる。
「ところで剣聖」
穢纏により生命力が増幅された声量は、レイゼルの空間を弾く音を上回った。
イゼは禁糸を斬りながら、その声は嫌でも耳に届く。
「その髪色、その戦術、その構え」
レイゼルの動きを注視しながらも。
「"キロトス族"ですよねえ」
含みのある言い方に、イゼは瞳孔を縮めて感覚を澄ます。
ラスティオン帝国の傘下する地方。
島国に住むキロトス族は、高い戦闘力を持つと世界各国に認知される。
刀と呼ばれる片刃の武器を携え、独特な構えによる戦術は、あらゆる武人に一目置かれるのだ。
「"ロストノア"の穴埋めとなった、剣聖は嬉しいですか?」
イゼは思考するより先に。
「お前が何故その名を……」
言葉が出てしまう。
"ヌルビアガ"のルゼラカルトが、その名を知っているということは……。
考えられる、最悪の可能性。
"剣聖"の名を捨て、師範を殺し、国を出た。
あの男、ヌルビアガに堕ちたか。
レイゼルは感じ取った。
イゼが見せる、初めての憎しみの感情。
戦場において、心の揺らぎは危険。
「ごめんイゼ!上に行く!」
レイゼルのその言葉を聞いて、ハッと瞳孔は元に戻る。
空間を弾いて瞬時にルゼラカルトの下方へ移動。自身を空へ向け弾き、接近した。
会話を聞いていたルゼラカルトは当然、そのレイゼルを警戒し構える。
到達直前、レイゼルは自身の動きを止め、身体の至る箇所で空間を小さく弾いて体勢を変えた。
左手は、ルゼラカルト付近の空間を掴んで勢いよく引っ張っている。
左手で殴られると予測していたルゼラカルトは、その行動を見てそれを察した。
「あーそうか」
この男は"普通"じゃないんだと、再認識する。
引っ張った空間から手を離したレイゼル。
その拳は既に、ルゼラカルトの腹部を打っていた。その衝撃から遅れて、元に戻る空間の威力が上乗せされる。
雲を突き抜け、遥か上空へ吹き飛んで行く。
その後を、同じ速度で追う。
先程から、ルゼラカルトの腹部を狙っているレイゼル。
あからさまな弱点を作ってくれたものだと、メリトーを思い出すのだ。
そして思考する。
レイゼルが上空を戦場に選んだ理由。
高威力の技を連発させる為。
つまりは、下に行けば男は嫌がるだ___。
【空砕拳】
クロックヴェルクでも見せなかったほどの、極度な加速。
穢纏状態であっても、糸の生成が間に合わない。しかし、拳が届いた直後に腕を斬り裂く糸は間に合う。
生命力の動きを察知したレイゼルは虚空だけを殴り、弾かれた空間の威力だけをルゼラカルトへ衝突させる。
レイゼルはその箇所の空間を"強く"掴み、下降。
蜘蛛の巣状に糸を張り、上空へ向く威力を軽減。
レイゼルは掴んだ空間から手を離す。
ルゼラカルトは避けようとした。
ほぼ同時。4回の破裂音。
レイゼルは既に、ルゼラカルトの背後に居るのだ。
空間が元に戻る速度よりも速く、空間を弾いて移動したレイゼル。
ルゼラカルトは肩甲骨から生えた2本の腕を動かし、後頭部で指を絡める。レイゼルの構えた拳は、後頭部を狙ったもの。
レイゼルは右肘を空間で強く弾き、拳は振り下ろされた。
その拳はルゼラカルトの手甲を砕き、指を付け根からへし折る。
同時。
下方から、空間の戻る威力がルゼラカルト正面、特に腹部を中心に到達。
胃液が逆流し、口から吐き出る。
【空砕積道】
上向の威力に乗ったルゼラカルトの後頭部を、腕を戻しては突き下ろすを、繰り返す。
その異常さは、繰り返す速度。
目で捉える情報量を超え、それは逆に、ゆっくりと振り下ろされてると錯覚する。
ルゼラカルトの痛烈な叫び。
残る4本の腕で糸を生成。
腹部への空間の衝撃を斬り、威力を分散させた。
予め遠方から伸ばしていた糸を引っ張り、レイゼルの猛攻から抜け出す。
そして、襲いくる違和感。
その男は、追ってこない。
その違和感が、視覚化される。
男の手に浮き出る血管。
そこから自身までの空間の歪み。
「私の空間を……掴んでいる……」
