サポーター
結果から言えば善子は壱からの誘いを断っていた。
それは捕まっても逃げ出す自信があり、何より不都合に感じたのは自由が制限されると考えたからである。
とはいえ協力しないわけでは無い、業務提携を結ぶという形を提案したのだ。
壱が彼女の本名を知っていた事を踏まえると善子や識と全く関係ない人物ではなく、彼の性格からしてこちらの気持ちも組んでくれるという予想から交渉を試みる。
「分かった、良いだろう。ただし業務提携という形なら自分で人を集めないといけない、こちらからサポートは出さないぞ」
「それでいいわ、じゃあ交渉成立ね」
そう言って二人は握手を交わす。
ーーー
(組織の命令を無視してまでやり遂げようと思ったのに、昨日研究所から薬が盗まれたなんて、手土産も無しに戻れる訳ないじゃない)
このような面持ちでキャリーバッグに荷物をまとめているのは早乙女愛子である。
だがその姿は大きく変わっており、短くなった髪は赤く、柑橘系の匂いと少し焼けた声。
ただひたすらに夢を追う若いバンドマンのような出で立ちであった。
「これもそれも田中光、お前のせいよ、あんたが余計な事を言ってくるから私は自分を見失った」
彼女は小さな声で文句を呟き荷物をまとめ部屋を後にする。
善子と一悶着起こした後、組織からの支援は無くなり、彼女は自らが作った人脈を駆使して活動をしていた。
だが彼女が考えていた以上に物事は早く進み、気付けば一人取り残される形となってしまっている。
彼女が現在向かっているのはSBK本部、特効薬の略奪に失敗したスパイ達は捕まり、現物は彼らが回収したという。
その中にはあの田中光もおり今は牢屋の中だ。
そんな情報を元に今度はSBK本部へ潜入し、あわよくばその惨めな姿を拝んでやろうという魂胆が彼女にはあった。
そんな気持ちを持ち合わせながら軽い足取りで外へ出た所「悪かったわね、余計な事して」と声をかけられる。
「田中 光…」
捕まっている筈の彼女が目の前に現れた、愛子は驚きよりもこの女ならと少し妬けたような喜びがあった。
「あんた、やっぱり私の部屋を盗聴してたのね」
以前の噂を流した時の何故バレたのかという違和感、悦に浸っていた時は気にしなかったが善子に殴られた後に改めて部屋は調べ尽くした、それでも盗聴されている様子は無い。
方法こそ分からないが盗聴されているという確信は持っていた。
というより相手の力量を疑わなかったのだ。
「盗聴を分かっていて独り言呟いてたの? 性格悪いわね」
「生憎あなたのお陰で良い子じゃ無くなったもので」
「じゃあ、良い子じゃ無くなったついでに悪さしてみない?」
「悪さって何よ…」
そこから聞いた善子の話は信じられないというような話ばかりであり、自分が今も一人取り残されている事を痛感した。
「ここまで聞いて早乙女愛子、あなたはどうする? この話を手土産に組織へ戻る? それとも私の方に付く?」
GSとスリーエスの争い。今後のスパイ業界を変える大きな出来事になる。
どちらに付くのか? その決断を迫られているのだ。
愛子の答えを待たず善子は一人背を向けて歩き出した。それは決断が遅い仲間はいらないと言わんばかりの行動である。
(付いていくのか? 残るのか?)
あらゆる事を思考し、多くの時間を要したかのように感じた一分にも満たない時で彼女は決断し後を追った。
これは考えて突き詰めた結果では無い、最後に彼女を動かしたのは直感、本能による決断であり、その足取りは重かった。
「歓迎するわ、早乙女愛子、私の事はこれから善子って呼んで」
「善子、それがあんたの本名だったのね」
「いいえ、これはコードネームよ」
「あなたの事は何て呼べばいい?」
「私? 私は早乙女でも愛子でも好きに呼んでいいわ」
「名前は教えてくれないのね」
「名前? あんたがさっき言ってたコードネームってやつ? そんなのは無いわよ」
「無いの? じゃあ毎回違う偽名で呼び合ってるわけ?」
「いや、私の所は数字、ちなみに私は27番」
「へぇ~」と返事をしながら、そういえば壱っていうのも数字からきている名前なのかと頭を過る。
「じゃあ、愛子で良いわね、よろしくね」
善子がまず彼女を仲間に引き入れたのには二つの理由がある。
一つは彼女の人脈だ。
活動するにしても情報は然ることながら人手と装備品は必要不可欠である。
そういった細々とした問題を彼女人脈で解決出来るであろうと考えた為だ。
そしてもう一つは彼女の変装能力だ。
整形で姿形を変えてきたとは言っていたが、その言動までは一朝一夕で得られるものでは無い。
彼女の中には何千通りもの性格があり、姿を変えたのと同時にターゲットへ合わせた言動に切り替えているのだ。
彼女が人混みの中に消えれば見つけるのは至難の業であり、姿を眩ます前に接触しなければならなかったのだ。
「早速だけど」と切り替えて今後について話を始めた。
結論、物資に関して問題は無さそうであったが大きな問題が一つだけ残った。
「要するにこの業界にいながらスリーエスの息が掛かってないハッカー兼オペレーターが欲しいと…」
「そうね、知っている人いる?」
「そんな人いるわけ無いでしょ! 話に聞く限りこの業界にはGSとスリーエスの二つしか組織は無いんでしょ!」
「ほら、私みたいに個人で活動している人とか」
「…自分で言っていておかしいと思わない? 個人でスパイ活動している人がいると思うの?」
「…」
愛子が言うようにそんな人間は存在しないであろう。かといって一般人を巻き込む訳にもいかない。
「そうゆうサポート役はGSから支援してもらうべきなんじゃ無い?」
「うーん、じゃあこっちは私の方で何とかするわ」
「えっ、何とかってそんな奴がいるの?」
「一人いるわ、ただ…」
「ただ?」
「今、そいつの腕は折れてるから満足に仕事出来ないと思うけど」




