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三大企業そろいぶみ

 両開きの重厚な扉の前に立ったカムイは、やや緊張した面持ちでノックをした。

「入れ」

 厳かな低い声に「失礼します」と返し、カムイは足を踏み入れる。そこは清潔な広いオフィスだった。壁は一面がガラス張りで、そこからの風景はこの部屋の主が他に並ぶもののない人物であることを示している。入道雲が遠方に浮かぶ青い空と青い太平洋の中間で、その人物はただひとり、機械に埋もれていた。

 広い部屋の中心、大きな金属製の椅子に座っているのはひとりの男性だ。椅子の周りには用途のわからない複雑な機械が立ち並び、低い唸り声をあげている。機械たちは無数のケーブルでお互いに繋がり、ネットワークを構築しているようだ。よく見ると壁や天井と繋がった機械たちは、すべてが中心の椅子に座す男の椅子にも繋がっている。椅子からは男が身につけているバイザーへとケーブルがのびている。

「予定より656秒早いな。申し訳ないが少し待っていてくれないか。あと400秒で終わらせる」

 男はバイザーをつけたままカムイに向かって言った。

 床が盛り上がって現れた椅子にカムイが座っていると、やがて男はバイザーを外して椅子から立ち上がる。スーツの襟を正し、彼はにこやかにカムイの前に立つ。

「やぁ、またせた」

 左目を大きな眼帯で隠した、大柄な男だった。

「私が最高経営責任者の栄十蔵だ。はじめまして」

「はじめまして、私はカムイ・カムライと申します。この度は御社の私への多大な資金提供を――」

「ああ、よしてくれたまえ。これはビジネスだ。栄カンパニーがキミを雇い、キミはそれ相応の働きをする。その関係に金銭以外が混じるとややこしいことになる」

「日系企業のCEOとは思えないお言葉」 

「昔の話だ。そもそも今の時代、国家単位で物事を見ること自体がナンセンスだ。だからあの国はアジアのデトロイトとなったのだ、2010年代以降のな」

 栄が軽く腕をふると、天井と床がそれぞれ盛り上がって組み合わさリ、巨大なディスプレイを形成する。栄とカムイは椅子に腰かけてそれを眺める。

「会合予定までまだあと150秒ほどある。酒はどうだ?」

「下戸なので、オレンジジュースください」

 栄は笑った。

 やがてディスプレイに光が灯る。画面はふたつに分割されていて、それぞれに上等な服を着たふたりの人間が現れる。片方は妙齢のアジア人女性で、白い肌に赤い口紅で怪しい微笑みを浮かべている。しかし瞳の光に隙はない。

「ごきげんよう、栄さん」

「ごきげんよう、黄さん。今日もお美しい」

「栄さんも、相変わらずダンディーですこと」

「どうもお久しぶりです、おふたがた」

 もうひとりの声が挟まれた。低く太い、威厳のある声だ。

「やぁカイザンドナゴワバ氏。どうもお久しぶりです」栄がにこやかに応える。

「カイザンで結構ですよ、栄さん、黄さん」

 ひとりの宇宙人がそう言った。彼の顔はまるで大きな岩がそのまま喋っているようで、ゴツゴツと硬い皮膚に覆われている。頭髪はなく、荒々しく危険な雰囲気を放っていた。口には葉巻をくわえていて、めくれた唇の下からはノコギリのような歯が覗いていた。

「『トライアンフ』も三ヶ月後に迫った。おふたりの調子はどうかね」カイザンが不敵に言う。

「今年は我が『黄龍工業』が優勝をいただきますよ」黄が微笑む。

「前回優勝の御社には辛酸をなめさせられましたからねぇ」栄がカイザンを見て冗談めかす。カイザンは笑う。

「去年の優勝ののち、我が『ACTインダストリアル』はアメリカやアイシス向けの戦闘用サイボーグのシェアを大きく広げられました。それもこれも皆様のおかげですよ」

「『トライアンフ』当日の数時間で主な事業での年間利益とほぼ同等のカネが動く。負けてもそこまで痛くないが、勝ったときの利益は莫大だ。まったく、羨ましいかぎりです」栄が皮肉っぽく言う。

「地球で唯一国際法の手が届かないこの場所でこそ我々企業は輝ける。この楽園を維持するために今回も三大企業それぞれ協力しあい、そして正々堂々と戦いましょう」

「もちろんですとも」

 三人は頷きあった。

「ではさっそくやりましょうか。どなたから?」

「黄さんからで結構ですよ」

「ありがとうございます。では早速紹介させていただきます」

 黄が軽く頭を下げると、彼女のとなりにひとりのサイボーグが現れた。手足は細いが背の高い男性で、ゆったりした衣服に身を包んでいる。全体の印象はまるで蛇のようだ。

「弊社『黄龍工業』代表ランナー、『"天帝"ファン』です」

「はじめまして、ファン・クガイです」

 ファンは礼儀正しく中国式のお辞儀をした。

「ファンは黄龍工業杯で2位以下に圧倒的な差をつけてゴールしました。映像はご覧になりました?」

「ああ、あれは素晴らしかった。栄さんはご覧になりました?」

「ええ。まさか空中ダッシュが実用化されているとは。でもアレはルールに抵触しませんか?」

 すると黄がふふと笑う。

「まさか。彼は紛れもなく自分の足で走っていますよ。たまたま、空中を走る技術を用いた足を使っているだけです。ねぇ、カイザンさん?」

「ああそのとおりだ。我が社のランナーもミサイルランチャーや機関銃を装備しているが、それはたまたまだ。この墜落都市で、まさかそんな人道に反することが行われているなんてありえない。まさかただの企業主催の草レースのために、大金のかかるボディを交換しろだなんてとても言えませんしね」

「……それで、ACTインダストリアルさんのランナーは?」

「そうかね。紹介しよう」

 カイザンが指を鳴らすと、彼の横に男が現れる。屈強な体つきをした、軍人風の宇宙人の男だ。ワニ似た印象をした彼は姿勢正しく直立し、カイザンの号令で『休め』の体勢になる。

「『"レッドドラゴン"ブラッド』氏だ。あいさつしたまえ」

「ブラッドと申します。『トライアンフ』では正々堂々と皆様をブチ殺させていただきますので、よろしくお願いいたします」

「なるほど、いかにもな感じね」黄が肩をすくめる。

「前回優勝の『"フラッシュ"ゴードン』が死んだのでね。代わりに彼に頼むことにした。栄さんはご存知でしょう?」

「ええ。まさか『"フラッシュ"ゴードン』がミサイルにやられるとはねぇ……そうそう、あのあと彼のボディの残骸をよく調べさせたんですが、どうやら彼の使っていたレース用血中ナノマシンが不良品だったようで。おもしろいことに彼が使ったアンプルを見ると、ラベルは弊社『栄』なんですが、中身はどう見てもACT社製なんですよねぇ」

「手違いがあったんでしょう。たまたま、ね」不敵に笑うカイザン。

「そう、たまたまです」栄も笑う。

 彼らの一連の会話を眺めていたカムイは胸焼けをしたような気分になった。

「さて、では最後に弊社のランナーを紹介させていただこう」

 栄が横目でカムイを見、彼はうなずいて立ち上がる。

「はじめまして、『"韋駄天"カムイ』です」

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