そのよん 5
私達は光の柱に飛び込んだ。エレベーターで降りていくような感覚で、どんどん『魔法世界』が近づいてくる。そこでは少女と〈リゼインさん〉の戦いがまだ続いていた。途中から『リゼ・那美一号』の唸るような音や、二人の声、戦いの音も聞こえてくるようになった。
「諦めて私に協力しなさい!そうすればすぐにでも〈元の世界〉へ戻してあげるわ」
「はあ…はあ…うるさい…『魔法世界』を壊してまで…戻りたいとは思わねえ!」
「強情ね…じゃあ仕方ないわ。もうここで消えちゃいなさい。あなたのクラスメイトから協力者の名前を聞き出すことにするわ」
「てめえ!」
そんなやり取りを聞き終えた所で私は『魔法世界』へと戻ってきた。『リゼ・那美一号』の前に私の乗った光の柱が立ち上る。少女と〈リゼインさん〉は驚いて戦いを中断する。
「なに?あの光は…あんなの予定には無いわよ…?」
光が消えていく。そして私は『リゼ・那美一号』の前に降り立った。私の姿を見て二人が驚いている。
「お前!」少女は笑顔で叫び、
「どうして?こんなことって…」〈リゼインさん〉は驚愕の表情で叫んだ。
五十路がいない…まさかやっぱり消えて…いや、今はそれよりもすることがある。
「彩花!」
私は彩花を抱きかかえ、『リゼ・那美一号』の中から出してやる。見た目通りそんなに重くはなかった。私は彩花を揺さぶり起こしにかかる。
「彩花!起きて!私思い出したよ!子供の頃のこと!彩花と一緒に遊んだあの頃のことを!」
でも彩花は起きない。死んでるんじゃないかと思うくらい静かに目を閉じている。だけど息はしているし、体も温かい。やっぱりまだ何か彩花に負荷がかかっているのだろうか?
「あなた…どうして戻ってこられたの?あなたは女神に創られた〔鍵〕のはずよ!役目を終えれば消えてしまう、創られた命のはずよ!」
「もし私が彩花に創られた〔鍵〕だったとしても…私は絶対に消えない。彩花は私のことをずっと友達と思っていてくれた。だから私も、大切な友達を残して、どちらの世界からも消えてしまうなんてことは絶対にしない!そしてもうこれ以上、彩花を傷つけさせない」
私は彩花の前で庇うように両手を広げた。それを見た〈リゼインさん〉は、少しイラついた様子で、
「邪魔よ!どきなさい!もうすこしで〔プログレス〕は完全稼動するのよ!」
叫びながら特大の雷を私目掛けて放ってきた。〈リゼインさん〉の渾身の雷魔法。これを食らえば私は真っ黒焦げだ。目を閉じ、歯を食いしばる。だけど私にその雷が当たることは無かった。どういう理屈か、水の魔法でかき消されたからだ。
私は水の魔法を放った人物に、
「遅いよ!」
「そう言うなって。八階から急いで下りてきたんだからよ」
水の魔法を放って雷を消してくれたのは五十路だった。五十路は私達の前に立ち、〈リゼインさん〉を睨みつける。さすが『魔法世界』の住人。魔法を使わせればなかなか役に立つ。これで形勢逆転。二対一では〈リゼインさん〉も勝ち目は無いだろう。
「貴様の負けだな。あの渾身の魔法を軽々とかき消されたんでは勝ち目はねえぞ」
少女も勝利を確信したように言い、私達の方に寄って来る。
「くっ…!まさかこんな奴らにここまでコケにされるなんて!だけど勝負は私の勝ちよ!女神の力を解放し、もうすぐ完全にシンクロする!もう、誰にもこの装置は止められないわ!」
「止められるわよ。緊急停止術式を刻んであるからね」
どこかで聞いたことのある声が私の後ろから聞こえてきたかと思うと、突然『リゼ・那美一号』の周りに魔法陣が浮かび上がってきた。すると唸りをあげていた『リゼ・那美一号』寂しそうな音を立てて、停止した。『しゅううん』って。悲しそうな音とか、寂しそうな音とか、かわいい装置だね。
ところで、〈リゼインさん〉は私の後ろの人物を見て狼狽しているようだった。誰だろうと思い、後ろを見てみると、金髪美人のお姉さんが立っていて、私を見て微笑みながらウインクを飛ばしてきた。なんだ、リゼインさんか。
