第28話 迷路 × 喧嘩の仲裁
ゴブリンの蘇生に成功したという報告を受け、ヒナとトリプルVは、
「ギャピー!」
「ギャピー!」
「ギャピー!」
「ギャピー!」
「ギャピー!」
オーガを葬っていった。
圧倒的な強さだった。
まさに蹂躙。
まさに一騎当千。
戦いが終わると、
「おーい、若いの」
トリプルVが言った。
「すまんがタオルを取ってくれ。リュックの中だ」
トリプルVは全身血みどろだった。
特に髪の毛はぐしょぐしょ、返り血がしたたり落ちていた。
――得意技が頭突きで、しかもその頭突きでもって相手のどてっぱらに大穴を開けるなんて戦い方をしているのだから、そりゃこんな風にもなるわけである。
亮は三人分のリュックを運んできた。
それから、トリプルVのリュックを開けた。
中には、
(ほお!)
大小さまざまなアイテムが詰まっていた。
クルクルッと丸めたポスターのようなものも見える。
(まるで、いにしえのアキバオタクだな)
リュックの中身が目に入ったらしく、
「おっ」
ヒナが声を上げた。
「それ、スクロールかい?」
「ああ」
トリプルVがうなずいた。
「このパーティでは初めてのクエストだからな。念のためにいろいろ持ってきたんだ。おれの秘蔵のコレクションだぞ」
ポスターに見えたのは、スクロールだったらしい。
(たしか、魔法が保存された巻物のことだったよな。開くと魔法が発動するっていう便利アイテムだ)
(例えば「ゴブスレ」では、いざという時のキー・アイテムとして使われていたはずだぞ)
◇◆◇◆◇
亮たち三人は、再び歩き始めた。
目指すはダンジョンの最深部である。
広場を抜け、ゴブリンやオーガが出てきた通路に足を踏み入れた。
その通路は分岐、分岐、分岐!
まるで迷路のように枝分かれしていた。
だが、三人が迷うことはなかった。
なぜならば、床にべったりと足跡がついていたからである。
そう、亮が蘇生し、一目散に逃げていったあのゴブリンの足跡だ。
「『ゴブリンを全滅させるな』という鑑定眼の言葉は、こういう意味だったんだな」
トリプルVが感心したようにうなずいた。
ゴブリンはダンジョンの奥へ奥へと逃げていったはずであり、しからば足跡をたどっていけば最深部につくはずだ、というのがトリプルVとヒナの見解だった。
「まったく危なかったよ。足跡がなければ、この迷路を延々とさまようところだった」
「ゴブリンに感謝だね」
とヒナが言った。
そしてクスクス笑いながら、
「特に爺さん、あんたは感謝しなきゃいけないよ。『よくぞ生きていてくれました』ってね」
「ん? おれかい?」
「そうさ。爺さんがゴブリンばかり攻撃するから、危うく全滅させるところだったんじゃないか」
「仕方ないだろ」
トリプルVはおどけた口調で応じた。
「それがおれのスタイルなんだ」
「スタイルときたね」
「ああ、そうさ。まずはザコを狩り尽くし、それから大物に手をつける。それがおれのスタイルさ」
トリプルVの言葉に、
「ふーん」
ヒナは目を細めた。
そして、
「いいね、それ。お手軽に達成感を得られそうだ」
含みのある口調だった。
「――何?」
トリプルVが訊いた。
「何だって?」
「だからさ、ザコ狩りみたいなハードルが低いところから手をつけていくのっていいよねと言ったんだよ。『ああ、今日もおれは頑張った』って達成感を得やすいでしょ?」
「……」
「だけどそれって――結局のところ、一番難しくて、でも一番大切なことを後回しにしているだけだよね? そんな生き方をしていたら爺さん、死ぬ直前に後悔することになるぞ」
ああ、あまりにも辛辣な言葉!
