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前兆

「おう、よく似合ってるじゃねぇかハヤブサ」

「お兄ちゃんカッコいい!」

 ガレージの中で満足げに笑うG.G.と、はしゃぐスズメ。ハヤブサは少しだけ顔を赤くして、下着姿のまま姿見の前に立った。

 ハヤブサの手足は真新しいものに変わっていた。クラッシュにも耐えうる剛性と羽根のような軽さを併せ持つヴィブラニウム性の皮膚装甲は白く塗装されている。指や肘を動かしたときの小さな駆動音と、レース用人工筋肉にみなぎるたしかなパワーに、ハヤブサは少なからずわくわくした。

「骨格ベースは前回と同じでアダマンチウム合金を使ってる。三大メーカー純正じゃないが、地元の信頼できる工場のやつだ。5ブロック先のドルドさんとこ、知ってるだろ?」

「ああ。ちっこい頃はよく遊んでもらったけど、最近会ってないな。元気してる?」

「ありゃあと2000年は生きるな。接合部は規格にあうやつが無かったからジャンクベースだ。ちょっとゴツいし重いが、それ以上スマートにすると強度がたりない。すまねぇな」

「走行中に分解するよりよっぽどいい。筋肉まわりは?」

「ラジエーターを外付けにして全体の量を増やした。大腿部以下は全部2035年培養開始の15年ものだ。筋密度レベルはプラス4500、高かったぜぇ? 理論上は時速430キロまで出るはずだ。」

「理論上は、な」ハヤブサが皮肉っぽく肩をすくめる。

「腕の見せ所だろ」タバコの煙が吊り上げた口の端から漏れる。

「エネルギーのロス要因は山ほどある。どんなにカタログスペックが高くても、実際に使ったときに100%が出せるなんてまずありえない。ま、そこがサイボーグ・レースの面白いとこなんだが」

「スーツを着る。スズメ、ちょっと出てくれ」

「私だけ仲間はずれ?」スズメが頬をふくらませる。

「兄ちゃんのチンチンが見たいか?」

 からかうようにハヤブサが言うと、スズメはべっと小さく舌を出してガレージから出る。

「かわいい反応するなあ」

 ハヤブサが下着を脱ぎ、インナーを身につけはじめる。

「今はあんなかわいくてもあと何年かで『クソアニキ』とか『クソオヤジ』とか言いはじめるんだ。嫌になるぜ」

 G.G.がランニング・スーツを投げ渡す。

「……なぁ、G.G.」

 袖を通しながら、ぽつりとハヤブサが言う。

「育ててくれて、ありがとな」

 するとG.G.は大げさに鼻を鳴らした。

「頭が悪くなるから聖書は読むなっつったろう」

「赤ん坊の俺をG.G.が拾ってくれなかったら、俺はガラクタの山に押しつぶされて死んでた」

「売り物のジャンクにガキの死体が混ざってたら商売にならねぇからな」

「……そうだよな。でも俺は――」

「ハヤブサ」

 G.G.が静かに、だが力強い眼差しでハヤブサを睨む。

「次さっきみたいなこと言ったらまたジャンクの山に放り出すぞ。少しでも俺に感謝してるなら今すぐそのスーツを脱げ。最低の親不孝者が」

「……わかった、俺が悪かった」

「で、スーツの着心地は?」

「ピッタリだぜ。よく伸びるし、頑丈そうだ。ジョイントの位置とかみ合わせも完璧。内蔵のメカも軽い。色はどうして黒から変えた?」

「鳥のハヤブサをイメージした塗装だ。ドナテラ婆さんが張り切ってな」

「クールだぜ」

 ハヤブサは姿見の前で回った。彼の新しいランニング・スーツはより鳥らしい見た目になっている。腕と体の側面は黒に近い灰色で、体の真ん中は白を基調としていた。

「リミッターを刺す」

 G.G.がそう言って、スーツの表面に並んだいくつもの穴に杭を打ち込む。杭はハヤブサの体に空いている穴の奥深くまで食い込み、固定された。

「解除は前と同じだが、やるなよ」

「釘を刺された」

 ハヤブサがイタズラっぽく言い、ヘルメットを抱えてG.G.から離れる。

「じゃあ、試走に行ってくる。夕方までには戻るよ」

「おう。もし何か違和感があったらすぐ帰ってこいよ」

「わかった」ドアに手をかけるハヤブサ。

「待て」

「なんだよ?」

「出ていく前にスズメにスーツを見せてけよ」

 G.G.は微笑した。




「待ってくれ!」

 声をかけられたハヤブサは、とあるビルの屋上に着地するとブラックマークを刻みながら無理やり停止した。やや遅れて焦げ臭い屋上に転がりこみ、丁寧にスピードを殺したカムイは、立ち上がって服の埃をはらう。