「って!リゼインさん?」
なんとなんと、私を挟んでリゼインさんが二人立っていた。五十路も少女も驚いている。一瞬双子かとも思ったが、確かに二人のリゼインさんがいても不思議ではない。〈元の世界〉と『魔法世界』のリゼインさん。だけど今までこの『リゼインさん』はどこに居たのか。
「何でここにいるの!『私』は〈元の世界〉に飛ばしておいたはずよ!」
「ええ、驚いたわ。まさか、本当に〈科学世界〉なんてものがあったなんてね。興味もあるしもう少し見学しようかと思ったけど、どうもあの世界は私の肌には合わなくて戻ってきたの」
『リゼインさん』は言いながら肩をすくめる。そして〈リゼインさん〉が、
「だからどうやって戻ったというの?『時空移動術式』も、端末も無しにどうやって」
「私が戻した」目を覚ました彩花はゆっくりと体を起こし、「シンクロした『リゼ・那美一号』を逆に利用させてもらった」
「そんな!どうして目が覚めるの!『マグネット』の不正プログラムは無限に増殖し、完全な修正は不可能なはずよ!」
「そう、私には無理だった。だけど、ナミとイソジタツヤのお陰で不正プログラムは完全に消去された」
私と五十路のお陰…?それってどういうこと?
「私がナミを匿ったあの空間は、世界の境界であり、『魔法世界』の始まりの場所でもある。私はその空間に精神を繋ぐことが出来る。そして『マグネット』とはその空間に接続されたネットワーク技術。私が『マグネット』の操作を出来るのはそういうこと」
「またお得意のスルーですか?どうして私達のお陰かって聞きたいんだけど?」
「つまり、あそこで起こったことを私は『マグネット』の修正をしながら見ることが出来た。私の思い出を見た後のあなた達の行動を」
私達の行動…?ってあれか!私の強制セクハラ!あれを彩花に見られてたって事?うわっ!恥ずかしい!穴があったら入りたい!あ!学校に『科学部』が出来た時に五十路に掘らせた穴があった。あとで飛び込もう!五十路も道連れだ。こいつも顔真っ赤にしてるし。
「その光景を見て、私は怒りの炎がメラメラと…」彩花がジトっとした目で睨み、
「い…いや、あれはだな…」五十路は慌てて言い訳をする。
「おいおい…よくわかんねけど…お前らなにやってたんだ…?」
と、少女は訝しげに私達を見、『リゼインさん』は顔を赤くしながらも目を輝かせて、
「も…もしかしてえっちなことを?」
違います!と否定したいところだけど、違わないので否定も出来ない。
「まあ、冗談は置いといて」冗談だったんかい!
…と思ったけど、彩花は不機嫌オーラを漂わせてまだこちらを睨んでいる。これは絶対に怒ってる。
「イソジタツヤの言葉によりナミは自分の存在を再確認し、始まりの世界で私を助けると言ってくれた。あの世界でのナミの言葉、ナミの思いは何よりも優先される。私が世界を創造した時のように、全て、ナミの指揮の通り世界は動く」
あそこで言ったあの一言で、『マグネット』に拡散していた不正プログラムが全て消去されたのか。だけどそれは物凄く恐ろしいことではないだろうか。あそこでの私のさじ加減で、『魔法世界』の行く末が決まっちゃうなんて…私には荷が重過ぎるよ。
「リゼイン・ポートマン、あなたは相手にする人物を間違えた。それがあなたの誤算」
「私は別に誰ともケンカしてないけど?」『リゼインさん』が言う。
「あなたではない。黒リゼインの方」と彩花。黒リゼインって…わかりやすくていいけどさ。「ナミを〔鍵〕だとあなたは言った。だけどそれは大きな間違い。ナミは〔鍵〕ではなく『魔法世界』のもう一人女神」
ええ?そうだったの?別に〔鍵〕でも良かったんだけど…女神なんて言われると何か恥ずかしい。五十路!何笑ってる!ポカリと頭を殴ってやった。
「なんてこと…だけど、〔プログレス〕を止めることは出来ないわ。完全稼動していなくても魔力の吸い上げは止まらない。どちらにしても『魔法世界』は終わりよ!」
〈リゼインさん〉が、端末で〔プログレス〕を操作しようとするが、そんなことはさせない。
