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第三区 前半

「さぁ! レースもいよいよ終盤、すっかり世紀末と化した都市中心部をあとにした選手たちが『イースト・ポール』をまもなくまわろうというところですが、ここで参加選手数がとんでもないことになりかけてるのでお知らせします! なんと現在、参加選手数が114名にまで減少しました! こんなことは『トライアンフ』史上はじめてです! しかも原因の約7割は『"レッドドラゴン"ブラッド』! 間違いなく殺傷数は歴代トップでしょう!

 現在先頭は『"韋駄天"カムイ』! だが先ほどの負傷のためか、あきらかにスピードが落ちています。このままでは追いつかれるのも時間の問題か!?

 2位は『ハヤブサ』! 栄カンパニー・カップでインパクトのある走りと残念な結末を見せてくれたランナーで、そのときも『韋駄天』と一騎打ちでした! リベンジなるか!?

 3位は『クイックシルバー』ッ! データでは前々回の『トライアンフ』で5位ゴールの成績! しかしその後はレースに参加しておらず、今回が実に6年ぶりの出場です! 後ろからグイグイ追い上げてきているぞ!

 それ以下の111名は全員すでに彼らから300キロ以上後方か、重傷を負って動けないにも関わらずリタイアしていない、諦めの悪い負け犬どもばかりなので紹介する必要はないでしょう! 勝者はこの三人のうちの誰かだ! そして今! 先頭の『"韋駄天"カムイ』が『イースト・ポール』をまわったぁ! レースはいよいよ第三区! 幹線道路を利用した距離340キロメートルのほぼストレート! ここからは純粋に速さの勝負だ! 今、『ハヤブサ』も第三区に入ったぁ!」

 実況の声に、カムイは後方を一瞥する。わずか数百メートル後方に迫っているハヤブサの姿を見、彼女はヘルメットの下で顔をしかめる。

(右鎖骨が折れているせいで100%のスピードが出ない……今の最大は時速410キロ。速度差から見てハヤブサは414キロ強。僕も常に最速を維持できるわけじゃなし、このままだといずれ追いつかれる)

「さぁジリジリと距離を縮められている『韋駄天』! 迫る『ハヤブサ』!」

(こういう場面での定石は、ハヤブサを撃退することだけど――)

 カムイは頭上を一瞥する。上空には無数のテレビ局のドローンが飛び交い、カメラでカムイたちを追っている。彼女の頭に、弟たちと妹たちの笑顔がよぎった。

(――あの子たちに、僕が人を殺す場面は見せられない!)

 カムイは姿勢を低くし、激痛に歯を食いしばる。スーツの下の皮膚は赤黒く変色し、腫れ上がっていた。

「ここでさらに『韋駄天』がスパート! 一気に勝負を決めにきたかァ!?」



「おねぇちゃん! がんばれーっ!!」

 子どもたちが、声を揃えて叫んだ。孤児院の広い食堂の真ん中に置かれた大きなラジオからはレースの実況が溢れ出している。子どもたちは、レーススタートの瞬間からじっと息を潜めて聞き入っていたが、この局面になってとうとう我慢できなくなったようだった。子どもたちはせきを切ったように次々と声をあげ、食堂内は一瞬で声援渦巻く熱狂空間となった。

「がんばれーっ! おねぇちゃん!」

「負けないで!」

「ゴールしてぇ! 勝って! 勝ってー!」

「がんばれー!」

 拳を振り回し、かすれるほどの大声をあげる子どもたちの後ろで、シスター・メイが椅子に腰かけ、じっとその様子を見守っている。彼女の瞳には強い覚悟と慈しみの光がゆらめいている。

(神のしもべとして、このようなレースを肯定することはできません。しかし、誰かの勝利を願う尊い心を、なぜ無下にすることができましょう。勝ちなさい、カムイ! 勝利は正しい行いを積み重ねた先にある。そしてあなたにはそれを手にする資格がある! あなたは勝利する! 神の御手によらず、自らの手で!)

 シスターは自分の首に手を回してロザリオを外すと、そっとテーブルに置いた。それから彼女は指を組み、目を閉じ静かに祈り始めた。



 カムイがさらに加速したのを見て、ハヤブサが感じたのは恐怖だった。せっかく追いつけそうだったのに再び置いていかれるということに対する恐怖に、全身の肌が粟立ち、熱い胸の奥がきゅうと冷える感覚があった。

(どうして――?)

 ふと、ひとつの疑問がよぎった。レースの最中だというのに、どうしても無視できない疑問だ。

(――どうして俺は走るんだ?)

 最初に浮かんだのは、貧民街を守るのだという目標だった。G.G.とスズメたちが住むあの街を守る――(――いや、違う。それは目標だ。目標は理由じゃない。目標は理由を満たすための具体的な指標にすぎない!)

