30話ー根底ー
ーアルパース大穢場 第三拠点ー
糸が切れたように力無くす兄を支えたケメィ。
こうして兄に触れることも、幼少期以来。
久しく感じることのなかった兄の体温を、血の温度を通して実感することになるとは。
毛頭。
全てを託された。
ケメィは感覚で理解した。
兄オドムは、自身の培った"ジュユド"の能力の勘を含めた全てをケメィへ譲渡した。
ケメィは我が手のように、ジュユドを知ったのだ。
そんなジュユドも、そのオドムの行動には息を呑んだ。
故に。
【棘爆 ジュユド】
譲渡直後の覚醒を成す。
この事象は、世界初。
ラウーシュは、その生命力の異変に気付いた。
「なんなんだよ……」
苛立ちにより、眩暈を起こす。
ラウーシュは一定の距離を保つ。ケメィの膜包を警戒してのこと。
"譲渡"を垣間見た。突如として巡礼者となったケメィを、ラウーシュは強敵として認識する。
【穿廻ゼレスカン 穿廻】
まずは、穿廻を放ってみる。
真正面に向けた、小細工の無いもの。
ケメィは蔓を突き出し、穿つ空弾の回転する空気に絡ませ、勢いを飛散させた。
これはオドムから受け継いだ対処の記憶。
蔓が地面に潜っている可能性を捨て切れず、ラウーシュは穿つ空弾を下方へ放ち続け空中に留まる。
ケメィが前進しようと脚を踏み込んだ。
同時。
ケメィから右斜前方に飛翔体を目視。
「やってますねえ!!」
生命力により上乗せされた声量は、2人を劈いた。
ルゼラカルトである。
ルゼラカルトを追うように糸に巻かれた球体があった。報告にあった"宝剣"であろうか。
ケメィは多少の動揺こそしたものの、案外落ち着いている。
冷静に状況を見れている。
託されたことによる責任かはわからない。
しかし、沸々と湧いてくる怒りが、ケメィをそうさせているのかもしれない。
ルゼラカルトがケメィへ標的を絞った。
まさにその瞬間。
【空砕拳】
ケメィ後方上空に高速飛翔体。
それはルゼラカルトへ直撃する。その間際、糸の球体を引き寄せ、自身の背中へ固定した。
衝突の勢いそのままに、遥か後方へ飛んでいくルゼラカルト。
その飛翔体は、レイゼルであった。
眼下の状況を瞬時に把握。
「ケメィ!ここは任せた!」
レイゼルは空間に弾かれるようにして、ルゼラカルトの後を追った。
脅威の到着からレイゼルが去るまで、1分にも満たない時間だが。
この一連の出来事は、ケメィの心に熱いものを残した。
任されたことを、実感する。
自分でいいんだと。
任せてもらえたんだと。
第三者からの言葉が、後押しする。
「ロザン……"ここしかないよな"」
"リオルドラン相手になら"。
満身創痍のラウーシュは、その判断をせざるを得ない。
それは、ケメィを"同等の強さ"と認識したからこそ。
リスクも承知。
試さなければならない。
ラウーシュは、ケメィの膜包の予測射程距離外の地面へ着地。
予想通りに、その足首へと蔓は巻き付く。
"ケメィから伸びた蔓は、ラウーシュへ触れた"。
【時葬バデキオン 仮葬時駆】
バデキオンの連発は、ラウーシュにかなりの負荷となる。
再び、灰色の世界へ。
ケメィとラウーシュのみの世界。
ケメィは駆けた。距離を詰める為に。
その時、上空の数字が目に映る。
4:58。
ラウーシュの設定した時間は5分。
ケメィを仕留める為に敷いた値。
バデキオンとは、保険なのだ。
傷を負っても対象を殺しさえすれば、現状の姿へ戻ることができる。
地面が砕ける程の力で蹴り、ラウーシュは空へ飛ぶ。続け様に放った穿つ空弾により蔓を千切った。
【穢纏 穿廻ゼレスカン】
ラウーシュ周囲の空気が乱雑に入り乱れ、左手を覆っていた膜包は弾ける。
