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第四十一章――西でも軍が動く

セレネア王府がリュサに関する公式見解を各国へ送り、それがアルヴェルン首都へ届いたのは、リュサで十日停戦が始まって数日後だった。


国内武装勢力によるリュサ占拠。


通信紙の中央に、その一行があった。


獣人諸氏族を国家とも外国軍とも認めない。リュサの帰属に変更はなく、奪還方針も撤回しない。


アルヴェルン中央庁舎の会議室では、窓から入る昼の光が長机の東部国境図を横切っていた。遠くで汽笛が鳴り、閉じた窓越しにも操車場の連結音がかすかに届く。


軍務担当官クルト・ヴェーバーは、五十前後の肩幅の広い人族の男で、鉄灰色の髪を短く刈っていた。灰色の軍務官服の袖を引き、東部国境図の折れ目を掌で押さえる。


向かいの対外担当官イレーネ・ファルクは、四十代ほどの痩身の人族の女だった。紺の官服を着て、顎で切りそろえた黒髪を耳へ掛けながら、セレネアからの通信紙の日付を確かめていた。


短辺に座るハイン・ロートは、二人の間へ東部国境の報告を並べた。白髪の混じる短い髪の下に、額の深い皺が見える。濃灰色の官服に勲章はなく、右手の金属製の人差し指と中指が紙の端へ触れた。


