夜想曲
悲鳴がシェルターブロックに溢れかえっていた。激しい振動が伝わり、開いた救命艇への扉に人々が殺到していた。扉の奥に進む通路は、我先と進もうとする人々が押し合っており、さらにシェルターへと人々が次々と押し入ってくるので、中には既に圧死しながらも地に倒れることなく、そのままじわじわと奥に進む者さえあった。
幾人かの人々は、そんな人々の最後尾の背中を感情をうしなったような目で見ていた。高瀬と由美も、そうであった。
ふたりは手を握りあい、なりゆきを見ているだけだった。ひとつの扉の上にあるランプが赤く灯った。救命ポッドが満員になり、発射されたのだった。その瞬間、一瞬つよい空気の流れが生じた。
扉から乗り切れなかった人々が慌ててでてくると、最初に飛び出した人が、扉の横にあるスイッチを押した。
「未だ中に人がいる!!」という叫びが響いたが、扉はゆっくりと警告音を発しながら閉じ始めた。中から駆け出してした人々は、狭くなってくる扉の間をすり抜けるようにして出てくる。そしてまだ、おしあいへしあいしている扉に殺到していった。
体全体に響く音がシェルターに轟いた。その瞬間、シェルターの壁の一部に小さい穴が空き、そこから空気が一気に吸い出された。
「終わりだわ」由美が高瀬の肩に自分の頭を預けた。「もっと一緒に居たかった」
「ここまでやられるとは思わなかったな。」高瀬は、おおきく息を吐いた。「いいとこ反乱の容疑と捕まる程度だとおもっていた」
「なんで、ここまでするのかしら?」由美の言葉は、爆発音にかき消され、もうひとつ穴が空いた。
扉のひとつにまた赤いランプが灯った。そして乗り遅れた人々は、右往左往する。そして最期のポッドが排出された。
ふたりは、そんな人々から目をそむけ、ただ互いを見つめ合っていた。
そんな時、「ひさしぶりです」と声が聞こえた。由美の声であった。
「なんだ?」と高瀬が由美に訊くと、「私じゃない」と首をふった。しかし声の主は直ぐに分った。高瀬が作った由美似のAIだった。
「まだ居てよかった」AIは、安堵の声を出した。その声色に高瀬は妙な違和感を覚えた。妙にレベルが上がった気がしたのだ。離れて居る間に、AIが多くの情報を得たのだろうか?
「医療チームに入っているのじゃなかったのか?」高瀬は、頭を傾げた。
「破壊が及んできたので、チームは解散して治療中の患者は救急ポッドに乗せて発射しました。法的に救急ポッドは安全ですから」
「じゃあ、あっちでおやくご免になったのか」
「そういう事になりますね」
「あなた。ここの実情を記録して後の世に公開して、中央の非情を訴えて」由美は、訴えるように言った。
「いいえ、その為にあなた達を探しに来たのではありません」AIは、笑みを浮かべた。「救急ポッドを一つ残してあります。それで逃げてください」
「私達は、病人ではない、保護された途端に、拘束されるだけだよ」高瀬は、苦笑いを浮かべた、「まぁここで死ぬよりはマシかもしれないが、ここで起きた事を隠蔽するために、死ぬより酷い目に遭うだろうよ」
「そんな事が起きえるのですか?」AIは、首を傾げた。
「君のようなAIは、短時間で多くの学びを得るだろうが、愚かな行為までは学び得ないから、理解できないのはしょうが無いよ。政治家と軍は人道上の義務よりは、保身を選ぶよ。いまここで起きていることは、単に反乱として宇宙に知らされているだろうな。ここで頑張っている俺たちは、悪者扱いさ」
あちこちで、大きな音が響いた。瓦礫が飛び交い、思わずだれもが身をすくめた。空気が失われてゆく。
「いよいよ、お終いだな」高瀬は、目をつむってしきりに空気を求めている、由美の体を抱いた。
大きな爆裂とともに、大きな穴が彼らの上に開いた。星々が見える。無限とも思える星々の数、人々の魂魄を吸い上げて行く輝きを増しているようだ
「昔、母から聞いたことがある、人の魂は死ぬと星になるんだって」
「曇った空しかない地球じゃ、死んだ魂も見られないね」
「ここなら、沢山の魂が見てくれるみたい」
「俺たちも星になるのかな」
「たぶん・・・そして、敵味方なく夜空に輝くの」
「俺はこの状況じゃ寛容になれない。きっとあいつらが滅ぶ姿を見たくて夜空に輝き続けるだろうな」
「私は、あなたと二人で居られるならいいけど」
「ああ、ずっと一緒に居よう、夜空の中で・・・」
さらに破壊の音が響いた。何かの破片が、二人の簡易宇宙服のヘルメットと服そのものを砕いた。多くの遺体が瓦礫とともに宇宙に散って行った。それを追って、宇宙花からスカベンジャーが飛び出して来た。
