エグゼビア・ファミリー
無法地帯である墜落都市の貧民街でも、最も治安の悪い区域は、人が住んでいるのがにわかに信じられないほどに荒れ果てている。建物は黒ずみ、無遠慮に道の上を横切る電線が切れて垂れ下がっている。道路はかろうじて自動車が通れる程度に片付いていて、道の脇にうずくまる清掃ロボットの隣にはマシンガンを持ったやる気のない警備員が麻薬で酩酊状態だ。そんな街の片隅に一件のバーがある。バーの正面は小奇麗だったが、それがかえって周囲から浮いていた。
バーの入り口にひとりの男が駆け寄って、『CLOSED』を無視して入店する。ベルが鳴った。彼は軽く息を切らしながら床を拭いている店主の横を通り、店の奥、地下への階段をおりる。山高帽を脱いで、彼はドアを開いた。
扉の先は広い部屋で、中には数人のギャングが退屈そうにたむろしていた。彼らは入ってきた男を一瞥すると、またすぐにトランプや女の相手に戻る。
「エグゼビアさんは?」
男は近くにいたギャングのひとりに訊いた。
「部屋にいる。今ならちょうど来客もねぇ」
男はツカツカとエグゼビアの部屋の前に歩み寄ると、きちんとノックをしてから部屋に入った。
「なんだ」
エグゼビアが男を見ずに言った。彼は奥の壁にかけられた大きな肖像画の前にある上等な椅子に身を沈め、お気に入りのリボルバーを眺めていじくっている。男は息を整え、かかとを揃えた。
「ロジャース・ファミリーの野郎どもにとうとう感づかれました。ウチの若いモンが下手打ったせいです。やつら、近いうちにカチコミにきますよ」
「まぁ落ち着けよ」
エグゼビアは顔をあげた。スキンヘッドの、鋭い眼光の持ち主だった。
「スコット、こうなることはわかってただろ? この街で新たなギャングを旗揚げするってなったときに納得しただろ? ロジャーズのシマを荒らすんだ、覚悟してただろ? そうなるときが来たってだけさ。その若いモンはどうしてる?」
「砂にしました」
「バカヤロウが! これから戦争するってときに戦力減らしてどうすんだコノヤロウ! いっそ殺しちまったほうがマシだバカヤロウ!」
「す、すいませんでした、ボス」
「まぁいい、武器と兵隊集めろ。それと『クイックシルバー』が今買い物に出てるから呼び戻せ」
「はい、わかりました。いつまでに――?」
「今すぐに決まってんだろバカヤロウッ!!」
「はい! すいませんボス!!」
そうして慌てて部屋を出たスコットは、さっきの部屋の様子が一変しているのに気づいてはたと立ち止まった。
もともと散らかっていた部屋はますます散らかっていた。壁には赤い液体が撒き散らされて、床にはダッチワイフのようにぐったりとするギャングの男女がいた。フルハウスを握りしめたまま死んでいる男もいた。
部屋の中心にひとりの男が立っていた。黒いスーツに黒いロングコートの男だ。彼は黒い山高帽の下からスコットを見ると、黒い革手袋をした手で黒い拳銃を向けた。
「てめ――」
ぽひゅっ、と間抜けな音がしてスコットが死んだ。黒ずくめの殺し屋は拳銃の弾丸を補充してから、ゆっくりとエグゼビアの部屋を覗きこむ。
銃声が起こって、殺し屋が顔をひっこめた。
「なんだコラバカヤロウ! ぶち殺すぞコノヤロウ!」
エグゼビアが自分のデスクを盾にし、リボルバーの弾丸を補充している。
殺し屋は冷静にコートの内側に手をやり、中から一個の手榴弾を取り出した。ピンを抜いて素早く部屋に投げこむ。手榴弾は放物線を描いてエグゼビアのデスクの向こう側に落下する。直後、爆発音がしてエグゼビアの悲鳴があった。
殺し屋はなおも気を緩めずに部屋の中へと足を踏み入れる。慎重にデスクをまわりこんだ。
「うぐぐぐ……! うぐぁ……!」
エグゼビアが床に丸まっていた。彼の体の半分には手榴弾の破片が無数に突き刺さり、真っ赤に染まっている。片目は潰れていたが、エグゼビアは残ったほうの目にありったけの怒りをこめて殺し屋を見上げていた。
「バカヤロウ……! 殺してやるぞバカヤロウッ……!」
殺し屋は無感情に銃を向け、撃った。エグゼビアは動かなくなった。
殺し屋はそれからふぅと息をつき、生き残りがいないかをあらためはじめる。そして携帯電話でロジャーズ・ファミリーに連絡を入れた。彼はエグゼビアのデスクの上にトルコ巻の葉巻があるのを見つけるとそれを懐にいれ、部屋を出る。
階段を上がり、バーに出ると、すっかり怯えた様子の店主がモップを握りしめたまま立ち尽くしていた。殺し屋は彼に「騒がせたな」と言い残して店を出ようとし、ハッと気づいて立ち止まった。
店のドアが開け放されていた。殺し屋は素早く銃を抜く。彼の後頭部に膝蹴りが直撃した。
殺し屋は大きくよろけたが踏みとどまり、振り向きざまに銃を乱射する。流れ弾が店主の脳を吹き飛ばす。襲撃者は殺し屋が振り向くよりも速く動いて、店の入り口の前に立ちはだかった。
