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最近の若者は苦労を知らないそうで  作者: 木介


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特効薬争奪戦4

        ーー善子ーー

愛子がそんなやり取りをして危機を回避している頃、善子と仁志は距離を取りつつ話をしていた。


「それ、いつから盗んでいたの?」


「あぁ、これ? 依頼があった時だね」


仁志はへらへらしながら応える。


「へぇー、凄いわね、あの警備を掻い潜って盗めるなんて」


「だろ? 俺って凄いんだ」


この男は嘘をついている、それは明らかであった。


「もう一つ質問」


「なんだい? 何でも答えるよ」


「あんたいつからそうなったの?」


男の動きが止まった。

その顔は先程と違い冷めて無表情である。


「私の事をよく見ているんだね、君は…」


それを合図に二人の会話は無くなった。

二人とも相手の出方を窺いつつ、じりじりとにじり寄る。


先に仕掛けたのは善子だ。

右ストレートを顔に打ってからの右足による蹴り上げ、これは彼女の常套手段である。


この攻撃を仁志は両手で弾き、彼も蹴りを入れてくる。そして今度は善子がそれを左手で弾いた。


このインファイトのやり取りをお互いに素早くこなしていく。

さっきより速くなっていく光景はまるで打つ場所を事前に伝えて撮影しているアクション映画のようであったが、全て本気の打撃である。


そしてこのインファイト、先に体力が尽きたのは仁志であった。

古典的な体力作りが功を奏し、彼女は体力面で勝ったのだ。

顔と体に数発もらった仁志は堪らず離れ、鼻血を拭う。


「じゃあ、今度は力比べといくか!!」


そう言って飛び掛かってくる。

力比べに関しては見るまでもなく仁志の方に分がある。

掴もうとしてくる手を払いながら素早く攻撃を与えていくが上手く急所を避け、どれも決定打に欠ける。


瞬間【パンッ】と大きな音が目の前で弾けた。いわゆる猫だましである。

この音に善子は一瞬だが、たじろいでしまい(まずっ)と思った時には仁志の膝蹴りが善子の腹に決まっていた。


(息ができない…、視界が歪む…。)


善子のあばらは数本折れたであろう、口の中には血の味が広がり、地面に這いつくばった。


       ーー平野仁志ーー

「力比べは俺の勝ちだな、ついでに騙し合いも俺の勝ちだ」


勝ち誇ったように仁志は見下しながら言い放った。

そして彼は笑いながら叫ぶ「二代目全ぜんは俺だ!!」


まるでもう決着がついたかのような振る舞いをしている仁志に善子は立ち上がりながら指摘した。


「あんたには無理よ」


「あ゛?」


「あんたには信念が無いわ」


「はぁ? スパイに信念? 何言ってるんだ」


「俺、僕、私? 一人称も言葉使いも滅茶苦茶、それはあなたに信念が無いから、だから自分を見失ってしまうよ」


この時、仁志は善子が言った「いつからそうなったの」という言葉を思い出す。

いつからなんていうものは無い、気付いた時には自分が分からなくなっていたのだ。


そんな何者か分からない時に聞いたのが伝説のスパイぜんの話。

全ての任務を完璧にこなし、皆から尊敬される存在。

この話を聞いた時に仁志はピンときたのだ。

(自分が次のぜんになれば良いんだ)と、そこから彼はぜんの事を調べ上げた、そして善子の存在を知る、ぜん唯一の弟子である彼女の存在を。


(彼女を越えれば俺は…)


「スパイの基本も出来てないあんたがぜんを名乗るなんて身の程を知りなさい」


いつの間にか立ち上がったいる彼女の言葉で仁志は現実に戻された。


「スパイの基本だって? うちではマニュアル化しているから問題ない。誰でも出来るよこんな事」


この言葉で彼女の空気が変わった。


「マニュアルがあるから誰でも出来る?」

「そんなんだからあんたは私に勝てないのよ」


「勝てないって? 何を言ってるんだ、追い詰められているのは君の方だろ」


「知らないの? スパイは追い詰められた方が強くなるのよ」


「何を言ってるんだ? 意味が分からない」


「あら、マニュアルに書いてなかったかしら?」


彼女の返答に呆れ返す言葉も無い仁志は「…もういい、次で止めだ」と一気に距離を詰め善子の顔へ渾身の右ストレートを放った。


(決まった、これで終わる)


そんな確信めいた気持ちでいた為、善子が踏み留まった事に驚愕した。

次の瞬間、彼女はその伸びきった右腕を掴んで飛び掛かり、腕十字でその関節を決め、二人で地面に落ちた。


ボキッと鈍い音が響いた。


即座に善子から離れ、冷や汗をかきながら唸るような声を上げている仁志は自分の行いを後悔していた。

弱っている相手だと甘く見て、一撃で決まるつもりで拳を放った。

その慢心が不意をつかれる結果を招いたのだ。


(今度こそ決着をつける)


一方的な決着では満足していなかった為、思わぬ反撃を内心嬉しく思いながら仁志は立ち上がった。


「…」


「…おい!」


だが目の前の女は目を開け、口から血を流して倒れている。

腕が折れる程の衝撃で倒れたのだ、そもそも満身創痍の彼女にとっては諸刃の剣であった。


「まさかこれで終わりじゃないよな!」


この想像だにしない結末に納得いかず、彼女の腹を蹴り上げた。

普通であればあばらが折れている腹を蹴られ反応しない訳が無い。


ただ、彼女はまぶた一つ動かさず反応しなかった。


「これで終わり?」


彼女との戦いは仁志にとってぜんの名を引き継ぐ戦いであったが、いざライバルがいなくなったと思うとそのたましいは抜け、またしても自分が分からなくなってしまっていくのを感じた。


「ははっ、これで俺が二代目全ぜんだ!」


その不安をかき消すように仁志は勝ちどきを天に向かって叫ぶ。


ドサッ。


(あれ? 何で僕が倒れてるの?)


気付けば彼女と立場が逆転しており、最後に見えた彼女の姿が全て答えであった。

仁志は満足げに笑って気を失った。


       ーー善子ーー

(いっっ、コイツ腹蹴りやがって…)


善子は倒れている仁志をお返しに蹴り飛ばそうとしたが、寸前の所で思い留まった。


「騙し合いに関しては私の方が勝ってたわね」


もう聞こえてはいないであろう仁志に言う。

あの仁志が勝ちどきを上げた時、善子は逆立ちの要領で立ち上がり、仁志の顎を蹴り上げた。


善子が死んでいると思った仁志は何が起こったのか想像もつかないだろう。

下手をすれば善子へ叫んだ言葉を天に向かって叫んでいたと思っているかもしれない。

それ程までに鮮やかで素早い行動であった。


「アタッシュケースは無事回収したわ、案内をお願い…」

「…ねぇ、…聞こえてるの?」

「一体何がどうなってるのよ?」


善子は敵地で一人取り残されるのであった。

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