そのよん 4
「あ…あれ?」
気が付くと、私は一人で立っていた。どこを見ても真っ白。上も下も、右も左も。そんな何にも無い真っ白な場所に。
「真っ白な…世界…もしかして…ここが…?」
私が生まれた場所。彩花の心の中…なのかもしれない。こんな所に来ちゃったってことは、彩花は本当に女神で、私は〔鍵〕として生み出されたということを、認めざるを得ないかな。
「彩花ー居るのー?」
もしここが彩花の心の中だとしたら、呼べばひょっこり出てきてくれるかもしれない。そう思い呼んでみたが返事は無い。何の音もしない。私の声もこだましない。音は全て白い空間に吸収されてるんじゃないかと思うくらい静かだ。だけど私は彩花を呼び続ける。このまま黙って静かにしていたら泣いちゃいそうだったから。
「彩花ーどこー?」ぐすっと鼻を啜る。
黙っていなくても泣いちゃっていた。ダメだな私…立ち尽くし、もう本当に大声で泣いてやろうかと思った瞬間、
「よう」
「うひゃあっ?」
誰も居ないはずなのに突然後ろから声をかけられ飛び上がった。その拍子に鼻水が飛んで服に付いちゃったじゃない!この馬鹿五十路!
「は?五十路?」
思いっきり素早く振り向くと、紛れも無くそこにはあの馬鹿、五十路竜也が突っ立っていた。
「四季じゃなくて悪かったな」
私は口をパクパクさせ、そして涙を拭きながら言った。
「な…なんであんたがここに?」
「さあ、何でだろうな。俺にもわからん。今日もバイトで店に居たんだけど、地下で何かあったってちょっとした騒ぎになってな。あの時みたいに閉じ込められても面倒だってんで、避難することになったんだ。そしたら急に気が遠くなって、こんなとこに居たんだ」
『魔法世界』に住んでる人達は、突き詰めていくと彩花に生み出されたってことになるから力の解放に巻き込まれてここに飛ばされたのかも知れない。五十路にはとんだ災難だったろうけど、私はこいつがここに居てくれることが、なぜか物凄く心強く、嬉しくて、そしてまた泣いた。大声で。
「おいおい…何で泣くんだよ。お前らしくも無い」
五十路は苦笑いしながら私の頭をポンポンと叩き、慰めてくれた。(いや…馬鹿にされたのか?)
こんな所まで来て、今更隠すことも無い。私は〈元の世界〉から来たことや、今まであったことなど全てを話した。五十路はしばらく考えるように黙りこみ、
「そうか…あいつが女神で、お前がその力を解放する〔鍵〕か…面白いな」
「全然面白くないわよ!私は…私は…」また泣きそうになる。
「あ…悪い。でも、本当にそいつの言う通りなのか?本当に四季に創られた〔鍵〕だと思ってるのか?」
思いたくないし、認めたくないよ。だけど、彩花の胸の上に手を置かれた瞬間、あんなことになって、こんな所に居たんだから…否定のしようがないよ…
「…なあ、ここって本当に四季の心の中だと思うか?もしそうだとしたら、真っ白で何も無いってのはおかしいだろ。あの絵本の通りなら、川も緑も花も空もないと」
そうだけど…あれは絵本だから…世界の成り立ちをわかりやすく書いているだけで…
「確かにここは尋常な空間じゃない。だけど四季の心の中だと決め付けるのは早くないか?」
「そうかな…でもそんなのどっちでも一緒…」
じゃないの?と言いかけて止めた。少し離れた所に居る小さな女の子の姿が目に飛び込んできたからだ。5、6歳の女の子。もしかして子供の頃の彩花?私は急いで駆け寄って見てみたが、違った。彩花じゃない。
「なんだ…?あの子供…いきなり出てこなかったか?」
「あれ…私だ」
「なに?」
子供の頃の『私』が、てくてくと歩いていく。声をかけてみるが、まったく反応無し。私の声は聞こえてないみたいだ。すると、どこからか声が響いてきた。
『私はこの世界を創造しなければいけない』この声、彩花の声に似てる…
子供の『私』は声を聞いて、きょとんとしている。
『だが、指揮する者がいない。あなたは私を指揮する者か?』
「あなただあれ?どこにいるの?」
