溶けたパリア
水色の帽子に厚着、赤いマフラーに長靴の少女。
氷の悪魔パリアはいつになく元気な様子で吹雪が吹き荒れる雪山を歩いていた。
吹雪の寒さをものともせず、むしろ楽しんでしまう姿はまさしく氷の悪魔。
毎日気ままに過ごし、今日は何をするか悩んでる時だった。
「ん?」
空を見上げると、何かが飛んでいる。
オレンジ色の何か…暗く、白い吹雪に遮断された空の一部を明るく照らしながら、ボールのような球体が炎を纏って降ってくる。
大きさは3メートルくらいだろうか?かなり大きな物体が、静かな雪山に落ちようとしている。
「いえーい何か落ちてきたぞー!!」
間抜けなパリアはその何かにわざとぶつかってしまった。
その何かは、オレンジ色の光を放ったかと思うと周囲に凄い熱を放ち、雪を溶かしていく!!
宇宙から落ちてきた、小型の隕石だった。
当然衝突したパリアはその熱エネルギーに飲み込まれる。
激しく渦を巻く熱のなか、黒煙が立ち込め…。
「…あれ、何が起きたの…?」
パリアが目を覚ますと、何やら視点がいつもより低く見えた。
背は高めなパリアだが、この時は何故か視界のすぐ下に地面があった。
体の下の大地はさっきまで雪があった事を冷たさで物語っている。
いつもと違い、手足の感覚がないが、体全体に手足の神経が通ってるような感覚…。
「な、何これ!?」
そう。パリアは溶けていた。
ただ溶けただけじゃない。
溶けた全身は丸みを帯びたスライム状になり、通常の液体から極限まで離れた液体と化したのだ。
移動は跳ねる事で問題なくできる。
パリアは、この姿になってはじめこそ驚いたが、この姿なりのメリットにすぐに気がついた。
この姿なら、小さくていつもと違うことができる!
「よーし!」
パリアは跳ねながら雪山を降りていった。
その頃、雪山から遥か離れたテクニカルシティのれみは、この前の幸福の石騒動の事で思い出した事があった。
「やっべええエメラルドの事忘れてたー!!!」
れみは幸福の石の件に押しやられてすっかり忘れていた。
マスコミたちに追われ、れみは仕方なくメトに幸福の石を返した。
そこからあの驚異的な幸運は徐々に薄れていったのだが、今気づいた。
幸運の石を持ったまま、あのエメラルドの石を狙って過ごしていれば、どうにか金がたまって買えていたかもしれないのだ。
そんな事にも気づかず…。
「あああー!!!しくじったあああー!!」
発狂しながら机に顔を打ち付けるれみ。
今すぐに幸運の石を買いにいきたいが、返された金は生活費に使ってしまったのだ。
まあ、百円だけだったので、どちらにせよエメラルドの石には使えなかったのだが。
今悔やんでも仕方ない事だと分かっていても、怒りは収まらない。
こういう時、れみはヤケになって庭で踊り出すのだ。
「よーし…こうなれば気が済むまでとことん踊ってやる!」
事務所のテーブルを蹴飛ばさんばかりの勢いで立ち上がり、玄関へ直行するれみ。
事務所の洋風でお洒落な木製の匂いをはねのけながら玄関のドアを開ける!
…その時、外の空気と一緒に、なにかが顔に張り付いてきた!
ひんやりとした、氷のような冷たさの何かが…。
全身が震えるのを感じ、れみはそれを勢いよく地面に叩き落とした!
ベチャ、と液体が叩きつけられる音が鳴る。
「ひぃ…な、なに!?」
驚きのあまりすぐに出なかった悲鳴は、ひぃという呻き声に変化した。
足元を見ると、そこには水色のスライム状の物体が落ちている。
スライムには、水色の髪が生えており、顔がついていた…。
「なな何だお前は!?」
「久々ね、れみ」
そのスライム…パリアは体を弾ませながられみの視線にあわせようと一生懸命だ。
「私、パリア!訳あってこんな姿になっちゃったんだ!」
その時、れみの隠された性格の悪さが滲み出た。
「ひゃひゃひゃ!!何だその姿は!!」
指を指して笑いに笑うれみ。
馬鹿にされたパリアはスライムの体を熱くして怒り、大きく跳ね上がる。
空中飛行能力の応用で空中に静止し、そこから全力を込めてれみの顔面にタックルをかました!