「やっぱりキミか、ハヤブサ。どうしてこの地区に?」

「地元の屋根じゃ抜けちまって走れない」ハヤブサはヘルメットを脱いで左わきに抱えた。

「新しい手足とスーツだね」

「ああ」

「ギャングから奪ったカネで買ったのかい?」

「……なぜ知ってる?」

「前にキミと会ったすぐあと、キミの地区のギャングが潰されたってニュースになってた。ピンときたよ。ロジャーズ・ファミリーだっけ?」

「惜しいな。俺がやったのはエグゼビア・ファミリーだ」

「まぁそこはどうでもいいや」

 カムイはハヤブサの前に立つ。ニッと笑った。

「とにかく、復帰おめでとう」

 空気が切り裂かれる音がして、唐突な右フックがハヤブサを襲う。ハヤブサはヘルメットから手を離し、手のひらで受けとめる。そのまま腕を引いて膝蹴りをくらわそうとして、ハヤブサは逆に持ち上げた足を受け流された。バランスを崩したハヤブサはとっさに後ろに跳び、バク転して体勢を立て直す。ヘルメットが重い音をたてた。

「テメェ……」

 カムイを睨むハヤブサ。

「この一ヶ月で僕なりにケンカのやり方を勉強した。どうかな?」

 にっこりと笑うカムイ。ハヤブサは舌打ちした。

「よぅやくわかったぜ、テメェがあのとき、どうして俺にカネを渡そうとしたのか」

 鼻を鳴らした。

「俺の走りに惚れたなんてウソっぱちだ。テメェはなんでも自分が一番じゃなきゃ気が済まないんだ」

「そうだよ。だからキミを助けようとした。それに自分が一番じゃなきゃ嫌なのはキミもだろ」

 カムイは屋上のフェンスに寄りかかる。潮の香りが混じった強い風が、ふたりの間を吹き抜ける。

「この都市で一番速いのは僕だ」

「じゃあ、俺はこの国いち速い男だ」

 挑発的なハヤブサ。カムイは眉を潜める。

「じゃあ僕は世界一だ」

「じゃあ俺は宇宙一だ」

「じゃあ僕は過去未来すべての時空一だ」

「じゃあ俺は――えーと、えー……」

「僕の勝ちだ」

 カムイはにやりとした。ハヤブサが地面を蹴った。

「二ヶ月後のトライアンフ、楽しみにしてる」

「言っておくが!」

 立ち去ろうとしたカムイにハヤブサが大声をあげる。カムイは足をとめ、静かに彼を見た。 

「負けてやることはできない。必要なら、俺はおまえを殺す。俺の走りは俺だけのものじゃないんだ」

「やっぱり僕たちは似た物同士だ」

 カムイは再び体をハヤブサに向け、真剣な表情で言い放つ。

「僕も、キミを殺す。二ヶ月後に」

 ハヤブサは口端を吊り上げる。

「楽しみにしてるぜ」

 カムイが片手を上げた。ハヤブサも片手を上げた。互いの手のひらを強く叩く。空気が弾けた大きな音は、墜落都市の空に響き、風に吹かれてかき消えた。




 『"疾走要塞"アーセナル』が部屋に武器を並べて整備していた。

 『"ギャロップ"サジタリウス』がニンジンをポリポリ食べていた。

 『マジロウ』がウォレット・カードを握りしめて病院の前に立っていた。

 『クイックシルバー』がガンビットと新たなファミリーを立ち上げていた。

 『"天帝"ファン』が黄龍工業本社ビルの中、太極図の前で精神を集中させていた。

 黄龍工業社長の黄が、その様を見て不敵に笑った。

 『"レッドドラゴン"ブラッド』が、焼け野原となった元貧民街の中で一服していた。

 ACTインダストリアルのカイザンがブランデーの氷を鳴らした。

 栄カンパニーの栄十蔵が、腹の大きな妻の肩を抱いた。

 『"韋駄天"カムイ』が大きな宙返りをした。

 『ハヤブサ』が街を疾走した!



 『トライアンフ』がやってきた!

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