ちょっと『私』!天の声の質問は完全に無視ですか?自分で自分をツッコんでみる。
「ねえ!かくれてないで、でておいでよ」
『私』が天に向かってそうの呼びかけると、目の前に光の玉が下りてきて、子供の『私』と同じくらいの歳の女の子が現れた。めちゃくちゃ可愛い。こんな妹が欲しい。
「創造完了。あなたは私を指揮する者と認定する」
「ねえ、ここってどこなの?わたし、お家でおえかきしてたはずなんだけど…」『私』はキョロキョロ辺りを見回し、「まあいっか!ねえ、いっしょにあそぼう!」
お気楽にそう言うと『私』は女の子の手を握って、ぶんぶんと振りながら握手した。
「ねえ、なんでここにはお家が建ってないの?なんでお空もまっしろなの?」
「オウチとは何か?オソラとは何か?」
その質問に『私』はスカートのポケットからクレヨンを取り出し(そんなところに入れるな)、真っ白な地面に家と、空と、そして人を次々と描きだしていった。
それを見た女の子がぶつぶつと小声で何かを呟いたかと思うと、真っ白な世界に町並みが出現し、真っ白な空が綺麗な青空に変化した。出来たばかりの家の中には人も居るようだ。
あまりのことに私と五十路は驚愕した。人間驚きすぎると何も言葉が出なくなるものだ。
「おいおい…すごいな…一体どうなってんだ?あれお前なんだろ?何か覚えてないのか?」
「うん…でも見てれば思い出すかも…」
『私』は女の子を近くの公園へ行こうと誘った。駆けて行く二人を私達も追って行く。すると途中で女の子が石につまずき、転んでしまった。
「「大丈夫?」」
私と『私』は同時に叫んだ。私が叫んでも聞こえないのに、何でか咄嗟に声がでてしまった。なんだか恥ずかしい。なんだ五十路!気持ち悪い笑みを浮かべるな!
「大丈夫」と、女の子。
うん、大丈夫じゃないね。膝は擦りむいて血が出てるし、おでこもたんこぶが出来てるし。
「わあっ!血が出てるよ!手当てしなきゃ!えと…えと…」
慌てながらポケットの中を探る『私』。そして取り出したのはイラストの描かれた絆創膏。それを擦りむいた女の子の膝に貼ってやる。あれ…?そう言えばあの絆創膏…
「わたしもよく転んでケガするから、おかあさんに買ってもらったんだ。かわいいでしょ?そうだ、あなたにもわけてあげるね」
そう言って女の子に渡してる絆創膏、烏賊に襲われて怪我した時に彩花が貼ってくれたのと同じ物だ。
「ケガをした時それをはるといいよ。それからね、いたいときはこれ」
「おいおい…なんだありゃ?」
五十路が怪訝そうに『私』の取り出したものを見ている。もう笑うしかない。『私』が取り出したのは、紐を付けた五円玉。それを女の子の目の前で振って、「いたくなーい、いたくなーい」と、素人催眠術をかけている。何してんだ『私』!もう彩花のことを馬鹿に出来ないな。
「…アホだろ?」と五十路。うん、認めよう、アホだ!
「どお?これを見てると、いたいのわすれちゃうでしょ?」
こくりと頷く女の子。「ええ!マジかよ」と叫ぶ私と五十路。
「前におじいちゃんの家に行った時、おっきい時計の下でうごいてる物を見て思いついたの」
「時計とは?」
「時計っていうのは、時間がわかるものだよ。あ、時間って言うのはね…」
またこの問答…と言うことは、ここで時の流れが出来るってことか。もしこれを言わなきゃ時間は動かず、永遠に若いままで居られるのに…惜しいことを…
「おい…お前な…」冗談だって。
「あーっ!」
いきなり叫んで駆け出す『私』。そして、ある物を抱えて女の子の元へ戻ってきた。
「ねえ、見て見てー!かわいいぬいぐるみー!」
そのぬいぐるみは、全長十センチくらいのネズミのぬいぐるみ。どこからどう見ても我が家に居るガスコンロ代わりの使い魔のクーちゃんだった。薄っすらと覚えていた記憶はこれか…でもこのクーちゃんは、動いていない。普通のぬいぐるみだ。
「…その鼠からは生命反応が感じられない。創造ミス。直ちに修正」なぬ?まさか!
