特効薬争奪戦2
ーー善子ーー
外へ出ると先程までとは打って変わって雨が強くなっており、身を隠すには最適の環境であった。
「識、対象を手に入れたわ、逃走経路を指示して!」
インカムを通して善子は識に指示を仰いだ。
「施設を出たら右へ真っ直ぐ向かえ、次は初めの信号を左だ」
「分かったわ、その次は!?」
「その次は…」
走りながら会話を続けて施設を出た瞬間、死角から鉄パイプが現れる。
善子は当たる瞬間に身を捩り、鼻をかすめる程度で致命傷を避けた。
「あれ? タイミングは完璧だったのに躱されちゃった、振るのが遅かったのかな?」
善子の行く手を遮り、一人そう呟くのは乃亜だ。
「とんだご挨拶ね」
垂れる鼻血を拭い、皮肉を込める。
すると目の前の彼女は余裕の表情で黙々と近付いてきた。
対して善子はアタッシュケースを地面に置き臨戦態勢に入る。
格闘スキルにおいて乃亜は善子の敵ではない、それは先程見た、鉄パイプの振り方一つとってみても明らかである。
乃亜は鉄パイプを大きく右へ振り抜いた。
そんな彼女の隙をつき、右足を横薙ぎに腹へお見舞いして終わり。
となる筈だった…。
乃亜は彼女の蹴りを相殺するように回転させ、その勢いのまま今度は鉄パイプを左に大きく振るう。
予想外の反撃に善子は回避出来ず、その鉄パイプを折り曲げた右腕でガードする。
それは致命傷にはならないが大きなダメージを負わせたように見えた。
だがこの時、善子は腕でガードしたのでは無い、自らの腕時計でガードしていたのだ。
普通なら呆気にとられる程の芸当であったが、相手も普通とはかけ離れた人物である。
間髪入れずに左足による前蹴りが善子の腹へ飛んできた。
善子はこれも残った左手すかさず弾く、だがその前蹴りはあまりにも軽い攻撃であった。
まるで弾かれるのが前提であるかのように。
気づいた時には遅く本命の右足が善子の腹に決まったのだった。
「ぐぅっ!」
自分が負けるなど露ほども思っていなかった善子は衝撃を受ける。
「言ったでしょ、私にはあなたの未来が見えているのよ」
そう言い残して乃亜はアタッシュケースを持ち去ろうとする。
だがそこへ来たのはダンダンダンという先程まで聞いていた音。
復活した鉄人が追いかけてきたのである。
「あぁー! もうだるい!!」
乃亜はそう言って鉄パイプを持っている方の腕に注射をし、腕をブンブンと振り回している。
しばらくすると乃亜は持っていた鉄パイプを鉄人へ向けて投げて一言。
「ドカン」
彼女がそう告げ、鉄パイプが鉄人へ当たったのを合図にそこへ雷が落ちた。
「きゃあ!」
思わず善子は声をあげる。
気付けば鉄人は焼け焦げ停止しており、乃亜はいない。
周りを探した善子は仲間の肩を借りて車に乗っている乃亜を発見した。
(ここからじゃ到底追いつけない…、私の負け…。)
そんな考えが頭を巡った時、全に教えられた事を思い出した。
【気合いと根性】
そうだ…。
私は…。
「根性みせろ善子!!」
善子は自分の名前を声に出して気合いを入れ直し、乃亜の車を追うのだった。
ーー朝日乃亜ーー
(気持ちが悪い…)
車に乗り込んだ乃亜は景色が歪んで見える程、疲弊していた。
これは薬による副作用だ。彼女の超能力は生まれもった能力ではない、人工的に作られたものである。
未来を見るという予知能力はいうなら超想像力である。
これは薬の力を借りて脳を無理やり覚醒させて洞察力を高める。
そして想像を広げて、何万通りもシュミレーションし最適解を導き出す。
いうなら彼女は頭の中で人の倍、生きているのだ。
次に落雷に関して彼女が使った薬は人が元々持っている僅かな電気を強制的に増幅する薬である。
あの時、鉄パイプに落雷が落ちたのでは無い。鉄パイプに彼女自分の電気を溜め込み、それを放ったのだ。
