第四十九章――売り手の望む戦
箱の中には、銃が二挺しかなかった。
セナは荷車の奥を見た。もう一つの箱には工具と布、油の入った小瓶が詰められている。銃を収めた箱は、それで全部だった。
「本日は見本をお持ちしました」
アルヴェルンの使節が言った。
「数量と条件がまとまりましたら、検査を終えたものから出荷いたします」
セナは頷いた。
見本だということは、受け入れ前に届いた書状にも書いてあった。それでも蓋が開くまで、後ろの荷車にも銃が積まれている気がしていた。
門の警戒を減らせるほどの数が、来たわけではない。
都市庁の裏庭には、荷を運び込むための緩い坂があった。坂の下に井戸があり、庁舎の壁沿いには雨水を逃がす溝が続いている。銃の箱は、その溝から離した台の上へ置かれた。
窓から見ていた職員が、隣の者を呼んだ。
バルガは箱へ近づいたが、手を出さなかった。左腕はまだ布で吊られている。代わりにヴァドが前へ出た。
技術者が銃を取り上げ、弾が入っていないことを示した。動かす箇所を順に指し、銃口を向ける先を確かめてから渡す。
ヴァドの太い指が、引き金の前で止まった。
「狭いな」
手袋を外す。もう一度握り直したが、技術者は首を傾けた。
「その持ち方では、ほかの操作に支障が出ます。こちらを」
握る位置を示され、ヴァドは肩へ銃床を当てた。頬を寄せると、片目が照準の線から外れた。
バルガが右側から覗く。
「持てることと、使えることは違うか」
「慣れで直せる部分と、寸法を変えねばならない部分があります。今ここでは、分けて記録させてください」
技術者は無理に姿勢を直さず、ヴァドから銃を受け取った。
ケルドは同じ銃を肩へ当て、機構を動かした。ヴァドよりは収まりがよかった。だが、二度目に動かすときには、技術者の手元を見直した。
セナは、使節が持ってきた明細を開いた。
銃の価格。その下に弾薬、補修部品、梱包と輸送の費用が並んでいた。整備を説明する者を一定期間留める場合の条件は、別紙になっている。
一挺の値段だけを見ていたときより、紙の下端が遠くなった。
「三百挺というのは、確実に届く数ですか」
「売却できる上限です。再検査で外れるものがあります。貴国が必要とされる数量とも、分けてお考えください」
「同時に届くわけでもない」
「はい。出荷を分ける場合は、その都度、日程を確認します」
オルネが明細を受け取った。
「支払いの期限はこちらですね」
「まず、この条件で御検討ください。支払い方法の変更を求められる場合は、本国へ照会します」
バルガは銃を見たまま言った。
「門に置ける数を、先に揃えたい」
「どの程度でしょうか」
使節に訊かれ、バルガはセナへ目を向けた。
答えるための数字は、まだなかった。
銃の数なら言える。東門に何人、西門に何人。交代を含めれば、欲しい数はすぐ増える。
払える額を知っている者は、その場にいなかった。
オルネが明細を畳んだ。
「こちらで協議する時間をください。食料の条件も、その間に確認します」
使節は頷いた。
見本の銃は箱へ戻され、鍵が掛けられた。購入を決めるまでの保管場所を確かめるため、技術者と庁舎の職員が一緒に奥へ入っていく。
庭に残ったヴァドは、外した手袋をはめ直した。
「三百あるなら、三百欲しいところだがな」
「持てん銃まで数えるな」
バルガが言った。
ヴァドは口を曲げたが、反論しなかった。
セナは明細を持って、二人より先に庁舎へ戻った。
商談に使った部屋の隣では、壊れた家の修繕費を確かめていた。
窓際の長机に領収の控えが並び、泥の付いた板切れを持ち込んだ男が、元の戸口の幅を手で示している。通り抜けるには、その腕が下がるのを待たなければならなかった。
セナは壁際へ身を寄せた。
国が買う銃の話をする部屋へ行くために、家の戸を直す金の話が終わるのを待った。
奥の小部屋には、バルガ、オルネ、ヴァド、ケルドが入った。市の会計を扱う職員も帳面を持ってきた。
セナは銃の明細を中央へ置いた。
会計の職員は、市の帳面を開く前に尋ねた。
「どの金を使うお話ですか」
「市からも出してもらいたい。いくらなら出せる」