「テメェだなッ!」

 後方から怒声が聞こえ、ハヤブサはハッとして振り返った。するとそこには凄まじい気迫で彼のそばに迫る、銀色のスーツを着たランナーがいた。

「クイックシルバー……!」

 網膜に現れた名をハヤブサが口にし、クイックシルバーは顔を歪める。

「テメェがオヤジを殺したな! オヤジだけじゃねぇ、ファミリーの仲間も!」

 ハヤブサは小さくうなずき、また前を見る。振り返らずに叫ぶ。

「ああそうだ! 俺が殺した!」

「仇だ! 殺す!」

 クイックシルバーがヘルメットの下で顔を歪める。するといきなりヘルメットをかなぐり捨て、身をかがめた。彼の背中から肩にかけての筋肉が大きく盛り上がり、全身の銀の体毛が逆だって、恐ろしい表情を見せた。彼はもはや地球人でも宇宙人でもなく、獣に近い姿に変貌していた。猛獣の咆哮が周囲に轟いた。

「あれは……ミュータント!?」

 実況が驚きの声をあげる。

 獣と化したクイックシルバーは四足走行へと切り替え、しなやかな筋肉の動きを見せながらハヤブサを追う。彼の両腕からは鋭い爪が何本も生えて、アスファルトをかすめるたびに火花をあげる。

 彼はついにハヤブサに並んだ。ハヤブサは戦慄した。

「死ねぇっ!」

 クイックシルバーが腕を振り上げ、ハヤブサに襲いかかる――



「お兄ちゃんっ!」

 スズメが悲鳴をあげ、手で顔を覆った。彼女はすっかり怯えて震えている。となりに座ってテレビを眺めていたG.G.は彼女を抱きすくめると、優しく背中を叩く。

「安心しろスズメ、あいつは大丈夫だ」

「でも! でも! あんなに怖くて! あんなに速くて! あんなに……!」

「あいつは負けねぇよ」

 G.G.は肩をつかんでスズメの体を引き剥がし、彼女の泣き腫らした目と真正面から向き合う。

「いいか、スズメ。宇宙の真理をひとつ教えてやる」

「宇宙の、真理?」

「ああ、そうだ」

 G.G.は優しく微笑んで、スズメの乱れた髪を梳いてやる。

「世の中には残酷なことは山ほどある。戦争、殺し合い、殺人……それらは一見すぐに相手を排除できて、勝つための最短の道に見えるかもしれない。だけどな、それは間違いなんだ」

「……どうして?」

「この宇宙にはな、俺たち人間にはとても理解できない大きな力が働いているのさ。誰もその力に逆らうことはできない……そしてすべてを賭けた勝負のとき、最後に勝つ人間ってのは、その力を味方につけたやつなんだ。じゃあどうやったらその力を味方にできるのか? わかるか?」

 G.G.の優しい問いかけに、スズメはふるふる首を振る。

「正しい行いを積むことだ。最終的には、正しい行いを誰よりも積み重ねた人間が最後に勝つんだ。こればっかりは宇宙のどこに行っても変わらない。これが真理だ。ハヤブサは間違っているか?」

「そんなことない! お兄ちゃんは、お兄ちゃんは正しい人だよ!」

 声を張り上げたスズメに、G.G.は深く頷く。

「その通りだ。だったらスズメ、怯えることなんて何もないさ。兄ちゃんは、勝つ。だって、スズメのお兄ちゃんだぜ?」

「……うん!」

 そのとき、テレビの向こうからひときわ大きな歓声があがる。スズメは慌てて涙を拭うと、再びテレビに向きなおった。テレビ画面に映っていたのは――



「――瞬っ殺ぅうううううううううッ!! 凶悪な爪で襲いかかった『クイックシルバー』に対して炸裂したのは、素早くかがんだ『ハヤブサ』の足払い! 哀れバランスを崩した『クイックシルバー』は、時速410キロ以上で顔面からアスファルトにダイブ! 見事なミュータント・ミートソースが出来上がった! 『ハヤブサ』は無事に体勢を立て直す! これで勝負はついに『"韋駄天"カムイ』と『ハヤブサ』の一対一だ! 果たして優勝はどちらになるのか!」



「やったぁ! お兄ちゃん!」

 スズメがぱぁっと顔を明るくし、ぴょんぴょん跳びはねてはしゃぐ。G.G.はそれを見、肩を竦めてにやりと笑う。それから彼はタバコをくわえ、火を点けた。

(だがなハヤブサ。真の勝負ってやつは、正しい道同士がぶつかりあったときに起きるもんなんだぜ……)

 G.G.の吐いた白い煙は、部屋の天井にぶつかると、やがてかき消えた。

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