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第30話 ボス部屋 × 酷暑

 低天井の通路を、えっちらおっちらと匍匐前進で進んできた三人は、やれやれ、やがてそこを抜け、広場に出た。


 トリプルVによると、この広場こそがダンジョンの最深部。すなわち「ボス部屋」だという。


 はて、なぜボス部屋とわかるのか?


「あそこだ」

 トリプルVが指差した。


 見れば、広場の一番奥に宝箱があった。


 ただし、それは普通の宝箱ではなかった。

 たいそう派手な模様が描かれていた。


 関西地方のおばちゃんが好みそうな――そう、ヒョウ柄の宝箱だった。


「知っているか、トールンバ」

 ヒナが教えてくれた。


「あの模様はな、ダンジョンのクリア報酬が入った宝箱ですって印なんだぜ」


(ははあ……)

 と亮。


(まるでパチスロの確定演出だ)


 彼は、友人に連れられて新宿のパチンコ店を訪問した時のことを思い出していた。


(うーむ……)

(そのうち魚群が流れてきたりするんじゃないだろうな)




◇◆◇◆◇




「あの宝箱にクリア報酬が入っているということはですよ」

 と亮が訊いた。


「つまり、宝箱の前に陣取っているあいつは」


「だな」

 トリプルVがうなずいた。


「このダンジョンのボスとみて間違いないだろう。あいつを倒したら宝箱が開く。で、めでたくダンジョン・クリアって寸法さ」


「なるほど」


 亮は、宝箱の手前にでーんと鎮座しているモンスターに目をやった。


 ――スライムである。


 形は大福型。


 色は半透明で、青みがかっている。


 ゲームやアニメでお馴染みの姿といっていいだろう。


 ただし、かなりデカい。

 車の一台ぐらいはたやすく飲み込んでしまいそうだ。


 亮は、

「おお……」

 感嘆の声を漏らした。


 そして、

「まるで巨大ゼリーですね。ありゃ食い出がありそうだ」

 と何の気なしにそう言おうとしたのだが、

(……ちょっと待てよ)


 寸前で踏みとどまった。


(「ゼリーみたい」って)

(――あまりにも凡庸すぎる感想か?)


(もしかしてバカ丸出しか?)


 そう危惧したのである。


 そういえば先ほどトリプルVは、「彼女にはクリエイティビティがある」とヒナを誉めていたではないか。


 「冒険者たるものクリエイティブであれ」というのがこの世界の価値観なのかもしれない。


(ムムム……)


 亮は心の中でうなった。


(これってもしかして、下手なことを言おうものなら、

「今日この時をもってお前さんを追放する!」

「えっ!?」

「ウィットに富んだセリフの一つも吐けんやつとパーティを組んでいられるか!」

「がーん!」

みたいな展開になったりして。いや、まさか……)


 とまあ、亮がうじうじ思案していると、トリプルVの声が聞こえてきた。


 曰く、

「まるでゼリーだな」


 次いでヒナが、

「まるでゼリーだね」


「おい。ぷるぷるだぞ」


「ああ。ぷるぷるだよ」


「ゼリーが食いたくなってきたな」


「ボクもだよ。またはプリンでもいい」


「わかる。プリンでもいいよな」


 ――ああ、バカ丸出しのこの会話!


(おれはこのパーティのメンバーでよかった!)