トリプルVは目を見開き、
「おい、聞いたか?」
亮に視線を向けた。
亮はうなずいた。
「ええ、聞きましたよ。そしてなぜかおれの胸が痛みましたよ」
(思えば、転生前のおれは、本当に大切なことから目をそらしてばかりだった気がする……)
トリプルVはヒナに向き直ると、
「それなら言わせてもらうがな」
「ああ、どうぞ」
「ヒナくん、お前さんは一直線にオーガに向かっていっただろ。ゴブリンは、手に届く範囲にいたやつを倒しただけ。そうだな?」
「ああ、そうだよ。デカいのから倒していくのがボクのやり方、ボクのスタイルなのさ」
「ふむ。デカブツから狙うのが悪いとは言わん。しかしな、お前さんの場合は」
トリプルVの目が光った。
「自己評価が低いからそういうことをするんじゃないのか?」
「――何だと?」
「お前さんは自分に自信がないんだ。だから一番強い敵を倒したがる。そして『ほら見ろ。大丈夫だ。ボクはやれるんだ』と自分に信じ込ませようとしているんだ」
「……」
「そんなに生きることが怖いかい? そんなに不安かい? ――なあ、お嬢さん」
(煽りすぎだろ)
と亮は呆れる。
(まるでツイッターのレスバトラーだ……)
トリプルVの言葉に、
「おい、聞いたか?」
今度はヒナが亮に目を向けた。
亮は再びうなずき、
「ええ、聞きましたよ。そしてまたもや、おれは胸が引き裂かれそうな思いですよ」
(考えてみれば、おれはいつだって自信がなかったのかもしれない。だから隙あらばネットミームを口にするんだ……)
「なあ、若いの」
とトリプルVが言った。
「どちらが正しいと思う?」
「ボクだよな、トールンバ?」
「いやいや、おれだ。そうだろ?」
「えーと……」
言いよどむ亮。
(こういうのは困るんだよなあ……)
(おれは犬じゃないんだぞ。「ねえ、ポチ。パパとボクのどっちが好き?」みたいなことはやめてくれ!)
(っていうか、ここはダンジョンだぞ!?)
(揉めている場合じゃないだろ!)
(あんたら二人は何をやってんだ!?)
と呆れる亮だったが、その時だった。
亮の脳裏に、ギルドの受付嬢の顔が浮かんできた。
(そうだ……そうだよ!)
亮は思い出した。
(おれは受付嬢さんから、「二人をリードしてあげてください」と頼まれたじゃないか!)
(おれがしっかりしなきゃいけないんだ!)
というわけで、
「二人とも落ち着いてください!」
亮は必死に言葉を紡いだ。
「いろいろと思うところはあるでしょうが、たった三人きりのパーティじゃないですか! 仲よくやっていきましょうよ! ね!」
(ああ、クソ!)
と亮は思う。
(喧嘩の仲裁なんてしたことないよ!)
(こういう時は何と言えばいいんだ!?)
(「笑えばいいと思うよ」か?)
(いや、それは違うな)
亮は脳みそをフル回転させる。
「えーとですね。あのぉ……トリプルVさんは『死ぬ前にしたい百のこと』なんてリストを作ってみたらいかがでしょうか? ――ほら、死ぬ直前に後悔しないように優先順位をつけるんですよ!」
(あれ?)
(仲裁ってこういう感じでいいんだっけ?)
「ヒナさんもですよ! えーと……そう、ヒナさんはヒナさんのままでいいんです! いまは自分に自信が持てないかもしれない。自分に優しくできないかもしれない。でもいつかきっと自分を好きになれます!」
(……なんかおれ)
心の中でもう一人の亮が苦笑した。
(テレビ版「エヴァ」の最終話みたいなことを言っているな)
だが亮はそれを無視。
ギュッと拳を握ると、天高く突き上げた。
「さあ、ヒナさん。ご唱和ください! ――『ボクはここにいてもいいんだ!』」
直後、
「プーッ!」
ヒナが噴き出した。
顔が真っ赤になっていた。
彼女はその場にしゃがみこみ、頭を抱えると、
「『ボクはここにいてもいいんだ!』って、おい!」
腹をよじって笑っていた。
「トールンバ、お前は一体何の話をしているんだ!?」
トリプルVも、
「おいおい、『死ぬ前にしたい百のこと』って何だよ」
ゲラゲラ笑っていた。
かくして、
(あ!)
察しの悪い亮もここにきてようやくピンときた。
(この二人、おれをからかっていたのか!)
ヒナがゆっくりと立ち上がり、
「いやあ、ごめんごめん。怒らないでよ、トールンバ!」
亮の背中を叩いた。
「なんだか疲れて見えたからさ、元気を出してほしかったんだよ」
(いやいやいや。疲れたっていうか――)
亮は心の中で叫んだ。
(あんたがおれの心を乱すようなことをしたからでしょうが!)
(たしかにファースト・キス云々とごねたのは、おれだけどさ。おれだけどさ。おれだけどさあ!)
――まったく仲のいいパーティである。
◇◆◇◆◇
しばらく進むと、天井が急に低くなった。
床から天井まで五十センチもないだろう。
もちろん匍匐前進なら進めないことはないのだが――、
「こりゃ厄介だぞ」
トリプルVが腕組みした。
彼が悩んでしまうのも無理ないだろう。
だってこんなところでモンスターに遭遇したら大変だ。
トリプルVやヒナがいくら強くたって、床に伏したまま戦うとなれば実力の半分も出せまい。
まして相手がゴブリンのような小柄なモンスターだったりしたら、一方的にボコボコにされるおそれだってある。
かといって、この迷路の中を別ルートを探して歩き回るというのも、ちと厳しい。
「さてどうしたものか……」
思案するトリプルV。
一方、ヒナはニヤリと笑った。
「ま、ここはボクの出番だろうね――」




