墜落都市
アメリカ合衆国ハワイ州オアフ島ホノルルから南西に約3000キロメートル離れた太平洋の真ん中に、半径240キロメートルもの大きさをほこる巨大な金属製の円形構造物が浮かんでいる。西暦2030年に落下してからその海上にとどまり続けているそれは異星人の宇宙船だった。異星人たちは致命的な故障のために不時着し、数百年後の救援がくるまで地球に住まわせてほしいと申し出た。当時の地球人類が全員ウンザリするほどの議論の果てに、その申し出は了承されたのだった。
西暦2050年の現在、国連から宇宙人自治区に指定され、いつからか『墜落都市』と呼ばれるようになったUFOの上は、他国から移住してきた約2000万人もの人間と約3500万人もの宇宙人たちが好き勝手に家屋を建築し、カオスの様相を呈していた。金属の地面の上には無数の家屋と高層ビルが立ち並び、宇宙人と地球人たちは多くの問題を抱えながらも、おっかなびっくり、ともに生活していた。
墜落都市の外縁部に広がっているのは汚らしい貧民街だ。街の建物は墜落都市の地表を引っぺがして作られたものだったり、中心部の都市を建設する際に余った材料を盗んで建てられたものばかりで、ツギハギだらけの歪なシルエットのものが並んでいる。一日を通して吹き抜ける強い潮風が建物と住人を痛めつけていた。
歪んだ建物たちの間、スラムを横切るコンクリートの道路をひとりの人間が歩いている。背の低いその人物はキャップを被り、上からさらにロングパーカのフードを被って顔を隠していた。ポケットに両手を突っ込み、カジュアルなバッグを肩にひっかけ、無言で歩いている。ふと、その人物は足をとめて通りの反対側を見やった。
四人のガラの悪い男たちが、ひとりの子供を取り囲んでいるのが見えた。男たちは威圧的に子供を見下ろし、大声で侮蔑の言葉をぶつけている。キャップを被った人物は眉をひそめてその様を眺める。
「マジロウてめぇ! ノロマのくせに、逃げられると思ってんのか、アァッ!?」
「店の商品に手ぇ出しやがって!」
よく見ると、マジロウと呼ばれたアルマジロのような宇宙人の体の下に、いくつかのリンゴが転がっている。
マジロウは今にも泣き出しそうな顔をあげ、男たちを見上げた。
「じゃあなんで売ってくれないんだよぅ、おカネならあるって言ったのにぃ」
「バーカ、テメェみてぇなきもっちわりぃ宇宙人に売るものなんかあるかっつぅの!」
男のひとりがマジロウの背を踏みつける。彼は体を丸めてボールのようになる。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい! お母ちゃんが病気なんです! 栄養がいるんですぅ!」
「知ってるせ、心臓の病気だろ? イイコトじゃねぇか。地球のダニが一匹減るんだからな!」
男たちはゲラゲラ笑った。マジロウが丸まったまま嗚咽しはじめる。男のひとりがマジロウの服の襟を引っ張り、ポケットを弄りはじめた。
「オラ、ウォレットカードはどこだ?」
「やめてくだ、ください、おカネなら払いますからぁ……」
「わかんねー野郎だな。有り金全部よこせってんだよ! このカス――」
言いかけた男がいきなり白目をむいて倒れた。ほかの男たちが驚いて後ずさる。倒れた男の後ろに、片手を刀のかたちにした、キャップを被った人物が立っていた。
「な、なんだてめ――!?」
男のひとりが怒鳴る前に首もとに手刀が叩き込まれ、苦しそうに下げられたその頭の後ろにさらにもう一発振り下ろされる。バチッとスパークの音がして、男は泡を吹いて気絶した。
「スタンハンドッ!? サイボーグか!」
叫んだ男は回し蹴り一発でノビた。最後のひとりは激高し、懐から拳銃を取り出して襲撃者を狙う。
「死ねぇ!」
銃弾は放たれなかった。サイボーグの襲撃者は銃口を向けられた直後、素早く間合いに踏み込んでその腕を捻り上げたのだ。男は痛みに悲鳴をあげながら銃を取り落とす。サイボーグはそれから彼を気絶させ、銃を拾い上げると、想像を絶する握力で握りつぶした。
マジロウが恐る恐る顔をあげる。彼はサイボーグを見上げると、悲鳴をあげて腰を抜かした。
「お、おカネならあげ、あげますから! この人たちの命だけは! どうか助けてあげてくださいぃ!」
すると襲撃者は拍子抜けしたような顔をして、肩をすくめて自嘲する。それからキャップをかぶり直した。
「ねぇキミ、このあたりでランナーがいるところを知らない?」少年のような声だった。
「え、ランナー……ですか?」
サイボーグはうなずいた。マジロウは立ち上がる。
「うーん、ちょっと心当たりないですねぇ……」
「そっか。じゃあ虱潰しに探すしかないか」
サイボーグは踵をかえし、歩きはじめる。マジロウは彼の背中が遠ざかるのを見て、慌てて声をはりあげた。
「あの!」
サイボーグは足をとめ、振り返る。マジロウは深く頭をさげた。
「ありがとうございまし、ました!」
サイボーグはわずかに微笑し、膝を曲げると、一気に数メートルの高さを跳んで建物の向こうがわに消える。
「……あの人も、ランナーかなぁ……?」
残されたマジロウは、そうひとりごちた。