言葉にならない声をあげ、事務所の中へと吹き飛ばされ、テーブルを倒して書物をばらまく。
「な、何すんだ!!!」
「捕まえてみい」
パリアは信じられない速度で跳ね回り、事務所の前にある塀を飛び越えて逃げてしまう。
れみは大急ぎで仲間を呼ぶ。
手が空いていたドクロとラオンに来てもらい、事情を説明。
いつものパリアを知っている二人はスライムになったパリアが一体どんな姿なのか少し興味もあった。
それもあり、れみのパリア捕獲作戦に参加する事に。
無闇に立ち向かおうとせず、まずは網を使って捕まえる事にする。
「パリアを見つけたら立ち向かわずにすぐに網で捕らえるように!いいね!!」
れみが指揮をとり、ドクロは西区域、ラオンは東区域、れみは南区域を探しに行く事にした。
れみの向かった南区域は産業地帯であり、町の物資を保存してある倉庫や木の実採取の為の人工樹が生えている、比較的落ち着いているが隠れる場所はいくらでもある場所だった。
網を両手に持ち、やや引きずりながられみは細かく周囲を見渡す。
木の裏、建物の裏…あの小さなパリアならどこでも隠れられるだろう。
一見すると虫一匹いないように見えるが、それでもどこかに隠れているはずだ。
どこかに…細かく探していれば…必ず…。
「うーーーーー……」
その頃、ラオンはテクニカルシティでも店の多い東区域ですっかり任務を忘れてパチンコに暮れていた。
「ひゃっはー!!」
それも今日は調子がよく、一攫千金も狙おうとしていた。
目の前のパチンコマシンから響き渡る大当たりの音。
目まぐるしい程に画面の色が変化し、はっちゃけた雰囲気を彩っている。
ポチポチとボタンを押しながら喜ぶラオン。
「この調子でどんどんやるぜー!!」
回りのライバルたちを追い越した気分でラオンはこのまま一日中続ける気だ。
「わあ凄い凄い!」
耳のすぐ横から、謎の声が聞こえた。
そうだろ?と誰なのかも気にせずドヤ顔を決めようとした…。
マシンにのっていた者…それは水色のスライムだった。
「ぎゃあああ!!?」
驚いて悲鳴をあげるラオン。
そのスライム、パリアはケラケラ笑うと、体から冷気を放ち始めた!
一気に悪寒が全身を襲い、5秒もしないうちに店のあらゆる物が凍りついていく。
パリアを発見できたラオンだが、ここは撤退するのが先だと彼女の戦闘精神が体に命じた。
凍りついていく店から次々に避難していく人々に紛れ、ラオンもまた悔しさを噛み締めつつ逃げ出した。
全員が出ていく頃には、いつも派手なパチンコ店は青白い氷の色一色に染まっていた。
何が起きたかも分からず戸惑う人々。
「…あれがスライムのパリアか。何とかして止めないと…」
パリアは動揺する人々の目を上手く避け、弾みながら逃げていく。
悪戯な笑顔を浮かべ、次はどこを凍らせるか考えていた。
着弾した地面は氷が張り、
先程の強い冷気を物語っていた。
しかし、これは同時に足跡の効果も出てしまう。
ラオンは氷を見て、パリアを追いかける。
小さな店が並ぶ通路から進んでいくにつれ、回りには高層ビルが多く立ち並んでいた。氷は道なりにずっと続いており、パリアの行く道を示していた。
ずっと追っていくと、東区域に辿り着く。
周囲を見渡すと、所々に店や塀の一部が凍りついている。どうやらあらゆる物の上にのって器用に逃げているようだ。
「くそ、あいつどこ行った?」
こんなに氷があってはどこに行ったか分からない。
ラオンがどこへ行こうか迷っていると…。
「おりゃあああ!!」
闘志が溢れつつも、どこか間抜けな響きかたをする声が!
ラオンは背中が一瞬冷えるのを感じ、急いでポケットに隠していたナイフを取りだし、回転しつつ振り替える。
そこには、スライムのパリアが、ラオンの隙をついて落ちてきていた!
不意打ちを避けられた事がよほど悔しいのか、物凄い形相でラオンを睨むパリア。
小さな相手だが、パリアはパリア。いつも以上にナイフを持つ右手に力がこもる。
先手を握ったのはパリアで、跳ね上がる事でラオンの横を通過、背後に回る。
そこから背中へ体当たりを繰り出し、ラオンは正面に転倒。
すぐに立ち上がり、振り返り様にナイフを振るが、そこには既にパリアの姿はない。
高速でラオンの周りを動き回り、隙を突こうとしてるのだ。
小さな敵というのもあり、ラオンは舌打ちをして動きを読もうとした。
「遅い!!」
パリアの声が響く。
ラオンは必死で周囲を見渡すが、パリアは何とラオンの正面にいた。
ビル街で激しく暴れあう二人のもとに観客が集まっていたようだが、彼らはある物を見ると即座に逃げ出す。
パリアは、小さな口で電信柱に噛みつき、そのまま持ち上げていたのだ。
「…!」
バットのごとく振り回される電信柱!