バルガが答えた。
「預かっている金と、支払い先が決まっている金があります。残っている分が、そのまま使えるわけではありません」
職員は幾つかの頁を示した。
食料の代金。荷を運んだ者への支払い。応急修理に使った材料費。確認が終わらず、まだ渡せていない額もある。
「この分を待たせれば」
ヴァドが指を置くと、オルネが帳面を自分の側へ寄せた。
「その相手には、もう待ってもらっています」
「銃がなければ、次は修理する家も残らんかもしれん」
「だからといって、私がここで使ってよいとは答えられません。預かったときの約束が違います」
バルガが机へ右手を置いた。
「俺たちの方でも出せるものを確かめる。全部を市へ払わせる話にはせん」
「出した氏族の銃になりますか」
オルネの問いに、ヴァドが顔を上げた。
「金を出したのに、一挺も渡さんというのか」
「配分を先に決めたいのです。門を守るために買っても、金を出した氏族が自分の野営地へ持ち帰れば、門を守る者に銃が渡りません」
ケルドは明細を引き寄せた。
「使う者も限られる。数を氏族ごとに分けても、すぐ役には立たん」
セナは筆を持った。
購入の目的。管理する場所。配分。費用。
書くべきことは増えたが、銃は一挺も増えていなかった。
「向こうも、売りたいんだろう」
ヴァドが言った。
「俺たちが潰れたら困るから来たんだ。もう少し条件を譲らせられんのか」
セナの筆が止まった。
庭で開かれた箱を思い出した。
手入れされた銃。傷のある銃床。相手の技術者は、合わない握り方を無理に直させなかった。代金も、何に掛かるか分けてあった。
だからこそ、同じことを望んでいるように感じてしまう。
「私たちが勝ちたい戦と、あの人たちが銃を売りたい戦は、同じじゃないよ。私たちは、あの軍が戻ってこなくなればいい。向こうは、あの軍がここを気にして、ほかへ行けなければいい。だったら、私たちが勝たなくても、向こうの目的は果たせる。負けずに、ずっと困っていてくれた方が、都合がいいことだってある」
セナは、銃と弾薬が別々に記された見積書を指した。
「だから、使える銃を売ってくれることと、私たちに戦を終わらせてほしいことは、別に考えないといけない。品物も値段も約束どおりで、それでも私たちが望む終わりだけは、相手の損になるかもしれない。そこでは、誰も嘘をつかなくて済むんだよ」
「なら、買わんのか」
「買う。今の私たちには要る。でも、銃を届けてくれる相手が、戦を終わらせるときにも力を貸してくれるとは思わない。買う相談と一緒に、もう売ってもらえなくなったとき、どうするかも決めたい」
バルガは明細へ目を落とした。
「弾が来なくなることか」
「それも。壊れたときの部品も。銃だけ増やして、あとで要るものを全部向こうへ頼むなら、次の値段を出されたときに断れなくなる」
「今でも、断れば銃は来んぞ」
「今なら、何挺買うか選べる」
セナは三百という数字の脇へ筆を置いた。
「全部欲しいって考える前に、届いた分を使い続けるには何が要るのか、そこまで入れて数えたい」
ケルドが頷いた。
「弾は練習でも減る。持たせた日に門へ立たせるわけにはいかん」
「では、門の兵は減らせない」
オルネが言うと、バルガは短く答えた。
「まだ減らせん」
一つ決まるたび、銃が来ればできると思っていたことが減った。
それでもセナは、明細を閉じなかった。
「二十挺から、見積もりを取り直そう。弾と部品を含めて。実際に扱う者を確かめて、それより少なくなることも入れる」
バルガは、しばらく答えなかった。
ヴァドが椅子を鳴らした。
「二十か」
「三百あっても、箱のままでは使えん」
バルガは言った。
「ただし、二十買って終わりにはするな。次を増やせるか、訓練と整備を見て決める。弓も捨てん。今ある武器を直す分まで、銃へ回すな」
会計の職員が別の紙を出した。
「その範囲なら、必要額を分けられます。誰がいくら出せるかは、別に確かめてください」
オルネは市の帳面を閉じた。
「支払い済みと見なされては困るお金を、先に除きます。残る支出案は、私から委任元へ持ち帰ります。今日ここで、市の負担を決めたことにはしません」
