第三十二章――七日分の穀倉
水が出ると、腹が減った。
西門を取った夜から、まともな食事を口にしていない者が多い。干し肉と雑穀なら城外の野営地に残っている。だが崩れた門道を通れる荷車は一台ずつ。入ってくる便には包帯と医療具を積み、外へ戻る便には重傷者を寝かせる。穀物袋は、その隙間へ押し込むしかなかった。
戦士には朝夕二度、固い平焼きパンを半枚ずつ。子供には四分の一枚と薄い豆汁を配り、セレネア兵の捕虜にも成人と同じ量を出している。
西門占領から三日目の朝には、パンが石より固くなっていた。ロウは歯を立てるのを諦め、短刀の柄で叩いて割る。
二つに割れた拍子に片方が泥へ落ちた。ロウは一度だけ周囲を見てから拾い上げ、袖で拭って口へ入れる。向かいのセレネア兵も、膝へ打ちつけたパンから泥を落としていた。
「そっちは町の中に穀倉があるんだろ」
ロウが問うと、捕虜は一度だけ彼を見た。
「何日分だ」
「知らない」
「嘘だ」
「兵に穀倉の量を教える国があるか」
「町を守ってるのに、町が何日食えるか知らないのか」
「お前は、自分たちが何日食えるか知っていたのか」
ロウは答えなかった。戦いに来ると決めたとき、腹の始末は女や老人がつけるものだと思っていた。西門へ来た戦士が一千四百六十二人だということなら誇らしげに言えたのに、その全員が一日にパンを何枚食うかは考えたこともない。
捕虜の言葉が、泥より落ちにくく残った。同じころ、セナはその腹を一人ずつ数えていた。
配給表の先頭に書いた総数は三千百八十八。重複を避けるため、ひとまず一人を一つの欄へ置いている。西門側で動ける戦闘員は一千二百九十六、負傷や消耗で戦列へ戻せない者が百二十二。最初の一千四百六十二人との差になる四十四人は、死者、行方不明者、城外へ戻された負傷者として別欄へ移した。西門へ入った家族と労働者は七百三十一、地区から出なかった住民は六百十二、捕虜が二十七。
残る四百人は、伝令、荷役、治療班、城外との往復を担う者、それに登録を待つ家族など、まだ所属を確定できない者だった。書き直すたび、一人の身体が別の欄へ移る。空腹だけは、どの欄へ置いても変わらない。
城外の食糧を全員へ配れば五日。遠い氏族の補給が予定どおり着いても、九日までしか延びない。一方、リュサ市営穀倉には全市民へ配って七日分、商会倉庫には少なく見積もって三十日分が眠っている。
市営分は根路の荷役人が袋を数えて教えてくれた。商会分だけは帳簿を見ても正確な量が出ない。税を避けるため、倉庫ごとに別の数字を持っているらしい。紙の上で隠された麦を、腹の中へ入れる方法までは、どの帳簿にも書いていなかった。
「取ればいい」
「穀倉は最初から目標だ」
ゼグはそう言い切った。
西門の旧料金所に、氏族代表がまた集まっていた。
話し合うたび人数が違う。今度は十七人だった。岩猪の代表は腹を壊し、草羊の代表は城外の荷車を迎えに行き、崖鷲のサルカは上空にいる。三十六氏族の会議と呼んでも、三十六人が同じ場所へ揃ったことは一度もない。
「取ったあと、誰に配る」
セナが問うと、ゼグは迷わなかった。
「俺たちだ」
「二万一千前後の市民が見てる」
「あいつらには、向こう側の穀倉がある」
「同じ穀倉でしょ」
「では半分を残す」
「どうやって半分にするの」
「袋を数えろ」
「麦も豆も塩漬け肉も、全部同じ一袋で数えるの? 子供と戦士にも同じだけ配る? 施療院の粥も、軍馬の飼料も半分にするの?」
ゼグの尾が床を打った。袋を東へ運ばれてからでは遅い。その焦りが、セナには床板を打つ音の強さで分かった。
