第31話 ここにあった天国 × 触手
ボス部屋は、まるでサウナ。
熱がこもっていて息苦しいほどだ。
亮たちはそんな場所で巨大スライムと対峙した。
さて、どうやって戦おうか――。
思案していると、亮の頭の中で声が響いた。
毎度おなじみの鑑定眼である。
声曰く、
【推奨:まずはセーフ・ゾーンを設営することを勧めます。最適解収束率0.599】
亮がその言葉を伝えると、
「ま、そうだよな」
トリプルVがうなずいた。
彼はリュックの中から、一巻きのマジック・スクロールを取り出した。
そして封を解き、魔力を込めると――ピカーン!
スクロールが黄色い光を放った。
魔法が発動したのだ。
間もなく、
(うひょー!)
足元からスーッと冷風が吹き上げてきた。
それは火照った体に心地よく、
「天国だー!」
ヒナは声を弾ませた。
「天国はここにあったんだね!」
「ですね」
亮もうなずいた。
「天国はここにあったんですね!」
「空調のスクロールさ」
とトリプルVが教えてくれた。
「半径二メートルぐらいかな、それくらいの範囲内の温度や湿度を調整できるんだ」
ヒナは服が汚れるのも気にせず床に寝転がって、
「最っ高……」
まるで自宅にいるかのようにくつろぎ始めた。
「すごい道具ですねえ!」
亮が感心していると、
「まあな」
とトリプルV。
「かなりの希少品なんだぜ」
「へえ。ってことは高いんですか?」
「高いというか、流通量が少ないんだよ。おれもこれ一枚しか持っていない」
「なるほど……」
じつは亮は、
(このスクロールでスライムを包囲してやったらどうだろう?)
(そうすればカラカラに乾燥して、やつは生きていられないのでは?)
なんて考えていたのだが、
(うーむ)
どうもそれは難しいようだった。
◇◆◇◆◇
涼やかな風に身をゆだねつつ、三人はスライムの観察を続けた。
弱点の一つでもつかみたいところだ。
しかし――スライムはでーんと鎮座しているだけ。
微動だにしないのだから、観察もクソもない。
「ま、刺激を与えてみるしかねーかな」
トリプルVが立ち上がった。
「まずはおれが行ってみよう。お前さんらはここで待っていてくれ」
トリプルVがスライムに近づいていった。
ジリジリ。
ジリジリ。
ゆっくりと接近していく。
――スライムの攻撃を恐れてのことではない。
どこまで近づいた時に、何が起きるのか。
それをしっかりと見極めるために、慎重に距離を詰めているのだ。
スライムとの距離があと三十メートル、二十メートル、そして十五メートルまできた時のことである。
スライムの体からニョキニョキニョキ!
十本の触手が生えた。
「うへえ」
亮は思わず首をすくめた。
「ゼリーみたいでかわいかったのに……。ウニになっちゃいましたよ!」
その言葉に、
「え?」
ヒナは首を傾げた。
「かわいいといえば、ウニの方がかわいいだろ? ツンツンしていてさ」
「……目ぇ腐っているんですか?」
十本の触手がウネウネとうねっている。
と思いきや、次の瞬間。
それぞれが一直線に、あるいは鞭のようにしなりながら――トリプルVに襲いかかってきた。
正面から!
右から!
左から!
斜め上から!
斜め下から!
青く輝く十本の触手がトリプルVに迫る!
対するトリプルVは、動かない。
その場にとどまり、触手の動きをジッと観察していた。
そして十分に引きつけてから――よいしょ!
右へ大きく跳んだ。
直後、十本の触手は急旋回。
スピードを維持したまま軌道を変え、それぞれがトリプルVを追いかけていった。
(まるで板野サーカスだ!)
と亮は思った。
(よくぞまあ絡まってしまわないものだ……)
さて、右へ跳んだトリプルV。
彼はそのまま着地すると思いきや、さにあらず。
右手の手のひらを床につくと、肘をグイッと曲げ、そしてバネのように――びよーん!
