↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
56/57

第五十六章――荷が下りる日

「下ろしてくれ」


荷台から穀袋が渡される。受け取った戦士の肩で麻布が張り、中の粒がざらりと鳴った。


セナは控えに筆を当てたまま、その袋がラズハの足元へ下ろされるのを見届けた。前の商談では、値段を聞き、払える金を数え、結局は荷を持ち帰らせた。今度は二袋目が続く。書きつける印より、袋の方が早く積み上がっていく。


「数、追えてる?」


ラズハに呼ばれ、セナは顔を上げた。


「うん。もう一度、最後に数える」


二人のそばには、穀袋を置く板が敷いてある。西門へ続く街道と家畜市場の入口を空け、荷車を寄せた一角だった。枝柵の向こうから家畜の声が聞こえ、通り過ぎる車輪の軋みに紛れる。ラズハは袋を置く位置を少しずつずらし、運び手が積み荷を回り込まずに済むよう、手前を空けていた。


アルヴェルン政府が保証したのは、限られた期間に出荷する品の代金だった。リュサの支払いが遅れれば、その上限までは政府が商人へ支払う。借りはリュサに残るが、ベルナーは入金を待たずに荷を出せる。


その返事が届いてから、次の便の準備も始めたという。


ラズハが袋の口を解くと、乾いた穀物の匂いがした。掌に取った粒を噛み、炊事場の女へ袋を開いて見せる。


「昼は残ってる方から使って。こっちは口を閉じておこう」


女が頷き、運ぶ者を呼びに戻った。


最後の袋が下りるころには、ラズハの膝ほどだった山が、腰の高さまで来ていた。セナは控えと数を合わせ、ベルナーへ知らせる。


「全部あります」


「では、帰りの荷を見せていただけますか」


「毛皮と布は、あの車だよ。傷物も分けてある」


ラズハの示した幌へ歩きかけ、ベルナーは荷役の男たちを振り返った。


「先に荷台を掃いておいてくれ。値段が決まった品から積む」


ラズハも、藁を集め始めた男へ声を掛ける。


「終わったら食べていって。もうすぐ煮えるから」


鍋のそばでは、炊事の女が椀を重ねていた。セナも腹が空いていることに気づいたが、先に確かめたい荷がある。


「銃を積んだ車は、もう市内に?」


「都市庁へ向かわせました。技術者も一緒です」


「じゃあ、私はそっちへ行ってくる。食料の数は控えにつけたから」


ラズハに伝え、セナは街道を渡った。門へ向かう荷車の後ろにつくと、空になったベルナーの車は、次の車に隠れて見えなくなった。




裏庭へ下る緩い坂に、油を染み込ませた布の匂いが漂っていた。


井戸のそばを通ると、先に来ていた兵たちの背が見える。庁舎の壁沿いには排水溝が走り、それを避けて据えられた台の上で、技術者が箱を開けていた。


セナは列の外を回り、台の右端にいるフェルデンの隣へ入った。向かいには技術者、正面にはケルドたち。左端を塞いでいるバルガの肩越しに、ヴァドの太い眉が見えた。


油布がめくられる。


技術者は銃を一挺ずつ取り出し、庭の奥へ銃口を揃えて置いた。使い込まれた銃床には擦り傷があり、金具の周りだけ木の色が濃い。前に見た二挺と似ているが、今度はそれで終わらない。


十二挺。


セナは注文控えの数字と、台に並んだ銃を見比べた。


「弾と部品も見せてくれ」


バルガが言った。左腕はまだ布で吊られ、台へ寄るときにも、箱の角へ当てないよう身体を斜めにしている。


隣の箱には弾薬の包みと補修部品が入っていた。セナとフェルデンが明細に沿って確かめる間、ヴァドは銃の前を離れなかった。


「前のと同じか」


引き金を囲う金具を、太い指が外からなぞる。


「今回届いたものは、見本と同じ寸法です」


技術者の返事に、ヴァドは鼻から長く息を吐いた。


「ここを広げるだけじゃ、駄目なんだな」


「前は、構えたときに照準も合いませんでした。金具だけ直して使えるかは、まだ分かりません」


ヴァドはしばらく銃を見下ろしていたが、後ろで待つ兵たちに気づくと手を離した。


「なら、合う奴から教えてやってくれ」


壁際へ退いた男の厚い上着が、排水溝の脇を擦った。


ケルドが空いた場所へ進む。細身の肩に銃床は収まったものの、技術者に促されて弾が入っていないことを調べ始めると、指が止まった。


「もう一度、見せてくれ」


灰毛に白さの混じる口元を結び、ケルドは相手の操作を見た。次は自分で動かす。機構の開く音に、後ろの兵が首を伸ばした。


技術者は開いた銃を台へ置き、順に中を見せている。井戸から裏口へ水を運ぶ職員も、通りすがりに足を緩めた。銃を構える者の前には出ず、兵の列の後ろを抜けていく。


セナは照合を終えた控えをフェルデンへ渡した。


「追加分の見積もりは届いていますか」


「まだです」


「弾薬と部品も含めた金額をお願いします。それと、ヴァドたちに合う銃を用意できるかも」


「寸法の件も含めて、回答を求めます」


その間に、銃は次の兵へ渡っていた。


男は肩へ銃床を当て、頬を寄せる。技術者に肘の位置を直されると、握る手まで動いてしまった。いったん下ろし、初めから構え直す。待つ兵はそのたびに、自分の肘を少し曲げていた。