「細かい話をしているうちに、敵が食う」
「その細かい話が、食べるってことでしょ」
セナは配給表を広げ、端を水杯で押さえた。
誰も目を落とそうとしない。袋なら奪える。だが紙の上には、奪ったあとも腹を空かせる者の数まで並んでいた。
穀倉を取るには、扉を一つ破ればよい。使い続けるには、二万人の年齢と仕事と病気を知らなければならない。
「戦う前に、配り方を決める」
「決まらなければ」
バルガの短い問いを、部屋にいた全員が聞いた。
「取らない」
部屋が騒がしくなった。取らない、と言い切った途端、セナは自分の声がひどく細く聞こえた。腹を空かせた戦士を止められる兵など、彼女は一人も持っていない。
「お前に止める権利はない!」
黒豹の一人が、席を蹴るように立ち上がった。
「ない」
認めたくはなかったが、そこで権限があるふりをすれば、氏族長たちがしてきたことと変わらない。
「だから、取ったあとに袋を開ける人を集めた」
料金所の外では、パン焼き職人、荷役人、粉挽き、帳簿係、それに炊き出しを続けてきた穴熊の老女ら二十七人が待っていた。リュサ生まれの獣人が十八人、城外から来た氏族の者が九人。戦士は一人もいない。
「この人たちに、穀倉を開けたあとの配給案を作ってもらう。軍が先に袋へ手を出さないための規則は、ここで決める」
「氏族の食糧を、町の労働者に決めさせるのか」
「町の食糧でしょ」
「取るのは俺たちだ」
「だから先に食べるつもりなの」
「戦う者が倒れれば、全員殺される」
「子供が倒れたら、何のために戦うの」
言い争いは一刻続いた。その間に、荷車を迎えに出ていた者を含む四氏族の代表が戻り、入口に立ったまま議論へ加わった。誰かが賛成するたび、別の誰かが自分の氏族だけ損をすると叫ぶ。
外で待っていた二十七人も料金所へ入り、表を囲んだ。粉挽きが一日に挽ける量。窯へ入る薪。負傷者へ回す粥。荷役人が数を口にし、帳簿係が書き、パン焼き職人が多すぎる箇所を指で消す。氏族代表が争っている間にも、配るための数字は、戦士ではない者の手で形になっていった。
二十七人が出した案は、きれいな平等ではなかった。
戦闘員には一日、穀物二斤と豆、干し肉。重労働者もそれより少なくせず、一般成人は穀物一斤半を基準とする。子供と老人は年齢と体格に応じて量を減らし、施療院には粥にできる穀物と塩を優先する。軍馬への穀物は半減させ、城外へ出せる馬には草を食わせることになった。
占領前に穀倉へ納められた物資は、所有者と数量を記した受領記録を残し、返還や補償は後日判断する。戦闘中の持ち出しは禁止し、無断で袋を開けた者は氏族にかかわらず拘束する。
セナは案の末尾へ二行加えた。
配給係が定めた量へ、戦士も従う。
先取りした者は、味方であっても拘束する。
その場に揃った二十一氏族の代表が、その下へ署名する。欠席した十五氏族へも写しを届け、異議があれば返すよう使者を出した。返答が来るまで、彼らの備蓄も人手も数には入れない。
バルガが戦場命令として加えたのは一つだけだった。暫定指揮下にある全部隊は、配給所を通さず食料へ手を出さず、配給係の指示に従う。市民や労働者、子供、捕虜へ何をどれだけ配るかは、二十七人の配給係に任せた。
正当な権利が、その薄い紙に生まれたわけではない。腹を減らした軍を止めるには、ほかに載せられる重しがなかった。
同じ朝、都市庁の卓には別の配給表が広げられていた。
それを囲むのは、都市評議長オルネ・レヴィアと、上層区の評議員、商会主たちである。
市営穀倉の備蓄は、全市民へ配って七日分。その一日分に当たる量を一つの単位として、卓上の数字は割られていた。
