エピローグ
半年後。
「ただいま」
ガレージの入り口に現れたハヤブサが声をかけると、中で退屈そうに電子新聞を眺めていたG.G.は彼を一瞥した。
「帰ったか」
G.G.が『マジロウ選手の母、本日手術』という見出しの新聞を放り、くわえていたタバコを灰皿に押しつける。
ハヤブサは苦笑いしつつ肩をすくめた。
「そっけないな」
するとG.G.はフンと鼻を鳴らし、
「なんで自殺志願者の退院を祝ってやんなきゃならねぇんだよ」
「嘘。ほんとうは待ちきれなくて昨日からずっとソワソワしてた」
からかうような口調で言いながら、奥の扉から顔を出したのはスズメだった。彼女は満面の笑みをハヤブサに向ける。G.G.はムスッとして顔をそむけた。
「おかえりなさい、お兄ちゃん! 傷の具合は大丈夫?」
スズメの問いかけに、ハヤブサは肩を大きくまわす。
「まだ何回か通院しろって。でももう元気だ、心配かけたな」
「よかった!」
安堵するスズメ。
「ああ、そういえばG.G.――」
「分かってる。この地区の再開発のことだろ」
G.G.は新聞を裏返しにし、ハヤブサに見せた。その面には『貧民街再開発、3年後に延期』の見出しがある。
「何があったかしらねぇが、栄カンパニーのお偉いさんがいきなり決めたってよ」
「え、そうなのか?」
「なんだ? その話じゃなかったか?」
「いや、その話も嬉しいよ。たしかにわけわかんねーけど、3年後なら、たしかにもう一度チャンスがある」
「もう一度『トライアンフ』に……?」
不安げに、スズメがハヤブサを見上げる。
「ああ。嫌か?」
「……嫌だよ。でも走るんでしょ」
「ああ、そうだ」
ハヤブサがスズメの前にかがみこみ、微笑しながら肩を叩いた。
「俺はランナーだからな」
「わけわかんないよ。あんな危険なもの……どうして、みんなあんなに……」
「わかんなくていいんだ。それが普通だ」
顔を伏せるスズメの頭を優しく撫でるハヤブサ。
「俺たちはガキのまま大人になっちまったんだ」
「ハン、ようやく自覚したか」
皮肉っぽいG.G.の声に、ハヤブサは立ち上がる。
「それはそうと、ふたりに言わなきゃなんないことがあるんだ」
「ああ、なんだ?」
「俺、結婚したから」
数秒の沈黙があった。
スズメは目を白黒させ、G.G.は完全に固まっていた。ハヤブサは、もう一度息を吸った。
「俺、結婚した」
「……ええええええええええええええっ!?」
すっとんきょうな声をあげたのはスズメだった。彼女は目を大きく開き、両手を頬に当てている。G.G.は眉間を押さえていた。
「いやまあ、ビックリするよな。うん」
バツが悪そうに頭をかくハヤブサに、G.G.がやっと言葉を見つけた様子を見せる。
「あー……相手は? 誰だ?」
「ここに来てる。入ってこいよ!」
ハヤブサが声をかけると、ガレージの柱の影からひとりの女性が現れる。スズメがアッと声をあげた。
「カムイさん!?」
「やぁ。どうも、お久しぶりです」にこやかに笑いながら頭を下げるカムイ。
「……アンタかよ」G.G.が目を細める。
「入院していた病院が一緒だったんだ。それで、仲良くなって」ハヤブサが照れくさそうに頬をかく。
「改めまして、カムイ・カムライです」
「……ギヤホッドカナルダナ・ギナヤハサタヤ。縮めてG.G.」
「私はスズメ。えと、カムイ、おねぇちゃん?」
「これからよろしくね。スズメちゃん」
「……なんだか、お互いいろいろあったみてぇだな」
G.G.がふたたびタバコに火を点ける。
「レースは続けんのか?」
「もちろんだ。カムイも」頷くハヤブサ。
「死ぬときは路上で死にます」
「わかんねぇな、人生ってやつぁ。いいことも、嫌なことも、山ほど起こりやがる。何が待ってるか予想がつかねぇ」
「そうだな」ハヤブサが肩をすくめ、苦笑する。
「でも、良い未来に向かって走り続けることはできる」
「かっこつけやがって」
G.G.がニヤリと笑い、ハヤブサも同じ笑みで返した。
「でも、ときどき足を止めて休憩するのも悪くないでしょ?」
スズメがにこにこしながら3人に言った。
「お茶にしよう! お話ししたいことがたくさんあるんだから!」
「いいね。僕もたくさん話したいことがあるよ」カムイが白い歯を見せた。
「この半年、何があったか聞かせてくれよ」ハヤブサが微笑し、奥の扉を開く。彼は建物の中に足を踏み入れる。G.G.、スズメ、カムイも続いていく。
「山ほどあったぜぇ。例えば、ガンビットとかいうギャングが新たにファミリーを立ち上げたとか――」
「そんなことより、お兄ちゃんのプロポーズがどんなだったか聞きたい!」
「そうだね。すごく恥ずかしいセリフだったよ」
「バカバカやめろって……」
「……だそうだ……」
「……でも……」
「ハハ……」
4人の声は廊下の向こうに遠ざかって行き、やがて開け放しになっていた扉が自然に閉まっていく。金属の枠にぶつかるやかましい音がガンとガレージに転がった。
無人になったガレージ内、布のかけられた作業台の上には、綺麗に修理されたレース用の手足と、スーツをはじめとしたランナー用の装備が一式、ずらりと並んでいる。
それらは静かに、ふたたび走り出す日を今か今かと待っていた。
サイボーグ・レーシング
おわり




