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29話ー譲渡ー


ーアルパース大穢場 第三拠点ー


 ケメィは、ラウーシュを目視した途端。


 今までの緊張はびっくりするほど、どこか遠くへ飛んでいってしまった。


 格納魔法により長槍を取り出し構える。


 緊張が飛んだ理由として。


 ラウーシュの右肘から先が切り落とされた腕と、左脇腹からの出血を確認。


 命を張った、大仕事。


「流石です。クルスエドさん」


 【膜包(まくほう)


 踏み出したケメィの右足着地点に、膜状球体の生命力を生成。足裏に生命力を纏わせた状態で、それを踏む。


 膜包の反発を利用し、ケメィはラウーシュへ距離を詰めた。


 ラウーシュは苛立っていた。


 右腕の半分が無くなった重心の感覚は掴んだものの、痛みが治まることはなく。


 【穿廻(せんかい)ゼレスカン 穿廻(せんかい)


 左手に握る刺突剣の切先をケメィへ向け、先端の空気を旋回。穿つ空弾を弾き出した。


 ケメィは進行方向に膜包を生成し、生命力を纏わせた肩をぶつけることで弾かれ、穿つ空弾を躱す。


 その空弾は膜包を通過した。


 それを見たケメィは、穿つ空弾が生命力でないことを察する。


 【膜包】とは生命力の侵入を拒否し、跳ね返す効果も持つ。いわば物理攻撃だけが干渉できるのだ。


 そして、【膜包】は一般高等魔法。【座祈水晶(ざきすいしょう)】を学ぶ過程で通る科目である。


 ラウーシュは即座にそれを理解した。


 つまり、脅威では無いと。


 しかし、ケメィが巡礼者であるかの判断はまだできていない。


 クルスエドと対峙していた時の冷静さは、既にラウーシュには無いのだ。


「面倒くせえ」


 【穿廻ゼレスカン 庭穿踏血(ていせんとうち)