三日分を根路地区へ。
二日分を衛戍隊へ。
一日分を施療院へ。
残る一日分を上層区の避難所へ。
合計だけを見れば、七日分を七日分のまま割っている。だが市民の六割が住む根路へ三日分を回しても、実際には五日しか持たない。二割に満たない上層区へ一日分を配れば、そちらには五日を越えて残る。衛戍隊へ回す二日分は、今残っている兵だけなら数十日分に変わった。
「商会備蓄を市の管理下へ置いてください」
ディルハが求めた。
オルネは首を振った。
「私有財産です」
「非常令を出せる」
「王府の承認が必要です」
「通信樹が切られている」
「だからこそ、勝手に出せない」
「市営分が尽きれば、暴動になる」
「商会分を開けば、今日暴動になります。市民は、三十日分あると聞いた瞬間に押し寄せる」
「管理して配る」
「誰がです」
「市が」
「西半分を失った市が」
オルネの声は震えていない。配給表を押さえる指だけが、紙の角を何度もなぞっていた。過去三度の冬、備蓄倉の錠を開けた直後に配給列が群衆へ変わったことは、ディルハも知っている。オルネが恐れているものを臆病と切り捨てることはできなかった。
「穀物は、あるだけでは食糧になりません。粉挽き、窯、薪、配給札、見張りが要る。敵が穀倉を取れば、袋を奪い合う。こちらが今開けても同じです」
「では、いつ開ける」
「軍が西門を奪還してから」
「それまで根路の者に何を食わせる」
「規定量です」
「その規定量が届いていない」
「配送路を軍が確保してください」
ディルハは卓上の配給表へ目を戻した。軍へ二日分。その欄を拒めば兵が動けず、受け取れば根路の市民より多く食う。誰か一人を悪人にできれば、まだ命令は簡単だった。
「穀倉周辺から住民を退避させる」
「敵が来ます」
「だから守るのでは」
「守る。だが住民を壁にはしない」
オルネは返答の代わりに配給表を畳んだ。
「軍人は、いつも最後に市政へ善良さを要求する」
「どういう意味だ」
「税を決めるときも、労働区を造るときも、獣人を住民名簿から外すときも、衛戍隊は従った。都市を守る日になってから、住民を大切にしろと評議会へ言う」
七年前の冬の冷気が、ディルハの喉へ戻った。評議会の命令を受け、未登録労働者を門外へ追い出したことがある。門を閉めたあと、そのうち何人が生きたかは数えなかった。数えなくてよい命令だった。
「その通りだ」
ディルハが否定しなかったため、オルネは初めて配給表から顔を上げた。
「だが今日は、今日の間違いを減らす」
昼過ぎ、市営穀倉から十八台の荷車が出た。
上層区の避難所へ移す分だと、御者は説明する。そこへ行くには、根路から都市庁へ上がる大路を通り、第二線の背後を横切らなければならない。
荷車を見て、まず二十人ほどの市民が集まった。列が大路の分岐へ着くまでに百人となり、御者が進めなくなったころには三百人を越えている。
「どこへ持っていく」
「配給はいつだ」
「子供が二日食べていない」
衛戍兵は突くためではなく、群衆を押し返すために槍を横へ構えた。だが後ろから見えるのは、兵が槍を向けた姿だけだった。
「兵が市民へ槍を向けた!」
誰かが叫ぶ。石が飛び、兵の額を割った。一人が弓へ手をかけると、ディルハの副官がその腕を叩き落とした。
「射るな!」
その混乱を、穀倉通りの西端にいた見張りが捉えた。
穀物を東へ運んでいる。市民が止めている。衛戍隊が市民へ武器を向けた。
屋根伝いの合図は、四百歩あまりを走る間に人から人へ渡った。三つの事実が門楼へ届いたときには、一つの報せに変わっていた。
