特効薬争奪戦3
ーー善子ーー
スリーエスは森の奥に隠すように存在している。
スパイ養成所を備えてるだけあってまるで大学のような造りの建物があり広々としていた。
ここにいるスパイの数はざっと千人を越える。
善子はスパイとは一部の選ばれた者だけやれる職だと思っていた為、それを量産している現状に驚きを隠せない。
今回の作戦GS と善子達の目的は違う。
GS はスリーエスの壊滅であり、彼らは必要であれば遠慮なく人を殺めるであろう。
だが善子は違う、あの時を皮切りに戦い方は全から教わったが、それに加えて何度も言われた事がある。
「本当に強い奴は殺しはしない」
「何故なら俺達は殺し屋じゃないスパイなんだから」
この教えに添って善子は今まで生きてきた。
では今回、善子達は何をするのか?
それは主要施設の爆破と本物の回収である。
施設の爆破に関しては相手を無力化し降伏させる事が出来れば人を殺める必要などなく理想的な結末を迎える為という善子の想いから実行する事にした。
それともう一つの目的、仁志が善子との会話で言った「不良品」という言葉はそのままの意味で本物は既に盗まれた後であったのだ。
わざわざ偽物を盗む為に善子達は必死で争いそれを仁志は高みの見物していたのである。
「いいか、我々が攻撃を開始するのは1時間後だ、それまでに片をつけてこい」
壱に言われた言葉を思い出し、お昼の12時をきっかけに潜入を開始した。
善子達の目的であれば夜の方が都合が良いであろう。
それでも善子達が昼に潜入を試みた理由はこの施設の特性にあった。
ここに潜入するのであれば顔と名前を覚えられていない養成所の訓練生になるしかない。
千を越える人の多さを逆手に取るのだ。
そしてこの施設は場所も関係しているせいかセキュリティが厳しくない、警備隊は存在しているだけの案山子であり、カードキーさえあれば通れるような甘い監視である。
彼らはスパイ養成所とは名ばかりで素人に毛が生えた程度の集まりであった。
ピッという音と共に建物の中へ侵入できた善子と愛子はそれぞれの目的地へ向かうため行動を別にした。
善子が特効薬の回収、愛子が爆弾の設置である。
何故この割り振りにしたのかというと善子は確信していたからだ、特効薬がある所に敵が待っているという事を。
善子はオペレーターの指示の元、建物を歩き回っている。
「ねぇ、さっきから同じ所を回ってない?」
「うるさい、そんな事は分かってるんだよ」
そう返事をしたのは鏡操である。
「もっとゆっくり歩けよ! 次を右に曲がったら左手に倉庫へ続く通路がある。だがそこへ入るには扉をカードキーで解除しないといけない、俺がカウントするからそれに合わせて中へ入れ」
「いいか…5」
操のカウントに合わせて速度を調整する。
「4、3、2」
カードキーをカメラには見えないように準備を始めた。
「1」
その言葉と同時にカードリーダーの前へつき、扉を解除する。
「よし、問題なく侵入出来たな」
「そうね、あなたのおかげよ、ありがとう」
その様子を隣で見ていた壱は感心していた。
タイミングを完璧に合わせた善子も凄いが何より凄いのはこの男。
カードキーのコピーを作り、先程の瞬間もタイミングを合わせて過去の映像を防犯カメラに流して通り過ぎたように演出している。
同じ所を回らせたのはこの為であったのだ。
操の案内で通路を抜けた先の倉庫は無数にあり「確か貴重品倉庫だったわね」と善子は確認しながら進んで行く。
「あぁ、そうだ、奥の方にあるからそのまま進んで…」
操の言葉を聞いてる間に善子は伝えた。
「もう大丈夫よ、見つけたから」
「はぁ!? そんなに早く着くわけないだろ、もっと奥だぞ…、おい! 聞いてるのか?」
彼女の目の前にはアタッシュケースを持った平野仁志が予想通り待ち構えていた。
ーー早乙女愛子ーー