「彩花!『魔法世界』から干渉できる内に、〔プログレス〕を完全停止し、再稼動不可能な状態にして!」
「わかった」
私が指揮して、彩花が力を振るう。二人揃って初めて意味の成す力。そう、あの時レストランで彩花が言ってた通り、私達は本当に一心同体なのかもしれないね。
「処理完了」
「じゃあ次は…」
黒リゼインさんの持っている時空移動端末の無力化、〈元の世界〉からの『マグネット』への接続禁止、両世界の魔力バランスの正常化、そして、
「『リゼ・那美一号を』使い、私達〈元の世界〉の人間を、そして〈元の世界〉に飛ばされている『魔法世界』の人間を、それぞれ本来の世界へ戻した後、『時空移動』機能を封印」
「え…おい…それじゃあ…」五十路は私を見る。
「うん。私達戻るよ。もう今しか、皆で戻れるチャンスは無いと思うから。それから白リゼインさんごめんなさい。勝手に『リゼ・那美一号』の機能を…」
「いいのよ。行ってみてわかったけど、向こうは私達には負荷が大きすぎる。それに魔法量が正常に戻ったら、私達は向こうで生きていけないでしょ?私は『空間移動』の研究さえ出来ればそれでいいのよ」
そこへ少女が白リゼインさんの前へ歩み出て、
「よう、その…悪かったな、ここを襲ってよ」
「気にしなくていいのよ。それなりに面白かったしね。それにあなた達にも事情があったんでしょ?しかたないわよ」
白リゼインさんは心が広い。そう言えばあの時私と友美ちゃんにえっちなことをしようとした下っ端五人衆はどうなったんだろうか?出来れば、『魔法世界』の下水道に流したいんだけど、そうもいかないんだろうな。
「彩花もごめんね。私がもっと早く昔のことを思い出していたらこんなことには…」
「謝るのは私の方。思い出したことでナミに重荷を背負わせることになった。それに、私は心のどこかでナミには帰って欲しくないと思っていた。その思いがこんな事態を生み出した」
そんなことは無いよ。私だって、どこかで帰りたくないと思っていたんだから。きっとその思いが帰ることを遅らせていたんだよ。
「私の力の一部をナミの中に封印する。そうすることでもう二度と女神の力を発動出来なくなり、悪用されたり狙われたりすることもなくなる」
「わかった。そうだ。黒リゼインさんの体も元に…」
「それは不可能。彼女は〈元の世界〉の人間。私には治せない」
そんな…それじゃあ黒リゼインさんは〈元の世界〉に戻ったら…
「いいわよ。私の命だった〔プログレス〕もパア。生きてる意味はない」
黒リゼインさんは持っていた端末を放り投げ、投げやりに言い、その場に座り込んだ。
「彼女は私が『魔法世界』で厳重に監視する」
「わかった。お願い」だけど極端なことはしないでよ。
私は辺りを見回し、やり残したことが無いか確認する。その時、五十路と目が合った。
「あ…その…何と言ったらいいか…ごめんね…役目とか何とか言っといて、すぐ戻っちゃうことになって…私って計画性が無いからさ…」
「いや…いいって。それにもう二度と会えないってわけじゃないだろ?もしかしたら、また『魔法世界』に迷い込んで来ることがあるかも知れない。だからその時まで、お前の席に冷たい風が吹かないように、俺が暖めておいてやるよ」
「うん、ありがとう。それじゃあ彩花…お願い」
「わかった」
そう言うと『リゼ・那美一号』が稼動し、周りに『時空移動術式』が浮かび上がった。そして、私と少女の体の周りにも。多分今頃友美ちゃんや少女の仲間達にも同じことが起こっているはずだ。段々と世界が遠ざかっていく。声も遠くなっていく。
「あ、そうだ美南!最後に一つだけ言っておきたいことがある」
「なに?」
「俺は…お前のこと…」
そこまで聞いた所で声が聞こえなくなり、世界も急激に遠ざかって行く。そして私達は光に呑まれ、最後に見えたのは五十路が彩花に蹴り飛ばされている所だった。
うーん…あの様子からして、私の悪口を言ったに違いないね、きっと。