穢纏とは、穢獣の生命力を当人既存の生命力に上乗せさせ、穢獣本来の容姿に近付いた状態を指す。世界で言う"穢れを纏う"だけ。
脳への生命力量は増えるものの。
当人の持つ反射神経や判断力は通常時と何ら変わりない。
ルゼラカルトは、その事象から目を離すまいと、瞬きすらも抑制。
歪んだ空間。しかし、引っ張られる感覚すら無く、不気味に、ただ歪んだ空間。
世界の理から外れたその男。
周囲への配慮を完全に止めたレイゼルの速度は、遂にルゼラカルトの情報処理を上回った。
レイゼルの移動の際に発生する衝撃波は、地上に破裂音を伴う振動として到達。
"イゼとカリン"は、その上空の戦いを見守る。
ルゼラカルトの後頭部の空間を掴んでいたレイゼル。直感で少しだけ顔を下に向けた。
同時。
レイゼルの拳はルゼラカルトの額を打つ。
空間は振動により、ヒビ割れたような錯覚を起こす。脳が揺れ、骨にヒビが入る。
しかし、ルゼラカルトとレイゼルはその場に留まった。
衝突に合わせ、ルゼラカルトの額の空間を掴んだレイゼルと。
"背中の糸が解かれ"、"顕現した縫改"を右手に握るルゼラカルト。
その刀身は、レイゼルの右腕を斬り裂いていた。
縫改の性質上、斬った生命力をその場に縫い留める。
目を瞠ったレイゼル。
「やはり、そうでしたか」
激しい目眩を起こしながら、ルゼラカルトは続ける。
「何度も、何度も殺そうとしたのですがね。どうも、貴方と同じ修復能力を持つようで」
糸の中で、何度も。
「殺そうとしただと?」
糸の中から悲痛な叫びは聞こえなかった。
声も出さず、ただ耐えたということ。
痛みも、伴うのだぞ。
「ええ。どうしたものかと試行錯誤しましたよ。そしたら、ピンと閃いてしまったのです」
ルゼラカルトは、レイゼルの目を見やる。
「"穢獣"と、同じでは?とね」
次第に、ニヤける。
「涙腺を斬るだけで済みましたよ、まったく」
レイゼルの額に血管が浮き出た。
「おや、似てるということは〜?」
ルゼラカルトのその笑みは、悪意に満ちていた。
「貴方、さては"穢獣"ですね〜?」
ルゼラカルトはレイゼルの涙腺を狙って、縫改を振るう。
振るう。
振るう。
バカ笑いしたルゼラカルトの剣戟を、黙って躱した。頬を掠めた縫改が、その場に縫い付ける。
そして気付く。
異常に。
周囲の空間が、自身に向かって歪んでいる様子。
それは、遠方に泳いでいた筈の雲までもが、歪んで引き伸ばされていた。
斬り離れたレイゼルの右手に、空間は集束。
ほんの少しの歪みで多大な威力をもたらすことを、ルゼラカルトは知っていた。
つい、浮かれていたのだ。
縫改という力を手にしたが故に。
不気味な男の、至近距離に居るが故に。
空間の極限圧縮。
世界に拒絶された者。
"生命力を使おうとすれば"、それを世界は空間という実体を通して止めにかかる。
それを逆手に取ったレイゼルの行動は、世界すらも予測していない事象。
歪な空間はレイゼルの手が緩まるのを、ただ待っていた。
それは、少し力を抜いただけで。
空間は瞬間的に元の位置へ戻る。
その威力。
単純明快な高火力。
空間の戻る波動は球状に広がり、地上に積もる雪と、その下に転がる石を浮かす程の衝撃波となる。
イゼとカリンは心臓を掴まれた感覚になり、塞いでいたはずの耳を突き抜け、鼓膜は大きく振動。
内臓への衝撃を緩和させるため、イゼはカリンに口を開けるよう指示していたが、いかんせん威力が強すぎたのだ。
少しの間呼吸ができなくなり、耳鳴りが止まない。
遠方のリクとケメィにも衝撃は届く。
レイゼルは右腕と頬を空間に縫い付けられたまま、その場に居た。
全身の装甲は砕かれ、全身の皮膚が裂傷したルゼラカルトは、"ロザンパーゴの元へ"、一目散に去って行ったのだ。
レイゼルの脅威に、2度目の戦線離脱。
またしても、ルゼラカルトの姿を目で追うことしかできないレイゼル。
"縫改が天敵"とは、この事象が起こりうることを示唆していた。