そのまさかだった。女の子の指先がぬいぐるみに触れると、元気に動き出し、甘えるように『私』の足元に擦り寄って行く。
「わ…わっ!すごい!ぬいぐるみが動いた!あなたって、まほうつかいみたいだね!」
『私』はクーちゃんを抱き上げ、そして女の子は『私』がなぜ驚いているのかわからない様子で、
「マホウツカイとは?」
「まほうつかいって言うのはね、ホントはうごかない、ぬいぐるみをうごかしたり、なにもないところから、火とか雷とかを出しちゃう人のことなんだよ」
「あなたは、まほうつかいではないの?」
「うん。わたしは、まほうを使えないの。まほうを使うには、まりょくっていうものがいるんだってテレビで言てた。でもすごいなあ。もしかしてここって、まほうのせかいなの?」
「そうなのかもしれない」
私は段々と思い出してきた。『私達』はこのあと公園で暗くなるまで遊んだんだ。そして…
「あ!もうくらくなってきたね。お家に帰らなきゃおかあさんが心配する」
「…もう、お別れ?」
女の子は少し寂しそうなオーラを出していたが、
「また、明日あそぼう!わたしたち、ともだちだもんね!」
「ともだち…」
『私』の言葉で嬉しそうな、恥ずかしそうなオーラを出して女の子は頷いた。
「そうだ!まだあなたのおなまえ聞いてなかったね!」
ぴょん、と跳ねて手を叩き、笑顔で女の子に聞く。聞かれた女の子は不思議そうな顔をして、
「オナマエとは?」
「おなまえは、おなまえだよ。わたしは、みなみなみ。そっか、そういえばさっき上のおなまえは言ってたよね。うーんと…そう!『しき』!」それは『指揮』!五十路と一緒にツッコんだ。
『私』の言葉を聞いた女の子は、
「再確認する。私のオナマエはシキ…」
女の子が全て言い終わる前に『私』が割り込んで、
「そっか!あなたの下のおなまえ、『さいか』って言うんだね?『しき さいか』ちゃん!」
「私のオナマエ?…しき、さいか」
「『しき』って、春、夏、秋、冬のことでしょ?すっごくいいおなまえだね」
「私は…四季、さいか…あなたは、みなみなみ…?」
「そう。だけど呼ぶ時は、なみだけでいいよ。よろしくね、さいかちゃん!」
そう言うと『私』は、クーちゃんを抱いて駆け出し、公園から出て行った。
そうか…ここまで来てようやく思い出した。子供の頃仲の良かった友達は彩花のことだったんだ。『私達』はこの日から毎日一緒に遊んだ。そして、また次の日遊ぶ約束をして、『私達』は別れた。だけど、突然『彩花』は私の前から姿を消した。そう思っていた。でも違った。姿を消したのは『彩花』じゃなく『私』だったんだ。どうやったのかはわからないけど、『私』は〈元の世界〉へと飛んだんだ。
時間が進み、この『彩花』は約束通りまた、公園に来ていた。だけど待っても『私』はこない。辺りが暗くなるまで待つが、『私』は来ない。
「…お別れ…言えなかった」
そう言うと『彩花』は公園から去って行く。
「彩花…!」
私は追おうとするが、彩花はフッと消えてしまい、そして辺りも公園から元の白い世界へ戻ってしまった。音も無い、何も聞こえない世界に。
「今のは、四季の思い出らしいな」
「…うん…」
結界の中で彩花があの絆創膏を貼ってくれたのは、このことを思い出して欲しかったから。紐の付いた五円玉もそうだ。だけど私はそんなことを全く忘れていた。あれを見ても思い出しもしなかった…ごめん…彩花…私のせいで…寂しい思いをさせて…私はポケットに入れていた紐付き五円玉を握り締める。
「いや…四季は寂しくなかったんじゃないか?」
「え…?」
「あの絵本、書いたのはきっと四季だ。その最後になんて書いてあったか覚えてるか?」
『女神様はもうさみしくありません。空を見上げれば水色があるから。空を見上げればともだちがいるから』
「そうさ。四季はわかってたんだよ。お前が向こうの世界に居るってことが。そしていつでもお前の存在を感じ取ってたんだ。だから、寂しくはなかったんだよ」
「そう…なのかな…?」
「ああ。お前は確かに四季の力を解放する〔鍵〕だったのかもしれない。なんたって、四季を『指揮』する者なんだから。だけど四季に創られたわけじゃない。お前はただ迷いこんだだけだったんだ。そしてそこで、四季と出会った。それだけのことさ」
でも、それだとやっぱり矛盾する。創られたのでなければなぜ私は両方の世界で一人しか存在しないのか。
「まだわからないのか?お前は創られたんじゃない。『創られなかった』んだよ」
「『創られ…なかった…』?」
「四季はお前が戻った後、『魔法世界』を完全に創り上げたんだろう。その時に向こうの世界をベースにしたから、『魔法世界』にも向こうと同じ人物が生まれたんだ。だけど、お前だけは創らなかった。四季の友達は、今ここに居るお前だけだったから」
でもそれじゃあ何でこんな所に飛ばされたの?
