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第29話 槍のごとく × 大根

 それは道というよりも、岩と岩の間にできた隙間という感じだった――。


 三人の前に立ちはだかるのは、床から天井までわずか五十センチ弱しかない通路。


 そこに、まずはヒナが入っていった。

 彼女は匍匐前進で進んでいく。


 亮とトリプルVが、それに続いた。


「いやあ、床がゴツゴツしていないのが不幸中の幸いだな」


 トリプルVが、這い進みながら笑った。


「下手すりゃおれたち、大根おろしのようになるところだったぞ」


 亮は、

(うへぇ)

 思わず首をすくめた。


 亮は大根おろしが好きだった。


 そばや天ぷらの必需品だと思っていた。


 大根おろし抜きでそれらを食うやつは、舌か頭のどちらか、または両方に難があるに違いないと思っていた。


 そんな彼だが、自分が大根おろしになるのは勘弁してほしかった。


 ほどなくして、

「ギエー!」

 という奇声が聞こえてきた。


 先頭を行くヒナがサッと腕を上げ、亮とトリプルVに

「停まれ!」

 の指示を出した。


 そしてすぐに

「前方にゴブリンを視認!」

 と小さく叫んだ。


「二人とも、打ち合わせ通りにいくぞ!」


 ヒナの言葉を受け、亮はゆっくりと前進。


 ヒナの腰のあたりまでくると、左手をヒナの膝に、右手をヒナの足首に当て、いわばヒナの左足にしがみつくような体勢になった。


 同様に、トリプルVはヒナの右足にしがみつくような体勢を取った。


「ゴブリンは正面より、なおも接近!」

 とヒナが告げた。


「数は五匹程度!」


 ドドドドッという足音が床を伝い、亮の体の奥にまで響いてきた。


(うおっ……)

 まるで世界の終わりのような響きだった。


 亮の心臓が早鐘を打つ。

 いますぐにでもここから逃げ出してしまいたかった。


 そんな亮の気持ちを察したかのように、

「おい、トールンバ」

 とヒナが言った。


「大丈夫。大丈夫だ」


「は、はい!」


「焦るなよ。まだだぞ。まだ引きつけるんだ。――よーし。さあ、敵さんが近づいてきた。射程まであと十五メートル!」


 ヒナがカウント・ダウンを始めた。

「十メートル……七メートル……」


 そして、

「ファイア!」


 その声を受け、

「よいしょー!」


 亮は全身の筋肉とバネを使い、ヒナの左足を前方へ突き出した。


 まったく同じタイミングで、

「よいしょー!」

 トリプルVもヒナの右足を突き出した。


 かくして次の瞬間――びょーん!