胴体の鎧を鼠色の装甲が被さる。
その装甲は鎧と同じく関節部を避け、頭部以外の全身に纏われた。至る箇所が尖り、空気が撫でるように見える。
眼鏡は変わらず。頬には眼鏡の縁から波紋が広がるような濃緑色の模様が浮き出ていた。
切断された右腕はそのまま。
ラウーシュのその姿に、感化されるようにして。
【穢纏 棘爆ジュユド】
"何かに嘲笑われる"ような感覚の中、ケメィは湧き出る生命力のままに穢纏を成した。
そうしろと、言われてるようで。
ケメィの鎧に荊が巻き付き、垂れた蔓がスカートを模した形となる。
両目上瞼中央に、三角の橙色の模様が浮き出た。
両者穢纏にて対峙。
【棘爆ジュユド 流畝荊根】
地面に潜らせた蔓が、地中の微々たる生命力を糧に成長。大木の根のように太い蔓が畝り、地面を脈打たせて地上を泳ぐ。
【穿廻ゼレスカン 穿孔威弾】
生命力の底上げにより、通常の穿つ空弾の全てが音を置き去りにする。
音速の空弾だが、畝る蔓の一端がその軌道上に突き上がり、枝分かれした蔓が空気の回転に絡みつき、威力の低下した空弾が太い蔓を微力に削って四散した。
その隙にケメィは、本能で突き進む後方の軍を蔓で囲んで盾とし、遥か後方へと避難させる。
ラウーシュの弾速を初撃で認知したケメィは、次に放たれた空弾も同様に防いだ。
超集中状態となる。
"生まれ持った多大な生命力"に加え、兄オドムの生命力、棘爆ジュユドの生命力が重なり、ケメィはラウーシュと互角の力を手にしていた。
【棘爆ジュユド 根畝荊砲】
畝る巨大な蔓を地面から突き上げ、ケメィはそれに乗って上空のラウーシュへ接近。
【棘爆ジュユド 根森壇転】
巨大な蔓を幾本も突き上げ、森を彷彿とさせる。
その意図は、ラウーシュが空弾によって距離を取ろうとするのを阻むもの。
ラウーシュは後退しつつ、その巨大な蔓へ空弾を放つ。
しかし、その蔓から枝分かれした細い蔓が空弾の勢いを殺し、着弾時には微力になる。
巨大な蔓のほぼ自動防衛。
ラウーシュは眼球だけを上に向け、瞬間的に【庭穿踏血】を発動。やはり、空気の圧に微動だにしない蔓。
壊すという選択肢を排除。蔓に近付きすぎても、枝分かれした蔓の存在がある為にリスク。
移動の制限。
ラウーシュにとって、それは精神的に重荷となる。
遠距離戦を得意とするラウーシュ。しかし、今までにない方法で対処をされ、空弾が防がれた経験などない。
そして接近するケメィの光を絶やさない眼。
憎いほど眩しい眼光。
「誰も彼も、どうしてその眼をするんだ」
少し前に対峙したジェンドの側近は"愛のため"と謳った。
ケメィも同様ならば。
今さっき最愛の兄が死んだばかりだぞと。
失った直後で、何故光は増す。
【棘爆ジュユド 荊道荊寂】
地面から伸びた巨大な蔓の4本が、ケメィ及びラウーシュの斜め四方を通過し道を作る。
その巨大な蔓から枝分かれした細い蔓が槍の如く突き出し、ラウーシュの行手を阻む。
ラウーシュは自身の周囲の空気を旋回させながら、ケメィへ向けて空弾を放つ。その勢いに乗せて後方へ退いていく。ラウーシュ周囲の乱雑な気流により細い蔓は到達前に千切れた。
ケメィは空弾を蔓で四散させながら、巨大な蔓へ自身から伸びる蔓を引っ掛け、引き寄せながら移動する。
ラウーシュ後方で四方の巨大な蔓を合わせて閉じた。
【棘爆ジュユド 荊爆孤轟】
巨大な蔓から突き出た蔓達に若干の光が通る。蔓は爆ぜた。"その道"に、衝撃波と爆煙が突き抜ける。
ラウーシュは巨大な蔓の合間から抜け出る選択をした。自身の周囲に乱雑な気流を纏わせている為、枝分かれした蔓は防げると踏む。