 ケメィが間合いに到着する前の出来事。


 圧倒的に、判断を焦っている。


 それが、ケメィに心の余裕を与えるとも知らずに。


 上空で捻れる生命力を感知したケメィ。


 空気の圧が降下した直後、それが生命力の類であると感じ取った。


「膜包を!!」


 ケメィの号令と共に、軍の皆が頭上に膜包を生成。


 穿つ空弾と違い、生命力の圧で押し潰す庭穿踏血。それは生命力の干渉できない膜包の層により上へ跳ね返され、空中で飛散する。


 ラウーシュはその判断に驚きはしない。クルスエドとの戦いで、軍の強さは身を挺して理解していた。


 この軍を放っておいてはいけない。計画の支障になることが、一番のリスクであると。


 その右肘の痛みが、喚くほどうるさい。


 軍隊長であろうケメィの姿を、ラウーシュは睨んで離さない。


 軍隊長を討って統率を削いだところで、軍の強さに変わりないことも承知。しかし、兵士の心に穴は開けられる。


 狙うは、ケメィのみ。


 ラウーシュは、膜包によって弾かれ移動を続けるケメィに対し、穿つ空弾を放ち続けた。


 躱し、躱し、躱し続ける。


 ケメィは長槍の柄を地面に突き立たせて向きを変え、膜包で自身を弾く。


 あと少しで間合いに入ろうという近距離で、ケメィは動きを見せた。


 膜包により、ラウーシュの左手から刺突剣までを包み込んだ。


 途端、穿つ空弾は止まる。


 膜包の中で、生命力は干渉できない。


「凄い精度だな」


 思わず口に出してしまう。


 座祈水晶もとい、膜包は発動者自身から離れれば離れるほど扱いが難しい。


 生命力を指定場所に集め、そこで膜包生成の順序をとる。


 例えば、狙った箇所に物を投げるとしよう。


 一体何人が、その箇所どんぴしゃに物を当てられるだろうか。


 それをラウーシュの穿つ空弾を躱し続けながら、まさに手元だけを狙い、やってのけた。


 ラウーシュは刺突剣以外でも【穿廻】は撃てる。しかし、方向を指定する際、刺突剣と指先は重宝される。


「良い目の付け所だな」


 やはり、指定無しに空間で穿廻を発動させても、精度は落ちる。ケメィは躱さずとも距離を詰めるに至る。


「打つ手はあるのか?」


 巡礼者特有の生命力をケメィから感じないが故に、自身を討つ決定打は無いと予測。


 ケメィは、知らないのだ。


 ラウーシュに触れてしまうほどの近距離に居ることの、脅威を。


 ケメィから突き向けられる長槍の柄を、刺突剣を手放して左手で掴むラウーシュ。


 引き寄せ、自身の後方に推力となる穿つ空弾を放つ。


 額がケメィへ"触れよう"とした。


 【時葬(じそう)バデキオン___】


 ケメィの足元の陰から飛び出し、思い切り伸ばした手。


 その手が、ラウーシュの額へ触れた。


 【___仮葬時駆(かそうじく)


 額から波紋が広がり、灰色へと世界は変貌する。


 人も、環境も、時間は止まらない。


 しかし精神だけは、2人きりの仮世界。


「また会ったな、ラウーシュ」


 思いもよらぬ参入に、ラウーシュはケメィを蹴って距離を取る。


「……オドム!!」


 ヨロレイヒ湖国で絶体絶命の瞬間、リクにより陰の中へと引き込まれたオドム。


 リクによって、ケメィの陰へと移されていた。


 救われた命を全うする為に。


 かつての強敵の前へと姿を現した。


 【穢獣(あいじゅう)ジュユド (いばら)


 オドムの背中、鎧の隙間から荊の蔓が6本伸びる。それはラウーシュへと向かった。


 オドムへ向け穿つ空弾を放ちつつ、ラウーシュは後方へ退く。


 精神は仮世界に居なくても、本能で動くケメィと軍の圧にラウーシュは押されたのだ。


 蔓で身体を強制的に動かし、オドムは穿つ空弾を躱す。


 前に伸ばした蔓を地面に突き刺し、前進。


 4本の蔓をそのまま地面へ潜らせる。


 ラウーシュは足元と接近するオドムを警戒。


 空中へ退避する為に、真下に向けて穿つ空弾を放った。そのまま地面に円形の穴が穿たれる。その穴の四方から蔓が突き上がり、ラウーシュを追う。


 空中で体勢を変え、ラウーシュは癖で左手を突き出した。


 しかし、ケメィによる膜包が継続されていた為に、穿つ空弾は出ない。


 舌打ちの後、狙いを蔓へ定める為、右肘の先端を向けるのだ。


 死角から、オドムから伸びる蔓がラウーシュの首へ巻き付く。


 眼球のみを動かしたラウーシュ。


 オドムは自身と同じ高度に居たことに驚く。


 蔓を地面に潜らせているから地面からは離れられないだろうと、決めつけていた。


 しかしオドムは、地面に潜らせる蔓に乗って自身を持ち上げている。


 そんなこと、ヨロレイヒ湖国で……。


 ラウーシュは思い出す。


 ヨロレイヒ湖国の街中での戦闘は、地面が混凝土(こんぎょうど)であったことを。


 この戦場は土。


 蔓を地面に潜らせた段階で、そのことに気付くべきだったのだ。


 地面から伸びた蔓が、ラウーシュの四肢に絡み付く。


 オドムは多量の生命力を込めて。


 【穢獣ジュユド 荊爆孤咆(けいばくこほう)