 ヒナがゴブリンの群れに突っ込んでいく形となった。


「おらおらおら!」

 ヒナは、魔力を込めたパンチを四方八方に繰り出した。


「ギエーッ!」

 ゴブリンの悲鳴がこだまする。


 足首やすねをぶち折られたゴブリンどもがその場に転倒。


 すかさずヒナは、

「おらおらおら!」


 顔面や胸にも拳を叩き込み、命を狩り取っていった。


 十秒ほど大暴れしたところで、

「引け!」

 とヒナが叫んだ。


 亮とトリプルVは、

「よいしょー!」

 ヒナの足をグッと後方に引いた。


 ヒナの体が元の位置まで下がった。


 だが、これで終わりではない。


 ヒナがすかさず叫んだ。

「左七十度より第二陣接近! 発射準備!」


「了解!」

 亮とトリプルVは再び、ヒナの足にしがみつく。


 間もなく、

「ファイア!」

 ヒナの指示が下った。


 トリプルVは、

「よいしょー!」

 ヒナの右足を前方へ突き出した。


 一方、亮は動かない。

 ヒナの左足をその場に押さえつける。


 かくして左足を軸に、ヒナの体が斜め左方向に飛び出していった。


 そして、

「おらおらおら!」


 またもや大暴れ。


 やがて、

「ゴブリンの全滅を確認!」

 とヒナが言った。


「二人ともいいか? 行くぞー」


 三人はまるで平泳ぎでもするかのようにゴブリンの死骸をかき分け、前へ前へと進んでいった。




◇◆◇◆◇




 すべてはヒナの作戦通りだった。


 そう、この通路に入る前にヒナは言ったのだ。

「ボクが槍になる」

 と。


「トールンバ、爺さん。二人はボクを押したり引いたりして、ボクという槍を操ってほしい」


 ヒナの言葉に、

「……え?」

 亮は小首をかしげた。


「何ですって?」


「いや、だからね」

 ヒナが言う。


「ボクが槍で」


「え? 槍?」


「――なるほど。そこか。そこでもうクエスチョン・マークがついちゃう感じか。えーと……」


 ヒナは腕組みして、

「よし、じゃあこう考えてくれ。ボクが銛だとするね」


「モリ?」


「そう」


「フォレスト?」


「ノー・フォレスト!」


「なるほど」


「で、トールンバたちは水中銃だ。銛にはヒモがついているから」


「……」


「いやいやいや、なんでボクの尻を見るんだよ! ジロジロ見るな! 現実にはヒモなんてついていないからさ!」


 ――それが限界だった。


 亮は

「プーッ!」

 と吹き出してしまった。


 ヒナは

「あ!」

 すぐに察した。


「さてはお前――本当はさっきから全部わかっていたんだろ! なのにわからないふりをしていたな!?」


 つまり先ほどの意趣返しだった。




◇◆◇◆◇




 その後もゴブリンが襲いかかってくるたびに、

「目標を右舷に設定!」

「了解!」

 だの、

「引いて――」

「よいしょー!」

「からの連打だ! もう一丁ファイア!」

「よいしょー!」

 だのとやりながら、三人は通路を進んでいった。


 モンスターとのバトルというよりも、まるで祭り。

 ヒナが乗るみこしを、亮とトリプルVの二人が担いでいるようだった。


 亮はだんだんと気分が上がってきて、

「よいしょー!」

 の声にも気合が入った。


 やがてゴブリンの襲撃がやんだ。


 トリプルVが床に耳を当て、周囲の状況を探る。


「ふーむ」

 と彼は言った。


「どうやらこのあたりのモンスターは一掃したらしいな」


「よっしゃ!」

 とヒナはガッツポーズをきめた。


 片や亮は、

「ふーん……」


 ちょっと拍子抜けだった。


(せっかく調子が出てきたところだったのにな)




◇◆◇◆◇




 匍匐前進で進む三人。


 ゴブリンを一掃し、すっかり安全になったはずなのだが――、

「ううっ……」


 ヒナがうなった。


「死にそうだ」


 亮も同感だった。


 隠し通路に入って以降ずっとムシムシしていたものの、ここにきて、温度も湿度も不快指数も急上昇。

 いまや尋常ではないレベルに達していた。


 額からポタ、ポタ、ポタと汗がしたたり落ちた。


「このままではボクは」

 とヒナがあえいだ。


「大根おろしじゃなくて、ふろふき大根になっちゃうよ……」


 直後、

「え!」

 亮は声が出た。


 じつはいままさに、まったく同じことを考えていたのである。


(――これが心のシンクロってやつか!?)


(戦場を共にする中で、おれとヒナさんがシンクロし始めているのか!?)


(……初めてのシンクロが大根、か)

(いやまあいいんだけどさ。いいんだけど……大根……)


(って、そうじゃなくて!)


 亮はかすれ声で訊いた。

「こ、この世界にもふろふき大根があるんですか!?」


(あんなザ・和食みたいなものが!?)


 亮の言葉に、

「ん?」


 ヒナが怪訝な顔になる。


「『この世界』?」


(あ、しまった!)

(つい「この世界」なんて言ってしまった!)


「いや、えーと……」


 亮は慌てて、

「つ、つまりですね」

 と言った。


「ふろふき大根が、まさかおれの故郷以外にもあるとは思わなかったので……」


「あん?」

 ヒナはあからさまにイラついた口調になって、

「そりゃあるだろ。だってふろふき大根だぞ? お前はふろふき大根を何だと思っているんだ?」


 「ふろふ(What)き大根を(do you)何だと(think)思って(furofuki)いる(daikon)んだ?(is?)」なんて問われたのは初めてのことだったので、亮は答えに窮する。


 一方、

「知っているか?」

 ヒナは得意げに続けた。


「ふろふき大根の『ふろふき』は風呂を吹く、つまり『風呂吹き(ふろふき)』からきているんだぜ。昔は、風呂で体を温めてから息を吹きかけて垢を落としたらしいんだ。熱い大根をふーふーしながら食う姿がそれに似ているからこの名前がついたんだってさ」


(――くっ!)

 亮は唇を噛んだ。


 彼は悔しかった。


(和食の国の出身者として負けるわけにはいかない!)

 と思った。


 突如郷土愛に目覚めた亮は、脳内を高速サーチ、ふろふき大根にまつわるウンチクを探した。


(えーと。たしか、ふろふき大根を扱った俳句があった気がするのだが……)


 しかし残念、思い出せなかった。

(――くっ!)


(ヘイ、鑑定眼! 「ふろふき大根」で検索してくれ)


 そう指示してみるが、鑑定眼はSiriではない。

 案の定、答えはなかった。


 亮はギリギリと歯を鳴らした。


 ヒナはニヤニヤと笑っていた。


 そんな二人に向かって、

「おいおい」

 とトリプルVが言った。


「大根の話も結構だがな、どうやらおれたちは目的地に着いたようだぜ。見ろ。――ボス部屋だ」

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