腕の力だけで左へ跳んだ。
右へ行くと見せかけて、左へ。
完全なフェイントだった。
三本の触手が、
「ドン!」
「ドン!」
「ドン!」
トリプルVの動きについていけず、床に激突した。
しかし残りの七本は滑らかに軌道を曲げ、トリプルVを猛追した。
「こりゃ厄介だな」
ヒナがつぶやいた。
「スピードがあり、アジリティも高い……」
とはいえ、トリプルVだって逃げてばかりではない。
彼は左方向に跳びつつ、グッと腰をひねると――、
「アチョー!」
先頭の触手に頭突きをかました。
ぶしゃっ!
体液をまき散らしながら、触手の先端およそ三十センチが床に落ちた。
(おお!)
亮は拳を握りしめた。
(ダルシムもかくや、殺せんせーもかくや、というあの触手攻撃を避けつつ反撃に出るとは!)
触手の先端部を斬り落としたトリプルVは、尻から床に落ち、床が湿ってヌルヌルしているのを利用して、そのままつーっと滑っていった。
無傷の六本の触手があとを追う。
――いや、それだけではない。
「やれやれ」
ヒナが腕を組んだ。
「もう再生しやがった」
トリプルVに先端部を斬り落とされた触手が、ムニ、ムニムニッと脈動し、あっという間に元の長さに戻った。
それに、先ほど床にぶつかった三本も健在だ。
かくして再び十本の触手を相手にすることになったトリプルV。
彼は、床に転がっていた触手の先端部を
「あらよっと!」
拾い上げると、すたこらさっさと亮たちの方に走ってきた。
スライムの追撃は、ない。
やはり十五メートル圏内に入った者のみを攻撃するようにできているらしい。
セーフ・ゾーンに戻ってきたトリプルVは、
「ああ、暑かった」
額の汗をぬぐった。
そして、
「おい、ビールをくれ」
とまるで仕事から帰ってきたお父さんのようなことを言い出した。
「あん? あるわけねーだろ」
とヒナが応じると、今度は、
「仕方ない。中ジョッキでいいぞ」
「サイズの問題じゃねーよ!」
トリプルVが笑った。
冗談めかしているものの、彼は珍しく息を切らしていた。
いや、「珍しく」というか、亮はトリプルVが息を切らすのを初めて見た。
(運動量だけでいえば、ゴブリンやオーガと戦った時の方がずっと激しく動いていたはずだ)
(それなのに……)
このボス部屋がいかに過酷な環境か、いかに戦いづらい環境かわかろうというものである。
トリプルVは、持ち帰った触手の先端部を放り投げた。
床に落ちた先端部は、亮たちが見つめる中――グシャッ。
潰れ、ただの水になり、岩の隙間に染み込んでいった。
「スライムは急激な温度変化に弱いんだ」
ヒナが教えてくれた。
「魔力結合がほどけて体を保っていられなくなるんだよ」
◇◆◇◆◇
というわけで、作戦が決まった。
トリプルVがいまやってみせたように、まずは触手の先端部を斬り落とす。
次いで、それをセーフ・ゾーンに運んできて、水に戻す。
――以上。その繰り返し!
「やつの体を削って、削って」
トリプルVが言った。
「削りきってやるぜ!」
(なるほど……)
亮にも作戦の理屈はわかった。
理屈はわかったが、
(え、マジで?)
(マジでそれでいくの!?)
あまりにも泥臭い作戦に、何と言っていいかわからない。
(……相手はあのデカいスライムですよ?)
(触手を何百回、何千回斬るつもりなんですか!?)
ところが、である。
ヒナは、
「いいねえ」
ニヤリと笑うと、
「持久戦はボクの得意分野さ。スライムがもう勘弁してくださいと泣き出すまで斬り刻んでやろう。精神的にも屈服させるんだ。うひひっ」
跡部景吾みたいなことを言い出した。
(えー……)
(マジで……)
亮の困惑顔に気づいたのだろう、
「大丈夫さ」
トリプルVが亮の肩に手を置いた。
「お前さんの気持ちはわかるよ」
「ええ」
「お前さんが心配しているのは、こういうことだろ? ――『おれの出番はあるのだろうか』って」
「……え?」
「大丈夫。ちゃんとある。おれとヒナくんが斬り落とした触手を回収し、ここまで運んでくる。それが若いの、お前さんの仕事だ」
「え!?」