 心からそう思う亮だった。




◇◆◇◆◇




 深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ。

 ――なんて言うけれど。


 亮たちとスライムの間には特に遮蔽物の類はなく、スライムもまた、三人に気づいていると思われる。


 だが幸いなことに、スライムから攻撃を仕掛けてくることはなかった。


「ありゃガーディアン型だな」

 とトリプルVが言った。


 一定の範囲内に入った者だけを攻撃するタイプ、逆にいえば、距離を保っている者には手出ししないタイプ――そんなモンスターを「ガーディアン型」と呼ぶそうだ。


 というわけで亮たちは、少し離れたところからスライムを観察し、その生態やら攻略の糸口やらをつかむことにした。


 トリプルVは目を細め、ジッとスライムを見つめたまま、

「おい、ヒナくん」

 と言った。


「どうだ、コアは見えるか?」


「いや……」

 ヒナは首を横に振った。


「コアはなさそうだ」


「ふーむ。ノン・コア型か……」


 スライムは大別して二種類に分かれるのだそうだ。


 第一に、体内にコアを持つタイプ。


「コアってのは、まあ心臓みたいなもんさ。そいつを破壊すればスライムは死ぬ。わかりやすいだろ」


 第二に、コアを持たないタイプ。


「こいつが厄介でなあ」

 トリプルVはあごに手をやった。


「コアのような、わかりやすい急所がないんだよ。かといって、スライムは回復力が高い。斬ったり突いたりしても、すぐに傷口を塞ぎやがる」


「え、そんなやつをどうやって倒すんですか?」


「そうねえ。まあやり方はいろいろあるが――スライムの体は水がベースだからな。ド級の火魔法を使って、体全体を蒸発させちまうとか」


「ああ、なるほど」


「猛烈な風魔法で、カラカラに乾燥させちまうのもいいし」


「ええ」


「あるいは、氷魔法で瞬間冷却してからバラバラに砕くとか」


「ふむふむ」


「大量の精油をぶっかけるのもアリだな」


「精油ですか」


「精油には、スライムの組織を溶かしちまう効果があるんだ。だから精油まみれにすれば、やつは体を維持できなくなって崩れちまうのさ。グシャッとな」


 トリプルVの説明を受けて、

(どうやら)

 と亮は思った。


(どうやら超近接戦闘を得意とするトリプルVさんやヒナさんにとっては、スライムはかなり相性の悪い相手のようだぞ……)


 加えて――、

「クッソー」


 ヒナがうめいた。


「スライムも厄介だけれどさ、でも一番の問題は、この暑さだろ!」


 彼女は鼻の頭の汗をぬぐい、

「何だよ、ここ! ボクはいつの間にサウナに入ったんだ!?」


 ヒナが文句を吐くのも無理なかった。


 ボス部屋は、まさに天然のサウナだった。


 天井からはポタリ、ポタリと水滴が落ちている。


 岩壁は、ジトリと湿っている。


 床はヌメヌメで、しかも岩と岩の隙間からスーッと、白い煙が立ち上っていた。


 この蒸し暑さの原因は、地熱に違いない。


 地熱が岩盤を温め、さらに地下水を蒸気にすることで、この高温多湿の空間を作っているのだ。


「暑いよー! 死にそうだよー!」


 ヒナは口を半開きにして、あえいだ。


 かなりアホっぽい顔で、仮にも名うての冒険者がさらしていい表情とは思えなかったが、しかし、

(たしかに暑い……)


 亮はうちわのように手をパタパタと動かし、顔に風を送った。


 だが、

(うっ!)


 逆効果だった。


 不快指数MAXという感じの熱風が送られてくるだけで、ただ息苦しいだけだった。


 ――これまでの戦いっぷりからして、ヒナとトリプルVがかなり強いこと、二人が凄腕の冒険者であることはよくわかった。


 とはいえ、

(こんなサウナみたいな場所で戦えるのだろうか?)


 体力はあっという間に奪われてしまうだろう。

 集中力だってそう長くはもたないはずだ。


(大丈夫なのか……)

 亮は心配になってくる。


「暑いよー!」

 ヒナが再び叫んだ。


 どうやら彼女は暑さに弱いらしく、

「暑いよ暑いよ暑いよ暑いよ……」


 念仏でも唱えるかのようにうめいた。


 トリプルVは苦笑して、

「お前さんが騒ぐせいでよけい暑いわい!」


 すると、

「は?」


 ヒナは真顔になって、

「ひどくない?」


 亮に同意を求めた。


 亮は、

「まあ」

 と苦笑した。


「事実ですからね」


「は?」


 ヒナはスライムに語りかけた。

「ひどくね?」

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