自らの体に電気を溜め込むなど常人であれば耐えようのない方法であったが、それは彼女の特異体質と言っていいだろう。
薬への耐性という点において乃亜ほどの才能を持っている人物はいない。
「うわっ、なんだ、ハンドルが!」
突然車内に響く仲間の叫び声。
運転手の意思とは別にハンドルは右に大きく切られ壁にぶつかる。
それは運転席がぺしゃんこになるほどの衝撃であった。
「お前、タチ、は、ニガサナイ」
潰れた筈のカーナビから聞こえる継ぎ接ぎの言葉は意思をもち、誰の仕業である事を乃亜は悟る。
しばらくすると彼女がいる後部座席の扉が壊された。
そこには顔を隠すようにメットを被り、まるでバイク乗りのような格好をしている黒ずくめの人物がいた。
その人物は何も言わずに彼女からアタッシュケースを奪おうとする。
彼女は自分がケースを握り締めていた事に気がつき離した。これ以上何かをする意思など彼女には無かったのだ。
だがここで相手がどうするかは別の話である。
既に降参し用が無い筈の彼女に対して目の前の人物は殴り、蹴飛ばし、必要以上に暴行を加え始めた。
これはただの八つ当たりであり、自分の方が上だと相手は示したかったのだ。
そしてこの無駄な数秒が仇となる。
横から割って入ったのは善子の跳び蹴りであった。
ーー善子ーー
蹴り飛ばし地面に倒した人物はまるで何事も無かったかのように立ち上がって言う。
「お前、田中光、追ってきたのか」
ぜぇぜぇと息を切らした善子は車の中で無惨な姿になっている乃亜を見て、何故だが無性に腹が立った。
「あんた鏡操でしょ? こんな事して何がしたいわけ?」
「こんな事? 厄介だと思った相手にとどめを刺すのは普通だと思うが?」
「こそこそとお人形さんごっこしていたあんたに言われたくは無いセリフね」
その言葉をきっかけに善子は操へ向かっていったが相手は微動だにしない。
顔面を一発殴ったが意味はなく、すかさず腹に蹴りも入れてやった。
だがこれも意味を成さず一旦距離をとる。
「終わりか?」
余裕をもって話す操に善子は「良いものを着けているのね」と皮肉で返す。
「これはうちの組織が開発したバトルスーツだ! 先ほどの防御力、そしてみろこのパワー!」
そう言って地面に拳を落とした。
その拳は地面にめり込み周りが割れる。
悦に浸っている操へ善子は尋ねた。
「同じ事を彼女にしたの?」
「だったらどうした?」
「クズね」
「ははっ、言葉には気をつけろよお前も同じ目に遭うんだからなぁ!」
今度は向こうから向かってくる。
そして今度は善子が微動だにしない。
この状況、経験値のあるスパイであれば何かあると察する事が出来るであろう。
だが物に頼り活動してきた彼にそんな思考は存在しない。
何故なら彼にとって失敗は自らの出来事ではなかったからである。
振り抜いた右腕を躱し、善子は後ろへ回る。
そして手際よく彼の左手を掴み関節を決めた。
「そんな事しても無駄だ、先程のパワーを見てなかったのか!」
スーツによって痛みが無い彼は左手に力を込める。
「ぐぐぐっ、このパワーでほどいてみせる」
彼はどんどんと力を込めていく。
ピキッという音もヘルメットをしている彼の耳には届かない。
そして彼が違和感に気付いた時は既に左手があらぬ方向へ曲がった時であった。
「うわぁーー!! 痛い痛い痛い!!」
地面に横たわる操を見下ろす善子。
「無理やり力を込めるからそうなるのよ」
スーツの防御を崩すために善子はスーツのパワーを利用したのだ。
近付いてくる善子の存在に気付き、操はヘルメット越しにも分かる程泣きじゃくり。
「ごめんなさい、ごめんなさい、殺さないで下さい」と丸まってしまった。
「全く最近のやつは根性無いわね」
そう言い放ち善子はケースを取り戻すのであった。




