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アイデアは突然に

 G.G.の店を出たハヤブサは、貧民街の表通りを肩をすくめて歩いている。苛ついていた。

(だけど、たしかにヤツの言うとおりだ)

 ハヤブサは眉間にシワを寄せて、まっすぐに前をにらみつけながら歩いている。しかしその乱暴な歩みとは裏腹に、彼は自分がどこに向かおうとしているのか、自分自身でもわからなかった。ただどうにもならない現状への苛立ちに突き動かされていた。

(このままだと『トライアンフ』に出場すらできなくなる可能性だってある……そうなったらすべて終わりだ)

「くぁー! やっぱもらっときゃよかったかなー!?」

 立ち止まってしゃがみこみ、ハヤブサは頭をかく。大声をあげた彼を道の傍らの浮浪者が胡乱な目で眺める。横の野良猫が退屈そうに大あくびをした。

 ハヤブサは大きく息をついて立ち上がる。そのとき、雲の影から顔を出した太陽の光が彼の顔に差し込んで、眩しさに目を細める。目が慣れたとき、彼の目の前には暖かな光に照らされた故郷の姿があった。

 錆と劣化で薄汚れた茶色の建物が通りの左右に立ち並び、埃っぽいつむじ風が道の真ん中で逆巻いている。通りを行き交うのはクタクタのシャツと穴の開いたズボンの人々だ。たまに見かける綺麗な服装の人間はほとんどがギャングで、彼らは通りを歩きながら、大声で麻薬の売り上げの話をしている。街全体に腐った吐瀉物と血の臭いが染み込んでいた。

(……そりゃ、ひどい場所だよ。ロクなもんじゃねぇさ、こんな街……)

 ハヤブサは頭を傾け、墜落都市の中心の方を見上げた。傾いた建物たちの壁の向こう側に、巨大なビルが立ち並んでいるのが見える。高度な建築技術を用いて建てられた壮麗な建築群の中心に、さらにそれらをすら威圧するほど高くそびえる超高層ビルが見えた。ビルの上階の方には数キロ先からも視認できるほど巨大な看板が掲げられている。そこには一文字『栄』という漢字をあしらったシンボルマークが描かれていた。

(……だけどそれでも、金持ちのヤツらの一方的な都合で住むところを潰されるいわれは無いッ!)

 腹の底に怒りがふつふつ沸き立ちはじめて、ハヤブサは栄カンパニーの本社ビルから目を逸らす。するとその先にも栄カンパニーのロゴがあった。『当該地域再開発のお知らせ』と題されたブリキの看板には、半年後にこの貧民街一帯が栄カンパニーによって巨大な商業区画に整備されることや、それまでに住民たちはみな出ていくべしという旨、出ていかなければ実力で排除――すなわち、皆殺し――するという旨が書かれている。

 怒りに任せて、ハヤブサはそれを蹴り抜いた。看板の中心に大きな穴が開き、足を引き抜くと地面に落ちる。

(俺はまだいい。どこでも生きていこうと思えばできる。だけど……)

 ハヤブサはまた別の方向に視線を向ける。通りの反対側に、幼い少女の手を引く若い宇宙人の母親の姿がある。彼らのような宇宙人は墜落都市の外に住むことはできない。この貧民街が潰されてしまったら彼女らはまた別の貧民街に逃げるしかなくなる。だが逃げた先の貧民街にも住民はいるのだ。数十万人もの宇宙人たちを受け入れる余裕なんて存在しない。ギャングたちの縄張りの問題もある。そういう場合に起こるのはいつも銃声で、流されるのは銃を持てない人々の血だ。栄カンパニーはこのことをわかっているのだ。害虫駆除は害虫自身の手で行わせれば最も効率的だと知っているのだ!

(だけどそれも『トライアンフ』で優勝できれば何もかも解決する。『願いを叶える権利』で、貧民街に手を出すのをやめさせればいい……!)