「お前を守るためだろ。四季の胸の上に手を置いた時、四季はお前を感じ取った。そして危険が及ばないよう、この空間に飛ばしたんだよ。お前と四季が出会ったこの始まりの世界に」
「彩花…」私はギュッと拳を握り締め、「戻らなきゃ!彩花を助けに!」
「そうだな…おっと…」
私達の前方にいきなり光の柱が現れた。そしてその向こうに『リゼ・那美一号』と、その中で眠っている彩花の姿が見える。その前で魔法が飛び交うのが見えた。どうやら少女と〈リゼインさん〉が戦っているようだ。
「あそこに飛び込めば戻れそうだな。力が解放された四季と、それを指揮するお前がいればきっと『魔法世界』を救うことが出来る」
うん、きっと大丈夫。私は光の柱へ向かう。だけど五十路はついてこない。
「ちょっと!何してるの!早く来なさいよ!」
「俺はここでお別れだ。なあ、お前はともかく何で俺がこの真っ白な世界に居ると思う?」
だからそれは、あんたも巻き込まれたからでしょ?何言ってんの。
「お前の話を聞いて、わかったんだよ。創られたのはお前じゃなく、俺だって」
「はあ?どういうこと」
「お前、向こうからこちらへ飛ばされて来たって言ったな。そんで、飛ばされた当日、お前が学校に来て俺に向かって言い放った第一声は何だった?」
それは覚えてる。『あんた、誰?』
「その言葉からしてお前の居た世界に俺は存在しなかった。そうだろ?」
「そ…そうだけど…でも、それを言ったら彩花だってホントは〈元の世界〉に居なかったわけでしょ?友美ちゃんが彩花のことを知ってたのはきっと、『魔法世界』の友美ちゃんの記憶で居ないけど居るように思ってたんだろうし」
「じゃあ、〈元の世界〉のクラスの奴らや担任は、俺のことを話してたことはあったか?」
「ないけど…でも…それは私が誰にも聞かなかったから…あ…」
そこで私は思い出した。
『私は少し不思議に思っていた。誰も使わないのなら机を置く必要も無い。もしかしたら本来この席に座る人が、何かの事情で来られなくなっているのかもと思い担任に聞いてみが、どうやらそうではないらしい』
そうだ。私は、後ろの席のことを担任に聞いていた。だけど、担任は五十路のことは何も知らなかった。
「それが答えさ。多分俺はこういう緊急事態の時のために創られたんだろう。この世界から脱出させる案内人ってところか。そしてここに飛ばされたお前を戻すために、俺もここへ飛ばされた。そう考えるのが自然だ。お前を向こうへ戻せば俺の役目も終わる。虚構の人間は、後は消えるだけさ」
虚構?そんなことは無い!私は何度もこいつを殴った。虚構なら殴れないはずだ。私はこいつと手を繋いだ(掴んだ)こともある。虚構なら繋げない(掴めない)はずだ。その時にこいつの体温だって感じた。
私は五十路に詰め寄り、
「あんただって私に殴られたら痛かったでしょ?手を繋いだ時(だから掴んだだって!)私の体温を感じたでしょ?虚構なら、幻なら、そんなことは感じないはずよ!」
そう言うと五十路は自分の手を見つめながら、
「今思えば、本当は何にも感じてなかったんじゃないかと思えるな。殴り飛ばされても、蹴り飛ばされてもこんなにぴんぴんしてるんだから」
「だったらその感覚が偽物かどうか、ためしてやるわよ!」
そう言って私は五十路の右手を手に取り、自分の胸に押し付けた。みるみる五十路の顔が真っ赤になっていく。だけど、私は押し付けたまま、
「どう?あんたが『しんぶんし』やら『まないた』やら言ってた私の胸!何も感じない?わかるでしょ!私だってトマトくらいの大きさはあるってことが!」
って、何やってんだ私は!顔が熱い!きっとトマトのように赤くなってるに違いない。
「おいいい!待て待て待て!ははは…離せって!そんなに押し付けるな!」
離さない!ここまでやったんだから意地でも連れてってやる!
「わかるでしょ!私の体温も胸も心臓の鼓動も!それが答えよ!あんたは夢でも幻でも虚構でもない!役目が終わった?だったら私が新しい役目を作ってやるわよ!私の盾の役!私に殴られる役!私に蹴られる役!私に顔に落書きをされる役!」
「ひどい役目ばっかりじゃねえか!」
「それに…一番大事な役目」私は五十路の顔を見上げ、「…私の後ろの席に座ってること!」
私は胸から五十路の手を離し、そして今度は五十路の両手を握って、
「一緒に戻って。後ろの席が空席だと寒くて私きっと風邪をひいちゃう」
「なんだよそれ」五十路は呆れたように言い、「わかったよ。俺ももう少し、お前の後ろの席で風除けもしたいしな」
「ありがとう」私は五十路から手を離し、「行こう。彩花を助けに。そして『魔法世界』を救いに」