敵が穀倉を空にしようとしている。
ゼグは返事を待たなかった。ここで穀物を上層へ逃がされれば、次に飢えるのは自分の隊だ。そう思った途端、確認へ使う時間が敵に袋を運ばせる時間にしか見えなくなった。
黒豹八十人を率い、屋根へ上がる。
「待て!」
バルガの声は、すでに遠かった。ゼグは現場指揮を預かる者の制止を無視し、新たな攻撃を始めた。穀倉を取れたとしても、消えない指揮違反だった。
黒豹は屋根から屋根へ跳び、大通りの第二線を避けて建物の庇から防衛線の端を越えた。その先で、昨夜まで住民の避難に使われていた細い荷役道へ下りる。西門の本隊とつながるのは、荷車を一台ずつしか通せないその道だけだった。
頭上を黒い影が渡るたび、窓が閉まり、取り込みかけの洗濯物が路上へ落ちた。市民はそれを拾うこともできず、軒下へ身を伏せる。
「市民のいる方向へ撃つな。狙うのは武器を持った兵だけだ。荷車へ火を使うな」
ゼグの命令が屋根から屋根へ渡った。
屋根の上から矢が降り、衛戍兵が盾を上げた。市民の群れが左右へ割れ、十八台の荷車だけが道へ取り残される。
ディルハは黒豹の動きを見て、穀倉守備隊へ三短、一長の号笛を吹いた。籠城準備の合図を受けて扉が閉じる。舞った粉へ火が移れば倉全体が爆ぜる。破損した法印が火花を散らさないよう、内部の魔法灯も落とされた。守備兵七十二人と荷役人四十人は、穀物の匂いがこもる暗闇で外の足音を待つことになった。
ゼグは荷車へ向かわず、屋根から下りて穀倉を目指した。市民が逃げる方向と重なり、黒豹と群衆が狭い路地で混ざる。
「道を開けろ!」
ゼグが叫んだが、誰に向けた言葉なのか、自分でも分かっていなかった。
子供を抱えた人族の女が転ぶ。黒豹の一人が踏み越えようとすると、隣の者が襟を掴んで止めた。西門を取った夜、バルガが足を止めた姿が、頭のどこかに残っていた。
二人で女を起こした、その間に衛戍兵の矢が来た。
矢は一人の肩甲骨の下へ入った。息が一度に抜け、助け起こした女を巻き込むように膝から崩れる。悲鳴が狭い路地へ跳ね返った。
もう一人が矢柄を折り、外套を丸めて傷口へ押し当てる。そこで手を止めれば隊列に置いていかれる。それでも二人は、戸口へ運び込むまで戻らなかった。
敵と味方を分ける線は、また人の身体の下へ隠れた。
穀倉前で、黒豹は止められた。
正面扉は樫と鉄でできている。屋根は古木の枝と一体化し、登っても入口がない。攻城具は西門に置いたままで、細い荷役道では運べなかった。持ってくるなら、大通りの第二線そのものを破らなければならない。
「裏へ回れ」
ゼグが命じた。
穀倉の裏には粉挽き水路がある。だが水車の制御輪は倉内にあり、外から止めるには回る羽根へ楔を噛ませるしかない。軸が耐える保証はなかった。
ゼグは水車と閉じた扉を見比べた。腹を満たすために来たのだと、頭では分かっている。それでも扉の向こうへ穀物を隠した敵の顔ばかりが浮かんだ。
「止めろ」
「止めないで!」
赤狐の声が命令へ重なった。セナが息を切らし、二十七人の配給係を連れて荷役道へ入ってくる。黒豹が押さえた細道を、一列で通ってきたのだ。
セナは彼らを最初の角へ伏せさせ、自分だけがゼグの前まで走った。戦士ではない者を、これ以上射線へ出すわけにはいかない。
「軸を壊したら、穀物を取ってもパンにならない」
「では扉を開けろ」
「鍵を持つ者と話す」
「中だ」
「外にいる」
十八台の荷車の先頭に、穀倉鍵守トルネ・ベルナスがいた。腰に七本の鍵を下げた中年のエルフは、市民の群れに囲まれ、穀倉へ戻ることも都市庁側へ逃げることもできずにいた。