 ハヤブサは再び前を見た。鼻から息をふんすと吐いて、地面を力強く踏みつけた。使命感と悔しさを燃料として、めらめらとやる気が溢れてきた。彼は自分の頬をぴしゃりとやった。

(へこたれてる暇なんかねぇ! 今はカネだ! とにかくカネを稼ぐ方法を考え――)

「ドロボーッ!!」

 前方からのいきなりの大声に、ハヤブサは少しびっくりした。見ると、ひとりの若い男がこちらに向かって全力疾走してきている。さらにその後ろから体の小さな宇宙人が短めの手を大きく振りながら男を追っている。だが宇宙人の足はのろく、とても追いつけそうにない。

「どけガキッ!」

 男は悪事が楽しくてたまらないという顔つきでハヤブサに腕を振る。おさまりかけたハヤブサの怒りに再び火が点いた。

 ハヤブサは素早く腰を落とし、走ってくる男の真正面から彼に向かって突進した。男はギョッとして方向転換しようとするが、ランナーとして鍛えられたハヤブサの足は、その前に男の頭部に回し蹴りを叩き込んだ。男は空中で半回転し、顔面を地面ですりおろす。悲鳴をあげる間もなく、彼は気絶した。

「あ、あり、ありがとうございます……!」

 ひぃひぃ言いながらさっきの宇宙人が駆け寄ってくる。彼は深く頭を下げて、気絶した男の手から一枚のウォレット・カードをもぎとる。ハヤブサの視線に気がつくと、そのアルマジロによく似た宇宙人は脅えた様子で首を縮める。

「す、すいません、お礼ですね! ええと、お金ですね! えと、おいくらほど――」

「いや、いいよ。礼なんかいい。俺もちょうどムシャクシャしてたんだ」

「え、あ、すいません!」

 アルマジロ型宇宙人の少年はまた深く頭をさげる。そのしぐさがなんだかマンガみたいで、ハヤブサは肩をすくめて頬をゆるめた。

「なぁ、アンタ名前は?」

「ぼ、ぼくはマジロウですぅ。フルネームは、マジロウガギウムハ・マドヌロヲゴド999世……」

「そうか。俺はハヤブサだ」

 ハヤブサはニッと笑って片手を差し出す。マジロウもおっかなびっくり手をとった。

「ハヤブサさんは、お強いんですねぇ!」

「まぁな」苦笑。

「もしかして、ランナーの方ですかぁ?」

「よくわかったな」

「ぼく、いつも色んな人にイジメられてて……憧れちゃいます」

「イジメられるのはナメられてるからだ。殴られたら必ず殴りかえせ。そうすりゃそのうちナメられなくなる」

「で、でもぼく、力弱いし……小心者だし」

「俺だって最初はそうだった」

「そうなんですか?」

 ハヤブサが頷く。

「最初から強いヤツなんか居ないさ。最初から弱いヤツもいない。ヒトは弱くなるし、強くなるんだ。だから負けるな。それにいまなら簡単に強くなる方法もある」

「そんな方法が?」

「サイボーグ化さ。サイボーグになれば、そこらへんのチンピラに負けることはまずなくなるよ……もちろんそれなりのカネが要るけどな。サイボーグになれば働き口も増える」

「サイボーグ化ですかぁ……」

 考えこむマジロウ。ハヤブサは倒れた男がうーんと唸るのを聞いた。

「そろそろ行きな。コイツが目を覚ます」

「……は、はい! ハヤブサさん、本当にありがとうございました!」

 マジロウはそうしていそいそと立ち去っていった。

 ハヤブサはマジロウの背中が見えなくなるまでそこに立ち尽くしていたが、男が目を覚まし、ふらつきながら立ち上がると、面倒くさそうに彼を眺める。男は擦れて血だらけの顔を怒りに歪めてハヤブサを睨む。

「テメェ……俺がどこのファミリーかわかってんのか、アァッ!?」

「なんだ、ギャングか?」

「エグゼビア・ファミリーだぞコラァッ! ナメてんのか!?」

「エグゼビア? 聞いたことないな。それにここら一帯はロジャース・ファミリーの縄張りだぜ」

 すると男はヘヘッと笑う。

「ロジャースは今にくたばるさ。テメェもギャングみてぇだが、ここはそのうちロジャース・ファミリーがいただくことになる」

「ひったくりなんてケチなシノギしてるファミリーに、ロジャース・ファミリーがやられるとでも? 寝言は寝て言いやがれ」

「アァッ? ブッ殺ぐべっ!?」

「敵を前にグダグダしゃべってんじゃねぇよ」

 二度目の回し蹴りをくらって再び失神した男に、ハヤブサは吐き捨てた。それから彼は踵を返して歩き出す。

(ま、俺はギャングじゃないんだけど。このタイミングでここにシマを広げようとしてくるなんて、エグゼビアとかいうギャングのボスはバカだなあ……。もしかして、墜落都市に入ったばかりの小さなグループか?)

 そのときだった、ハヤブサの頭にアイデアが閃いたのは。彼は小さく歓声をあげて、必要なものをとりに行くためにもと来た道を駆け戻っていった。

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