AIもまた下肢を損傷したが、命を失った二人を抱えると、既に形を成していないステーションの間を浮遊し続けた。
沢山の遺体が、恨み辛みを訴えているようだった。AIは遺体からはなにも学べない、誰かが与えてくれる莫大な量の情報だけが学ぶ手段にすぎない。すり込まれた本能のように二人の傍にいたい、守りたいという思いだけが、AIの考えの全てだった。
しかし、スカベンジャーの一つがそのAIを捉えた。貴重な獲物であった。
□
アルドリーノは、息を荒げたまま視界を覆う星々と残骸を見ていた。クーパーやその仲間達の戦闘機は、まだ宙を駆け巡り、ミサイルを一発でも途中で破壊しようと躍起になっていた。
「クーパーさん、もういいよ」アルドリーノは独り言のように言った。「ここはもう終わりだ。」彼の声は疲れ切っていた。「俺たちのことを覚えていてくれ、それだけでいい、もう故郷に帰れ。」そして、両手に抱えたC4の塊に力を込めた。
宇宙服を着たままで宇宙空間に浮かんでいるだけでは、食料はない、再生システムは水と酸素は長く供給してくれるが、いずれこのままでは餓死するだろうなと、彼は思っていた。
まさかこんな暴挙に出られるとは思ってもみなかった。宇宙法を犯してまで、俺たちを潰しに来るなんて、考えが甘かったのか。
遠くには、飛龍の横を向いた姿が見えるが、パージされた箇所があるため、どこか間の抜けたように思えた。
くすりと彼は笑った。いずれ管制官長になるつもりだったのに、こんな形で終わるとは思いもしなかった。
彼は、瓦礫の中を漂い、ようやくまだ動きそうな、タグボートを見つけた。係留索が切れて、ふらふらと浮いていた。それに取り付くと、穴が空いているハッチを開けて、中を覗いた。そこには、すでに死体となった先客がいた。先客の宇宙服のヘルメットには、穴が穿たれてた。何かの破片がぶつかったのだろう、アルドリーノは、先客のシートベルトを外し、死体を外に放りだすと血しぶきの跡があるコックピットに乗り込んだ。
エンジンはアイドル状態のまま保持されていた。彼は、アクセルを踏み込み、飛龍を目指した。しかし、その周囲には多くの戦闘機やミサイルがウンカのように踊っている。
かまうものか・・・加速でシートに体が抑え付けられた。
アルドリーノの乗ったタグは、たちどころに飛龍から飛び立った戦闘機に発見され銃撃が始まった。そこにクーパー一味の、戦闘機がからんできた。戦闘なれしているせいか、クーパーの仲間の操縦は神業のように思えた。そして次々と敵を破壊しては、離脱しまた接近しては、破壊を繰り返す、しかし多勢に無勢は変わらない、彼のタグボートも一撃を受けてエンジンが停止した。アルドリーノは脱出ボタンを押して、あとは単身で宇宙を進んだ。
目の片隅で、暴れ回っていたクーパーの仲間の戦闘機が爆発するのが見えた。
慣性速度で星空の中を進んだ。どれくらいで飛龍に届くだろうか、既に大きく見えるが、まるで距離感が分らない
遺体に見えるのか、敵戦闘機が近くを通り過ぎたが、なにもしないまま、獲物を求めて瓦礫に向って行った。
俺たちは、なんで抗うことを選んだのだろう、従順であれば、こうはならなかったのに、ここに住むもの達も、なんらかの保証を求めて交渉をして、軍にここを明け渡す事もできただろうに・・・俺は間違えたのだろうか、自由とか権利とか、命をかけてまで守る価値はあったのか、いや、それは守るべきものだ。自分のは力によって粉砕されてしまったが、後に続くもの達のために、可能な限り抗い、爪痕を残すだけの価値はある筈だ。
どんな形であれ、権力によって奪われる命があってはならないのだから、ノード103は、自由と権利の墓標になってはいけない、再びここが民衆のものに戻ることを祈る聖地になれ・・・
それにしても遠いな・・・
時間を忘れ、彼は漂い続けた、空腹が意識を遠のかせる。いくどとなく彼は、眠りそして目覚めた。
いいかげん無理かな・・・と思った時、ステーションを振り向けば、もう何も残されていなかった。突然脇腹を痛みが襲った、小さいデブリが高速で彼の宇宙服を破っていた、自動修復機能がヘルメットのディスプレイで異常を知らせた。
ここまでだな。彼は抱えたC4に雷管を差し込み、付属しているスイッチをいれると、腕を大きく振ってそれを飛龍に向って投げた。穴の空いた宇宙服からは血が噴き出していた。
もう、どうにでもなれ・・・薄れる意識の中で、彼はC4がゆっくりと飛んで行くのを見送るだけだった。