「あの~、何してるんですか?」
愛子は爆破ポイントの前にある、ゴミ箱に頭を突っ込み爆弾を設置している所で若い女性から声をかけられていた。
「いや~、間違えて大事な物を捨てちゃったみたいでして、あははっ」
今の彼女は丸眼鏡にお下げ、文学少女のような出で立ちであった。
「大事な物? じゃあ一緒に探しますよ」
「いえ! 大丈夫です!」
挙動不審な相手に更に疑いの目を向ける彼女は今年卒業する首席の訓練生であった。
「訓練生なの? 番号は?」
「えっ? あっはい、番号は3027番です」
「3027番ねぇ、私の記憶が確かならまだ3000番台にはいってない筈よ」
「えっ、そうなんですか? でも確かに3027番なんですけど…」
彼女はこの怪しい人物に鎌を掛けていた、だが相手は動じず、何を言っているんだろうという顔をしている。
「そうなのね、ごめんなさい伺ってしまって、今年の新しい訓練生で三千人を越えてたのね」
「いえいえ、とんでもないです。私も先輩の手を煩わせてしまい申し訳ございません」
「お詫びと言っては何ですが、やはり私も手伝いますよ」
今年入った気の弱そうな訓練生が一体何を隠しているのかと半ば強引にゴミ箱を漁ろうとしたが、そのお下げの人物はゴミ箱を背に隠し「大丈夫ですから」と離れようとしない。
まだ訓練が残っているのにも関わらず、真面目なふりをしてお酒でも捨てたのかと腹が立ち「退きなさい」と声を荒げ、目の前人物を突き飛ばした。
そして首を突っ込みゴミ箱の中を探るが何も見つからない。
夢中になって探す彼女は後ろから近づいてくる気配に気付かず、首を掴まれ「殺すよ」と囁かれた。
その言葉は先程の彼女とは別人であるように感じたが、その声は変わっておらず間違いなく本人であったのだ。
恐怖からか自分の鼓動が速くなっているのを感じる。
彼女はこの時初めて【死】を実感したのだ。
「なんてね、早くゴミ箱から顔を出しなさい」
恐る恐る顔を上げると姿形は同じでも全く違う人物がそこにはいた。
「不審だと思った相手に背を向けて、更にはゴミ箱に顔を突っ込み周りを見えなくする」
「何でそんな愚行に走ったんですか? 私があなたより弱そうに見えたから? 本当の不審者なら死んでましたよ」
「すみません…」
「全くここのレベルが窺いしれますね」
「あの~、ところで貴女は?」
早口で捲し立てる彼女にずっと気になっている、質問をぶつけてみた。
「申し遅れました、新しく教官として雇われた沙夜と申します」
「教官!? 失礼しました!」
彼女は背筋をピンと伸ばして挨拶をする。
「はい、では今度から気を付けるように」
そう言って早々に立ち去ろうとした愛子に「あの~」とまたしても質問が飛んでくる。
「もう一つ質問なんですけど、良いですか?」
「…どうぞ」
「何でゴミ箱に顔を突っ込んでたんですか?」
この質問に心臓が跳ね上がった、だが愛子はそれを顔には出さずに即座に答える。
「…訓練の準備をしていたんですよ」
「準備ですか?」
「貴女は見つけられなかったみたいですが、あのゴミ箱には爆弾が仕掛けられています、それを見つけて解除するまでが訓練です」
「爆弾!?」
「声が大きいですよ」
「すみません」
「爆弾って…でも一体どこに…」
自分で見た時にはそんな物は見つからなかった為、彼女はまだ疑いを拭いきれない。
「教えたら訓練になりませんがそこでこそこそされても困ります」
そう言って愛子は上を指し立ち去る。
改めて中を覗き込めば、ゴミ箱の上の部分に貼り付いているではないか。
覗き込む体制をしていながら、誰が上に付けていると思うであろう。
(この人は凄い!)
彼女は尊敬の眼差しを向けて愛子の背中に敬礼を欠かさなかった。
かっこよく立ち去る愛子の顔はその後ろ姿からは想像ができない程に焦りながらも安心した顔であった。