「くそっ! 気絶しろよっ!」
ハヤブサだった。彼はレース用のランナー・スーツを着て、ヘルメットで顔を隠している。殺し屋は彼の姿に舌打ちした。
「サイボーグ。しかもランナー。エグゼビアの用心棒『クイックシルバー』だな」
「え? あ、ああ、そうだぜ」
「だったら手を引きな。もうあんたのボスは死んだ」
「見逃してくれるのか?」
「テメーのせいで余計なやつを殺しちまった。俺は今最高にムカついてるんだ。わかるか? ムカついたときは酒だろう? 俺は酒が飲みたいんだ!」
「わ、わかったよ。俺もできるならやりたくない」
ハヤブサは入り口のわきに退いた。殺し屋は小さくうなずいて、彼の前を横切ろうとする。
一瞬だった。すれ違いざま、殺し屋はハヤブサの不意をついて彼に銃口を向け、ランナー用の強化感覚でそれを察知したハヤブサは、彼の下顎に強烈な肘鉄をくらわした。殺し屋は白目をむいて倒れた。
「あ、あれ? 死んだ?」
ハヤブサが殺し屋のそばにかがんで頬をペチペチやる。うーん、と殺し屋は唸った。
「気絶したか」
少しだけホッとして、ハヤブサは足早にギャングの事務所へと下りる。
死体の山に顔をしかめつつエグゼビアの部屋に入り、机の中身を漁る。札束がふたつ出てきた。
「2万ドルくらいか……? 全然足りない!」
ハヤブサは頭をかいた。
「せっかく一週間かけてこのファミリーのことを調べぬいてロジャーズにチクったっつーのに。収穫がこんだけじゃなあ……くそっ!」
苛立ちにまかせてハヤブサは壁を殴りつける。すると、奥に飾られていた肖像画が壁から外れ、落ちる。ハヤブサはそれを見、アッと声をあげた。
肖像画の下に、壁に埋め込まれた金庫があった。
「ホントにやる人いるんだ……」
半ば呆れながら、ハヤブサは金庫に向かって蹴りを入れた。一撃目で金庫のドアがへこみ、二発目でさらにへこみ、十二発目でやっとドアが壊れた。金庫の中には札束が山になっていた。
「すげぇ、20万ドルはあるぞ!」
ハヤブサは嬉々として背中のリュックに札束を詰め込んでいく。リュックがずっしり重くなると、彼はさっさと階段を上がり、開け放されたままだった入り口をしっかり閉めて出ていった。
入店ベルが店内に響き、ひとりの男がバーに足を踏み入れる。彼はバーの店主の死体を見つけると、買い物袋を捨てて事務所に走った。そこで彼は自分が守るはずだった男の死体と荒らされた金庫を見つけると、怒りにまかせて吠える。銀の体毛に覆われた宇宙人のサイボーグは再びバーに戻ると、部屋のすみっこでうめき声をあげる見慣れない男を見つけた。彼は男の胸ぐらを掴み、むりやり立たせる。
「起きろ!」
「んー……? ふが……」
サイボーグは男を殴った。男は目を瞬かせて目の前の男を見た。
「な、なんだ?」
「おまえがやったな!?」
「ち、違う! 俺じゃない!」
「ロジャーズの殺し屋だろ!」
「だったらこんなとこで寝てるもんか!」
「それもそうだな!」
サイボーグは男を床に落とした。男は咳き込みながら立ち上がり、口元を拭う。
「ボスを殺ったのはランナーだ」
「ランナー? 誰だ?」
「知らねぇよ、ランナーならアンタのほうが詳しいだろ? 『クイックシルバー』さんよぉ」
「それもそうだな!」
クイックシルバーは男を見下ろし、眉を潜める。
「ところで、アンタは誰だ?」
「え?」殺し屋はどきりとした。
「見慣れない顔だが、新入りか?」
「え、あ、ああ。そうだぜ。新入りだ」
「だったらやることはひとつだな!」
クイックシルバーは殺し屋の手をつかんだ。
「オヤジの仇を討ちにいくぞ!」
「え!?」
「グズグズすんな!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! ランナーって言ったって、この街だけで何十人もいるんだ。無茶だぜ!」
「それもそうだな!」
足を止めるクイックシルバー。
「じゃあランナーを全員殺そう!」
「なんでそうなるんだよ!?」殺し屋は頭を抱える。
「『トライアンフ』だ」クイックシルバーは言った。
「トライアンフ……あっ」
「そうだぜ」にやりとするクイックシルバー。
「『トライアンフ』で優勝すれば、この街中のランナーを皆殺しにできる。そうでなくったって、サイボーグ・レーシングならいくら死人が出ても誰も気にしない。やるっきゃないだろ、なぁ!?」
「本気かよ……」
「マジで優勝狙うぜ! ところでアンタ、名前は?」
「……『ガンビット』」殺し屋は観念して首をふった。
「そうか、ガンビット! 俺はクイックシルバーだ! マジで優勝狙うぜ! 一緒に頑張ろうな!」
快活に笑うクイックシルバー。ガンビットは曖昧に笑った。




