表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/17

第二区 前半

 『ウェスト・ポール』も『ノース・ポール』同様、海辺に近いところに立つ高い塔だ。ランナーたちはこのポールの外側を、強い潮風を切り裂いてぐるりとまわり、第二区に入る。カムイ、『天帝』、その他数千のランナーが可能な限りのコンパクトさでターンし、墜落都市をまっすぐに横切るコースをとる。

「さぁランナーたちが続々と第二区に入っていく! 第二区は第一、第三区のほぼ1.4倍の長さをもつ480キロメートル! おまけに墜落都市の中央を突っ切るものだから、最短ルートだと高層ビルの密集地帯を抜けざるをえない! 衝突やクラッシュの危険をおかして最短ルートか! 遠回りになっても障害物の少ないルートを探すか! コースの見極めが重要になります!」

 実況を聞きながら、カムイは内心彼のことを嘲った。さっきの実況でも触れられた、墜落都市中央部のビル群が見る見る間に迫ってくる。どれも高さ200メートルはあろうかという洗練された建物ばかりだ。 

(最短ルートを選ばないランナーが、勝利なんてできるものか!)

「ここで先頭の『"韋駄天"カムイ』がスパート! さらに加速して時速420キロメートル! オーバースピードか! クラッシュの予感だぁ!」

 実況の声はもはやカムイの耳には入っていなかった。彼女の集中力は頂点に達し、周囲の何もかもが、異様なほどスロウに見えていた。

 カムイはビル群に突っ込み、行く手を遮る建物の外壁を蹴る。そのまま跳び上がり、反対側のビルの外壁を蹴ってさらに上方に上がる。上がったら、今度は横に向かってエネルギーを逃がしていく。彼女は地面に触れず、外壁を蹴り続けることで加速し続ける。地面から数百メートルのところに、彼女の足跡が焦げついて刻まれる。

 実況が興奮して指笛を吹いた。

「さすがの『"韋駄天"カムイ』ッ! 着地せずにビルの外壁から外壁へぴょんぴょん跳び続ける高等テクッ! 減速はほとんどなく、ビルの隙間を的確に抜けていく! その動きはビューティフルだ!」

 カムイは中心にある、墜落都市最大の高さ999メートルをほこる『セントラル・バベル』の外壁を蹴って高さ300メートルほどまで跳ぶと、次の蹴り場所を見極めるために放物線を画きながらただ落下する。

「さぁここで順位が入れ替わります。『"韋駄天"カムイ』は2位に転落、1位に躍り出たのは黄龍工業『"天帝"ファン』!」

(なに!?)

 不意に聞こえた実況の内容に、彼女は少なからず動揺した。そのとき、彼女の真上に影が落ちる。見上げると、すぐ頭上の何もない空間を走る『天帝』がいた。カムイはハッとした。

「空中ダッシュ……ッ!?」

 『天帝』の蹴りがカムイの肩を貫いた。カムイはとっさに防御したが、落下の軌道は捻じ曲げられて、予期せぬビルの屋上、貯水タンクの側面に叩きつけられる。タンクがアルミ缶のように潰れて、亀裂から大量の水が溢れ出す。カムイは電気網にひっかかった羽虫のように、ポテッと屋上に倒れた。

「FUUUUUUッ! 1位『"天帝"ファン』が『"韋駄天"カムイ』を攻撃して蹴り飛ばした! 倒れた『韋駄天』は悶えているが動かない! 『天帝』はこれを待っていた! 『韋駄天』が完全に自分から意識を外す瞬間だ! 『"天帝"ファン』は自慢の空中ダッシュ機能を駆使して高層ビルたちの上を飛び越え、余裕たっぷりに危険地帯を走り抜けていく! 『韋駄天』起き上がらない! 『韋駄天』リタイアか!?」



「決まったようですわね」

 黄龍工業本社ビル内、東洋の神秘的な雰囲気が漂う宴会会場で、中華風のドレスを着た黄が、モニターを眺めて微笑した。

「所詮は落ち目の日系企業……あとはあの憎きアメリカ資本のみだが、ヤツはファンには追いつけない。『トライアンフ』は私のものです」

 彼女は会場に集まっている人々の顔を見渡した。

「さぁ皆さん、少し早いですが乾杯しましょう。これで今後、我が社はますます発展していくことでしょう」

 礼服の人々がグラスや杯を手にする。黄はもう一度微笑んだ。

「かんぱ――」言いかけて、彼女は唐突に黙った。会場内の人々が不思議な顔をしたが、彼らはすぐにその理由を理解した。

 黄の目がモニターに釘付けになっている。モニターには高所から硬い地面に叩きつけられて、半身が赤黒い染みとなってしまった『"天帝"ファン』が映っていた。

 黄の耳に実況が飛び込む。

「こいつはまたまた予想外の展開だ! 『天帝』が『韋駄天』に蹴りを入れた数秒後、突然『天帝』の走りがガタガタになり、空中ダッシュが機能停止! 地上350メートルからアスファルトに真っ逆さまだ! 対してリタイアかと思われた『韋駄天』は立ち上がる! ヤツはまだまだ走れそうだ!」

 黄が険しい顔で唇を噛む。全身は震え、両眼は釣り上がり、眉間のシワは深い。真紅の口紅が引かれたふくよかな下唇から、同じ色の液体が細い顎に垂れて落ちる。宴会会場内の空気が、ずっしりと重苦しくなる。

「黄様、栄カンパニーの栄様からお電話です」

 秘書のひとりが進み出る。黄は指で前髪をなおし、意図して微笑を浮かべると、盆の上から携帯電話をひったくった。

「はぁい。ごきげんよう、栄さん」

「機嫌は上々だよ、おかげさまでね。そちらは?」

「この上なく最高の気分です」

「そうかね」栄の含み笑い。

「それにしても、何が起こったのですか?」黄が訊ねる。

「私は残酷なレースは嫌いでね。ランナーに武器は持たせないようにしているんだ」

「へぇ?」

「しかしこの街は何かと物騒だ。自衛のための武器ならば持っていて損はない。彼女――『韋駄天』の腕はスタン・ハンドなのだよ」

「……なるほど。うちの『天帝』が蹴りを入れた瞬間、スタン・ハンドで足に触れたのですね。そして高圧電流で『天帝』の空中ダッシュ機能に障害が出たと」

「妨害さえしなければ君の勝ちだったろう。あのランナーも可哀想だ」

「高電圧対策が不十分だったこちらの責です。次回は同じ手は食いませんよ」

「次回の『トライアンフ』が楽しみだ。では、失礼させてもらうよ」

「ええ。では、また三年後」

 黄は携帯電話を切り、またあらためて杯を手にとる。笑顔で集まった人々をふりかえった。

「皆様、本日はお集まりいただき、ありがとうございました。今回は残念な結果になってしまいましたが、弊社はこの結果を踏まえ、さらに実践的なサイボーグ用手足と兵器の開発をいたします。今後とも変わらないご支援、なにとぞお願いします。では、我々の未来の栄光に乾杯!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