その判断をしなくてはならないと、ケメィに誘導されていることも承知の上。
【棘爆ジュユド 根砕爆刹】
ラウーシュが通り抜けようとした時、その上下の巨大な蔓に光が通った。
ラウーシュは大きく息を吸い、全身を力ませる。
2本の巨大な蔓による、大規模な爆発。
その威力は、仮拠点を吹き飛ばし、周囲の地形を押し除け、遥か上空の雲を退かす程に達した。
立ち昇る爆煙からラウーシュは突き抜ける。
追うようにして、2本の巨大な蔓が伸びた。
ラウーシュの移動に伴い、その一番近くの巨大な蔓を同じく爆ぜさせる。
ケメィは巨大な蔓に自身から伸びる蔓を引っ掛け、遠心力を利用して高速移動。
ラウーシュの視界は常に爆発と爆煙に包まれ、右往左往と移動するケメィの位置を正確に把握できていない。
爆煙から突き出たラウーシュに向かって、巨大な蔓を突き放つ。
直前で目視したラウーシュだが、巨大な蔓の先端は彼を突く。
聳え立つ巨大な蔓へとラウーシュを押し当て、ラウーシュを押していた巨大な蔓を根本から膨らませる。
その膨らみは巨大な蔓の内部を移動し、ラウーシュへと到達した。
【棘爆ジュユド 荊爆孤沌】
膨らみの到達と同時に前方へ高威力の爆発を発生。聳え立っていた巨大な蔓を砕き、ラウーシュは四肢の自由が効かない程に勢いのまま飛んでいく。
歯を軋ませながらも、ラウーシュは生命力を溜める。
そして技を出しやすい姿勢になった一瞬を狙った。
【穿廻ゼレスカン 無琵穿放】
周囲の旋回させた空気を圧縮。
高威力の螺旋する気流を放つ。
それは行手の巨大な蔓を穿ち、一直線にケメィへと向かう。
直前で避けたものの、右肩を少し擦る。しかし、その威力に体勢は大きく崩される。
対しラウーシュは、自身の放った空気の威力によって体勢を整えた。
途端、動きを止めたことにより痛みを再認識する。左手で左腹部の傷を抑えた。
傷が開いている。
クルスエドにより穢獣の爪で与えられたその傷は、斬られたと言うより裂かれたという表現の方が正しい。
よって損傷は激しく、深く痛みを遺す。
切断された右肘から先も、ただ捻って止血しているだけ。先程の四肢が言うことを聞かない威力で吹き飛ばされた際、その傷口に血が寄せられ、滲み出ていた。
3:36。
"ラウーシュは強大な生命力を使い始めた"。
その不気味な重圧に、ケメィの全身の生毛は逆立った。
しかし、今この瞬間に何かが起こる気配が無い。
吹き抜ける風が、静けさをより一層うるさくするのだ。
ケメィは巨大な蔓へ降り立ち、思考を巡らせた。
ケメィの観察眼は優秀である。
ヨロレイヒ湖国の本軍調査団団長を務めることは、伊達じゃない。
穢場にて起きた争いや事件の痕跡を見逃さず、些細な変化や痕跡に鋭く反応する脳が無いと成し得ない。
その為、対象を観察する眼は自然と鍛え上げられている。
ラウーシュの傷の開きによる行動の変化。流れ出る生命力の均一性など、搾り取れる情報は多岐にわたる。
今ラウーシュが何をされたら嫌か、ケメィの脳は導くのだ。
ラウーシュはチラチラと、上に表記される時間を気にしている。
体力的、生命力的にも厳しいのだと。
そこからされる判断は、早期決着。
時間内に、ケメィを仕留めること。
「皆さんの与えた傷が、この状況を作ってくれています。感謝です」
ケメィはラウーシュに聞こえない小さな声でそう言った。
互いに、息を整える時間がある。
それが、互いの助走となるのだ。
ラウーシュは自身の周囲の空気を横方向に旋回させる。
鋭く空を切る音が、ケメィにも届いた。
【穿廻ゼレスカン 輪穿波紋】
ラウーシュから円形に広がる波紋のように、旋回させた空気が広がる。