電線が切れた事で電信柱は電気を放つ巨大なスタンロッド(電流を放つ棒状の武器)と化す。
黄色い火花が飛び散り、人々は逃走のペースを上げ、ラオンは隙を見つけようと空中に飛行し、電信柱をくわえたパリアを見下ろす。
しかしパリアはそんな隙も与えない。
パリアは勢いよく体を振り、息を吐く事でこちらに向かって電信柱をぶん投げてくる!
予想外の攻撃。電信柱に命中したラオンはコンクリートの地面に叩き落とされてしまう。
頭の良し悪しは置いといて、戦闘センスは抜群のパリア。
倒れたところへ間髪いれずに接近し、顔面に張り付いてくる!
「ぐあああ!」
張り付いた状態で冷気を放つパリア!
このままでは凍らされてしまう。顔面から全身に一気に伝わる悪寒。
その冷気で、周囲の建物も少しずつ凍りついていく。
「くそおおお!!」
ナイフでパリアを切りつけるも、液体の彼女には全く通じない…。
「いけー!!」
気高い声が響くと同時に、紫色の光線がパリアを撃ち飛ばす!
同時に周囲の気温が高まり、ラオンの寒気もすぐにとれる。
「ドクロ!」
逃げ惑う人々のなかで、ドクロが右手を構えて立っていた。
ラオンを助ける為、パリアを狙撃したのだ。
ドクロはラオンの手を引っ張り、立ち上がらせる。
「ラオンにしてはあんな姿、珍しいね」
「黙れ!!」
ラオンはナイフをパリアに向ける。
液体の体は痛覚も薄いのか、パリアは即座に起き上がって二人を見上げた。
何人かかろうが今の自分には敵わないだろうという余裕に満ち溢れた顔だ。
「二人とも、私に勝てると思ってるの?」
今度もパリアが先手をうち、こちらに向かって飛びかかってくる!
それに対し、ドクロは両手を突きだし、飛んでくるパリアをボールのようにキャッチする。
パリアはすかさず回転して抜け出そうとするが…ドクロの行動が一足早かった。
「おりゃあああ!!」
ドクロはパリアをラオンにパスする。
ラオンもしっかりパリアを受け止め、もう一度ドクロに投げ飛ばす!
ボール扱いされるパリアは冷気を放って抵抗するが、一瞬で投げれば問題ないとより速度を早めてキャッチボールする二人。
投げられるパリアはこの時初めてボールの気持ちを知った。
ひたすら投げ飛ばされて段々目が回ってくる。
どちらが上か下かも分からない程に目が回り、ただただ二人の腕に全身を預けるしかなかった。
髪も乱れてボサボサになっていくのを見て、ドクロがパリアを掴んで空中に投げ飛ばす!
「それーー!!!!」
太陽の光をバックに、ドクロは拳を振り下ろしてパリアを思い切り地面に叩きつけた!
コンクリートに巨大なヒビが入り、衝撃で10秒ほど強風が吹き荒れる。
スライムパリアの敗北だった。
「くそー!!覚えてろー!!」
青い体に赤みを帯びて怒りながらパリアは逃げていった。
「一件落着だな。それにしても、何であんな姿になったんだ?」
ラオンはようやく疑問を口した。
「…まあ、解決したし、早くれみを連れてきて家に帰ろうよ」
ラオンとドクロは、戦いでボロボロになった道路をほったらかしにしてその場をあとにした。
パリアは、敗北に歯を食い縛りながら怒りに身を震わせていた。
「ちくしょー、こんな姿だからいけないんだ!早く元に戻らないと…」
その時、パリアの目についたのは電気屋。
丁度お試し用の冷蔵庫が開かれている。
「あれだっ!!」
パリアは、冷蔵庫に飛び込んだ。全身にひんやりとした感覚が襲い来るが、パリアにとってはこれは恵みだ。
パリアは、少しの緊張を胸に、ひたすら体を冷やし続けた。
「…やほー!!!!」
冷蔵庫が開き、中からは元の姿に戻ったパリアが元気に出てきた。
手足もあり、何故か服まで元通りだ。
「…もうスライムはこりごりだ」
パリアは、またいつものように歩き始めたのだった。




