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第一区後半

 栄カンパニー本社ビルのとあるホールでは、豪奢なパーティが行われていた。でっぷり太った男の投資家と、枯木のような女の資産家が、ぴちぴちのタキシードやゆるゆるのドレスを着て、縫いつけられたような笑顔とずる賢い目で言葉を交わしあっている。ホール内のバルコニーから彼らを侮蔑の目で見下ろしつつ、栄十蔵は、奥に掲げられた巨大なモニターに視線を飛ばした。

 モニターでは、今この都市で行われているトライアンフの様子が生中継されている。全長200キロメートル以上にわたる直線道路が真っ赤に染まっているのは壮観だった。

「品のない豚どもが」

 栄は誰にも聞こえないようそう呟いて、バルコニーの奥に引っ込む。奥はカーテンで区切られた小さなスペースになっていて、そこにはソファとモニターが置いてある。ソファには、美しい女性が座っていた。

「なぜ、こんな残酷なことに出資するのですか」

 女性はモニター越しの惨状を見、目を伏せる。栄は彼女のとなりに腰かけた。

「この都市で生き残るために必要なのだ。私だってこんなこと、ほんとうは趣味じゃないさ」

「あの人たちにもそれぞれの人生があったのに。悲しむ家族や友人だっているでしょうに」

「彼らは自ら志願したんだ。自分にふさわしくないものに手を伸ばしたら身を滅ぼすのは自然の摂理だ。こんなものに参加するのは大馬鹿者たちばかりだよ」

「だからといって殺していい理由にはならないはずです」

「私たちは何もしていない。彼らがかってに殺し合っているだけだ」

「詭弁よ。欺瞞よ」

「いい加減慣れなさい、涼子」

 栄は妻の肩に腕をまわした。栄涼子は自分の大きな腹に優しく手を添え、さする。

「この子は、どこか外国で育ってほしい」

「それは難しいな。世界は墜落都市を恐れている。未知の病原菌や遺伝子汚染の可能性があるかぎり、この町からは誰も出られない。入るのは簡単だがね」

 涼子は黙りこんだ。栄は彼女の黒髪を優しく指ですく。

「暴走した資本主義の成れの果てがこの都市だ。弱ければ死ぬ。賢くなりなさい」

「……せめて健康に生まれてくれれば……」

 涼子はペンダントのシャトルを開く。そこには小さな文字で『栄 神威 (2032〜2032)』と刻まれていた。

 栄はモニターに目をやった。カメラが映しているのは、トップを走る『韋駄天』の姿だった。




 カムイは苛ついていた。幅の広い幹線道路は路面もなめらかで、非常に走りやすいにも関わらず、後ろにピタリとくっついているランナーを振り切れないからだった。

 肩越しに後ろを一瞥すると『"天帝"ファン』とヘルメット越しに目が合う。『天帝』がにこりと微笑んだのを見て、カムイはさらに体が熱くなった。

(駄目だ! 挑発にのるな! まだ序盤だ! 後半まで体力を温存するんだ!)

 歯を食いしばりながら、カムイは走る。速度は時速390キロメートル前後に保ったままにしている。『天帝』はあきらかにカムイをペースメーカーとして使っていた。それがカムイには耐えられなかった。

「ナメてくれるよ……!」

 カムイは走りながら『天帝』との位置を確認し、まっすぐ並ぶ位置に立つ。そして不意に急減速し、体をひねって相対速度時速200キロメートルの肘鉄を放った。

 しかし、空を切った。『天帝』は走りながらカムイをぴょんと飛び越えて、あっさりと彼女の前に出る。

「予想より直情的ですね」

 通信機越しに『天帝』がほくそ笑む。それから彼はわざと減速し、加速したカムイと再び入れ替わる。

「私の活躍する予定はもう少し先です」

 余裕たっぷりに言い放った『天帝』に、カムイは歯噛みした。

 彼らの前方、地平線の先に白い尖塔が現れる。第一チェックポイントである『ウェスト・ポール』だ。すでにスタートから約50分が経過して、最初の340キロメートルを走り終えようとしていた。


「さぁあっという間の第一区! しかし参加者ははやくも1万人をきった! 『"レッドドラゴン"ブラッド』のおかげで、街全体がスプラッターだ! これぞサイボーグ・レース! 先頭は変わらず栄カンパニーの『"韋駄天"カムイ』! そこに黄龍工業『"天帝"ファン』が続く! レース集団の一番後ろでは一度足を止めた『クイックシルバー』が追いつこうとスパートをかけている! さぁまもなく第二区! ここからが本番の『トライアンフ』だ!」

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