28話ー拮抗ー
ーアルパース大穢場 第二拠点ー
リクは貫かれた右脇腹を陰で埋め、応急処置とした。
陰に潜ること自体がリスクとなってしまう。
リクが地面へ落ちる前に、ヨデンは雷雲に氷雷を伸ばして移動し距離を詰める。
雷雲から落ちた氷雷に弾かれ、ヨデンは大剣の切先をリクに向け飛翔。
向かって来るヨデンに対して空中で体勢を整え、対の小斧を並べる。
陽光に照らされた小斧の陰が、もう一つの小斧に陰を落とす。
【流月コスケール 影蛇】
小斧の陰から影の蛇が生成され、大剣の横を通り過ぎてヨデンへ向かう。
ヨデンの視線が影蛇へ移った隙に、リクは吸い込んでいた息を力んで止め、地中から加速させた影の槍を突き上げる。
ヨデンは大剣を影の槍で弾き、リクはそのまま影に右手を掴ませる。
影蛇は氷雷の発光によりヨデンへ到達できず飛散。
影に小斧を持ってもらい、左手で影を握って引き寄せた。
【流月コスケール 影弓】
放った影は散弾銃の如くヨデンへ飛翔。
発光により幾つかは飛散するも、3発がヨデンの各所へ到達する。
肉体を抉る程の威力は持たせず、"被弾させることに意味"があった。
1秒に満たない、若干の拘束に成功する。
発光によって解除された拘束だが、その隙は大きすぎるものとなった。
"近付きすぎたか"と、ヨデンは思う。
リクの背後から陰が広がる。
その陰はヨデンを包み込もうと押し寄せた。
ヨデンの握った、左拳から。
【氷雷】メデレス 鳴氷泥泥】
"半物体化"状態の氷雷の濃縮された線。
リクの胸部へ到達の寸前、リクの陰はヨデンの背後で閉じた。氷雷の線が通る箇所だけが空く。
リクは氷雷に押され、霜の帯電する地面を雪を撒き散らしながら抉る。
氷雷の線が止まると同時に、陰も球体となってヨデンを完全に囲んだ。
内部でヨデンは発光を繰り返しているものの、薄れた陰は地上から伸びた陰によって補給され続ける。
胸部から白煙を昇らせながらリクは立ち、霜の帯電に痺らせながら踏ん張った。
地中から、薄く伸ばした影を加速させる。
【流月コスケール 断頭影骸】
地上を裂き、雪と霜が舞う。
陰の球体は斜めに分断され、断面が若干にズレ動く。
雷雲に細い切れ目が入り。
地中の二重魔法陣は、静かに消える。
リクは、深く呼吸した。
落ち着かせる為の呼吸ではない。
"影に、斬ったという感覚がないのだ"。
球体の陰は斬れ、後方の雷雲にも切れ目はある。
なのに、ヨデンは"そこに居る"。
ズレた球体の切れ目が氷雷により発光し、その陰が空間に溶けた。
無傷……。
"光に似た原理か"。
リクと対峙し始めた時の勘を、命の賭かった土壇場で試すという肝の据わり様。
ヨデンが何をしたか。
ヨデンは陰の中で、自身を囲む乱雑な造形の氷塊を生成した。陰が氷の中を屈折したのを見て光と似た原理と仮定した"だけ"。他に選択肢が無いにしても、それを試す度量は常軌を逸する。
見事に影の斬撃はヨデンを綺麗に避け、後方で再度一本の斬撃となって通り抜けたのだ。
賭けの成功により、ヨデンは超集中状態となる。
雷雲から氷雷がヨデンへ落ち、その氷雷により雷雲へ連れ去られる。
発行した雷雲から氷雷がリクへ向け落雷。
2本、3本と落雷し、リクは都度後退する。
囲むように4本の落雷があり、その内の1本にヨデンが紛れ込む。
ヨデンの振るった大剣をリクは防ぐも、纏っていた氷雷がリクへ移る。全身が衝撃を受けて痺れた後、冷気により霜が発生した。
物理的な拘束なのだ。
リクは生命力で強制的に身体を動かす。周囲の陰を伸ばしてヨデンへ攻撃していたものの、それは雷雲からの激しい発光により意味を持たない。
"半物体化"をモノにしたヨデンは、圧倒的であり脅威的。
リクは、"考えざるを得ない"のだ。
こうも陰が打ち消され続ける不利な状況。