バルガも立った。
「俺も戻る。出すなら、誰の武器になるかまで話してくる」
セナは紙を二組に分けた。
片方はアルヴェルンへ示す見積もりの修正。
もう片方は、リュサの中で返事を求めるためのものだった。
二日後、同じ小部屋の机に、金を出すと答えた者と、出せないと答えた者の控えが並んだ。
氏族ごとの返事は揃わなかった。
食料に回すと答えた者がいた。自分たちの武器を直す分で尽きるという返事もあった。銃がどの門へ置かれるか決まるまで、額を答えない者もいた。
市側からも、要求した額がそのまま出たわけではない。
別の支払いへ充てる金を残すと、足りなかった。
セナは不足分を消さず、線で囲んだ。
二十挺の案は、十二挺になった。
銃を減らした分で、初回に受け取る弾薬と補修部品を残した。整備の説明を受ける者を出し、習ったことを市内で引き継ぐ。その者が門の勤務から外れる時間は、別の者が埋めることになった。
費用を出した量で、銃の持ち主を決めることはしなかった。
共同の防衛に使う。その条件で金を出すと答えた者の分だけを、今回の額に含めた。
バルガは集まった返事を読み終え、十二という数字を指で押さえた。
「これで注文を出す」
オルネは、購入に関する委任を見直した。
「提示した条件の範囲で。金額か供給品が変われば、もう一度確認します」
セナは返答を書いた。
国の名を入れても、財布が一つになるわけではなかった。
誰かが持っていた金が集まり、出さなかった者の暮らす門にも、その金で買った銃を置く。
それを承知して出した者の名を、控えへ残した。
午後、使節が見積もりの修正版を持ってきた。
銃は十二挺。
付属する弾薬と部品は、別欄に数量がある。整備を説明する者の滞在については、作業の範囲と期間を定め、軍の指揮には関わらないことを双方で確認した。
使節は、最初の案と比べて少なくなった数字にも顔を変えなかった。
「この数量で承ります。出荷日の確定は、検査の結果と合わせてお伝えします」
「追加の注文をしなくても、今回の部品と弾薬は届きますね」
セナが確かめると、使節は明細を示した。
「今回の契約に含まれる分です。次の注文を条件にはしておりません」
「今後、供給できなくなる場合は」
「私から、将来にわたる供給を保証することはできません。変更をどの時点で通知できるかも含め、本国へ確認します」
セナは頷き、答えを控えた。
買えることだけでなく、約束されていないことも書いた。
使節が紙を返す。
「食料についても、御返答をいただけますか」
オルネが別の綴りを出した。
銃の代金と混ぜず、品目ごとに協議する。その話が始まると、穀倉から来た職員が椅子を寄せた。
バルガは壁際へ下がった。
セナは少しだけ振り向いた。彼の右手は、何も置かれていない帯の上にあった。箱の中の銃へ伸びることはなかった。
使節が帰ったあと、十二挺の注文控えを閲覧用の机へ置いた。
閲覧に来たヴァドが、枚数を確かめるように紙をめくった。
「少ないな」
「少ないよ」
セナは答えた。
今度は、使える数や費用の説明を繰り返さなかった。
ヴァドも求めなかった。
「門の交代は、そのままだ」
「うん」
「銃を習う分、しばらくは手が減る。ケルドと組み直す」
彼は控えを戻し、門へ向かった。
セナは机の上に残った紙を揃えた。
購入の返答の隣には、セレネアとの往来についてまとめた綴りがある。軍が退いても、領有の主張は取り下げられていない。向こうの使節に確かめるべきことも、こちらから返すべきことも残っていた。
バルガが戸口から声を掛けた。
「まだあるか」
セナは、その綴りを持ち上げた。
「こっちを先に片づけたい」
「銃の話が済んだ日にか」
「うん。来るのを待ってからにしたら、たぶん、届いた数を見て話すようになる」
バルガは部屋へ戻った。
片手で椅子を引き、机の向こうへ座る。
セナは銃の注文控えを脇へ置き、セレネアへ返す文面を開いた。
城壁の上で、交代を告げる鐘が鳴った。
十二挺の銃は、まだアルヴェルンにあった。