セナは白布を掲げ、彼のところへ行った。
「扉を開けてください」
「敵へ穀倉を渡せと」
「市民へ穀物を渡してください」
「あなた方が囲んでいる」
「衛戍隊もです」
「市の軍です」
「腹を減らした者には、どちらも槍に見えます」
トルネは群衆を見た。毎朝荷を運ぶ者、帳簿をつける者、穀倉の壁を修理した者――知っている顔がいくつもある。少なくとも彼らは、見知らぬ倉から穀物を盗みに来たのではない。自分たちが積んだ袋を、自分たちに配れと言いに来ていた。
「開ければ、押し入られる」
「私たちが止めます」
「あなた方を、誰が止める」
セナは答えられなかった。その問いへの答えは、二十一の署名が並ぶ紙の上にしかない。署名していない十五氏族がいる。命令の届いていない戦士もいる。腹は、決まりより速く動く。
「私たち自身です」
口にした途端、それが答えではなく願いだと分かった。それでもセナは言葉を続けた。
「できなければ、あなたの言うとおりです。私たちは軍ではなく、盗賊です」
トルネは七本の鍵を触った。
「私に、市を明け渡す権限はない」
「穀倉を開ける権限は」
「ある」
「では、それだけ使ってください」
穀倉前へ、衛戍兵百人を連れたディルハが到着した。黒豹八十人が正面に並び、その間をトルネとセナ、逃げ遅れた数百人の市民が埋めている。どちらかが一歩出れば、武器より先に市民の背へぶつかる距離だった。
「全員、穀倉から離れろ」
ディルハが命じる。
誰も動かなかった。命令が聞こえなかったのではない。どちらへ離れれば安全なのか、もう誰にも分からなかった。
「敵へ告ぐ。武器を置き、西門へ戻れ」
「戻れば、荷車はどこへ行く」
ゼグが問う。
「市の決定に従う」
「上へだろ」
「それを決めるのは、お前ではない」
「お前でもないらしい」
ディルハの背後には、都市評議会の伝令が来ていた。命令書には、荷車を上層区へ通し、穀倉を死守し、必要なら群衆を解散させよとある。
解散の方法は書かれていない。
書かなければ、血の責任を現場へ残せる。
ディルハは命令書を二つに折った。七年前にも、紙には門を閉めろとしか書かれていなかった。
「市民へ告ぐ」
喉に残っていた冬の冷気を押し退け、声を張った。
「穀倉を開く。押すな。荷役人の指示に従え。武器を持つ者は、敵味方を問わず入口へ近づくな」
副官が息を呑む。命令書を持つ都市評議会の伝令は、ディルハの言葉を書き留めた。衛戍長の名を、最初の行に置いて。
衛戍兵が、敵を見るときとは違う目で彼女を見る。ゼグまで黙った。
「守備隊を出す」
ディルハは続けた。
「ただし、穀倉は市の管理下に置く」
「誰が市だ」
セナが問う。
「ここに住む者だ」
伝令の筆が止まった。
ディルハは言い直さない。
トルネが鍵束を抜いた。震える鍵同士が触れ、戦場には不似合いなほど小さな音を立てる。七本のうち四本目で外扉が開いた。
中から守備兵が武器を持ったまま出て、東側へ下がっていく。黒豹の列が前へ傾いた。ゼグは牙を見せたまま手を上げ、追撃を止めた。
最後に出てきた荷役人たちは、扉の前で立ち止まり、また暗い倉内へ戻った。敵へ明け渡された場所ではなく、自分たちが働く穀倉を見る顔をしていた。
扉が完全に開くと、穀物の乾いた匂いが通りへ流れた。
群衆が一歩動く。黒豹が入口の片側で横列を作ると、衛戍兵も反対側へ並んだ。つい先ほどまで矢を向け合っていた二列が、今度は人を穀倉へ押し寄せさせない壁になる。
セナが手を上げる。荷役道の角に伏せていた配給係たちが、紙と空の袋を抱えて入口へ走った。
「配給札を持つ者から!」
セナが叫んだ。