対しヨデンも危惧していることはある。
"【宝剣 煤黒絵矛】"の存在。
しかし、それは周囲の陰を吸い取る習性があるとラウーシュから聞いていた。
本体であるリクの陰をも吸い取るリスクは冒さないだろうと。
仮に、リクが"穢纏"を使用した場合が、危惧することなのだ。
そうなれば、優勢な立場のヨデンであっても、穢纏を使わねばならなくなる。
リオルドランであるリク。使用すれば"世界"へ通達がいく。
追い込まれたリクは、果たしてその判断をするのかどうか。
ヨデンは小声で。
「その前に仕留めてやんよ」
空中で地面と平行に姿勢を変えたヨデンの足裏に、雷雲から氷雷を落雷させて自身を弾く。
高速で飛翔したヨデンは勢いそのままに大剣をリクへ突き向けた。
リクとヨデンの距離、4馬身程の位置。
【氷雷メデレス 氷帝雷槍】
大剣の鍔に魔法陣を展開。
リクは即座に陰を集めて収束させた。
巨大な氷雷が刀身の形を模して瞬間生成。
半物体化同士の衝突により、収束された陰は砕け散る。
リクの左胸部から右腹部にかけて大きく斬られ、多量の血が飛び散った。
後方に吹き飛ばされたリクを、ヨデンは容赦なく追跡する。
リクも陰の反発を利用して八方に向きを変え続けた。ヨデンの追跡と雷雲からの氷雷を躱しつつ、隙を突こうと模索しているのだが。
一片の隙もない。
深傷を負っている筈なのに、リクの動きに鈍りがみえないことも、ヨデンは感じていた。
傷口を影で即座に埋め、出血を抑えているからかと。
広範囲攻撃をして無理にでもダメージを与えることはできるが、それはヨデン自身の隙となり、加えて陰である程度防がれて大した蓄積にはならない。
先の攻撃が直撃して尚、動きの変わらないリクに煩わしさを痛感していた。
常に落ち着きまくっているリクだが、今回ばかりは息を切らす。
その2人の戦闘は、常人ではおよそ理解できないだろう。動きを目で追うことすらできず、事が起きてから時間差での情報処理。
そんな次元で、拮抗しているのだ。
つまりは、どちらかが覚悟を決めない限り、時間だけが過ぎていく。
リクにとってそれは、体力の消耗となり、絶命リスクへ大きく繋がる。
ヨデンにとってそれは、計画への合流の遅延となり、生命力の消費も激しくなる。
"穢纏"という奥の手を出すか否かの、緊迫した異様な空気だけが谺するのだ。
余力を残し続けるリクに対し。
先に痺れを切らしたのは、ヨデンである。
"リオルドラン相手になら使ってもいい"。
ロザンパーゴのこの言葉が、ヨデンの覚悟を後押ししてしまう。
緊張。
戦い慣れたヨデンですら、穢纏の判断は脈を加速させる。
その脈動が、氷雷を鳴らしているようで。
一種の、興奮状態となる。
【穢纏 氷雷メ___】
___暗転。
その瞬間を、ずっと待っていた。
ヨデンは何が起きたのかすら、理解し損ねる。
それもその筈。
人間を超越したその神業は、世界すらも感知できない程なのだから。
高速移動していたヨデンだからこそ、その程度に至る。
ヨデンの左脚の骨は、粉砕していた。
超集中状態にあったヨデンの脳が、遅延して理解する。
リクの脅威的な神業。
"世界すらも感知できない"。
わずか"0.35秒"だけの___。
【___穢纏 流月コスケール 夜】
ヨデンが穢纏を使うほんの一瞬の小さすぎる隙。
ずっと、待っていた。
一回の瞬きすらし終えない時間でリクは穢纏し、それを解く。
世界が感知できないが故に、世界に通達されることもない。
そして、その穢纏による効果。
結界で区切られたアルパース大穢場は、リクの穢纏により"夜"となる。
しかし、それは一瞬すぎて、暗くなったことに気付ける人は少ない。
暗闇となったその戦場は、その全てがリクの攻撃範囲となる。