 また、ラウーシュは油断したのだ。


 ヨロレイヒ湖国で見せた【荊爆(けいばく)】という技は、オドムから生命力が蔓の中を通り、膨らんだそれが自身へ到達した後に爆発した。


 今回も、同様だろうと。


 予測を見事に裏切る。


 蔓の中に液体のように予め巡らせておいた生命力を、そのまま爆ぜさせる。


 陰の中でオドムはかの戦闘を後悔し、自身の至らない点を学び、実行した。


 負けた相手に同じ技で挑む程、円卓の六将は腐っちゃいないのだと。


 灰色の空間を劈く爆発音。


 それはラウーシュの左脇腹の傷を広げ、体内に鈍く喰らわせた。


 この程度の爆発で、肉体が粉々になるなど思っていない。


 蔓はまだ、ラウーシュへと巻き付いている。


 再度。


 【穢獣ジュユド 荊爆孤咆】


 そして。


 【穢獣ジュユド 荊爆孤咆】


 安定した位置で、徐々に込める生命力を増やしていく。


 ズタボロな身体に、効かない筈がない。


 上空に示された"時間"だろうか、その数字は0:27と記される。


 時葬バデキオンは、ラウーシュの込めた生命力に応じて時間が設定される。


 発動直前、オドムの手が額に触れたことにより大きく動揺。


 常人から外れた反射神経はそれを察知し、ケメィに対し3分で発動する筈であった【仮葬時駆】を急遽1分に設定したのだ。


 僅か30秒たらずで、オドムはラウーシュを追い込むに至る。


 戦況とは、一瞬である。


 陰の中でリクの説明を聞いていたオドムは、バデキオンの能力を理解していた。


 どちらも死ななければ、与えた傷は有効となる。


 【穢獣ジュユド 荊爆孤轟(けいばくこごう)


 蔓が張り裂ける程の生命力を込めた。


 度重なる爆発によって爆煙の渦中にあったラウーシュが、位置を示すように発光。


 爆煙は退き、発光を目視した後、空間の歪む爆発を引き起こす。


 蔓は千切れ、オドムは爆風に押される。足裏で雪の積もる地面を掴み、勢いを食い止めた。


 オドムは白い息を吐いて"時間"を見やる。


 0:23。


 長い。


 途方もなく感じる。


 【穿廻ゼレスカン___】


 遥か遠方で空気を高速旋回。


 それとは別に、棒状に空気を旋回させ筒のような道を造る。


 それは、狙撃銃の銃身と同じ役割を持つ。


 【___穿孔威弾(せんこういだん)


 その到達は、音を超えた。


 オドムがジッと、ラウーシュの様子を伺う大きすぎる隙。


「やはり、精度が弱いか」


 ほぼ感覚。爆煙で視界に捉えることのないオドムの位置を、大凡で狙ったもの。


 高威力の空弾は、オドムの腹部を貫いていた。


 捻り千切られたような腹部の傷口の損傷は激しく、即席の治癒魔法ではどうにもならない。


 貫かれ、その音が到達した時、オドムは自身の腹部が穿たれたことを知る。


 全身の力が抜け落ちる感覚を、蔓を地面に突き刺して支えた。


 多量の血が止まることを知らずに流れ出る。


 蔓を傷口に渦巻かせ、血を蔓で吸収した。その血を体内に流し再利用。


 死ぬ訳にはいかないと。


 幸いなことに、肺に傷は無い。


 他の臓器が欠落したが、今は必要の無いもの。


 長すぎる20秒を、耐えるのみ。


 小刻みに震える眼球が、煙の退いた先に居るラウーシュを捉え続ける。


 ……。


 ジュユド。


 お前は何故、私を許さないのだ。


 討った訳じゃないだろう。


 覚醒させてくれよ。


 ……。


 ……弟を、護らなければいけないんだ。


 弟にキツく当たってきたのは謝る。


 突き放しても、突き放しても、弟は私の後ろを着いてくる。


 危険な戦場に、来てほしくなかったんだ。


 ……。


 しかし、私はそれを許してしまっていたんだがな。


 詰めが甘い。


 戦闘においても、同じことが言える。


 それが、今の結果という訳か。


 "残念だったね。"


 呼吸の中で、それが聞こえる。


 "君じゃムリだ。"


 実際の言葉として聞こえた訳じゃない。


 それでも、瞳孔を点にするには申し分ない内容。


 どういうことだ。


 "君の性格、嫌いなんだよね。"


 ……。


 "弟の強さを信じず、ただ遠ざけるなんてさ。"


 弟が……強い……?