「持ってない!」
群衆から声が返る。
未登録住民には、市の配給札がない。獣人族だけではなく、人族の日雇い、工房を追われたエルフ、住所を持たない灰角族もいる。
「では名を言ってください。住んでいる区画と、家族の人数を!」
「書く紙がない!」
帳簿係が叫ぶ。
セナは氏族会議の紙を懐から出した。表には都市を攻める順序が残っている。それを裏返し、最初の住民の名を書いた。
黒豹は穀倉前と細い荷役道まで進出したものの、穀倉そのものを占領することはできなかった。市の鍵守と荷役人が倉を開け、ディルハの命令を受けた衛戍兵と、西門側の配給係が入口を見張る。どちらか一方だけでは、袋を外へ出せない仕組みである。
穀物袋には、リュサ市の樹根印と、西門暫定配給印の二つが押された。セナが急ごしらえした印に氏族の名はなく、一人分を示す横線だけが刻まれている。二つが揃った袋から、窯へ送られていった。
穀倉を開けた功績とは別に、ゼグの独断は指揮違反として記録された。次に黒豹隊を動かす権限を任せるかは、氏族審議へ回された。
夕方、若い岩猪の戦士が干し肉の袋を一つ外套へ隠した。荷役人に見つかると、その肩を殴って逃げようとし、入口を見張っていた黒豹に取り押さえられた。
「味方だぞ!」
岩猪は叫んだ。
「弟が三日食ってないんだ!」
「全員だ」
セナが答えた。
「一袋で盗賊呼ばわりか」
「一袋目だから」
戦士は翌朝の氏族審議まで、西門広場の柱へ繋がれた。誰からも見える場所だった。共同軍規が決めているのは、違反者を味方が拘束するところまでで、その先の罰はまだ決まっていない。重くしろと怒る者も、盗んだ理由を酌めと言う者もいたが、その夜に処分を決める者はいなかった。
縄は審議まで外されず、弟へ渡されたのは規定量のパンだけだった。
夕暮れ、黒豹の一人が氏族旗を屋根へ運ぼうとした。配給係たちが入口を塞ぎ、市の荷役人も壁際から動かなかった。旗を立てるには、彼らを押し退けるしかない。黒豹は旗竿を下ろした。
代わりにセナが吊るしたのは、白い配給布だった。国名も王の印もなく、今日の一人分を示す黒い線だけが描かれている。
夜、穀倉を開けてから最初の配給が始まった。椀へ入ったのは麦粥と豆、それに塩が少し。誰も豪華だとは思わなかったが、湯気が立っていた。
食料輸送に限り、バルガとディルハは西門と第二線の間で使った白布を、再び合図にすることで合意した。条件を書いたのはセナだった。荷車には武器を積まず、護衛はそれぞれの境界までとする。西門へ向かう荷は、黒豹が確保した細い荷役道を一台ずつ通した。
荷車は西門の占領地区だけでなく、第二線の向こうへも出た。境界ではディルハの印を持つ兵が受け取り、根路の避難所まで運ぶ。
上層区へ向かう荷も、取り上げられはしなかった。ただし十八台すべてではない。袋を積み替えた荷車は、施療院、根路、衛戍隊、上層避難所へ分かれていく。
全員が満足する量ではなかった。それでも、誰もが自分の取り分を少ないと思えるほどには分けられていた。
ロウは配給所で、泥へ落とさなくても噛めるパンを受け取った。隣では、朝に話した捕虜も同じ一枚を手にしている。
「町が何日食えるか、少し分かったぞ」
ロウが言った。
「何日だ」
「分からない」
捕虜が眉を上げた。
「結局、分からないのか」
「前とは違う」
ロウはパンを二つに割った。
「袋の数だけじゃ、分からないってことが分かった」
今度は、片方も落とさなかった。
リュサで二つ目に奪われたのは、穀物だった。
同時に獣人族が最初に奪われたのは、好きなだけ食う自由だった。