それは、森のように乱立する巨大な蔓を通過していった。
断面が若干斜めになっていたこともあり、巨大な蔓の上部はズレ始める。
広範囲でしかも、密度の高い巨大な蔓を斬った。
指示の途絶えた巨大な蔓の上部は、ただの塊にすぎない。
よって、ラウーシュは制空権を得る。
空弾を放って移動。
ケメィはジッと、その姿を目で追った。
ラウーシュは下方に身体を向ける。
【穿廻ゼレスカン 穿孔雨弾】
空中の至る所から【穿孔威弾】を乱射。
超集中状態にあったケメィの脳は、それを冷静に見る。音を超える速度の空弾を、脳で考えて対処する時間など無い。
したがって、頼るのは直感のみ。自身に害の及ぶ空弾のみを対処。
【穿廻ゼレスカン 庭穿挟血】
ケメィを両端から挟む生命力の圧を放つ。
【膜包】
降り注ぐ空弾を蔓で対処しながら、生命力である圧を膜包で弾き飛ばす。
ケメィへ与える情報量を増やしたところで、ラウーシュは一手間加えた。
"空弾に若干の斜めの動きを加える"。
これまで直進で飛翔していた空弾。
視界の端で斜めに飛翔する空弾は、ケメィの直感を通り越した。
ケメィの右脚を掠めた空弾により、体勢を大きく崩す。
【穿廻ゼレスカン 無琵穿放】
【棘爆ジュユド 流畝荊根】
ラウーシュはケメィへ向けて穿つ気流を放ち、対しケメィは切断された巨大な蔓を伸ばし始める。
先程と同じ技の体勢をケメィは見た。その技を放つ際、ラウーシュは多く生命力を込める為に動きを制限していた。
ケメィは穿つ気流を躱す……躱しきれない。
左手首から先が穿たれる。
歯を食いしばる。
しかし、それは必要な欠損であると腹を括り、動きを止めない。
幾本もの巨大な蔓がラウーシュへ高速接近。ラウーシュを巻き込みながら捻れ、拘束する。
ケメィは左手の切断面を蔓で覆い、出血を止めた。この応急処置も、オドムの記憶があったからできたこと。
巨大な蔓の渦巻いた塔のようなそれに、光の線が這う。
ケメィもまた、"強大な生命力を込めていた"。
【棘爆ジュユド 爆薇命光】
聳え立つ巨大に捻れた蔓が高度を上げ、ラウーシュの居る箇所が大爆発を起こす。
その爆発は一度ではない。
幾度も、幾度も爆ぜ、その都度威力の波紋は空間を轟かす。
爆炎と爆煙は折り重なり、"一輪の薔薇"を連想させた。
美しくも残酷な薔薇である。
その薔薇がケメィの瞳に反射する傍らで、その事象を捉えた。
雲が、渦巻いていることを。
上昇した爆煙も、渦に近付くにつれて流れ始める。
ラウーシュは今も、爆発を凌ぐ為に生命力を使っている筈。
しかし上空の渦は、動きを止めない。
先程から吹いていた風の意味を、ケメィは思い知る。
それは徐々に、強くなっていたにも拘らず。
やがて周囲の雲が中心部へ集う時。
【穿廻ゼレスカン 嵐穿不頭】
爆発の最中であろうラウーシュがそれを発動。
歪んだ気流の"天井"が、落ちてくる錯覚。
爆発を繰り返していた巨大な蔓を斬り刻み、その部位は徐々に地面へと接近する。
吹き荒れる風が、ケメィの頬を斬る。
蔓で強制的に身体を縛り、地中へと退避を開始。
その行動とほぼ同時に、畝りをもたらす気流の"天井"は、地面へと触れた。
周囲のありとあらゆる物を斬り刻み、地盤をも浮かす風はその場の全てを薙ぎ払う。
個が一国と渡り合う絶大な武力を持つと噂されるヌルビアガ。
これもまた、噂の根底にあるのだろう。
静寂が訪れるまでの時間、脅威の1分。
1:52。
上空の数字は、それを示していた。
両者共に地面に伏す。
互いの大技により。
また両者共に、気絶。
場は一時停滞。
数字だけが虚しく、数を減らしていくのだ。