 "君は情けない。"


 弟なら、いいのか?


 "うん。"


 残酷な話だ。


 なら、あと18秒だけ、私を生かせ。


 "そういうところさ。嫌いなのは。"


 弟に、託す。


 "生きるか死ぬかなんて、君次第だろ。頑張りな。"


 【穢獣ジュユド 固蔓棘(こつおどろ)


 蔓をオドム自身の周囲に凝縮させ、半球体型の盾を作る。


 ラウーシュは舌打ちをして、回転数を増やした穿廻を連射。


 精度の低さ故に、疎に蔓の盾へ着弾した。


 普段であれば、座祈水晶などの硬い物には、一点に集中して穿つ空弾を当て続けることで風穴を開ける。


 それができない自分にも、苛立ちを募らせてしかたないのだ。


 ラウーシュもまた、爆発によって蓄積されたダメージを現実に持っていきたくはない。


 0:15。


 【穿廻ゼレスカン 穿孔威弾(せんこういだん)


 圧倒的な殺意。


 加え、欠損した肉体。


 吐き気を催す痛み。


 それは、ラウーシュの判断力を鈍らせ、思考を盲目にする。


 回転数の上がった高威力の空弾は、蔓の盾を貫く。頭部の位置を狙ったそれは、狙い通りだった。


 瞬間ニヤついたラウーシュだが、貫いた箇所を目視した直後、表情を無くす。


 オドムが居ない。


 0:11。


 思考は思い出したように巡りだした。


 蔓が地中に潜り這っていたこと。


「地中かあ!」


 【穿廻ゼレスカン 庭穿踏血(ていせんとうち)


 普段よりも生命力を込め、空気の圧で広範囲の地面を円形に窪ませる。


 蔓の盾は、半分が地面に埋もれた。


 オドムが地中を移動した形跡が無い。


 0:06。


 ラウーシュは標的を変えた。


 庭穿踏血の範囲の外に居たケメィへと、穿つ空弾を放つ。


 通過する穿つ空弾へ蔓の盾から蔓が伸び、回転する空気に絡みついて威力を分散させた。


 0:03。


 盾の下部に姿勢を低くしていたオドムが、ケメィに向かって思い切り駆ける。


 蔓を前方に伸ばして地面を掴み、引き寄せることで加速。


 0:01。


 間に合わないと悟ったラウーシュは、欠損した右肘の先端でしっかりと狙いを定めた。


 【穿廻ゼレスカン 穿廻(せんかい)


 0:00。


 世界は色を取り戻す。


 仮世界の出来事が現実となり、1分の記憶が曖昧となったケメィは、血だらけで向かってくるオドムを見つけた。


 その背後から、穿つ空弾が飛翔している。


 オドムは蔓をケメィに巻き付ける。


 そこに、全ての生命力を注いで。


 "譲渡"。


 巡礼者が、その命を以て穢獣を他者に引き継ぐこと。


 オドムはケメィの眼を見ていた。


 ケメィは訳も分からず、目頭に熱を帯びる。



「ケメィ。お前ならできる」



 直後、穿つ空弾はオドムの顔面中央を貫いた。


 ケメィを狙った穿つ空弾だったが、蔓でケメィを押し、自身が盾となることで防いだ。


 皮肉にも、メスローデと同じ箇所。


 力無く倒れるオドムの身体を、ケメィは抱き支えた。


 身体の芯から湧き出る生命力が全身を巡る。


 ケメィは泣くより先に、ラウーシュを睨みつけたのだ。





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