「旧トーレンに変化は」


クルトは国境図から目を離さずに答えた。


「越境準備も、部隊の増加も確認されていません」


「なら、なぜ増援が要る」


「変化を確認してからでは遅いからです」


ハインが輸送日数を問うより先に、クルトは東部線の輸送表を開いた。列車を組んでから国境へ着くまでの欄を指で追う。


「警報を受けてから列車を組めば、この間は今の守備隊だけです。関門と鉄道を同時には守れません」


「セレネアはリュサを国内問題としました。次に探すのは、国内武装勢力を動かした国外の相手かもしれません」


イレーネが、通信紙の日付をもう一度見てから顔を上げた。


「それで今日、軍を動かすのですか。疑いの材料をこちらで作ることになります」


「守備隊を薄いままにする理由にはならない」


「増援を送れば、リュサ陥落を事前に知っていたから備えた、と読まれます。こちらが関与していないことは、列車の外からは見えません」


クルトは輸送表を閉じなかった。次の便の時刻へ指を移す。


「疑われないために、国境を空けろと?」


イレーネは通信紙の横へ置いた通告案を引き寄せた。


「空けろとは言っていません。今ある部隊を動かさず、先に関与を否定する通告を出すべきだと言っています」


「通告は関門を守らない」


イレーネは返しかけた言葉を止め、輸送表の到着時刻を見た。視線を通信紙の日付へ戻してから、言った。


「兵員列車は通告より雄弁です」


ハインは懐中時計を開き、輸送表の時刻と見比べた。金属の蓋が掌の中で止まる。


旧トーレンでは、最初の発砲から現在まで、どちらが先に撃ったかさえ一致していない。一発の順序を決められない国境で、軍の移動だけが正しく読まれるはずもなかった。


「セレネアが報復すると断定できるか」


クルトは答えた。


「できません」


「増援を出せば、関与の証拠と扱われるか」


今度はイレーネが答える。


「断定はできません。ただし、そう主張する材料にはなります」


「どちらも可能性か」


ハインは時計を閉じた。金属指で輸送表と通告案の端を一度ずつ押さえる。


「なら、動かなかった場合の損失も数える」


クルトは輸送表をずらし、国境図の守備線から関門、鉄道へ指を走らせた。


「今の人数で関門を守るなら、鉄道沿いの監視と住民の退避準備が薄くなります」


「欲しいのは攻める兵ではない。守備線を維持する兵と工兵です」


イレーネは地図ではなく、通告案の部隊移動という語を押さえた。


「セレネア側からは、その区別が見えません」


「見せる方法は」


「展開線と任務を公表する。越境しない。先に撃たない。前進用の補給所を設けない。少なくとも、侵攻部隊ではないと説明できる形にする」


クルトは地図の守備線をなぞった。イレーネの通告案を一度見てから、指を線の内側へ戻す。


「展開線は既存の国境守備線の内側。工兵は関門と東部線の防御に限る。交戦は攻撃を受けた場合だけ。ただし弾薬まで減らす気はありません」


「守備の補給は残してください。国境を越えて戦い続ける準備とは、分けたいのです」


ハインは二人の間に置かれた命令案を引き寄せた。金属指で紙を押さえ、筆を取る。


最初の案には、旧トーレン方面へ増援せよ、としかない。


その一文では、何のために、どこまで行き、何をしてはならないのかが分からなかった。


ハインは余白へ、一行ずつ書き足した。


既存の国境守備線より前へ出ない。


越境しない。


先に攻撃しない。


工兵作業は関門、鉄道および既存防御設備の保全に限る。


前進用の補給拠点を設けない。


軍を動かす命令の余白は、してはならないことから埋まっていった。


「国境警戒として増援を出す」


イレーネは命令案を読んだ。


「通告への返答を待ちますか」


「待たない。受け取ったかどうかだけ確認する」


イレーネは通告案の脇へ、受信確認と書き留めた。


「それでは、説明を拒まれても列車は出ます」


「相手の同意がなければ自国の守備もできない、とは書けない」


クルトが問う。


「出発はいつにします」


窓の外で汽笛が鳴った。クルトが午後便の欄へ輸送表を開き直す。ハインは懐中時計と発車時刻を見比べ、金属指をその便の通常貨物へ移した。東部の工場と町へ送る荷まで外せば、何を守るための増援か。


「午後の貨物を全部は空けない。兵員と工兵を、組める便から出せ。民需貨物は外すな」


「到着は分かれます」


「構わない。国境守備は、一日で完成させる作戦ではない」


イレーネは、命令書に記された日付と通告案の日付を見比べた。


「それでも、軍が動き始めた日は今日と記録されます」


「分かっている」


ハインは時計の蓋を閉じ、命令書の下へ署名した。


続いて、対外通告の文面を確認する。


アルヴェルン政府はリュサ占拠への関与を否定する。リュサを占拠する諸氏族を国家または政府として承認していない。旧トーレン方面の部隊移動は自国領内の国境警戒を目的とし、越境または攻撃準備を目的としない。


嘘はなかった。


それで疑念が消えるとは、どこにも書けなかった。


首都東駅では、蒸気がホームの屋根の下へ流れ、石炭と機械油の匂いが混じっていた。連結器がぶつかる音のたび、通常貨物のあいだへ組み込まれた兵員車が短く揺れる。


工場向けの鋼材を積んだ貨車。食料箱を載せた有蓋車。工兵の資材と通信機材。その後ろの兵員車では、兵士たちが武器と荷物を足元へ寄せ、窓越しに駅員の作業を見ていた。工兵は乗り込む前に、資材箱の番号をもう一度確かめている。


軍だけを走らせないという命令は守られていた。だが、外から見れば、兵員と工兵を東へ送る列車であることに変わりはなかった。


各隊へ配られた命令書には、会議で加えられた制限が残っている。国境守備線を越えない。越境しない。先に攻撃しない。既存施設の防御に限る。


クルトは編成表を手に、兵員車と工兵資材の位置を確認していた。資材箱を数え終えた工兵が乗るまで、次の車両へは進まない。イレーネは、会議で求められた受信確認を済ませ、その控えを持ってホームへ来た。


「受信確認だけ届きました。回答はありません」


ハインは受信控えを左手で受け取り、右手の金属指で時刻を押さえた。


「届いたなら出す」


「読んだことと、信じたことは別です」


「別だ」


機関車の圧力弁から蒸気が上がった。発車を待つ兵士の窓の下で、駅員が通常貨物の封印を確かめている。兵員車の中では会話が途切れ、何人かが東へ延びる線路を見た。


クルトは先頭車両を見た。


「これで、東部守備隊は関門と鉄道を同時に守れます」


ハインは確認を終えた受信控えをイレーネへ返した。彼女は受信時刻をもう一度見てから、編成表を持つクルトへ顔を向けた。


「セレネアには、西の兵を抜かせないための展開にも見えます」


「その目的は命令にない」


ハインが言った。


「見え方は命令書に従いません」


発車鐘が鳴った。


蒸気がホームを白く覆い、車輪が軋んだ。連結器の張る衝撃が後ろの車両へ順に伝わり、列車はアルヴェルン領内を東へ走り始めた。


政府が各国へ送った文面には、国境警戒、越境禁止、先制攻撃禁止とある。


国境の向こうから確認できるのは、旧トーレン方面へ向かう兵員車と、線路の上に残る煤煙だった。


その夜、旧トーレンの国境線は暗く、線路も地形の陰へ沈んでいた。


その東側では、それまでなかった場所にセレネア軍の監視灯が一つ点いた。


少なくともその夜、セレネア軍は西を空にしなかった。

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