セナにも、最初と何が違うのかはよく分からない。ただ、壁際にいるヴァドは、さっきから一度も口を挟んでいなかった。腕を組んだまま、男の手元を見ている。


門から交代の鐘が届いた。


列の一人が顔を上げる。そのまま立っていてよいのか、確かめるようにケルドを見たが、ケルドは技術者の説明を聞き続けていた。


バルガがヴァドのそばへ寄る。


「西門はザムロたちか」


「ああ。昼までこっちにいると伝えてある」


鐘が鳴っているうちに、次の兵が呼ばれた。


セナは受け取りを済ませた控えを畳む。裏庭を出るときも、兵たちはまだ銃の周りにいた。




西門の外では、帰り荷の布が既に積まれていた。


ベルナーとラズハは荷車の脇にしゃがみ、最後の毛皮を間に広げている。セナが近づいたとき、ベルナーは毛皮を裏返し、傷の走ったところを示していた。


「ここで切ることになります。一枚物としては買えません」


「いくら?」


値を聞いたラズハは、毛皮を自分の膝へ引き戻した。


「それなら、うちで使う。残りには傷がないよ」


「そちらも見せてください」


断った毛皮は荷車へ戻し、買い取りの決まったものだけを別に重ねる。その山は、セナが待っている間にも少しずつ低くなり、包まれて荷台へ移っていった。


荷役の男たちは食事を済ませ、再び働いている。板敷きの穀袋には雨除けの布が掛かり、まだ結ばれていない端だけが垂れていた。


商談が終わるのを待って、セナはラズハへ声を掛けた。


「銃は十二挺、全部届いてたよ」


「うちのも習いたがってるんだ。バルガに話せばいい?」


「うん。誰を出すか相談して。見張りの時間と重ならないようにしないと」


「明日にでも行くつもりでいるから、先に話しておくよ」


ラズハは立ち上がると、膝についた毛を払った。炊事場から呼ぶ声に返事をし、セナと一緒に鍋の方へ歩く。


荷車の幌が途切れたところで、鍬を振り下ろす姿が見えた。


家畜市場へ入る道から外れた、狭い一画だった。剥いだ草の塊が端へ積まれ、その内側だけが黒く湿っている。鍬の刃に絡む根は、掘っても掘っても出てくるらしい。脇にいる子供が受け取り、草の山まで引きずっていく。


「畑?」


「少し作ってみようと思ってね。オルネに聞いて、使っていい場所を確かめてもらった」


ラズハは鍋のそばで長い匙を受け取り、底から粥を混ぜた。セナはその隣から、掘り返された土を見る。


畝はまだ短い。荷車一台を置くほどの地面にも、これだけ根と石が埋まっている。


「種は持ってきたの?」


「あるよ。ここでも育つか分からないから、まず少し蒔く」


「収穫まで、食料は買い続けないといけないね」


「そう。届いた分を食べてる間に、次を頼んでおかないと」


炊事の女が古い穀袋を逆さにした。底に残った粒を器へ落とすため、何度か袋を振る。ラズハは粥の煮え方を見てから、薪を一本引いた。


畑では子供が石を抱えようとしていた。持ち上がらず、大人を呼ぶ。二人で端まで転がしている間、鍬を持つ者は別の場所を掘り始めていた。


セナは、あの子がまた石を見つけるだろうと思った。草に覆われた地面の方が、まだずっと広い。


荷台からベルナーに呼ばれ、ラズハは匙を炊事の女へ返した。


帰り荷の毛皮は布に包まれ、荷台の前方へ収まっている。買い取り額を聞き、品の控えと照らし合わせると、ラズハはベルナーへ頷いた。


「次も、同じくらい出せますか」


「布は織らないと、もうないよ。毛皮も、そう次々には揃わない」


「では、用意できた分を次の便で見せてください」


ラズハは控えを畳みかけて止めた。


「売る物が少なくても、頼んだ穀物は持ってきてくれるんだね?」


「ええ。穀物の支払いは、取り決めた条件のままです。毛皮や布を買う話とは別ですから」


「分かった。それなら、用意できた分を見てもらう」


ベルナーは帳面をしまい、荷縄を確かめる御者を待つ間、車から離れてパイプに火を入れた。


煙の匂いがセナのところまで流れてくる。毛皮を広げていた地面には、抜けた毛と藁が残っていた。ラズハが売らずに戻した一枚は、幌の内側から端を覗かせている。


御者に呼ばれると、ベルナーはまだ火の残るパイプを惜しむように一口吸い、灰を落とした。靴底で消し、御者台へ上がる。


車輪が回り始めた。


朝は穀物を載せていた荷台に、今はラズハたちの布と毛皮がある。セナは市場の入口を過ぎるまで見送った。


食事を知らせる声が上がり、鍬を振るっていた者たちが腰を伸ばす。子供だけがもう一つ石を拾おうとしていたが、名を呼ばれると畝の端へ置き、土のついた手を服で拭きながら走ってきた。


ラズハも鍋のそばへ戻っていく。


残された畝には、まだ何も生えていない。


次の穀物が来るまでにも、鍋は毎日空になる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。