0.35秒という限られた時間の中で放った一撃は、ヨデンの左脚の骨を砕いた。
いわば、仕留め損なったのだ。
暗闇の中で流動した影の槍だが、1秒にも満たない時間の為に精度が著しく落ちる。
たったの一撃であるが、されど一撃。
ヨデンの心もまた、砕かれた。
ラウーシュの感じた得体の知れない恐怖を、ヨデンも同様に感じている。
そもそも、世界に感知されない穢纏など……。
「可能なのか……」
徐々に感じ始めた、左脚の激痛。
その事実が、強制的に理解させにくる。
リクは既に、攻撃に移る体勢をとっていた。
動揺。
眼球は、思わず揺れる。
雷雲から氷雷を自身へ落とし、雷雲内部へ潜った。
【流月コスケール 影龍】
地面から突き上がった影の龍が空高く昇り、雷雲へ潜っていく。
雷雲を優雅に泳ぎ、"ヨデンの逃げた方向"へ身体を畝らせ進む。
雷雲の凹凸により生じた陰から、槍状の陰柱を幾本も生成。
ヨデンの行く手を阻む。
巨大な影に後を追われ、ヨデンの心拍は跳ね上がっていた。
常に冷えた表情をしていたヨデンに、血の通った恐れの表情が描かれる。
雷雲に散りばめた生命力を収束。
1つの氷雷として射出。
その氷雷は影龍を狙ったものではなく、ヨデンの右脚へ直撃。
勢いにより雲は退き、ヨデンは大穢場の端の彼方へと飛んで行った。
敵前逃亡。
戦場において、情けない行為である。
影龍を解除。
痺れと凍傷を負った脚は、ヨデンを追う一歩を踏み出せなかった。
リクは張り詰めた緊張を、呼吸にて解く。
力無く、膝を雪に落とす。
心拍の一定化により、自身の受けた傷の痛みを理解した。
ヨデンへの圧を絶えず出し続けていたリクだが、疲弊していたのだ。
危ない賭け。
ヨデンという脅威を逃してしまったことが、表情として滲み出る。
「すまんレイゼル」
リクは立ち上がり、部隊へ合流する為に踵を返す。
横一面に薄い影の幕を張り、再度襲来を探知できるよう施した。
ヨデン……俺が必ず仕留める。
ーアルパース大穢場 第三拠点ー
リクから全軍へヨデン逃亡の通達。
同時、イゼから"護子"強奪の通達。
リクの率いる第四軍がここ第三拠点を通過したのを見て不思議に思っていたが、リクは1人で戦い抜いたんだと。
ケメィの心拍は、底抜けていた。
寒いのに、汗が止まらない。
その緊張は、後方に並ぶ第三軍へうるさい程に伝わっていた。
ヨロレイヒ湖国本軍調査団団長であるケメィが、大国アルパース軍を任されたのだから。
調査団だよ!?と、レイゼルに念を押していたのだが、事実、この場に立つ。
落ち着け落ち着けと、顔を小刻みに振るわせながら深呼吸した。
こういう時は、状況を整理しよう。
侵入の通達があり、現在までの接敵の情報。
ジェンドさんから、クルスエド第五軍。
リクから、ヨデン逃亡。
イゼさんから、ルゼラカルトによる護子強奪。
確認できるだけで3人の侵入。
クルスエドさんと接敵したヌルビアガは、着々進んでいる筈。でも、第二拠点で交戦してたリクと接敵はしてない。
迂回してここ第三拠点に来る可能性もある。
護子を隠していた古屋から最短で第二の門を目指すとしたら、ここ第三拠点を通過する。
……。
2人来ちゃうじゃん。
落ち着かせようと情報を整理したせいで、ケメィは緊張により硬直する結果となる。
……兄が居れば……。
常に先を行く兄の背中。
オドムにしがみつこうと踠いたケメィ。
戦場で取り乱してしまう性格が、調査団団長という肩書き止まりなんだなと、自分を卑下してきた。
そんな自分を、変えたいんだろと。
ケメィは両手で思い切り頬をぶっ叩く。
気合いを入れる。
その心意気に呼応するように。
脅威は待ってはくれない。
遠方に、人影を確認。
ケメィは深呼吸しながら、注視する。
右肘から先を無くし、左脇腹を負傷した者。
ラウーシュである。




