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第33話 覚醒 × 最後の切り札

「宇宙の大いなる意志を感じるよ」

 とか、

「世界はつながっていたんだな」

 とか、

「ライフ・イズ・ビューティフルだぜ」

 とか、元の世界であれば麻薬取締法で捕まりかねないことをブツブツつぶやきながら――トリプルVはスライムのもとに戻っていった。


 かくして、スライムとの十三回目の戦いが始まった。


 だがその直後、

(あれ)


 亮は目を細めた。


(何だかトリプルVさんの様子が……)


 トリプルVの戦い方が、それまでとは明らかに違っていたのだ。


 彼は、ただその場に突っ立っていた。

 両腕を体の脇にだらんと垂らし、ただ突っ立っているだけだった。


 そして触手が顔面に向かってきたら、フッと首を傾けた。

 傾けるだけで、かわした。


 また、腹に向かってきた触手に対しては、腕を伸ばし、サッと払った。

 小バエでも追い払うかのような動きだった。


(触手を受け流すあの動き!)


(無駄な力が一切入っていないあの動き!)


(あ、あれは!)


 亮は思わず身を乗り出す。


(まるでトキの動き!)


 北斗神拳の伝承者候補の一人・トキの柔の拳に似ていた。


 隣で戦うヒナもこれには仰天だ。


「じ、爺!」

 と目を丸くして、

「その動きは何だ!? クネクネ、クネクネと動きやがって――お前、まるでこんにゃくじゃねーか!」


(なるほど)

 と亮は思う。


(言われてみれば、「あしたのジョー」のこんにゃく戦法にも似ている)


 ヒナの問いかけに、

「見えるんだよ」

 とトリプルVは答えた。


 彼はラジオ体操にいそしむ老人のごとく、ひょいっと右足を持ち上げ、次いでひょいっと左足を持ち上げ、たったそれだけの動きで悠々と触手を避けてみせた。


 そして、

「ヒナくん」

 と続けた。


「いまのおれの目にはな、触手が停まって見えているんだよ」


 亮はふいに気がついた。


 ――体から力が抜け。


 ――時間の流れがゆっくりと感じられ。


 ――世界との一体感が訪れ。


 ――多幸感に包まれる。


(これって)

(これって)


(間違いない!)


(トリプルVさんは――()()()()()いるんだ!)


 そう! サウナでお馴染みの、あの「ととのった~!」という現象。あれがトリプルVの身に起きているのだった。


(考えてみれば、そりゃととのうか!)

 亮は額に手を当てた。


(だって、猛烈に蒸し暑いボス部屋と、涼風が吹くセーフ・ゾーンを行ったり来たりしているんだもん)


(これって、サウナと水風呂・外気浴を往復しているのと同じことじゃないか!)


(そりゃ、ととのうさ!)




◇◆◇◆◇




 「ととのう」とは何か?


 人間の体は温熱刺激と冷却刺激を交互に受けると、自律神経が大きく揺さぶられる。そしてその後、副交感神経が優位な状態に切り替わる。同時に脳内では、エンドルフィンやドーパミンなどの神経伝達物質が分泌されると考えられている。


 その結果として、「体は深くリラックスしているが、頭は冴え、意識は明瞭」という状態に至る。


 これが「ととのう」の正体である。


 ある種の覚醒状態といっていいだろう。


 というわけで――ととのったトリプルVは強かった。

 もともと十分強かったのだが、いまは鬼に金棒、越前リョーマに天衣無縫の極み。


 「日本舞踊のような動き」といえばいいのだろうか、優雅に舞いながら、ホイッ! ホイッ! ホイッ!


 近づいてくる触手を、斬って斬って斬り落としまくった。


 しかも、これまでとは違って動きが小さい。

 右へ左へ跳び回ったりしない。

 最小限度しか動かない。


 だから過酷な環境でも疲れづらい。


「ずるいぞ!」

 ヒナが叫んだ。


 彼女は相変わらずアクロバティックに飛び回りながら、

「自分ばかり楽しやがって!」


 ハアハアハアと荒い息をつく。


 トリプルVは、

「ヒナくん」

 と言った。


 その顔にはモナリザのような微笑み、アルカイック・スマイルが浮かんでいた。


「お前さんも心を開くといい」


「は? 心?」


「そうだ。心を開き」


「心を開き?」


「宇宙の意志を受け入れるんだ」


「また宇宙かよ!」

 ヒナは頭を抱えた。


 ところが次の瞬間だった。


「ああ、そうか」


 彼女の顔にもアルカイック・スマイルが浮かんでいた。


「これが宇宙の意志だったのか」




◇◆◇◆◇




 そこから先は、戦いというよりも蹂躙、バトルというよりもかくし芸でも見ているかのようだった。


 ととのった二人にとっては、スライムの触手攻撃なんて児戯に等しい。


 ホイッ! ホイッ! ホイッ!

 ホイッ! ホイッ! ホイッ!


 二人並んで舞を舞い、触手を片っ端から斬り落としていった。


 あっという間に、触手の先端部が床を埋め尽くす。


 亮は大忙しである。


 いちいちセーフ・ゾーンまで運んでいる余裕はなく、カーリングか、はたまた魚市場のマグロかという感じで、透明なぶよぶよを床に滑らせた。


 見る見るうちに、スライム本体が小さくなっていった。


 そんな中、

(もしかして)

 と亮は考える。


(もしかして鑑定眼は、()()()()()()()()()()()()()()()()


(だから苦しい持久戦の中でも、「現状を維持してください」と言い続けていたのか? 二人がととのい、覚醒するとわかっていたから?)


(マジで!?)


(鑑定眼――()()()()()()()()()()()()()()




◇◆◇◆◇




 当初はゾウほどもあったスライムだが、やがて牛、それから鹿と、だんだんと小柄になっていって、間もなくチワワサイズに至ろうとしていた。


 触手の方も、最初はゾウの鼻ぐらいはあったのだが、いまやうどん、間もなくそうめんサイズになろうとしていた。


 亮は、

(勝った)

 と思った。


(このまま押し切って勝利だ)

 と思った。


 そう思ったのだが――さすがはダンジョン・ボスである。


 易々とは終わらない。


(あれ!?)

 亮は目を疑った。


 宝箱の前に陣取っていた半透明のチワワが、スッと姿を消したのだ。


(どこだ? どこに行った!?)


 直後、トリプルVの足元から――びゅっ!

 何かが跳び上がった。


 それは、いつの間にやら細長いヒモ状に姿を変えたスライムだった。


 さすがは不定形生物。

 チワワからヒモに姿を変え、岩の隙間に潜り込み、グーッと床の下を走って、トリプルVに急接近したのだ。


 スライムが、トリプルVの顔に向かって猛スピードで突っ込んだ。


 これには、

「うおっ!」

 さすがのトリプルVも仰天だ。


 反射的に目を見開いた。


 同時に、口が半開きになった。


 ――それがいけなかった。


 スライムはトリプルVの唇の隙間を通って、ずるるるるるるるるる!

 口の中に滑り込んでいった。


 まるでトリプルVが麺をすすっているかのような絵面だが、そうではない。


 スライムが体内に侵入していったのである。


 ああ、これは大変なことになった!


 だってどれほど鍛えた冒険者といえども、体の内側からの攻撃には耐性がない。


 トリプルVは哀れ、食道を、胃を、または小腸や大腸をスライムに食い荒らされてしまうのだろうか?


 見るも無残な最期を迎えるのだろうか!?


 答えは――否だ!

 断じて否だ!

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