第8話 生家へ
全員で夕飯を済ませて英気を養った後、安達屋さんの車で私の生家へと向かう。
敷地の入口付近には本部の関係者が見張りに着いていたけれど、安達屋さんと少し会話しただけで、誰が車に乗っているのかロクに調べもせずに入れてくれた。
「ちょうど昔の知り合いで助かったぜ。これなら好き放題調べ回っても何も言われねぇな」
「あの、なんというか、結構緩いんですね……」
命懸けで化物から人々を守っている組織にしては、だいぶ適当なところがあるらしい。
「ま、俺たちゃ警察なんかと違って昔から限られた少人数でやってるからな。細かいルールなんざ正直なあなあよ」
そう言って車から降りると、安達屋さんが感嘆の声を漏らした。
「しっかしまぁ、これ全部が嬢ちゃんの家だってんだからすげぇよなぁ」
敷地面積で言えばそこらの学校の土地をも上回るだろう。
私と父が生活の拠点にしていた本邸と、関係者が寝泊まりしていた寮。
それをすっぽり収めてもまだまだいくらでも余裕がある庭は、樹木やら噴水やらで絢爛に飾られている。
私にとっては、ここが世界のほぼ全てだった。だから見慣れてしまっていたけれど……改めて考えれば、やっぱり普通の暮らしじゃないと思う。
「なぁ晴人、お前こういう所に住みたいと思うか?」
安達屋さんが晴人に尋ねると、晴人は首を振って否定した。
「いや、いいよ。いくら掃除しても終わらなそうだ」
「違ぇねぇ」
屋敷からは灯りが消え、ひっそりと静まり返っている。父は、使用人さん達はどこに消えてしまったのだろうか。その手がかりを必ず見つけださなくては。
「行きましょう。私が案内しますから」
気合いを入れ直し、二人を先導して歩き始めた。
◯
「これから屋敷の中に入る。風兎香、聞こえてるな」
安達屋さんが片耳につけたヘッドセットに触れながら喋る。映像と音声は風兎香さんにも共有されているらしい。
「気をつけろよ。嬢ちゃんの前で言う事じゃねえが、どこに外異が潜んでてもおかしくねぇからな」
周囲に気を配りながら本邸の中を探索していく。まだ電気は生きているようだ。所々につけられた床や壁の傷跡と、砕かれて散乱している調度品たちが、ここで戦闘があったことを如実に物語っていた。
「大体、外異を手懐けるなんて話は聞いた事もねぇ。奴らは話せないどころか簡単なコミュニケーションすら取れねぇんだ。そんなのが何でこの屋敷の中で大人しくしてたんだ?」
安達屋さんの疑問はもっともだけど、その答えは私も持っていない。
「……そう言えば真白、確か昨日、生まれてからずっと異能が使えなかったって言ってたけど」
晴人が私に問いかける。
「いつから使えるようになったんだ?」
「えっと……外異に襲われてここから逃げ出す時に、急に……その時は逃げるのに夢中だったから、ちゃんと外異と戦ったのは昨日が初めてだったんだけど……」
「オイオイ、あれが初陣だったってのかよ!?」
私の話に、安達屋さんが目を丸くして驚く。
「どうりで危なっかしい戦い方すると思ったぜ。いいか、何かあったら隠れてろとは言わねぇが、荒事はなるべく俺と晴人に任せてくれよ」
「……はい、わかりました」
これは私の家の問題だ。その意味では私が真っ先に責任を取るべきなのだけれど……私が頼りないのも事実だから、そう言われても仕方ない。
「なに、安達屋さんは真白のことが心配なだけさ」
私の気を察してか、晴人がフォローを入れてくれる。
「任せておけば大丈夫だ。この人、モリモリの筋肉に違わず強いから」
「おうよ、晴人だけにいいカッコはさせねぇからな」
そう言って筋肉を強調するようにポージングをしてみせる。その優しさに、少しだけ緊張がほぐれた気がした。
「そう言えば嬢ちゃん、異能の名前は考えたのか?」
「え? 名前?」
安達屋さんから飛んできた予想外の質問に頭が固まる。
「俺らは皆本部に個人情報握られてっからよ、誰がどんな異能を使うかまで把握されちまってんだな。んで、能力名ってやつも考えとくのが決まりなんだな」
まぁ嬢ちゃんは本部と関わってねぇから別にいいんだけどよ、と安達屋さんが続ける。
「な、名前って言われても……えっと……」
「あ〜、いいんだ別に今考えなくても! とにかく俺が言いたいのはだな、俺達が能力名を叫んだりしても驚くなってことだからよ!」
そう言って、安達屋さんはスキンヘッドを掻きながら先行していく。
異能の名前なんて考えもしなかったな。特別な力を管理する組織って、色々決め事が多いんだ。
◯
屋敷の中に、やはり人の気配はない。外異のそれも。慣れ親しんだ廊下を歩き、私の部屋の扉を開いた。
自分で言うのもおかしいけれど、なんとも殺風景な部屋だ。机とベッド、その他必要最低限の家具。クローゼットの中にはろくな着替えも入っていない。いつも使用人さんが選んで持ってきてくれる服を、差し出されるがままに着ていただけだったから。
この部屋も既に本部に調べられたのだろうけど、七夜家に隠し子がいるなんて発想には至らなかっただろう。それほどまでに、「私」を示すものがここには欠けてしまっている。
「えっと、何か持っていくものは……」
ここから逃げ出す時は最低限の物しか持ち出せなかったけれど、今ならなんでも選べる。何かないかと一通り検討して、私の手が止まった。
「うん……何もないや」
大切な写真だとか、かけがえのない宝物だとか、そんなものは一つも持っていないから。例えばこの部屋が今すぐ燃えてしまったって、私は全く困らないんだ。
でも、それをなんだか寂しいと思う心だけは、ちゃんと胸の中に持っていた。
◯
「嬢ちゃん、これは答えなくてもいい質問だけどよ」
外に出て中庭を調べている最中に、安達屋さんから声をかけられる。
「嬢ちゃんのお母さんはどうしてんだ。皆と一緒に行方不明になってんのか?」
「あ……そうですね、まだ母について話していませんでした」
薄暗い夜闇の中で、綺麗にガーデニングされた花々を眺めながら口を開く。
「母は……私を産んだ時に亡くなってしまったそうで。もしかしたら、私が異能を使えなかったのも、父が私を遠ざけていたのも、そのあたりに理由があるのかもしれません」
「そうか……。すまねぇ、悪いことを聞いちまった」
「あっ、いえ! 全然平気ですから! 気にしないでください!」
ちょっとした運動会ができるくらいの広さがあるこの庭園には、多種多様な植物が植えられている。それらのお世話をするのが、私の唯一と言っていい趣味だった。
家の外に出ることが叶わなくても、色とりどりの花達は、毎日違う景色を私に見せてくれた。どうやらここは戦闘に巻き込まれていなかったようで、ほっと胸を撫で下ろす。
「……いつまでもこんなところばっかり見ていてもしょうがないですよね。行きましょう。最後に父と会った場所へ案内します」




